昭和の首都圏を走った列車②

1960年代の北方方面を主に

 

 
  
 
 

 
夕刻、尾久機関区には出区を待つ、「はくつる」のヘッドマークを付けたEF58がいました。ワクワクして撮りました。  昭和41年



 
 
 
 

 
時に、マルーン色のはくつる牽引機が上野に顔を出すときがありました。これはもと大窓の58号機でしたが既にHゴムに替わっていました。
 

 
 
 
 
 

 
これから寝台特急に乗る楽しそうな旅人たちがいました。
 
 

 

 
 

 
出発前の食堂車です。ウェイトレスたちは、これからの多忙の準備に追われていました。ナシ20も懐かしい!まだ20系がピカピカでした。
 



 
 
 

 
上りの「はくつる」は正午近くに到着します。駅からはこんな写真しか撮れません。
 
 
 

 
 
 

 
一度、走行写真を撮りたいと思い、西川口まで行ってみました。当時は東北本線の唯一の寝台特急だったためか、ヘッドマークもとても綺麗でした。
 

 
 
 
 
 

 
仙台特急がまだ80形のころです。仙台電化の直前です。かなり前で私が中学生の頃だったと思います。   昭和37年

 
 
 
 
 

 
これは鶯谷で撮った80形の「つばさ」です。7両編成で、1等車と食堂車を連結しています。豪華特急だったんですね。





 
 

 
同じ場所で撮っていたら、EF57牽引の長い普通列車が来ました。この頃は既に窓枠がHゴムに替えられていました。
 

 

 
 
 

 
EF80の常磐線回り寝台特急「ゆうづる」が到着しました。このあとマークは何故か付けなくなりました。
 
 

 
 
 



 
これは昭和34年に製造された常磐線用交直両用の機関車です。東京駅でお披露目展示会です。
 
 
 

 
 
 

 
常磐線はその後はEF80が主流となり、電車が普及するまで客車列車を牽いていました。ここは取手~藤代の交直切り替え区間です。

 


 
 
 

 
昭和36年、画期的な交直両用電車401形が登場。初期の塗装はオデコに白帯を付けていました。何と素敵な電車だろうと感心しました。
 
 




 

 
ただ、急行用ではなかったので、全くスピード感は無く、実際には最高でも時速80キロまでしか出しませんでした。  南柏~柏





 

 
そして一時期東京駅乗り入れがありました。堂々の12両編成の401形。白帯は消え幌枠も塗りつぶされましたが。  昭和41年 北小金~南柏
 

 






これが懐かしい準急用塗装の「ときわ」です。常磐線の代表的優等列車でした。この頃は日中急行は無く、「ときわ」が急行代わりでした。




 
 
 

 
これも準急「ときわ」です。塗装は帯状の準急色から全国的にこの塗装が採用されました。あまり出会っていません。  柏~南柏

 
 
 

 
 

 
常磐線回り昼間特急「はつかり」は1960年(昭和35年)に気動車化されてしまい、1年の違いで蒸気機関車の特急を撮れませんでした。
これはその1年後、キハ81形が登場した新品の時代でピカピカです。上野着は3時過ぎ。冬なので暗いところで撮っています。 昭和36年
 
 







「はつかり」は遠方旅行が出来るようになってから盛岡以北でたくさん撮っていて、首都圏では登場当時くらいしか撮っていません。









確かにブルドッグと言われるように、格好のいい前面ではありませんでした。しかしこの当時は何と下手な写真だったんだろう。  南柏





 
 
 

 
上野駅の夜、ゲタ電(クモハ60)、蒸機、高窓になってはいますが401形が高架駅で並びました。今思うととても貴重な写真です
  
 


 
 

 
401形の後を追うように急行用451形が登場。試運転は常磐線で行いました。これは運転席側のドアが外吊りの初期形です。  昭和37年 南柏
 








実際に急行として運用開始されたのは東北本線です。初期の急行は大きなヘッドマークを付けていました。私は仙台で他の急行を撮っています。
この「あづま」は上野~福島なのに、1等車2両にビュッフェを連結した12両編成で、東海道線の急行に負けない豪華編成でした。   昭和39年




 
 
 
 

 
これは仙台行の「まつしま」です。マーク付きは格好いいですね。 赤羽駅の跨線橋
 
 



 
 
 

上越線も負けてはいません。代表的な急行「佐渡」です。165形も大形のヘッドマークを付けた姿は東北急行に負けず、急行全盛時代でした。
 
 
 


 

 


下り急行「佐渡」です。赤羽駅が大変貌する前です。  赤羽駅の跨線橋
 
 
 
 
 
 

 
165形の急行は他にもありましたがあまり関心もなかったのでこの「弥彦」くらいしか撮っていません。それにしても凄い編成ですね。 赤羽








盛岡電化で登場したボンネット電車特急「やまびこ」。なんか平凡ですね。 尾久








荒川の鉄橋まで行きましたが、上りは非常に撮りにくい場所で、ここでEF58青大将塗装の特急「はくつる」を痛恨の大失敗!思い出したくないです。









上越線の普通列車を高崎のEF58が,つらら切りヒサシとスノウプラウ付きで牽引してきました。長大編成です。  大宮~宮原








山手線の貨物線をEF13が長い貨物を牽いて、頻繁に走っていました。EF13の全盛時代だったのでしょう。   田端









EF13と言えばこれを忘れてはいけません。夏なので暖房車は付いていませんが、山岳線の中央線普通列車も牽引していました。  吉祥寺





最後に古典的機関車を

  

デッカーのED17が中央線でまだ本線を走っていました。装備改造で長生きしたのかもしれません。これはED18 4の改造・改番です。 八王子








多分遅くまで残ったED17でしょう。中央線はED61、EF13が主で走っていました。




詳細不明の写真



場所も年代も不明です。日立から貸し出されていた時代でしょうか。国鉄所有になってからは寝台急行「きたかみ」
に限定運用されていたとも聞きますがこれは普通列車ですね。常磐線で使用されたことしか分かりません。勿来駅?







これも下り特急「はつかり」であることは分かりますが、年代も不詳です。ただキハ81に替わる前ですから昭和35年だと推測されます。 勝田駅通過?





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