~ 12才 ・ 冬 ~






「兄ちゃん。直子のところにも、サンタさん、来る?」

師走に入って朝晩の冷え込みも厳しくなったある日のこと、直子がお気に入りの場所である兄の膝の上に乗って、無邪気な声で問いかけた。

「直子がいい子にしてたら、来てくれると思うぞ。なるべく早く、手紙を書かないといけないな」
「うん。あのね、直子ねえ、どっちにしようかと思ってるの」

直子は真剣な顔をして、日向家の長兄、小次郎に小さな指を折りながら説明する。

「一つはねえ、プリンセス・ヴィオラが変身する時に使うやつでねえ・・・・」
「うん?・・・プリンセス、び・・・?」
「ヴィオラ!・・・あのね。でね、もう一つはプリンセス・ハープのね・・・」

直子が話しているのは、幼い女の子に人気のあるアニメの話だ。中学生の少女が魔法のアイテムを使って変身し、戦士として悪と戦うというストーリーなのだが、そのアニメを見ていない小次郎には無論、何が何だかさっぱり分からない。
だがこれは大事なリサーチなのだと思いなおして、小次郎は妹の挙げた2点を頭の隅に書き留める。

「直子はそれのどっちかが欲しいのか?」
「うん!・・・サンタさん、直子にくれる?」
「お手紙出して、いい子にしてたらな。そしたらくれると、兄ちゃんは思うぞ」
「いい子にする!」

そう言うと、直子は膝の上に座ったままで小次郎に抱きついた。
小次郎は柔らかく微笑んで、妹の小さな頭を優しく撫でる。男ばかりの兄弟の中にあって、たった一人の女の子である直子を、小次郎は溺愛している。尊も勝も無論可愛くはあるが、それとはまた違う感覚だ。こうして甘えられたなら、どうしたって頬も緩む。

「ねえ、兄ちゃん。サンタさんはみんなにプレゼントくれる?勝にも、尊兄ちゃんにも、小次郎兄ちゃんにも?」

だが直子にそう聞かれた時、小次郎は一瞬言葉に詰まった。

(クリスマスプレゼントか・・・。俺はいらない、かな)

ただでさえ家計が苦しいのだ。母が一生懸命働いてくれているのが分かるからこそ、小次郎は負担をかけたくなかった。

「サンタさんは、小さい子にしかプレゼントをくれないんだ。兄ちゃんはもう大きいから、貰えないかな」
「・・・兄ちゃん、可哀想」
「その分、小さい頃にいっぱい貰ったから、可哀想じゃないんだ。直子や勝が生まれる前の話だぞ。兄ちゃんもちゃんとお手紙を出して、毎年貰ってたんだからな」

だけどもう大きい子は卒業しないと、小さい子にプレゼントが行き渡らないだろ?・・・そう言って、直子の小さな体を揺すり上げてやる。直子は生え代わりで前歯の抜けた口元を見せて、嬉しそうに笑った。


「俺も小さい子供じゃないから、卒業する。プレゼントはもう頼まない」
「尊」

ふいに横から割りこんできた尊の声に驚いたのは、小次郎だ。

「尊。お前はまだ2年生だろ。大丈夫だぞ。ちゃんと貰えるよ」
「いらない。うちでは小さい子は、直子と勝だけでいいんだ」

尊の意外なほどに強い口調に、小次郎は一瞬怯み、戸惑った。

(たぶん・・・尊も分かってるんだよな。うちが大変なのを)

だけど、普段は贅沢なんて何一つしていないのだ。生活は切り詰めるだけ切り詰めている。外食だってしないし、遊園地やテーマパークにだって連れていってやれない。
年に一度のクリスマスくらい、淋しい思いはさせたくない      それが長男としての、小次郎の正直な気持ちだった。

「じゃあ、サンタさんがくれなかったら、兄ちゃんが何か買ってやるから・・・」
「そんなの、いらないっ!」

小次郎としては気を使ったつもりだったのが、尊は珍く激昂して、兄の言葉を遮った。睨みつけるようなきつい視線が小次郎の目を射抜く。
しばらくそうした後、ふいに顔を背けて尊が部屋を出ていった。驚いて固まったままの兄と妹を置いて。
残された恰好になった小次郎は、『どうするの?』といった風にじっと自分を見上げてくる幼い妹を、困ったように見降ろした。

「小次郎兄ちゃん?尊兄ちゃんと喧嘩したら、駄目だよ?」
「うん・・・?うん。喧嘩じゃない・・・かな。たぶん。・・・直子が心配しなくても大丈夫だ」
「尊兄ちゃんと、ちゃんと仲直りしてね?」
「ああ」

直子が「兄ちゃん、怒られて悲しいね」と、小次郎の頭を小さな手で慰めるように撫でてくれる。

(こんなに小さくても、女の子なんだなあ・・・)

