~ Vanilla function その後 ~
代表合宿二日目。
フィジカルトレーニングとポジションに分かれての練習、フォーメーションの確認やミニゲームを行って、その日の午後までの練習を俺たちは終えた。
夜にミーティングを行うから集まるようにと監督から指示を受けて、一旦は解散になる。短い時間の間に、それぞれに食堂で晩飯を食って、風呂に入っておかなくちゃいけない。俺も宿泊棟の方へと向かう。
「松山。ちょっといいかい」
「俺?」
だが三杉に呼び留められて、皆が引き上げていく中、俺はその場に一人残った。正しくは三杉と二人、だが。
三杉は監督やコーチも含めて全員が居なくなったことを確認してから、それでも用心深く俺を人目につきにくい物陰へと誘導した。何事かと思って俺は首をひねったが、「松山。君、日向と何があった?」とズバリ単刀直入に尋ねられ、思わずむせた。
「・・ゲ、ゲホッ!ンンッ、・・な、なにがって、え?何・・・!?そっちこそ、なんで!?」
「・・・・・」
いかにも挙動不審な反応を返してしまった俺に対して、三杉はガラス玉のように澄んだ色素の薄い瞳で、こっちの目の中をじっと覗きこんでくる。
三杉の感情の読み取りづらい目でこんな風に見られると、どんなに外側を装っても無駄なんじゃないかって気がしてくる。
何を言わなくても、こいつは俺の心の内なんてお見通しなんじゃないか、この男には隠し事なんか何もできないんじゃないか・・・って、そんな風に思う。
「昨日から君がおかしいことには気が付いていたんだよ、松山。君は日向が視界に入ると、途端に落ち着かなくなったからね。何かがあったんだろうとは思っていた」
「何かなんて、俺は別に・・・」
「その割には、日向の方は普段どおりだったからね。放っておいてもいいものなら、そうしようと思っていたのだけどね・・・」
「・・・・」
こいつって本当に周りの人間のことをよく見てるんだなあと、そんな場合でもないのに、つい感心してしまう。
それとも俺の態度が、よっぽど分かり易かったのだろうか。
下手に喋れば、きっと墓穴を掘ってしまう。他に手立てが無くて、とりあえず黙りこんだ。
三杉はそんな俺を至近距離から探るように観察している。さながら俺が犯人で、こいつが刑事か検事かといったところだ。掛けられる無言の圧力に、俺は黙秘権を行使して何とかやり過ごそうとした。
やがて三杉が身を離して、はあ、と息を吐く。
「・・・なるほど。君の意思は理解した。そうであるなら部屋を替えるしかないね。日向は僕の部屋に移すから、君は一人でそのまま使うといい」
「え!?・・ちょっ、ちょっと・・・!」
話は終わったとばかりに踵を返す三杉の肩を、咄嗟に掴む。
「ちょっと待てって・・・!ほんとに俺たち、何にも無いからっ!喧嘩した訳でもないし、問題は無いからっ!」
「君がそんなに焦った声を出すところが、もう普通ではないと思うのだけれど?」
「そ、れは・・」
返す言葉が見つからない。
だけど、このままうやむやにして部屋を別々にしたならば、俺はこの先も日向のことを引き摺ってしまいそうな気がする。
そんなのは嫌だった。
俺は日向のライバルだし、代表ではチームメイトだし・・・・とにかく、これから先だってあいつと縁を切るつもりは無いのだ。
「大丈夫だから。本当に、何も無いから。俺もこれまで通りに普通にするし。それより、この状態のままで合宿を終わったりしたら、それこそチーム内の連携にも支障が出るかもしれないし・・・。だから、頼む!」
こればかりは折れる訳にはいかない。
今度は俺の方から三杉の視線を捉えて、強く言い切る。今は信じて貰うしかなかった。
「・・・分かった。だけど、君たちの様子が少しでもおかしくなったら、引き離すから。いいね?」
三杉は俺の胸にトン、と右手の人差し指を突き立てて、念を押す。
俺が頷くと、軽く肩をすくめて立ち去った。
