~ 俺のわんこ ~リバ編



「てめえ。こんな時間まで何所に行ってやがった」
「・・・日向さん・・!」

消灯時間もだいぶ過ぎた頃、若島津の野郎がやっと寮の俺たちの部屋に戻ってきた。
音を立てずにそっと滑りこむように入ってきた奴の首根っこを、俺はすかさず引っ掴む。俺が起きているとは思っていなかったのか、若島津は「・・・ひ!」という小さな叫び声を上げた。

「おい、今何時だか分かってんのか。連日連日、消灯過ぎるまで部屋に帰ってこねえってのは、一体どういう了見だ」
「ひゅ、日向さん、起きてたの・・・」
「起きてたの、じゃねえよ。今日こそはとっ掴まえてやろうと待ってたんだよ」
「ええ~・・・」

不服そうな声に腹が立つ。遅い時間であることも忘れて、俺は思わず大きな声で怒鳴った。

「何が『ええ~!』だよっ!てめえのせいで、明日は寝不足決定なんだからな!どうしてくれんだよ!」
「・・・起きて待っててなんて言ってないし・・。寧ろ寝ててくれてた方が・・」
「ああ!?ンだってぇ!?」
「ご、ごめんなさい・・!」

久々に自分でも自覚するくらいにはガラが悪くなった。若島津は半べそをかいている。俺はそんな奴の首根っこを掴んだまま、部屋の真ん中まで引きずっていった。だって、だって・・・と小さな声で抗うのも、俺の怒りに油を注ぐ。デカい図体した男が『だって』なんて言ってんじゃねえよ!

とにかく俺ははらわたが煮えくり返っていた。

なにしろ、ここのところずっとこの調子だったのだ。
サッカー部の練習を終えて寮に戻り、夕食をとったらもう若島津の行方が分からなくなっている。
仕方が無く俺が一人で風呂に向かえば、その隙を狙いすましたかのように着替えを取りに来て、また行方を眩ます。風呂から戻ってきた俺は一人で苛々してアイツを待つわけだが、結局俺がそれも諦めて眠った後になって、ようやく部屋に帰ってくる。

そんなわけで、最近は俺たちが言葉を交わすのは殆ど学校にいる間、それと部活中に限られていた。

(ほんと、腹が立つ・・・!)

俺は引き摺ってきた勢いそのままに、若島津をベッドの上に放り投げた。標準的な男子高校生よりも遥かに体格のいい男にぶつかられ、ベッドの金属製のフレームが軋んだ音を立てた。

「寝不足ついでだ。今日は覚悟しろよ」
「・・・え!?ちょっと、待って・・!」

そのまま若島津の上に覆い被さった。
風呂から上がって何処で時間をつぶしていたのか知らないが、若島津の髪はまだ濡れていた。

「髪、冷てえじゃねえかよ。風邪ひくだろうが。この馬鹿が」
「だって・・・や、ちょっと・・!」

するりとTシャツの中に手を入れて綺麗に割れた腹筋を撫でると、若島津の身体が震えた。

「やめてください、よ・・!日向さんっ」
「何でだよ。お前がいつも俺にやってることだろ」
「だけど・・・!」

ふん、と俺は鼻を鳴らす。

こいつが部屋に戻ってこなくなったのは、そもそもこれが原因だった。
この間、「たまには逆もいいんじゃないか」とエッチの最中に俺がこいつに提案したのが始まり。正直なところを明かせば、俺が言ったそれは揶揄い半分、冗談半分で、何が何でもコイツを抱きたいとか、挿れたいとか、そういったことではなかった。
もちろん俺も男だから、抱く方に全く興味がない訳ではなかったけれど。


ところがそれを真に受けた若島津が、露骨に俺のことを避けるようになったのだ。
最初はたまたま、何かの用事で部屋にいないのだろうと思っていた。誰かの部屋に用があって訪ねて行っているのだろうと。
だが戻ってきたコイツに『どこに行っていた』と訊いても要領を得ないし、誤魔化すような返答の仕方で・・・そのうち俺は気が付いた。こいつ、俺から逃げてるんだなって。

そんな態度を取られれば、そりゃあ俺だって『そっちがそのつもりなら、こっちだって』となるだろう。
俺は最近、以前よりもあからさまに迫るようになっていた。もちろん、俺を受け入れる側になれと言って。
だけどそうすればそうするほど、こいつは更に俺から逃げ回るようになった。


そんな日々が続いて、ようやくこの唐変木を捕獲したのがまさに今、ということだ。

「ずっと俺のことを避けやがって・・・」
「だって、だってええ~~」
「だってじゃねえ、っつってんだろッ!」

若島津の方が俺よりもよっぽど逞しくて力もあるので、本来であればコイツを腕づくでどうこうするというのは俺には難しい。
だが俺の方が結構な無体をしたとしても、この男が俺に本気で抗うことはない。それがほんのちょっとだとしても、俺に危害を与える可能性があるようなことは、こいつは絶対にしない。俺のわんこはそういう奴だった。

その点で、多少は体格の差があるとしても、俺の方が有利という訳だ。我ながらズルい気がしなくもないけれど、俺に言わせれば、一方的に逃げ続けて俺をこれだけ怒らせたコイツの方が悪い。

