~ 俺のわんこ ~お熱編
「あー・・・・」
頭が痛くて重い。あまりにも辛くてつい出てしまった声は、自分のものとは思えないくらいにしわがれていた。何のことはない。俺はこの冬初めての、風邪を引いてしまったのだった。
「日向さん、大丈夫?辛い?汗かいてるね。顔を拭いてあげるね。さっぱりするからね」
若島津がタオルで俺の額や首筋を軽く抑えるようにして拭いてくれる。柔らかいタオルの感触が気持ち良かった。
「・・・馬鹿、お前、近づくなよ。うつるかもしれねえだろ」
「うつんないよ。俺、病原体には強いもん」
「ただの風邪じゃないかもしれないだろ。インフルだったら・・・」
「検査は陰性だったじゃん。それに、予防接種受けてるから大丈夫だよ」
俺は今朝から突然の高熱を出し、学校を休んで病院に連れていって貰っていた。こんな時期だからとインフルエンザの検査を受けたが、結果は陰性だった。だが熱が出た直後では、感染していても陽性反応が出ないことがあるのだという。それで明日、まだ高熱が続くようだったら、もう一度病院に行くことになっていた。
「日向さん、疲れが出たんだよ。選手権が終わって、部の引き継ぎをして、追い出し会やって、期末考査があって・・・俺だって疲れちゃったもん」
若島津が俺の前髪をさらりとかき上げる。マスクで顔の半分は隠れていたけれど、柔らかく笑っているのが露わになっている目元だけで分かった。
「それで風邪を引いちゃったんだよ。インフルなんかじゃないよ」
「でももしかして本当にインフルで、お前にうつったら」
「そうなったらなったで、俺のせいだよ。だって、俺が日向さんの傍で看病をしたいって我儘を言ったんだから」
「・・・お前は、ほんとにどうしようもねえな」
「うん。どうしようもないんだ、俺」
だって日向さんと別々の部屋で寝るなんて、俺が嫌だからさ そう言ってまた優しく微笑む。
確かに、俺をこの部屋 寮で俺と若島津が使っている部屋 で寝かせると主張したのは、こいつ自身だった。念のため別の部屋に隔離しようとした寮監に対して、この男にしては珍しく強硬に反対した。
だって、検査は陰性だったんでしょう?ただの風邪かもしれないんですよね?
ただでさえ弱っているのに、一人で寝かせるなんて可哀想です。俺、うつされないようにマスクもするし、ちゃんと気を付けますから・・・!
日向さんを別の部屋に連れていったりしたら、俺の方が心配で眠れないかもしれない。そうなったら、俺もきっと発症しますからね!
そんな訳の分からない脅し文句で、結局は寮監の首を縦に振らせた。その応酬は俺の寝ているベッドのすぐ脇で繰り広げられたので、正直「どっちでもいいから早く出ていくか、移すかしろよ」と思っていたのだけれど、実際にこの部屋で若島津と一緒にいていいと言われると自分でも意外なほどにホっとした。それはたぶん、この体調で部屋を移動するのがキツかったからというのもあると思うけれど。
「絶対に、うつされんじゃねえぞ」
「うん。大丈夫。・・・日向さん、少し目が潤んでるね。そんなに辛い?解熱剤は・・・もうそろそろ新しいのを飲んでもいいのかな。えっと・・・前に飲んだのは、お昼ごろだったんだよね?」
俺の熱を測るように、おでこや頬、首筋に次々と若島津の大きな手が触れていく。こいつは俺に比べて体温が低いからか、ひんやりとしていて熱が吸い取られていくような気がする。思わず「・・・・気持ちいい」と声に出していた。
「ん?気持ちいい?こうしてずっと触ってる?」
「だから、うつるって」
「日向さんが楽になるのが一番だし。俺は、俺よりも日向さんの方が大事なんだから」
「・・・てめえは、またしれっとそんなことを」
「本当だよお」
「・・・・」
俺のわんこは不思議な男だ。理解しがたいほどに、とことん俺を中心に生きている。朝から晩まで、俺のことばっかりだ。
一体いつから とは、思い出すまでも無い。出会った時からだ。出会った「頃」ですらなく、まさに出会った「瞬間」から、この男はそうだった。
(お前はほんと・・・何があっても、俺の味方をするんだもんなあ・・・)
俺が初めて俺のわんこに出会ったのは、小学4年生が終わる頃のことだった。日ごとに春めいて、暖かい日が続くようになった季節の、ある日のこと。
俺はその日のことを、一生忘れない。
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