~ Vanilla function ~2
「え・・・。もしかして・・・日向って極度のくすぐったがり・・?」
「・・・・・・」
探るように尋ねた俺に返ってきたのは、無言と、ますます揺れ動く落ち着きのない瞳だった。
なーるーほーどー・・・!
俺はニヤリと笑った。もちろん、意識して意地の悪い表情を作って見せたのだ。
「へえ~。そっかあ~・・・。日向はくすぐったいのが苦手かあ~」
わざと手をワキワキと動かして近づくと、日向が 「チ・・・ッ」 と小さく舌打ちをする。本当に行儀の悪い奴だ。
「ンなこと、どうでもいいだろ。下らないこと言ってんじゃねえよ。・・・もう行くぞ」
素っ気ない言葉で誤魔化そうとする日向を、今の俺が許す筈がない。ドアに向かおうとするその手を掴んで、引き留める。驚いたように振り返った日向は、すぐに俺の意図を読んだようでギロリと睨みつけてきたが、長い付き合いでもある俺にはそんなものは効かなかった。
「ふっふっふ~。今こそ、食堂での借りを返させて貰おうじゃないか」
「はあ!?何だよ、それ。・・・あ!?もしかして、アレか!?あの、殴った時のか!?昔の!?そんなもん、とっくに時効だろう!」
「ちゃんと覚えてんじゃねえかよ!俺はなあ、いつかお前に仕返しをしてやろうって、それだけはずーっと忘れずにきたんだよ!」
「しつこ・・・ばっ、馬鹿ッ!やめろっって・・・!」
誰が止めるかっつーの!
せっかくのこんなチャンスを、むざむざ見逃す訳が無いだろう・・・!
俺はひゃひゃひゃと笑って、日向の腋の下を狙って擽ろうとする。
もちろん日向も抵抗する。「馬鹿野郎・・・ッ!あっちいけ!止めろってば!」と喚いて、両手を脇の下に挟んで弱点を守ろうとするから、それならそれで・・・と俺は標的を脇腹に変えた。
その場所を揉むように擽ると、日向が「や、やめ・・!ぅわ、あッ、ひあっ」と声を上げて更に暴れる。
(ほんっとにコイツ、擽られるの苦手なんだな・・・!)
腕力で反撃されれば俺に勝ち目は無い筈なんだけど、日向は逃げようとするので精一杯で、そこまで頭が回らないらしい。
脇腹を庇おうとすると腋の下の守りがおろそかになる。すると俺の手がそっちを狙う。じゃあ、と腋の下を守ろうとすると、今度は脇腹がガラ空きになる。その繰り返しで日向はヒーヒー笑ったり唸ったり怒ったりしているし、俺はそれが楽しくて仕方がなかった。
「も、もう止めろって・・・!まつやま・・!」
「え・・・、うわ!」
フラリと体が傾いだ日向は、そのまま自分のベッドに倒れこんだ。俺は咄嗟に支えようとしたが、日向が重すぎて耐えられずに一緒にボスっと倒れこんだ。
「・・・日向、大丈夫か!?」
俺の方が上に乗り上げた形で倒れたから、いくらベッドの上とはいっても、下手すると怪我をさせたんじゃないかと心配した。
だけど日向の表情は、痛みに耐えるような感じじゃなくて。
俺が下敷きにした男は、目を瞑って口元に手の甲を押し当てて、懸命に呼吸を整えようとしていた。その姿は何と言うか・・・・・色っぽく、見えた。
頬を上気させて呼吸は荒く、胸を忙しなく上下させている。長めの前髪が乱れて、額に汗で張り付いていた。よほど辛かったのか、時折り薄く開く目には、涙の膜がうっすらと張る。
この男に対してこう感じるのはおかしいのかもしれないけれど、正直エロい顔だった。
そう、『エロい』。
今の日向の姿には、その表現が一番しっくりくる。
だってこうして押し倒した格好の日向を見降ろしていると、何だか自分がものすごくイヤらしいことをしているような気になってくる。
(いや、日向だから !勘違いするな、俺!どんなに色っぽく見えても、これは日向だから !)
