「PENTAX交換レンズ」 についての能書きあれこれ

 

その他の 「Takumar」レンズ 編

 

… 前書き …

 一眼レフカメラの先導者「旭光学工業」PENTAXの交換レンズのうち、1957年昭和32年に誕生したSマウント(M42)の最終形は、1975年昭和50年まで続いた「SMC TAKUMAR」ですが、それについては別部屋にて取り上げています。

 しかし、その先輩たちであっても、特長があるものや、高い評価を受けているものがたくさんあります。それらのうち、亭主が入手した幾つかをここに取り上げます。

 なお、「1:1.8/55」の歴代については別部屋を設けていますので、そちらをご訪問ください。

 金属鏡胴でガラスレンズの交換レンズは、製品寿命、少なくとも写真を写すという機能は非常に長く保つことが可能です。その時代、時代においてより良いものへと志向し続けてきた「PENTAX」ですから、その半世紀を越える足跡を訪ね楽しむもまた一興かと…

… 目次 …

☆☆  Takumar 1:3.5 f=50mm  ☆☆

☆☆  Macro-Takumar 1:4/50  ☆☆

☆☆  Super-Macro-Takumar 1:4/50  ☆☆

☆☆  Bellows-Takumar 1:4/100  ☆☆

☆☆  Auto-Takumar 1:2 f=55mm  ☆☆

☆☆  Super-Takumar 1:2/55 (黄文字タクマー)T期型  ☆☆

☆☆  Super-Takumar 1:2/55 (黄文字タクマー)U期型  ☆☆

☆☆  Super-Takumar 1:2/55 (黄文字タクマー)V期型  ☆☆

☆☆  Auto-Takumar 1:1.8/55 完全自動絞り  ☆☆

こぼれ話

 何も付かない「Takumar」という名称は、クリック絞り及びプリセット絞りの鏡胴を持つ交換レンズに与えられています。そのため、半自動絞り、完全自動絞りが開発された後であっても、この名称を与えられた交換レンズが登場しています。

 「Auto-Takumar」という名称は、半自動絞りが開発されたときに、それに対して与えられました。次いで完全自動絞りが開発されたときには、それに対して特段新たな名称を与えることがなかったのですが、これでは分かり難いと気付いたのでしょう。すぐに「Super-Takumar」という名称に変えています。

 他社に先駆けて画期的な7層マルチコーティングを実用化したときには、「Super-Multi-Coated TAKUMAR」という名称を与えました。これは、独自の開放測光対応マウント鏡胴へと変更する時期とも重なったため、この名称は、それをも意味することになりました。「TAKUMAR」と全文字が大文字表記となったのが特徴です。

 「Super-Takumar 1:1.8/55」晩期のものの中には、次世代7層マルチコーティングのレンズを使っているものや、開放測光対応鏡胴を持つものがあります。

 「Sマウント」の晩期1972年に、ピント環の形状を「ゴム巻き」のものにしたものが現れます。これには「SMC TAKUMAR」という名称が与えられました。この名称が与えられたのは「SMC TAKUMAR 1:1.8/55」、「SMC TAKUMAR 1:1.4/50」及び「SMC TAKUMAR 1:3.5/15」の3本です。1971年誕生の「Super-Multi-Coated MACRO TAKUMAR 1:4/100」もゴム巻きでしたが、前者3本とは若干意匠が異なります。

 なお、1972年から新製品の商標に、それまでの「Super-Multi-Coated」を使わずに「SMC」と略称を使うようになったのは、商標登録制度上の問題だったようです。一般的な状態を表す文言を商標にすることを許さなくなったために、このようにしたようです。

 1961年誕生の完全自動絞り「Auto-Takumar」以来、1975年にKマウント化されるまでの鏡胴は、基本的には統一意匠で作られました。この中で大きな改変があったのが1965年昭和40年です。このときに 、絞り環の形状と飾銘板の表記法を一斉に変更しています。そのため、1965年を境に前期型と後期型に大きく分けることができます。前期型の属する年に誕生した機種は、どれも1965年以降後期型の鏡胴に改められています。このときに機種名を変えることはなかったので、機種名は同じでも、両方の形式の鏡胴のものが存在するということです。