妙なところで感心した小次郎は、「兄ちゃん、そろそろ夕刊の配達に行ってくるな。尊とは後で仲直りしておくから」と言って妹を膝から降ろし、腰を上げた。









「尊。ちょっといいか」

新聞配達のアルバイトを終えて家に戻り、夕飯を食べ終わったところで小次郎は尊に声をかけた。
直子や勝はテレビの前に陣取って放映中のアニメに夢中だ。母親が食器を片づけ始めているが、手伝いを一旦後回しにして小次郎は尊を違う部屋に連れ出す。

「尊。昼間のこと、兄ちゃんが悪かったな」
「・・・ううん」

小次郎が謝ると、尊は首を横に振った。

「俺も、ごめんなさい。兄ちゃんにあんな言い方して、ごめんなさい」
「いいさ」
「・・・だけど俺、本当にクリスマスプレゼントなんて欲しくないんだ」
「尊。何度も言っているけど、お前はそんなこと」
「だってお金を使うと、その分、また兄ちゃんはアルバイトに行っちゃうんでしょう?」
「それは・・・まあそう、なる・・かな」

小次郎はどう答えるべきかと考えながら、言葉を繋ぐ。

尊は敏い子供だ。適当なことを言って誤魔化そうとしたなら、そのことに気が付いてしまうだろう。
小次郎は先ほどの尊の剣幕を思い出した。常日頃、自分とは違ってそれほど感情を見せることもなく、年の割には落ち着いた弟だと思っていた。その尊をあれほど怒らせたのだ。それくらいには家のことで心配させ、寂しい思いもさせてきたのだということを、小次郎は改めて思い知らされた。

「ごめんな。尊。兄ちゃんは母ちゃんを助けないといけないし、そうするとあんまりお前たちのことを構ってやれないな。特にお前はしっかりしてるから、一人でも大丈夫かと思っちまうしな。ごめん」
「俺は、自分のことは自分でちゃんと出来るよ。構って欲しくてあんな風に言ったんじゃないよ」
「ああ、分かってる。尊は、直子や勝と一緒なんじゃなくて、母ちゃんや俺の方にいるんだって、そう言いたかったんだよな。兄ちゃん、やっと分かった」

小次郎の言葉に、それまで強張っていた尊の表情が目に見えて和らいだ。小次郎は尊の頭を、髪がグシャグシャになるくらいに乱暴に撫でる。

「だけどさ。兄ちゃんは何でもいいから、小さくて安いものでもいいから、尊にも何か買ってやりたかったんだ」
「・・・サンタなんて居ないって、もう分かっているのに?」

しー、と小次郎は唇に人差し指を当てた。

「直子たちに聞かれるぞ。・・・それでも、だ。兄ちゃんは3年生までサンタがいるって信じてたし、プレゼントも貰っていたからな」
「兄ちゃんって、意外と子供っぽかったんだね」

ふふ、と楽しそうに笑う尊の顔を、小次郎は目を細めて眺めた。背伸びをして早く大きくなろうとしている弟が、愛おしくもあり哀しくもある。

「だから、何でもいいから言えよな。お菓子でも何でも・・・ちゃんと枕元に置いてやるから」
「うん。ありがとう。兄ちゃん・・・大好きだよ」

尊が腕の中に飛びこんできて首に抱き付くのを、小次郎は兄としてというよりは父性に近い心情で受け止めた。父親が生きていたころ、自分を甘やかしてくれていたのはこんな気持ちからだったのだろうかと思う。

(クリスマスプレゼントは3人分。・・・バイト、少し増やして貰えるかな)

尊を甘えさせながら、小次郎は密かに算段していた。弟たちへのプレゼントは何も自分一人だけで用意する訳じゃない。母親と二人で相談して買うのだから、何とかなるだろう。

小次郎がどう費用を捻出しようかと考えているのは、他にも買いたいものがあるからだった。
クリスマスが過ぎれば、すぐに親友の誕生日がやってくる。知り合って2度目の誕生日となる訳だが、これまで祝ってやったことはなかった。

(別に、あいつの欲しいものをあげられる訳じゃないけど)

自分が東邦学園に進学を決めてから、追うように同じ学校を受験すると決めた健のことを、小次郎は誰よりも応援しているつもりだ。
その気持ちを伝えるだけでいい。待っているから頑張れと、それだけが伝わればよかった。
だが面と向かって『応援している』などと言うのは気恥ずかしい。
だからタイミング的に丁度いいクリスマスか、または年末にやってくる誕生日がかこつけて、高いものじゃなくてもいいから何かを贈ろうと考えた。

(俺があいつにクリスマスっていうのも、何か変だからな・・・。やっぱり誕生日かな。東邦に行ってから使えるような何か・・それともあいつは寒がりだから、暖かくなるようなものとか。何がいいかな)

今この時も、きっと受験勉強に勤しんでいるであろう友人を想う。

「兄ちゃん?どうかしたの」
「・・・ん?何でもない。さ、母ちゃんを手伝うか」


小次郎は尊の背を軽く押して、キッチンで働く母の元へと向かった。








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