~ 俺のわんこ ~リバ編 2
「おい。泣くんじゃねえよ。男だろ・・・」
俺は静かに泣き続ける若島津に、そんな気の利かない、しょうもない言葉を掛けた。
「男だけど・・・。男じゃなければ、こんなこと考えなくても良かった・・・」
「何言ってんだよ・・・。男じゃなかったら、お前、今ここにいないだろ」
俺は女のお前が欲しい訳じゃ無い。男のお前が好きなんだ。
それくらいのことは言ってやればいいし、どうにかして慰めてやればいいのだろうけれど。
だけど俺は、それほど口が回る方じゃない。自分で泣かしておいてどうしていいか分からずに、ただ黙って若島津を抱き寄せることしか出来なかった。
「・・・ひゅうが、さん・・?」
「 悪かったよ」
正直、これは何の罰ゲームなんだよと思わないでも無いけれど。
何しろ、図体のデカイ男子高校生がベッドの上で蹲ってはらはらと涙を零すのを、俺は困り果てて眺めているしか無かったのだから。
だけど、俺が悪いんだろうな。きっと。
色々とやり過ぎたんだよ、俺が。
別に深く考えてた訳じゃないんだ。俺は、俺の可愛いわんこを揶揄って遊んでいただけなんだよ。絶対にお前を抱きたいとか、そういうことじゃなかったんだよ。
( なんて、言えねえよなあ・・。今更・・・!)
若島津はベッドの上に膝立ちになった俺に大人しく凭れて、鼻をグズグズとさせていた。温かい涙がシャツの上から俺の胸を濡らしていく。
「・・・ごめんね。日向さん。お願いだから、もうちょっと待ってくれる?もう少ししたら、思い切って出来るかもしれないし」
抱き締めたままで若島津が落ち着くのを待っていたら、暫くしてからこいつは顔を上げ、涙に濡れたままの顔で小さく笑った。
「だから、俺のことを嫌いにならないで」
この言葉と笑顔にキュン!と来ない人間がいたら、そいつは人としてどこかがおかしいのだろう。大事な何かが欠けているのに違いない。
そう言い切れるくらいに、可愛いわんこの笑顔だった。
「・・・ちっくしょ。てめえ、そんな顔見せられたら、何でも言うこと聞いてやりたくなるじゃねえかよ」
つい凶悪な口調になってしまい、若島津は「あ・・ご、ごめんね・・!」などとびっくりして俺に謝っている。悪いことなんか何もしていないくせに。
俺はガシガシと頭を掻いた。「あ~~~・・・ちっくしょ」と、また悪態をついてしまう。
「もういいよ。・・・ごめん」
「え?」
「俺が悪かった。あの話はナシ。もう無しでいいから。な?」
「・・・え?え?」
若島津は俺が何を言い出したのか、理解できないらしい。きょとんとした顔で俺を見返している。
「だから本当のところ、俺はどっちでもいいんだって。お前を受け入れるんでも、逆でも。お前と気持ちよくなれるなら、別にどっちでもよくって・・・まあそりゃあ、最初はどうして俺が下なんだよって思ったりもしたけど」
「・・・日向さん」
「それは最初の話だし、今はちゃんと気持ちいいし。だから、お前が俺に挿れるのででいいよ。それでいいんだろ?」
「だ、だけど、そしたらまた、俺ばっかり・・・」
「俺がどっちでもいいって言ってんだよ。お前に言わされてる訳じゃ無い。それにお前、俺のこと大事にしてくれるから、痛いとか辛いとかもねえしな。・・・正直、お前にされるのは嫌じゃねえよ」
すっかり涙も止まってジっと俺を見つめている若島津の頭を、俺はよしよしと撫でてやった。
「で、でも・・・!俺、俺はもしかしたら、あんたのことを」
「ストップ!・・・それ以上言うな。お前な、本当にそう思っていないことでも言葉にしていると、そのうち本当だと思うようになるんだぞ。そんなことばっか言ってると、俺たちマジで終わるぞ?」
「え!?や、それは嫌、ですっ!絶対に嫌!・・・だけどっ」
まだウダウダと続けそうな馬鹿わんこの頭を、俺はグイと両手で引き寄せた。近い距離で目を合わせて、馬鹿なわんこでも間違えようもないように、しっかりと言って聞かせる。
「お前は、ちゃんと俺のことが好きだよ。大事にしてくれるし、いつだって俺のことばっかじゃねえか。・・・俺の『お願い』を全部聞くことが出来ないからって、たまたま1つくらいそんなのがあるからって、俺のことを好きじゃないだなんて言うな。大体、極端過ぎるんだよ、お前は」
「・・・・」
「誰にだって譲れないことはあるんだ。そんなの、人間だったら当たり前だ。誰にだって普通にあるんだよ。俺なんか他人に譲れないこと、10も20もあるぞ。なのにお前は、これまでにたった一つじゃねえか。少なくとも俺に対しては」
「・・・・」
「お前は俺のことが好きだし、自分勝手でも我儘でも無い。俺もお前のことが好きだし、嫌いになんかならない。もちろん俺たちは別れたりしない。だから、お前は泣く必要なんか無い。 いいか?分かったな」
俺にしては随分と饒舌になったと思う。