 従って、1965年以降に新たに誕生した機種には、前期型の特徴を持った鏡胴は存在しません。トリウム入りレンズを使っていることで有名な6群7枚ダブルガウス「Super-Takumar 1:1.4/50」は1965年の誕生です。このため、後期型の鏡胴のものしか存在しません。ところが、6群8枚ダブルガウス「Super-Takumar 1:1.4/50」は1964年の誕生なのですが、既に後期型鏡胴の特徴を備えています。このことから、これが後期型鏡胴の嚆矢であると思われます。

 Sマウントである「Takumar」を、Kマウントである現役のPENTAXデジタル一眼レフで使うためには、「マウントアダプターK」を併用する必要があります。SマウントとKマウントはフランジパック値が同一なため、カメラとレンズの接続の内、前後関係の精度はSマウントのマウント面に頼った構造をしているのが「マウントアダプターK」です。これは接続にバヨネット部しか負担していないので、Kマウントの内径より小さな外径を持つM42マウントのレンズ等は使用することが出来ません。使用してもガタが発生し、光漏れが発生する場合が多くなります。

 「マウントアダプターK」には、取り付けたときに外れないようにするためのストッパーが組み込まれています。そのため、レンズ側に取り付けたままには出来ません。このストッパーは板バネで、小ビス1本で取り付けてあるので容易に取り外せます。

 このコンセプトとしては、カメラをKマウントからSマウントへと変換させる機器と言うことが出来ます。しかし、Sマウントレンズを脱着するためには3回転半回さなくてはなりません。迅速な交換には不便です。そこで、ストッパー板バネを取り外した「マウントアダプターK」をレンズ側に付けっ放しにする運用方法があります。バヨネットのストッパーが働かないため、PENTAXが推奨していない方法ですが、そのレンズ脱落のリスクを負う覚悟なら、とても便利な方法です。

 デジタル一眼レフになってから、レンズの絞り環位置情報をカメラ側が受け取る機能が廃止されました。しかし、「マウントアダプターK」にはそのための仕組みが備わっていて、従前のカメラにこれを取り付けると、常に外す方向への力がかかることになり、これを防止するのが板バネ製のストッパーだったのです。今では、外す方向への力は働いていませんから、板バネ製ストッパーを外しても、いつのまにかレンズが回って脱落するというリスクは少なくなりました。レンズ側に取り付けての運用の方がメリットが大きくなったと言えるでしょう。

 

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☆☆  Takumar 1:3.5 f=50mm  ☆☆

主 要 諸 元

最短時全長(マウント面→フィルター取付枠先端) 23o
最長時全長(マウント面→先端) 28o
最短撮影距離(マクロ時) 0.6m
最大外径 (ピント環部) 47o
重量 160g
フィルター径  - o
絞り羽根枚数 12枚
最少絞り値 F16
レンズ構成

3群4枚 テッサータイプ

 

開放F値 1:3.5
焦点距離 f = 50o
画角 47度 (135フォーマット時)
  1953年発売
販売価格(年)

 

 これは、いわゆる「標準レンズ」というカテゴリーに位置付けられる交換レンズです。1953年に誕生した「ASAHIFLEX TA」のセットレンズとされました。

 マウントは独自規格の「M37・P=1」で、フランジバックは45.5mmです。

 絞りはプリセットで、つまみのある2列目で設定し、先端のギザ付き絞り環で開閉します。

 なお、1952年に誕生した最初の一眼レフ「ASAHIFLEX T」のセットレンズはクリック絞りでした。

 フランジバックが「ASAHI PENTAX」の「Sマウント」と同じなので、「純正マウントアダプター」を使用することで「ASAHI PENTAX」以降のカメラで使えます。そもそも「Sマウント」は 、ネジ規格自体は「プラクチカマウント」と同一なのですが、この「純正マウントアダプター」を装着できるようにした独自規格なのです。

 しかし、その「純正マウントアダプター」は現在極めて稀少で、入手は困難です。自作するか、機械加工業者に依頼して作るのが早道です。

 ところで、実用範囲内での自作方法として、フランジレスの「M42-L39マウントアダプター」を使用しての加工があります。内径差が2mmですから、1mm厚のインサート を工夫することで、実用には十分なものとすることが可能です。

 しかし、マウント外径が小さいので、Kマウントカメラで無限遠から使用することは出来ないでしょう。フランジ付きKマウントアダプターだと1mm程度繰出した状態になってしまいます。

 

