C6244の思い出の写真


私の古い時代の写真で未掲載をこの場を借りて貼ろうと
思っています。特別にページを作る必要もなく埋もれて
いる昔の写真を、次回の「団塊世代の思い出写真」再開
までの繫ぎとして 幾つか出してみたいと思っています。
若い方でも十分撮れた写真ですが少し選んでみました。




小野田線旧型国電




目的は本山支線のクモハ42です。短い盲腸線走る、日中はわずか1本というこの貴重な電車です。朝夕はそれでも2本はありましたが1泊して
撮る気にはなりませんでした。私が九州の蒸機を撮り行くときには、寄り道した時もありますが、当時は警戒色が前頭に塗られていました。







終点の長門本山駅から少し歩くと、緑の藪に囲まれたところもありましたが、とても暗かったので背景に家並みはありますが開け
た場所を選びました。車体も黒いので良い写真にならなかったと思います。この駅では数時間昼寝をするので慌てずに戻れます。







夕方まで数時間が退屈です。無人駅の周りには何もなく、運転士さんも一人雑誌を見ていました。木製の座席も傷みが酷くモケット
も擦り減っているのがわかります。傷だらけの床も木製です。窓がシートピッチにぴったり合った20mの細窓ズラリは壮観でした。







夕刻になると人の気配が漂い始めます。1990年末で、真っ黄色の警戒色は消され、代わりに無造作に旧塗装に戻されましたが、いかにも
塗りたてのベタベタ感丸出しで、前パン側のカッコよさもなくなっていました。バックの建物の向こうは瀬戸内海が広がっていました。







これは1960年末に、九州の蒸機を撮りに行ったときに立ち寄って警戒色を目で確かめてみました。どの車両も原形をとどめていましたが
当時は、安全柵も何もない路線で、なぜこんな意味のない黄色いマスクを全電車に施したのでしょうか。美しいクモハ41が台無しです。







野上電鉄




1970年代、紀州旅行をしたときに、まだ5窓で流線形の阪神車がいると聞いて、途中紀勢本線「海南駅」で下車、野上電鉄を訪れました。
野上電鉄のホームへは、国鉄からの連絡通路があり、野上電鉄の「日方駅」はあずまや風の古い駅だった記憶があります。もう皆さん沢山
撮っていらっしゃるので、電車の説明よりもこの野上電鉄の当時の印象を書きます。 1970年代は 貨物列車が廃止され それまで赤字で廃線
申請をしていたこともあって、電鉄職員の対応が、極めて異常だったことを思い出します。何を聞いても無愛想、「切符は持っているか」、
「ホームから絶対に降りてはいけない」などなど一つ一つの安全注意ではなく、無礼な警告の様に発していたことだけ強く印象にあります。









そうなると、写真撮影は駅以外に限られます、ここは有名な撮影地の竜光寺前を出発するモハ25とモハ23の2連です。とても心が和みます。









これは、その出発列車の後追いです。上の写真の25形は阪神からの譲渡車、23形は阪急からの改造車です。外観はよく似ています。









これも日方駅を去る前にホームから望遠で撮った1枚です。普通の常識では、赤字廃線の場合も「今までのご乗車ありがとうございました」
という気持ちを乗客に対して持つべきで、確かに職員の不安な気持ち(のちには給料支払いも滞った)は分かるのですが、かつて全国の廃止
路線前に、これほどいやな思いをしたことはありませんでした。それでも1970年後半であっても、どの車両も美しく、とても魅力的でした。






御殿場線気動車



御殿場線・山北~谷峨間には国道246号線が併走していていますので、上り勾配ではありますが、自転車で近くまで行くことが可能でした。この間、酒匂川を
くねりながら3回渡ります。当時は河原に降りることが出来ました。 これは第一酒匂川を渡る沼津行のキハ51の3連です。         昭和39年 撮影








当時、今と同じように小田急のDCが御殿場まで乗り入れていました。普段は1両なのに、この日は2連でした。5000形と5100形がありましたが、窓配置が
違うので手前が5000形、後部が5100形かと思われます。 5000形登場時は 小田急標準色の濃紺にオレンジ色のツートンでしたが、間もなくクリームと臙脂
の帯に変わりました。この列車は小田急線内は「特別準急」、御殿場線内は国鉄の「準急」扱いになりました。「特別準急」とはどういう運賃系体だったの
でしょうか。松田から御殿場までは無停車だったので、全て御殿場まで行く乗客だけだったのでしょう。よくわかりません。          東山北~山北









ここは文字通り「第三相沢川です。正確には5000系は殆ど撮っていません。








今は春には桜の名所となる山北の切通しですが、このころは、桜の木は殆ど見られませんね。これも5100形です。








ここは第2酒匂川鉄橋です。奥が246号線です。今思えば、このツートンのキハ51も沢山撮っておけば良かったと後悔しています。








これは私の家の近くを走る5102号最終増備車です。ここは間もなく土地買収が始まり、今は地下線路になっています。懐かしい情景です。