
第4弾 その1

| 私はかつて撮影旅行では、電気機関車、蒸気機関車牽引の列車、またはDL、 DCに乗ることが多く、所謂、客車内をスチーム管が通っていて、動力車から熱い蒸気が送られてくるスチーム暖房しか経験していませんが、皆さんは、結構スチーム管を使用していない客車にも乗っていて、代わりにストーブを焚いていた客車に乗られた経験があるようです。北海道は遅くまで、国鉄・私鉄とも「だるまストーブ」が車内に設置されていて、たいていの場合は、乗客が勝手に石炭をくべていました。 客車は、石炭の排煙を、長いアルミ?鉄?の管を天井に這わせて、デッキの手前から煙突が屋根上に飛び出ていたので、すぐわかりました。 蒸気機関車は、昔から自前の蒸気を発車前からスチーム管を通して、車内を温めていました。ですから、本線を走る客車列車には、ストーブ列車は見たことがありません。ただ、支線や、私鉄の列車には(1日数本の客車列車しか走らない)貨車との混合列車が多く、スチームホースが貨車には設置出来ず、そのためスチームを使えない客車列車があり、その暖房対策として車内に「だるまストーブ」を設置しました。これが所謂「ストーブ列車」なのです。 団塊の世代が撮れたのは、ほぼ決まった路線で、有名だったのは「深名線」でした。また、北海道には炭鉱専用線を走る混合列車にはストーブは常備されていました。数少ない「ストーブ列車」を少しだけ集めてみました。皆さんよく撮っていらっしゃいます。再掲が少数ありますが、ご容赦ください。 ★なお肖像権に関しては一般的に許容範囲で、法的には20年ですし撮影も遠い昔、また撮影も偶然で、更に悪用しているわけではないので特段の問題はない、と判断して掲載いたします。 |


| その列車の車内の「だるまストーブです。お母さんが「ねんねこ」背負って、さらに子供が座席に一緒に立っています。車内でも手袋していて、恐らく外はとても寒かったのでしょう。床の汚れが目立ちますね。 東京:
naro20氏撮影 |

| とてもよくわかる、ストーブの写真です。よく見るとスチーム管は通っていますね。想像するに、深名線は本数も少ないので、殆どが混合列車だったのです。従って、貨車にはホース管が付いていないので使えなかったのでしょう。 東京: naro20氏撮影 |

| これも客車1両に貨車1両をつけている「混合列車」です。内陸の極寒の地では、ストーブは絶必でしたね。 天塩弥生~北母子里 千葉: HJ氏撮影 |
| 釧網本線も混合列車が走っていました。客貨分離ではなかったのですね。貨物は80年過ぎまで走っていましたが、その時は混合列車ではありませんでした。ストーブの前の特等席に青年が一人座り込んでいました。 1972年釧網線客車内 東京: naro20氏撮影 |

| 本来は混合列車が、釧路~根室間を走っていたのですが、写真は根室に向かう単機のC58 です。車掌車が付いていますので、恐らく、根室からの貨物を東釧路操車場まで運ぶ定期のスジではないでしょうか。ここの混合列車は1980年代の半ばまで存在しました。車掌車にもT字型の煙突が見えます。ストーブが設置された車掌車でしょう。落石~別当賀間です。海際に見えるのは波でしょうか、それとも流氷でしょうか。こんな場所があったんですね? 1974年1月 東京: naro20氏撮影 |

| ここは三菱石炭鉱業大夕張線です。後年ですので、9600ではなく1973年にはDL化されましたが、ストーブ列車は残りました。屋根上にT字型で飛び出ているのがストーブの煙突です。平日はセキとの混合列車です。 C6244撮影 |


| 違う角度から。窓側には分厚い鉄板が張られ、燃焼を防いでいます。どのストーブ列車も同様です。「ほうき」や「シャベル」がしっかり備え付けられています。 C6244 撮影 |

| 2両の客車のうち、ナハフ1を「ホーロー行先板」と一緒に撮りました。まだまだ使えそうでした。 C6244撮影 |

| ここは、観光でも有名な津軽鉄道です。雨の強い日で、早めに乗車すると「するめ」を焼く乗客が一人だけでした。職員に聞くとこれから今日は団体客が到着し、乗車するとのことでした。ここのストーブ列車は冬季しか走りません。
C6244 撮影 |



| ここは、函館本線、黒松内駅寿都鉄道ホームです。この日は1往復しかありませんでした。これも混合列車です。ボールドウィンの蒸気機関車ですが、トレーラーの「ハ6」は、珍しい半ボギー車(ボギー台車=2軸=を1個、固定1軸車軸、合計3軸を言う)で、煙突が見えますのでストーブ・トレーラーです。夏なので使われていませんが、こんなストーブ客車もあったのです。 C6244 撮影 |

| ここは夕張線・沼ノ沢駅です。北炭真谷地炭鉱線列車の「混合列車」が朝一番で真谷地から到着しました。通勤通学客たちで、結構2両の客車は満員でした。これも夏季なので、使用はしていませんが「ストーブ客車」です。壊れそうな半鋼体古典客車ですら珍しいのに、この車内のストーブを是非見たかったですね。屋根から同様に煙突が出ています。
C6244撮影 |



| 私は北海道の炭鉱線にはとても関心があり、何度か訪れたことはありますが、、どうも九州の炭鉱線には足が向かず、唯一「貝島炭鉱」が遅くまで残っていたので、コッペルとアルコのタンク機関車は撮っていますが(このHPに掲載済)それ以外は私鉄も国鉄の運炭列車は殆ど撮っていません。9600が運炭列車の主流で、殆ど魅力がなかったからですが、田川線だけは、録音を目的に2回ばかり行きました。今回私は始めて見る明治炭鉱の平山線のタンク機関車の写真を送っていただきましたので、ほんの少しですが九州の炭坑線を掲載します。 |


| 同列車を手前まで来たところで撮ったものと思われます。もと八幡製鉄で使用されていた機関車です。ドイツ・アーノルドユンク製と言われています。 |

| 国鉄時代の田川線で、行橋からの長大な空セキを田川まで運ぶ列車です。上り勾配なのに全く煙を吐いていませんでした。 駅から結構遠かったので、少し泣きました。 1969年 崎山~柚須原の有名な鉄橋俯瞰です。 |

| その後、国鉄民営化で「平成筑豊鉄道」となりましたが、石炭輸送はとっくに終わっていて、こんなDCが1両で走っていました。 本年3月の廃止が決まっていましたが、現在まだ運行されているようです。寂しいですね。 同地点に1996年立ち寄ってみました。 |