 この品は、亭主の所蔵する「ASAHIFLEX BELLOWSCOP」で使用するために入手しました。この簡易ベローズ装置は、カメラ側マウント金具は「M42プラクチカマウント」や「Sマウント」に換装可能なので、現役デジタル一眼のほとんどの機種で使用可能です。

 ところで、この個体は、ヘリコイドの油脂が劣化・固着して動き難くなっていました。そのため、分解して清掃・注油を行っています。

 整備のための分解に際しては、マウント後方のマイナス皿ビス2本を抜きます。これでヘリコイド内筒が回転できるようになります。マイナス皿ビスはヘリコイド内筒の回り止めです。

 レンズ群及び絞り装置は、後方から切欠きリングでヘリコイド内筒に取り付けています。取付位置を調整することで、絞り環と絞り装置の接合位置関係を調整します。

 ピント環が芋ビス3本で固定してあるヘリコイド中筒は、ヘリコイド外筒に対して自由回転となる構造であり、この分解は不可です。後の時代の鏡胴のように細目の逆ネジによる接合ではありません。

 

☆☆  Macro-Takumar 1:4/50  ☆☆

主 要 諸 元

最短時全長(マウント面→フィルター取付枠先端) 56o
最長時全長(マウント面→先端) 108o
最短撮影距離(マクロ時) 0.208m
最大外径 (ピント環部) 59o
重量 252g
フィルター径  49o
絞り羽根枚数 8枚
最少絞り値 F22
レンズ構成

3群4枚 テッサータイプ

 

開放F値 1:4
焦点距離 f = 50o(実質は52mm)
画角 47度 (135フォーマット時)
  1964年発売
販売価格(1964年) 15400円

 これは、マクロレンズというカテゴリーの交換レンズです。等倍の撮影を可能にするためピント環の前後が伸びて行く、非常に長いダブルヘリコイドによる全群繰出しで、テッサータイプの小さなレンズ群の割りに大振りな鏡胴です。

  旭光学工業が「テッサー」を使ったのは、他には1952年誕生の「Asahiflex T」用の標準レンズ「Takumar 1:3.5 f=50mm」 だけです。明るくするのに限界があるテッサーをファインダーが暗くなるのを避けたい一眼レフの標準レンズとしてその後も使い続けるのは、レンズ交換式距離計連動カメラを追撃していた当時の立場としては選択肢にならなかったのでしょう。しかし、このマクロレンズに使われた光学系はそのときのそれそのままではありません。

 絞り環が2列のプリセット絞りですが、これは恐ろしく長く伸びる鏡胴に自動絞りの機構を組み込むのが困難であったためでしょう。また、「Bellows-Takumar 1:4/100」と同様に、絞り込んで行くと途中1:8のときに8稜星型になる変な絞りです。1:11になると正8角になり、最小絞りの1:22では円形です。2列の絞り環のうち、設定用絞り環は前側です。

 絞り環の手前の鏡胴には露出倍数指標が刻まれています。TTL測光なら考えなくてもよいことですが、外部露出計を使う場合は、繰出量に応じて露出を調整する必要がありますから、これは便利な配慮です。

 プリセット絞りなので「Takumar」という機種名にしていますが、1964年と、すでに完全自動絞り「Super-Takumar」の時代になってからの発売ですから、レンズ ・コーティングはその時代のものです。誕生の2年後には、自動絞りで1/2倍撮影までの「Super-Macro-Takumar 1:4/50」と入れ替わったために短命でした。それに、カメラには標準レンズとのセットで販売しているのが当然の時代、わざわざ同等焦点距離のマクロレンズを購入するのは相当にコアなユーザーで、そのため販売数が少なく、残存数が希少であるため、中古価格は発売時価格より高い場合もあります。

 コントラストの高い端正な写りをしますから、現在も実用性は十分です。

 等倍時に52mm繰り出される鏡胴ですから、実質焦点距離は52mmということになります。次世代「Super Macro TAKUMAR 1:4/50」は1/2倍時に26mm繰り出される鏡胴であることから、これは確かなことです。

※資料画像 プロトタイプ?

