70年代後半の東海道線

ブルートレイン華やかなりし頃


EF65が牽引する寝台特急が全盛のころで、朝方にはブルートレインが次々に上京して来ました。また20系寝台の「銀河」は宮原のEF58とよく似合って特急とはまた違った懐かしい趣がありました。
ただ、朝早く小田原以北で上京する優等列車を撮るには勤め人だった私にとっては難しいところがありました。年月をかけて特にEF65P時代は、更に天気の良い日を狙って早朝に出かけたものです。
EF65P型と美しいEF58が主でしたが、70年代晩年になると特急牽引はEF65PFに代わりEF58も正面窓がHゴム化されたくたびれた機関車が多くなり、80年を過ぎたころから東海道線は撮るのはやめてしまいました。
    (写真は74年〜79年の撮影です)

 
 

 
EF65500番台の牽引する上り「あさかぜ」。PFにバトンタッチする前です。24系客車が新鮮に見えました。    湯河原

 
 
 

 
ここでは近くて手軽なのでよく撮りました。運よくラッシュ時なのに被られたことはありません。すでに65PFに変わっています。 新子安


 
 

 
夏の朝、九州から上京する「富士」です。 真鶴〜湯河原
 
 
 

 

広島では東京発の下りブルトレは夜が明けていました。広島区独特の大窓でパンタ交差式のEF58と並びました。 広島

 
 
 


良く撮りに行ったポイントですがこの時は既にEF65PFに変わっていました。  真鶴〜湯河原

 
 
 


日の長い時期は「さくら」から、この「はやぶさ」までここ東神奈川で下りを撮ることが出来ました。 東神奈川〜横浜

 
 
 

 
下り「はやぶさ」を東戸塚付近で捉えました。まだ駅は完成しておらず、ここまで行くのが大変でした。   保土ヶ谷〜戸塚

 
 
 
 
 
颯爽と上京するEF65P型牽引の「みずほ」。ここでもよく撮りました。朝方の上り列車の正面に陽が当たる安易な場所でした。 真鶴

 
 
 

 
早朝に自宅を出て、三島からバスに乗ってここまで行きました。ここにたどり着くまでが大変でしたが当時はまだ多くのファンは
いませんでした。富士山をバックに写せる有名な撮影地でした。お立ち台は避けて正面がちに撮った1枚です。    函南〜三島

 
 
 
 
 
ここは広島駅です。呉線も電化されてなぜここで夜の写真を撮ったのか思い出せません。瀬野〜八本松に行った時かも知れません。





 
EF65の500番台の代表的な「さくら」を結構遠くまで撮りに行きました。丁度50年前。私も元気があったんですね。  湯河原〜熱海

 
 
 

 
下り「さくら」はこんな感じで撮ってみました。列車番号1レをEF65 500番台P牽引時代の記録を残すために。 京都駅

 
 
 

 
日の長い夏には、根府川で「さくら」「みずほ」「はやぶさ」まで撮ることが出来ました。筆頭は「さくら」でした。

 
 
 

 
夜の名古屋駅の「瀬戸」です。ホーム先端に停まった為こんな写真に。





 
「瀬戸」を撮りに行ったら、既にEF65PFの牽引になっていましたが、長いホームの13番線からじっくりとることが出来ました。 東京駅

 
 
 

 
夜遅く「出雲」が名古屋駅に到着します。まだこの頃は深夜もホーム立入りが出来ました。夜行列車撮影には好都合でした。

 
 
 


 
出雲」も同じ11番線からの出発で全編成を13番線から撮ることが出来ました。PFの25形寝台を牽引する編成は見事でした。 東京駅


 
 


 
これは地味なブルトレだった「紀伊いなば」です。併結列車で名古屋で切り離されました。牽引は宮原のEF58でした。 沼津




 
 
当時は新幹線ホームから京都タワーを入れて撮ることが出来ました。急行「きたぐに」です。米原の美しいEF58の牽引でした。10系寝台ナハネがいいですね。






 
朝方は東京近郊でオール20系寝台の急行「銀河」を撮ることが出来ました。横浜線がクロスする東神奈川です。

 
 
 


 
ここは早川の有名撮影地でした。朝早くどうやってここまで行ったのか記憶にありません。宮原には美しいEF58が沢山いました。

 
 
 



多客期に運転された臨時「あさかぜ」はEF65の牽引でした。テールマークが気になっていたのですが「あさかぜ」の幕はあったのですね。

 
 
 

 
これも、晩年は絵入りの綺麗な「銀河」のテールマークを付けました。それまでは単に「急行」だけでした。ブルトレ時代の終焉。