これだけ言えば若島津も納得するだろうと思ったのだが、頑固で馬鹿なわんこは「ありがと・・・でも、違うよ」とポツリと呟いた。
「俺は日向さんのことが大好きだけど・・・だからこそ、あんたの『お願い』を受け入れることの出来ない自分が許せないんだ。だって、これは些細なことで、俺が折れれば済む話で・・・なのに俺は、それが出来ないって言うんだから・・・ンむっ!」
俺はわんこの鼻をムギュっと摘まんだ。
「ちげーよ。お前にとっては些細なことなんかじゃねえだろ?だから、泣くほど悩んだんだろ?」
「ふ、ふうが、はん・・」
鼻の頭から手を離して、俺は若島津の長い髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「俺に抱かれたくないのは、俺を好きじゃないから、じゃない。それが単にお前の性癖だって話だよ。癖なんだから、仕方が無いと思えばいいだろ」
「・・・せい、へき?」
「そうだよ。同性が好きとか、年上しか興味無いとか、太っている人しか駄目とか、人によって色々とあるじゃねえか。それと同じだろ。お前の場合は、俺限定で、しかも俺に挿れたいんだ。それだけだ。違うか?」
「・・・ちがわない」
若島津はようやく俺の言うことに頷いた。
「・・・日向さんへの気持ちを、デブ専とかと一緒にされるのもどうかと思うけど・・」
「それはそれで、尊重しろよ」
少し余裕が出てきたのか、若島津が冗談を言う。俺は笑った。
「自分の性癖と違ったら、人間、なかなか受け入れられねえよな。お前だって、それだけだって。そう考えればシンプルじゃね?」
「・・・そう、考えていいの・・?」
若島津は俺の手を掴んで、その大きな両手で包んだ。揺れる瞳がおずおずと俺に問う。本当にそれでいいのかって。
「直すとか変えるとか、そういうもんじゃねえからさ。もうどうしようもねえんだから、合う奴を見つけるのが一番なんだ。その点俺は、俺とお前は合ってると思ってる。・・・なあ、これ以上はもう言わせんなよ」
「・・・うん。ごめんね。・・・ありがとう。俺、本当に日向さんのこと、大好きだよ」
「おーおー。俺もだよ。ホラ、こっち来い」
ベッドの上で両手を広げて若島津に「来い」と言うと、鼻の頭を赤くした若島津が、ギュっと俺に抱きつく。
「日向さん。日向さんってやっぱり・・・すごい。すごく格好いい。好き、大好きだよ」
俺は生乾きの若島津の髪に鼻先を埋めた。寮のシャンプーの匂いがする。その匂いを嗅ぎながら、『あっぶねえなあ』と俺は今回のことを振り返っていた。
今回、もしかしたらコイツを失っていたかもしれなかった。下手をすると、そうなっていた。俺が考え無しだったばかりに。
だって人の関係なんて、ほんのちょっとしたことで簡単に壊れてしまう。俺はそのことを知っているのに。
(あんまり、真面目な奴を揶揄うもんじゃねえな・・・)
本当にあれは、俺からしてみれば思いつき程度のことだった。こいつがあんまり可愛いから、俺にだって抱けるんじゃないのかと思っただけだ。
だけど若島津は、俺のその思いつきのせいで随分と悩んだ。自分の気持ちを疑い、自分の人格も否定して、苦しんで哀しんで、そのうちこの部屋に、俺の傍に居られなくなった。
(・・・ほんと、怖え)
こいつがどれだけ俺のことを想っていてくれてるかなんて、俺には手に取るようにわかるのに。俺はそのことがすごく嬉しくて、幸せなのに。なのに、俺がそう思っていることがコイツには分からない。危うく俺から離れていくところだった。
俺はふいに実感した喪失への脅えを、目の前の優しい男に抱きつくことでやり過ごした。もっともっと近くにと、体を擦り付ける。
だがしばらくすると、若島津がもぞもぞと動いて「あ、あの・・・日向さん。そろそろ」と言って離れようとする。
「なんだよ。お前、ずっと俺から逃げてたんだぞ。これくらいさせろよ」
「でも・・・あ、あのね、日向さん。俺、ここのところずっと日向さんに触れて無かったから、こんなに近くにいると」
その、我慢できなくなっちゃうから 小さな声が続く。
「なんだよ。そんなことかよ」
「そんなことって」
困ったような表情で俺を見上げる若島津に、俺はぷは・・っと笑った。
「いいよ。やろうぜ。寝不足ついでだ。俺がどんだけお前に放っておかれたと思ってんだよ。お前、ちゃんとこれまでの分、働けよ?」
俺が奴の膝に乗り上げて首に手を回せば、若島津は目を大きく見開いて、ゴクリと喉を鳴らした。
可愛い反応を見せる馬鹿わんこに、俺はまだお預けとばかりに『待て』をして、さっさと自分の服を脱いでベッドの脇に放り投げた。
END
2018.03.30
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