 ところで、レンズシリアル番号が6桁で、「790017」という個体をネット上で見ました。これの特徴は、 前列絞り環に金属製レバーが付いていることで、「β版」にあたるものではないかと思われます。開発段階で評価用にプロカメラマンなどに提供したものが、年月を経て中古市場に流出したものと思われます。

 なお、「78****」というのも存在していて、これには前列絞り環に金属製レバーが付いていません。製品版では前列絞り環にも絞り値が刻印されていますが、この「プロトタイプ」たちには刻印されていません。

 製品版は「1******」から開始したと思われるのですが、「3******」というものまでが確認されています。案外製造数が多かったのかもしれません。

 この交換レンズが発売されたのは、「SP」のセットレンズ「Super-Takumar 1:1.4/50」とおなじ1964年ですから、両者は並行して開発が進められていたものと推定出来ます。その「Super-Takumar 1:1.4/50」のβ版はレンズシリアル番号「76****」と考えられますから、当時のレンズシリアル番号付番の実態が垣間見れる事例かと…

・・

☆☆  Super-Macro-Takumar 1:4/50  ☆☆

主 要 諸 元

最短時全長(マウント面→フィルター取付枠先端)

54.5o

最長時全長(マウント面→先端)

80.5o

最短撮影距離

0.234m

最大外径 (絞り環部)

61o

重量

242g

フィルター径 

49o

絞り羽根枚数

5枚

最少絞り値

F22

レンズ構成

3群4枚 テッサータイプ

開放F値

1:4

焦点距離

f = 50o(実質は52mm)

画角

46度 (135フォーマット時)

プロダクトナンバー

 

本体価格

17,000円

  1966年販売開始

 これは、マクロレンズというカテゴリーの交換レンズです。同一のレンズ構成でSMC化され、その後Kマウント化もされました。長いヘリコイドによる全群繰出しで、テッサータイプの小さなレンズ群の割りに大振りな鏡胴です。1/2倍の撮影を可能にするための長いヘリコイド装置を搭載している ためですが、擂鉢状の奥にあるレンズを拭くときはフードの役割もする「擂鉢」を外すと作業がし易くなります。先端部外周を掴んで左回りに回すと抜き取れます。それで鏡胴内部が見渡せるようになり、繰り出したときの絞りリンクの動きやその仕組みを見ることができますが、それにしても 、レンズ群の小ささが際立ちます。

 ピント環先端部に表示されている数字は、分数で表わされる倍率の分母です。倍率は「倍率=繰出し量/焦点距離」で得られますから、表示の1/2倍というのが正確だとすると、この交換レンズの実際の焦点距離は50oではなく52oということになります。このことから、26o厚の接写リングを装着すると、等倍〜1/2倍の撮影ができるはずです。

 レンズ構成がテッサータイプの通例として逆光性能が少し劣るとの評価もありますが、諧調豊かで滑らかにボケるとの評価もあります。

 

 なお、発売当時同梱されていた円筒形の牛革製ケースの価格は、何と600円でした。驚き…

☆☆  Bellows-Takumar 1:4/100  ☆☆

主 要 諸 元

最短時全長(マウント面→フィルター取付枠先端)

36.5o

最長時全長(マウント面→先端)

- o

最短撮影距離

- m

最大外径 (絞り環部)

54o

重量

140g

フィルター径 

49o

絞り羽根枚数

8枚

最少絞り値

F22

レンズ構成

3群5枚 ヘリヤータイプ

開放F値

1:4

焦点距離

f = 100o

画角

24.5度 (135フォーマット時)

プロダクトナンバー

 

本体価格

  1964年
 

 これはベローズ用レンズというカテゴリーの交換レンズです。絞り環が二列になったプリセット絞りで、絞り込んで行くと、途中F8のときに8稜星型になる変な絞りです。F11になると正8角になり、最小絞りのF22では円形です。 絞り値設定用の絞り環は前方です。

 ヘリコイドが内蔵されていないので、ベローズ装置やヘリコイド接写リング等に取り付けて使用します。同一のレンズ構成でSMC化されました。その後Kマウント化もされて、そのときには 、オートベローズが役立つ自動絞りとなっています。トリプレットの両側の凸をダブレットとした、典型的なヘリヤータイプのレンズ構成です。

 

 ところで、この「ヘリヤー」というレンズ構成は、これ以前では、旭光学工業では「Asahiflex U」の標準レンズとして用いていました。「Takumar 1:2.4 f=58mm」がそれです。これは次の世代「Asahi Pentax」になっても、鏡胴をそれまでのM37からM42マウントに変更して作られ続けました。しかし、明るいダブルガウスの「Takumar 1:1.8 f=55mm」を開発すると、このあまり明るく出来ないヘリヤーは標準レンズの座から去って行きました。半自動絞り及び全自動絞り「Auto-Takumar」としては作られなかったのです。