そう自分に言い聞かせないと、俺自身が変な方向に暴走してしまいそうだった。
いや、もしかしたらもう遅いのかもしれない。だって俺の視線は、Tシャツが捲り上がって露わになった日向の腹から離れないのだから。
見事に割れた8パックだった。俺よりもよほどクッキリと綺麗に割れている。
その溝を指の先でそっとなぞると、日向が身体を固くした。また擽られると思って警戒しているのだろう。
(・・・固いけれど、すべすべしてる)
他人に吹聴したことは無いけれど、俺は女の子の肌だって既にちゃんと知っている。これとは全く違う。もっと柔らかくてふわふわしていて、甘ったるい匂いがする。大事に扱わないと壊れてしまいそうに細くてか弱くて、でも抗いがたい誘惑に満ちたものだ。
それでも、ここまで強烈な刺激を受けたことは無かった。これほどに征服欲を掻き立てられるようなものじゃなかった。
これは男相手ならでは、なのだろうか。それとも、組み敷いている相手が日向だからなのか。
「・・・まつ、やま?」
未だ整わない息の下から呼ばれる名前は、少し舌っ足らずで、どこかあどけなかった。
何なんだよ、と思う。
こんなの、反則だろう。デカくて目つきが悪くて、ガサツで性格的に難のある男が、こんなに可愛らしく見えるだなんて。そんなギャップを見せられたら、どっちが本当のお前なのか、分からなくなるじゃないか。
「しばらく黙ってろ」
俺は短く日向に告げた。
しばらくしたら、満足するから。こんなの、ただの気の迷いだから 日向にも自分にも、そう言い聞かせるように。
日向が目を瞠るのが気配で分かったけれど、俺はもう視線を合わせるようなことはしなかった。
暴れられても大丈夫なように、ガッシリとした両足を体重を掛けることで抑え込む。腕は一括りにして頭の上に抑えつけた。
だから俺が使えるのは右手だけ。その片方の手を、Tシャツの裾から差し込んで日向の剥きだしの肌に這わせる。
「・・・アッ!?」
上がる悲鳴も無視して、俺は滑らかな肌をゆっくりと撫で回した。日向がどう捉えているのかは知らないけれど、俺からすれば擽っているのではなく、愛撫だった。
日向を笑わせたいのではない。感じている声を聞きたかった。
「や、やめ・・っ、あ、松山ッ!・・・・ンッ」
下半身にダイレクトに響くような掠れた声で、俺の名を呼ぶ。
マジで何なんだよ、お前は。普段は誰よりも男らしいくせに、どうして今はそんなにやらしい声で誘ってくるんだよ。
「日向、お前って・・・。意外性にも程があるだろ・・・っ」
「や、やめろって・・・!馬鹿、馬鹿じゃねーの・・っ」
指と手のひらを使って、好きなように日向の身体に触れていく。
丹念に下腹部と脇腹の盛り上がりをなぞって感触を楽しんだ後、少し手を上にずらす。指の先が胸の尖りに触れた。日向の身体が跳ねる。感じるらしかった。先端を軽く爪でひっかくように擦ると、首を振って暴れる。
「・・・ひゅうが」
「は、・・あ、もう、いい加減に・・・っ、んあッ」
『いい加減にしろ』という言葉で、もしかしたら今俺がしていることは、日向にとってはさっきまでの擽りの延長線上にある行為なのかもしれないと思った。
(そんなものかもな・・・。俺だって、こいつに欲情しているだなんて、自分でも信じられないもんな・・・)
それならば、そう思わせておけばいいのか。
それとも、遊びの範囲なんかとっくに越えているのだと、思い知らせた方がいいのか。
だけどそうしたなら、今後の俺たちの関係は全く変わってしまうだろう。会えば喧嘩や衝突ばかりしているけれど、何だかんだ言っても今の関係も俺は気に入っている。遠慮なくズケズケと悪口を言える相手は、こいつくらいしかいないのだから。
逡巡していると、ふいに「その辺にしておきなよ」と背後から声を掛けられた。
ビクンと身体と心臓が跳ねた。日向の、じゃなくて、俺の、が。
声のした方を振り返ると、反町が腕を組んだ格好で、ドアにもたれて立っていた。何故かは知らないけれど、困ったような表情をしている。
一体いつの間に入ってきたのか。全く気が付かなかった。
「止めておきなよ。確か松山って、可愛い彼女がいたよな?」
「・・・・・」
反町はたった一言で、これ以上ないくらいに効果的に俺を牽制した。
そして日向に近づくと、「日向さん、大丈夫?」と声をかける。ベッドに腰をかけて、力の抜けている日向の身体を引っ張り上げて抱きとめた。
「・・・ン」
「随分と好きに遊ばれちゃったんだね。でも、もう大丈夫だよ」
呻く日向の背を、ポンポンと宥めるように柔らかく叩く。日向もすっかり反町に体重を預けきっていた。
「可愛いだろ?俺たちの日向さん」
『俺たちの』。
こっちを見ている訳じゃ無いけれど、反町は俺に話しかけていた。
「でも、止めておいた方がいい。おかしな気分になるのは分からない訳じゃないけど。俺もそうだったし」
「・・・・」
「とりあえず、見つかったのが俺で良かったんじゃないの?若島津だったら、今頃流血沙汰だよ」
あいつ、過激だからー、と反町は笑うけれど、俺は笑えなかった。
「・・・そり、まち」
「なあに?日向さん」
「・・・あいつ、しかえしって・・・・マジやり過ぎ・・・」
「えー?仕返し?何の。そんなので、大人しくやられちゃってたの?日向さん」
くったりと身を任せる日向を腕に抱えて、反町は屈託なく笑う。
目の前の二人のやりとりは、ただの友人、チームメイトというには随分と距離感が無いように見えた。何となく、俺が見てはいけないもののような気がする。俺がこれまで通りにこいつらと付き合っていきたいのなら、尚のこと。
「松山、そういえば三杉が探してた。相談があるってさ。早く行った方がいい」
「・・・あ、ああ」
反町のその言葉に半ばホッとして、そそくさと逃げるように俺は部屋を出る。ドアを閉める直前に、反町から「若島津に日向さんの居場所を聞かれたら、俺と散歩に行ったって、そう言っといて」と声を掛けられた。
その真意は分からない。考える気にもならなかった。
宿泊棟を出て、三杉のいるだろうミーティングルームへと向かう。
相談って何だろうと思いながらも、今部屋に置いてきたばかりの日向と反町のことが頭に浮かんで、どうしても思考を邪魔された。
(ほんと・・・何してんだよ、俺・・・)
ジャージのポケットに突っ込んでいたスマホが、ふいに振動して着信を知らせる。
しびれを切らした三杉かと思って手に取れば、画面に表示されていたのは大切な、ただ一人の女の子の名前。
俺は通話に切り替えることもせずに、立ち止まって暫くの間、その字の連なりをぼんやりと眺めていた。
END
2017.11.14
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