『まったく、どいつもこいつも・・・』という貴公子らしからぬ、罵りの言葉を残して。
さて、こうなってしまったそもそもの発端は何だったのか。
三杉にああ宣言したからには、俺はこの合宿が終わるまでには、日向に自分がしたことの意味や、その時に俺を支配していた感情の正体を明らかにしなければならない。
俺は、藤沢が好きだ。それは間違いない。
清楚で可愛らしい外見も、優しくて思いやりがある内面も、どっちも大好きだ。
今時珍しいくらいに大人しくて控えめなところもあるけれど、それでいてしっかりと自分を持っているところも好感が持てる。
遠く離れていて何もしてあげられないのに、不平不満を一度だって漏らしたことがないのも健気だ。俺の前ではいつも笑ってくれていて、そんなところも愛おしい。
実際、俺には勿体ないくらいのいい子だと思う。大切にしたい。
しかもそのうえ 実は藤沢は、ものすごくスタイルがいい。
身長はそれほどある訳じゃないし、手足も細くて全体的には華奢なんだけど、出るべきところはしっかり出ている。男からすれば、理想的なプロポーションだ。
たまに藤沢を連れて歩いていると、通り過ぎる男たちが振り返っていくことがある。露出度の高い服を着ている訳ではないが、あの胸の大きさはそうそう隠せるものじゃない。俺だって藤沢と腕を組んで、うっかり肘が胸に当たったりした日には、今でもドキドキする。
とにかく俺の彼女は、誰にでも自慢できるくらいの素敵な女の子だった。
なのに。
そうだというのに、どうしてこうやって藤沢のことを考えていても、頭の隅にアイツが浮かんでくるんだろう。あいつの逞しい、広くて固い胸を思い出すんだろう。柔らかさの欠片もない、俺と同じような硬質な体だというのに。
(ほんと、俺・・・・どうかしてる・・・・)
筋肉の弾力が感じられる、どこからどう見ても男でしかない身体だった。マシュマロのような女の子の肌とは全く違った。
そのくせ手を滑らせると、思いがけず滑らかな触り心地で、天鵞絨のようだった。
それから、お日様の匂い。
常に太陽の光を浴びているからなのか、日向の肌からは陽向の匂いがした。なまめかしさとは真逆の筈なのに、それが日向の香りなのだと思うと、頭が痺れたようにクラクラとした。
(あいつの身体、感じやすかったよな・・・)
小さな乳首をそっと引っかくと、嫌々と首を振って逃げようとした。汗で張り付く髪が色っぽかった。
うすく開きかけた目蓋が震えて、瞳が揺らいで 意外に睫毛が長いのだと、初めて知った。痒みに耐えるような苦し気な表情を、もっと歪めさせてみたいのだと思った。
(俺 あいつに触りたいのか?気持ちよくさせたい?藤沢にするみたいに?)
そのことを素直に認めるのは、中々に難しいことだった。
だってこれまでは、ライバルとしか見てこなかった相手なのだ。それが突然にこんな状況になって、俺だっておかしいと思っている。今でも自分自身が信じられない。
そして何よりも理解できないこと。
俺はゲイじゃない。性に関しては至ってノーマルだ。
今までの人生においても、男相手に性的な興味を持ったことは無いし、逆に女の子なら藤沢以外でも何人か気になる子もいた。
だからきっと、これは気のせいなんだ。気のせいじゃなくても一過性のものだ。そうに決まっている。
そうじゃなければ、俺は男も女もイケる人間ってことになる。それは絶対に無い。有り得ない。
だけどもしかしたら・・・。
自分にその認識が無かっただけで、潜在的にはそうだったということもあるのだろうか。
「・・・・いやいやいや、それは無えし。大体ペッタンコの胸と、藤沢の巨乳なんて比べるまでもねーし。そもそも、そこにある意味もちげーしっ!」
混乱していた。
だからだろう。
自分でも気が付かないうちに、独り言にしては随分と大きな声で、そんなことを口走っていたのは。
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