 しかし、解像力や像面平坦性の優れている特性を生かして、接写を主務とするMacroやBellows用として使われることになりました。

 この交換レンズは1964年に誕生したのですが、当初の名称は「Universal-Takumar 1:4/100」で、この名称で販売されたものが少数ですがあります。しかし、その企画段階では「Bellows Pentax 1:4/100」とすることで進んでいた可能性があります。なぜなら、1964年9月作成の「BELLOWS U」使用説明書には、無限遠まで来るレンズとしてその名称が乗っているのです。ヘリコイド装置を持たないBellows専用レンズとしての企画だったのでしょうから、それにPENTAXカメラの交換レンズである「Takumar」のブランド名を与えないという考えもあったのかもしれません。「Universal-Takumar」という名称でスタートしたことを考えると、それが当っていそうに思います。いずれにしても、なかなかに興味深い話です。

 なお、仇敵「Nikon」も「F」シリーズ用としてベローズ専用レンズを出していましたが、「Bellows NIKKOR 1:4 105mm」というのが1970年に誕生していて、これのレンズ構成は3群5枚構成「ヘリヤー」です。これは「Bellows Takumar 1:4/100」と非常に似たレンズ構成をしていましたから、おそらく参考にしたものと思われます。この時代の一眼レフ用交換レンズの設計力では、「Super-Takumar 1:1.4/50」など、旭光学が先に行っていましたから…

 

 このレンズ、絞り開放では軸上色収差によって灰色の部分に赤系の色が付きます。F8に絞ればほとんど分からないぐらいに改善します。やはり接写用、特に文書等平面性を重視した複写用の収差補正を行っているのかもしれません。

 

☆☆  Auto-Takumar 1:2 f=55mm  ☆☆

主 要 諸 元

最短時全長(マウント面→フィルター取付枠先端)

34o

最長時全長(マウント面→先端)

41.4o

最短撮影距離

0.55m

最大外径 (ピント環部)

56o

重量

173g

フィルター径 

46o

絞り羽根枚数

10枚

最少絞り値

F22

レンズ構成

5群6枚 (前3群3枚 絞り 後2群3枚) ダブルガウスタイプ

開放F値

1:2

焦点距離

f = 55o

画角

43度 (135フォーマット時)

マウント外径

51o

本体価格()

  1959年

 これは、いわゆる「標準レンズ」というカテゴリーに位置付けられる交換レンズです。1959年に誕生して大ヒットした「S2」のセットレンズとされました。基本的には1958年に誕生した「K」のセットレンズである半自動絞り「Auto-Takumar 1:1.8/55」 と類似の光学系ですが、レンズ玉外径を少し小さくしているまったくの別物です。見掛け上の前玉径は29mm、後玉は21.5mmとなっています。

 この個体は飾銘板の表記が「f=55mm」となっていますから初期のものです。後期のものは、その後のTakumar標準表記となった「1:2/55」となっていました。 これは1961年シャッター速度が1/1000までとなり、全自動絞り対応となった「S2」後期型のセットレンズとしても使われたようです。

 絞りは半自動式で、巻き上げごとに鏡胴後部のレバーをチャージするというものです。レリーズ後は、ファインダー内は絞り設定に応じて暗くなってしまいます。

 半自動絞り機構もなかなか面白い仕組みです。簡単に言ってしまえば、銃の撃発の機関部構造をそのまんま用いているのです。

 マウント後に飛び出しているピンは、銃で言えば引鉄(トリガー)です。チャージレバーを回してコイルバネを引伸ばし、同時に絞りレバーを開放位置に押し下げます。その位置で絞りレバーは逆爪(シアー)に引っ掛かって止まります。

 カメラは指です。カメラが引鉄のピンを押すと、逆爪(シアー)から絞りレバーが外れ、コイルスプリングの縮む力で設定位置まで絞り込みを行います。このタイミングでシャッターが作動するという仕組みです。

 アルミ製マウント部外径が51mmと小さいので、Kマウントカメラに取り付けるときは慎重さが要求されます。

 絞り環はプリセット鏡胴と同様に鏡胴前部にあります。全自動になってこれを後部に移すのは、全自動絞りの機構にはその方が便利だからです。純粋に絞り環の操作性という点では、標準や広角など鏡胴の短めな場合は前部にあった方が優れていると思います。