「諦めろ。とりあえず一回ヤらせろよ。そんなに悪いもんじゃねえって前から言ってんだろ」
「そ、それは、日向さんだからだもん・・っ!」

両手を押さえつけ、下半身には俺の体重を乗せて僅かな抵抗も封じ込める。俺の下で涙目になってフルフルと首を振る若島津は、可哀想といえば可哀想にも思えるが、それなりに可愛くもある。これまで本気ではなかったけれど、やっぱりコイツなら抱ける気がする。

組み敷いたわんこの首筋を舐め上げる。『いい加減に覚悟を決めろ』と再度促せば、俺の下の大きな図体は細かく震え出した。それも意に介さずに先を続けていると、その震えは段々と大きくなっていった。

一旦身を起こして、ベッドに抑えつけた若島津を見下ろす。その顔は傍から見ても分かるほどに青ざめていた。

(それほど嫌かよ・・・!)

その様子を見て頭に来るとか、腹立たしいというより      萎えた。

ついいつもの癖で犬変換して見ちまったら、尚更だった。
耳をペタンと寝せて、尻尾もだらんと垂らして、大きな体を小さく丸めてガタガタと震えるわんこ。『クウーン・・・・』という消え入りそうな鳴き声まで聞こえてくるような絵面だった。

(・・・一体、何だっつーんだよっ!これじゃ、まんま動物虐待じゃねえかよ      !)

俺の場合、実は脳内で一度犬変換してしまったら最後、この状況が変わらない限り今度はヒト変換ができない。だから今の俺には、若島津は大型犬そのものだ。
意地も性格も悪い俺だけれど、さすがに弱いものいじめや動物虐待はしない。そもそも犬相手じゃ、勃つものも勃ちゃしないし。

俺はため息をついて、若島津の身体の上から降りた。

「・・・んだよ。そんなに嫌かよ」
「・・・・・」
「おい、無視すんじゃねえ」

低くドスの効いた声を出せば、若島津は怯えたように大きく身体を震わせた。

「おい・・・」
「・・・ご、ごめんなさい・・・!。おれ、俺、ね。日向さんが望むなら・・・って、何度も何度も何度も何度も考えたんだけど」

『何度も』を必要以上に繰り返して、若島津もベッドの上に起き上がる。胡坐をかく俺の前で、ものすごく緊張した顔つきで正座になり、畏まった。

「でも、どう考えてみてもピンとこなくて・・・。俺、日向さんのことをすごく好きだし、一緒にいるだけでも幸せだと思うし、日向さんの望みは何でも叶えてあげたいって思っているんだけど・・・。それは本当なんだけど」

若島津は伏せていた顔を上げた。その黒目がちの瞳は潤んで、光を弾いてゆらゆらと揺れている。

「でも、俺はやっぱり日向さんを抱きたくて・・・逆はどうしても考えられなくて。だけど、どうして駄目なのか自分でも上手く説明つかなくて・・・。それなのに、一番好きな人のお願いも聞いてあげられないのって、それってどうなの?とか自分でも思うし。俺の愛情って、そんなものなのかな、その程度のものなのかなって・・・そんな風に思うと悲しくなってきて」
「・・・・おい」

ちょっと待て。

「俺ってどんだけ小さい男なんだろうって、情けなくもなって・・・。こんな俺じゃ日向さんに好きになって貰える資格なんてないよな、とか、いつか日向さんが他の人を好きになっちゃったらどうしよう、って。それくらいなら、俺の身体くらい好きにして貰えばいいじゃないか、って・・・。そんな風に色々考えると、頭がグチャグチャになってきちゃって・・・」
「・・・・・」

いや、だから、ちょっと待てって。

俺は心の中でストップをかけた。ちょっと、これはマズくはないか?

「俺、本当に日向さんのこと一番好きだよ。大事だし、大切にしたいって思ってる。なのに、日向さんのして欲しいこともしてあげられなくて、自分の我儘ばっかり押しつけて・・・。ごめんね。俺、やっぱり狡い奴なんだ。本当に好きなら、何をされても我慢できる筈なんだよ。だけど・・・そうしたくないって、どうしても思っちゃうんだ」
「・・・・・」
「俺、このままじゃ日向さんに振られちゃうって・・・そう、思って。そうしたら一生日向さんに触れなくなっちゃう・・・、そんなの、い、嫌だけど・・っ。わ、別れるなんて、考えたくも無いけどっ、だけど、俺が自分勝手だから、ひゅ、日向さんから、そう言われたって、俺が悪いんだって」
「・・・・・」
「どんどんどんどん、怖いことばかり考えちゃって。なのに、やっぱりどうしても駄目で、自分が嫌になっちゃって。なんで俺って、こうなんだろうって」

若島津がグス、と鼻をすすった。泣くのはギリギリまで我慢していたみたいだけど、とうとう瞬きをした瞳から涙が一粒ポトリと落ちる。

(ふぁあああ~~!)

俺は心の中で叫んだ。うわああああ、って。

こうなってしまうと、俺は弱い。ついさっきまで沸点まで到達していた筈の怒りも引っ込んでしまう。コイツ自身は知らないだろうけれど、俺は元来、この男にとことん甘いのだ。










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