~ 俺のわんこ ~お熱編 3




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(結局、あの後はコイツが4人組を追い払って・・・それからは学校でも揉め事が減ったんだよなあ・・・)

俺の方は全く態度を改めることも無かったのに、周りからちょっかいを掛けられる回数が明らかに減った。あれは偏に、地元の名士の息子であって、空手黒帯の若島津が事あるごとに俺に構うようになったからだと思う。違うクラスなのに「日向さん、日向さん」って、休み時間の度に俺のところにやってきたからだろう。

(俺がどんなに煩がっても邪険にしても、絶対に離れることは無かったもんなあ・・・)

『空手はやらない、サッカーをやるから』と俺が言えば、こいつもサッカーを始めた。俺が東邦に進学するとなれば、こいつも親父さんと揉めに揉めて、結局は家を出てこんなところにまで着いてきた。

(俺みたいに意地の悪い奴の、一体どこがいいんだか)

「日向さん?どうしたの?俺の顔をそんなに見つめて。・・・ね、看病してくれて、優しくてイイ彼氏でしょ?惚れ直す?」
「・・・ばあか。調子に乗んじゃねえよ」

やっぱりこいつは、どうしようもなく馬鹿だ。

サッカーの実力は日本代表クラスだし、空手も強いし、見た目もカッコよくて頭もいいし、性格だっていいし、優しいし可愛いし、かなり恵まれた奴だ。こいつがその気になれば、大抵の女の子は靡くだろうし、うまいこと世の中を渡っていけるだろう。

なのにこいつは、俺がいいのだと言う。サッカーをするしか能の無い男なのに、そんな俺がよくて、他の誰かじゃ駄目なのだと言う。どんな時でも俺の傍にいて、俺を支えて、俺の味方でいたいのだと言ってくれる。

俺だって男なのだから、別に誰かに守られたいわけじゃないし、一人でも全然大丈夫なのだけれど。
だけど、誰かが自分のことを大事に思ってくれていて、そのことを言葉や態度で常に示してくれるのは、実は酷く心地がいい。こんなに他人に想われることに慣れて大丈夫なのだろうかとか、いつかこれを失くしたら俺はどうなるのだろうかとか、そんなことをたまに考えてしまうくらいには。

(だけど、なんで俺なのかはコイツ自身も分かってないんだよな・・・)

幾度か『なぜ俺なのか』と聞いたことがある。『お前の買被りだろう』と言ったことも一度ではない。
だが若島津に言わせれば『理由なんか無い』ということらしい。

    理由なんか、たぶん無いよ。だって考えても浮かんでこないもん。
    それに誰かを好きになるって、条件や理由を並べ立ててからそうなるものじゃないでしょう?
    敢えて言うなら、一目惚れってヤツかなあ。

そう言って、その時の奴はへらりと笑った。

だが本当に理由が無いのならば      
それならば理由もなく、いつかこの関係だって突然に終わるのかもしれない。そうならないとは誰にも言い切れなんじゃないだろうか。実際、そんなのはありふれた話なんだろうし。

    やべえな。思考がネガティブになってきてる。熱があるからかな・・・)

普段の俺は、あまり後ろ向きなことを考える方じゃ無い。考えたって無駄だと思うし、そもそもそんな時間も無いし。

だけど今みたいに寝ているしか出来なくなると、いつもなら意識の底に眠らせているようなことがプカリと浮かび上がってくる。そしてそれは、俺の内側の柔い部分     弱さや卑屈さといったものを餌にして、どんどんと膨れ上がっていく。自分では強い人間であるつもりなのに、そうではないことを思い知らされる。

ふいに息苦しさを感じて、浅い呼吸を繰り返した。

「ひゅ、日向さん?どうしたの!?大丈夫!?・・・ど、どうしよう。苦しい?辛いの?寮監を呼んでこようか?ちょっと待ってて」

部屋を出ていこうとする若島津の手を咄嗟につかんで、引き留めた。

「日向さん!?」
「・・・あの頃から、お前はほんとにキラッキラしてるよなあ・・・」

初めて出会ったあの日。
あの瞬間からこいつはずっと俺の味方でいてくれた訳だけど。だけど俺だって、あの時の綺麗な瞳のお前を忘れたりしない。たぶん、この先もずっと。

「日向さん?何?どうしたの?離してくれないと、呼びに行けないよ」
「・・・お前、予防接種受けたんだもんな?」
「うん?・・・受けたよ。一緒に受けたじゃん」
「・・・キス」

しゃがれ声で強請ると、若島津は一瞬目を瞠ったが、すぐにマスクをずらして俺の上に身をかがめ、唇に軽くキスをくれた。

「・・・もっと?ちゃんと?」
「・・・もっと」

今度は深く、舌を絡ませる恋人同士のキス。何度も角度を変えて、俺が満足するまでしてくれた。
唇が離れた時には、俺だけじゃなくて若島津の頬も少し熱くなっていた。

「・・・うつっちまうかな」
「大丈夫だよ。俺、病気で倒れたことないでしょ」
「そういえばそうだな」

熱はまだ高くて頭もクラクラしているけれど、さっきまでの追い立てられるような焦燥感や息苦しさは、だいぶ軽減していた。

「若島津」
「はい」

俺は若島津を近くに呼んで、その頭を抱えて髪をワシャワシャと掻き混ぜる。

(お前は俺だけのわんこで、俺には一番効くクスリだもんな・・・)


好きだぞ。


滅多に口にしない言葉を紡いでみれば、俺のわんこはあの日と同じキラッキラした目をして、嬉しそうに笑った。

俺は俺にしか見えない毛むくじゃらの尻尾が左右に振られるのを眺めながら、もう一度ワシャワシャと可愛いわんこの頭を撫でた。







END

2018.03.08

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