 なお、絞り環のクリック位置は等間隔ではなく、旧式な不等間隔なものです。これは絞り開面積を倍数で切り換えるのに必要な絞り作動レバーの移動量をそのまま絞り環の回転量に置き換えているのです。絞り環を等間隔回転にするためには、間にカムを組み込む必要があるので、機構が複雑化します。まだそれを実現していない時代の交換レンズということです。

 レンズ玉のカビ取りなどの清掃のためだけなら、前後からレンズホルダーを抜き取ってそれだけ分解します。

 ヘリコイドのグリース交換などの整備が必要なら、ヘリコイドを分解する必要があります。この鏡胴はヘリコイド外筒が直接マウント台座になっているので、マウント面に2ヶ所あるマイナスビスを抜きます。これはヘリコイド内筒の回転を止める摺動ピンになっているので、この2本を抜けば、ヘリコイド内筒はピント環の取り付けてあるヘリコイド中筒に対して回転させて抜き取ることが出来ます。

 ヘリコイドネジは12組あるので、結合位置を誤ると組立が出来ません。そのため、結合を外す位置を正確に記録しておかないと苦労することになります。分解前に絞り環は開放位置にしておきます。

 ヘリコイド内筒を抜くと、ピント環を中筒に固定している3本のマイナス頭ビスが見えます。これを抜けばピント環は外せます。ピント環を外す時には中筒との位置関係を記録してから外しましょう。中筒の外筒に対する捻じ込み位置も非常に重要です。これが狂うと 、組み立ては出来ません。安易な分解は禁物です。

 ヘリコイド内筒を組み立てるときには、ピント環を最短撮影距離位置に回しておきます。その状態でピント環の距離指標無限遠絞りの零指標と合わせた付近でネジを結合します。他の何ヵ所かの位置でも結合出来てしまいますが、それではうまく組み立てられません。

ヘリコイド内筒を捻じ込んで絞り指標と距離零指標が同一線上に来たら2本の摺動ピンは捻じ込めるはずです。   

 上右写真のこの時代の46o径フードはツーピース構造になっていて、前方フード部を外すと、中に49oフィルターを挿入することができます。この構造は、後年「Super-Takumar 1:4.5/20」用角フードなどにも用いています。

 「Auto-Takumar 1:2/55」には、完全自動絞り型は作られなかったようです。

☆☆  Super-Takumar 1:2/55 (黄文字タクマー) T期型B  ☆☆

主 要 諸 元

最短時全長(マウント面→フィルター取付枠先端)

36o

最長時全長(マウント面→先端)

46o

最短撮影距離

0.45m

最大外径 (絞り環部)

57o

重量

220g

フィルター径 

49o

絞り羽根枚数

6枚

最少絞り値

F16   絞り環逆回転・開放絞り左側

レンズ構成

5群6枚 (前3群3枚 絞り 後2群3枚) ダブルガウスタイプ

開放F値

1:2

焦点距離

f = 55o (実質f = 56.8o)

画角

43度 (135フォーマット時)

本体価格()

  1962年

 これは、いわゆる「標準レンズ」というカテゴリーに位置付けられる交換レンズです。「SV」の時代に、その普及版カメラ「S2 (super)」のセットレンズとされたものです。絞り環が黄文字なのと、飾銘板の表記の内、「1:2/55」が黄文字であることが外見上の特徴となっています。

 同時期に販売されていた「Super-Takumar 1:1.8/55」の「T期型 B」と同じ鏡胴を使用しているので絞り環は逆回転で、開放絞りが左側にあります。黄文字を用いているのは、製造時や流通時に取り違えをしないようにとの工夫かもしれません。

 上画像のように絞り環の「2」より左側にもクリックがあります。これは、絞り環も表示以外を共用していたためのようです。絞りリンクのカム形状も同じだとすると、各段のF値の精度がいささか怪しくなりますが、その程度の誤差は、当時は無問題だったのかも…

 見掛け上の前玉および後玉の径が、「Super-Takumar 1:1.8/55」より前玉が3.5mm、後玉が1mm小さく、絞り部も内径を約3mm小さくして開放F値1:2を得ていることになります。同じレンズ 群を用いて、ここまでしてスペックが劣る製品を作り出している理由が分かりません。Takumar一族の他の機種には存在しない「黄文字」と合わせて不思議な存在です。

 

☆☆  Super-Takumar 1:2/55 (黄文字タクマー) U期型  ☆☆

主 要 諸 元

最短時全長(マウント面→フィルター取付枠先端)

36o

最長時全長(マウント面→先端)

46o

最短撮影距離

0.45m

最大外径 (絞り環部)

57o

重量

195g

フィルター径 

49o

絞り羽根枚数

6枚

最少絞り値

F16

レンズ構成

5群6枚 (前3群3枚 絞り 後2群3枚) ダブルガウスタイプ

開放F値

1:2

焦点距離

f = 55o (実質f = 56.8o)

画角

43度 (135フォーマット時)

本体価格()

 

1963年

 これは、いわゆる「標準レンズ」というカテゴリーに位置付けられる交換レンズです。「SV」の時代にその普及版カメラ「S2 (super)」のセットレンズとされたものです。絞り環が黄文字なのと、飾銘板の表記の内、「1:2/55」が黄文字であることが外見上の特徴となっています。T期型は絞り方向が他のTakumar達とは逆だったのですが、このU期型は通常の方向に変えられて、開放絞りが右端になっています。 重量が25gも軽くなっていますが、これは、内部鏡胴の材質を真鍮からアルミへと変更したためです。

 

☆☆  Super-Takumar 1:2/55 (黄文字タクマー) W期型A  ☆☆

主 要 諸 元

最短時全長(マウント面→フィルター取付枠先端)

36o

最長時全長(マウント面→先端)

46o

最短撮影距離

0.45m

最大外径 (絞り環部)

57o

重量

203g

フィルター径 

49o

絞り羽根枚数

6枚

最少絞り値

F16

レンズ構成

5群6枚 (前3群3枚 絞り 後2群3枚) ダブルガウスタイプ

開放F値

1:2

焦点距離

f = 55o (実質f = 56.8o)

画角

43度 (135フォーマット時)

製造番号 37103

本体価格()

   

 これは、いわゆる「標準レンズ」というカテゴリーに位置付けられる交換レンズです。「SP」の時代に露出計の無い普及版カメラ「S2 (super)」のセットレンズとされたものです。絞り環が黄文字なのと、飾銘板の表記の内、「1:2/55」が黄文字であることが外見上の特徴となっています。

 同時期に販売されていた「Super-Takumar 1:1.8/55」W期型と同じ鏡胴とレンズ群を使用しています。黄文字を用いているのは、製造時や流通時に取り違えをしないようにとの工夫かもしれません。

 見掛け上の前玉および後玉の径が、旧式鏡胴のT期型・U期型とは違って、新式鏡胴である同時期の「Super-Takumar 1:1.8/55」W期型とまったく同じで、絞り部の内径だけを1絞り分小さくして開放F値1:2を得ていることになります。同じ黄文字タクマーでも、1965年からの新式鏡胴とそれ以前の旧式鏡胴とでは、その内容は大きく異なっているということです。

 

☆☆  Auto-Takumar 1:1.8/55 完全自動絞り X期型  ☆☆

主 要 諸 元

最短時全長(マウント面→フィルター取付枠先端)

36o

最長時全長(マウント面→先端)

46o

最短撮影距離

0.45m

最大外径 (絞り環部)

56.5o

重量

215g

フィルター径 

49o

絞り羽根枚数

6枚

最少絞り値

F16   絞り環逆回転・開放絞り左側

レンズ構成

5群6枚 (前3群3枚 絞り 後2群3枚) ダブルガウスタイプ

開放F値

1:1.8

焦点距離

f = 55o (実質f = 56.8o)

画角

43度 (135フォーマット時)

本体価格()

  1961年

 これは、いわゆる「標準レンズ」というカテゴリーに位置付けられる交換レンズです。1961年誕生の「S3」 のために誕生した新シリーズの交換レンズです。機種名称は同じ「Auto Takumar 1:1.8/55」でも、半自動絞りの先代とは異なって完全自動絞りです。

 ところで、完全自動絞りになったときに、なぜ絞り環の回転方向をそれまでと逆にしたのか謎です。この前身の半自動絞り「Auto Takumar 1:1.8/55」 までの絞り環はピント環の前方にあったことと何か関係があるのかもしれません。そちらも入手したら分解して比較検証してみなくては…

 この鏡胴構造は、次の時代の「Super-Takumar 1:1.8/55」T期型およびU期型にそのまま引き継がれましたが、1965年に変更になったV期型のものとはまったく異なっていて、それよりも整備性が大きく劣ります。無限遠の調整は、レンズ群と絞り装置の組み込まれた内部鏡胴とそれを取り付けているヘリコイド内筒との間にリング状の薄いスペーサーを何枚か重ねて挿入することで行う仕組みです。もしオーバーインフである場合は、スペーサーを追加する必要があるのです。V期型が3本の小ビスを緩めてピント環をフリーにし、ヘリコイドを回して前後させて、その固定位置を変えることで調整するのと比べると、かなり厄介な仕組みです。

 また、最小絞り開度の調整も非常に厄介です。内部鏡胴を固定している小ビス3本を緩めて左右に回転させることで調整できるV期型の手軽さとは雲泥の差です。これは内部鏡胴を抜き出してその側面外周の3本の芋ビスを緩め、内部鏡胴と外部鏡胴との位置決めピンの位置を微妙に動かして調整してから組み立てるのですが、最適位置にまで追い込むのには、何度もこの作業を繰り返さなければならないでしょう。

 この交換レンズの分解の手始めは、フィルター取付枠を左に回して外すことです。この構造も「Super-Takumar 1:1.8/55」V期型とは全く違っています。内部鏡胴とヘリコイド内筒との分離は、前群レンズ押さえリングの外側にある細い切欠きリングを左回しに外すことで行います。リングを抜くと、内部鏡胴は前方に抜き取れます。このリングはピン形状のビットを装着したカニ目回しで回すときれいな仕事ができます。

 外部鏡胴にはヘリコイド装置と絞りリンク装置が組み込まれています。ヘリコイドは外筒、中筒、内筒で構成され、内部鏡胴は内筒に固定されて、ピント環は中筒に固定されています。絞り環やマウント部は外筒に取り付けてあるのです。外筒と内筒とは摺動する2枚の板で連結されているので、相互には回転しません。中筒を回すと、内筒が外筒に対して真っ直ぐに押し出される仕組みです。

 V期型鏡胴の場合は、ピント環は中筒に3本の小ビスの頭で押さえ付けて固定しているので、この小ビスを緩めることでフリーに出来、中筒の回転に対する固定位置を変えることで無限遠の調整が出来る構造なのですが、これ の場合はピント環を直接中筒に小ビス止めしています。無限遠の調整は、上記のように内筒と内部鏡胴の間に薄いリング状のスペーサーを重ねることで行うようになっています。つまり、スペーサーを取り除いた状態でオーバーインフになるように鏡胴は機械加工されているということです。

 自動絞りのリンク機構は、「SMC TAKUMAR」に至るまでほとんど同じ構造です。絞り環の回転方向を変更したときに、全ての配置を左右対称的に移し替えただけです。この 緻密精細なリンク機構の成立が、自動絞り実現のハイライトというべきでしょう。

 なお、このレンズ構成の基本は1958年にプリセット絞りの「Takumar 1:1.8/55 」として誕生しました。1957年誕生の初代PENTAXである「AP」用およびその後継機「S」用としてです。標準的なセットレンズとしてではなく、交換用の上級標準レンズとしての位置付けだったのかもしれません。セットレンズはプリセット絞り「Takumar 1:2/58」 と「Takumar 1:2.4/58」で、この両者は焦点距離は同じでも、前者のレンズ構成は「4群6枚ゾナー」で、後者は「3群5枚ヘリヤー」でした。今日これらの残存数は非常に少ないようです。

 「K」用としては、同時期に半自動「Auto Takumar 1:1.8/55」が誕生しています。こちらの方はプリセット絞りとの区別のためなのか、派手な黒銀コンビのピント環でした。これは同時期の独国レンズを真似したのかも…

 この「5群6枚変形ダブルガウス」光学系は長命で、少しずつ設計変更を受けましたが、V期型でアトムレンズ化、開放測光対応SMC化、非アトムレンズ化と経て、1975年Kマウント化もされました。一眼レフカメラの進化、変化の著しかった時代の20年間近くに渡ってメインセットレンズとして存在し続けたのです。

 ただし、大きな鏡胴構造の変更があったV期型以降のレンズ形状はU期型以前のものとは異なったものとなったため、両者に互換性はありません。

 1977年誕生の「M 50mmF1:1.7」はその後継と言える光学系で、こちらも「FA」シリーズに至るまで使われ続けました。