~ Vanilla function ~





ユース日本代表としての海外遠征を間近に控えて、選抜された俺たちメンバーはここ、ナショナルトレーニングセンターに招集された。

メンバーはそれぞれ日本全国から集まる訳だが、俺自身も北海道からの参加ということで、なかなかに遠い道のりだった。大きな荷物を抱えてようやくトレセンに着いて、先に入っていた他のメンバーや監督、スタッフに挨拶をする。

「よお、松山。今着いたのか?」
「ああ。今回、飛行機が遅れてさ。もしかして俺が最後?」
「九州組がまだじゃね?」

関東や東海といった近場の連中はだいぶ前に着いていたようで、既にラウンジに集まって寛いでいる。俺はまずは荷物を置くために、今日から5日間泊まることになっている宿舎へと向かうことにした。そのあたりを把握しているだろう三杉を探し出して、声をかける。

「あ、いたいた、三杉ー。俺の部屋、どこ?誰と一緒?」
「ああ、松山。遠路お疲れ様。君は今回、日向と一緒の部屋だよ」

いつものように選手兼スタッフとして忙しく立ち回っている三杉だったが、俺が尋ねると資料も見ずに即座に返してきた。すっかり頭の中に入っているらしい。それとも部屋割りもこいつが組んだのか。

「分かった。サンキュ」

礼を言ってその場を去りながらも、俺は内心で『ゲー。日向か』と呟いていた。

別に日向を嫌いな訳じゃ無い。単に得意としていないだけで。ちょっとデリカシーの無い奴だとは思っているけれど、悪い人間じゃないことは知っている。
それでもやはり、数日間をあいつと全く一緒の部屋で過ごすというのは気が重かった。

(なんでか知らないけど、日向とはすぐに喧嘩になるんだよなぁ・・・・)

他愛のない話をしていた筈が、何がどうなったのか、言い争いになっていることも度々ある。というより、日向の奴は俺にだけ無駄に突っかかってくるように思うんだが、気のせいだろうか。
前に三杉にそのことを愚痴った時には「君たちは似たもの同士だから、反発するところもあるんだろう」などと言われたが、それは的外れというものだろう。俺は自分があいつと似ているだなんて、これまで一度として思ったことがない。一体誰が、あんなガラが悪くて俺様な男と一緒なものか。

そんなことを考えながら歩いていると、知らぬ間に部屋の前に着いていた。何も考えずにドアを開け放つ。
するとそこに居るとも思っていなかった日向が居て、ちょうど入口の俺から正面に見える所に、半裸で立っていた。着替えの最中だったらしい。目を丸くして俺の方を振り返るものだから、バチっと目が合った。

「あ・・・。悪い。いると思わなかったから、思い切り開けちまった」

一応は謝りながらササっと入って、素早くドアを閉める。廊下には誰もいなかったけれど、何となくそうしなきゃいけないような気がした。

「・・・別に大丈夫だけど。だけど、ノックくらいしろよ。相変わらず気配りの出来ねえ奴だな」

お前にだけは言われたくねえけどな!!

・・・大きな声でそう主張したいところだったが、ここで言い争いになるのも面倒なのでグッと堪えて飲みこんだ。こいつよりは俺の方が絶対に大人だ。

日向は入って左側のベッドに脱いだ服を置いていたので、俺は右側のベッドを使うことにした。バッグから着替えを取り出して、脱ぎ始める。
その時、Tシャツを頭から被ろうとしている日向の姿が目に入った。腕が上がっているから、上半身の身体の仕上り具合がよく分かる。正直言って男の俺でも惚れ惚れするくらいに綺麗に筋肉がついていて、イイ身体だった。
若林や若島津ほどにガタイがいい訳じゃ無いし、ガチムチでもないけれど、俺たちの場合はとにかく走らなきゃいけないから、これでいい。筋肉だって付けすぎると邪魔になる。
その点、こいつの場合は必要なものだけを纏い、無駄なものを一切削ぎ落としているような身体をしているから、まさに理想的と言えた。


「・・・何だよ。ジロジロ見てんなよ」

俺は結構不躾に日向のことを見ていたらしい。ムスっとした声で文句をつけられる。

「いや・・・。やっぱお前、イイ身体してんよなーって思って。鍛えてるってだけじゃなくて、タッパもあるし、手足も長いしさ」

俺がそう言うと、日向はどうでもいいことのように鼻を鳴らした。

そんな仕種も嫌味に映る。
実のところ日向は、ものすごくスタイルがいい。たぶん、その辺のモデルなんかよりよっぽど。
身長は180cm近くあるし、股下が長くて腰の位置が高くて、そのくせ頭は小さい。
俺より4cmかそこら背が高いだけなのに、この頭身の差は一体何なんだろう・・・・思わず自分を顧みてしまう。
だけど、筋肉はまだ努力次第で何とかなるけれど、足の長さや顔の大きさなんてのは生まれついてのものだよな。今更どうしようもないだろう。

「お前、何でも持ち過ぎだろ」
「あ?何の話だよ」

世の中は不公平だ。思わず本音を漏らしてしまう。

「サッカーの才能があって、東邦学園に入ってて、イケメンで。女の子にモテない筈がないよな」
「なんだよ、それ。そんなこと言われたこともねえけど」
「いーや。お前はモテる筈だ。別に隠さなくたっていいだろ」
「東邦は男子校だからな。・・・っていうか、あそこの学校に入ってみろよ。本当に『何でも持ってる』奴らは違うんだって分かるから。金持ちで頭がよくて、人望のある奴とか、ごろごろいるからな」

なるほど。東邦学園は俺でも知っているくらいの有名な進学校でもある。そんなところに入ってくる奴らは殆どがいい家の子供だろう。きっとそいつらは幼い頃から英才教育を受けてきたのに違いない。
だけど俺が言っているのは、そういうことじゃない。親や家のことなんかどうでもいい。そいつ本人が持っている資質の話だ。
そもそも金のことなら、こいつはいずれ何十億を稼ぐかもしれないような奴だ。親が金持ちであることなんかより、よっぽど凄い。

「日向って、何か弱点は無えの?」

俺は着替えを終えて、ベッドに座った。日向も既に終えていて、ジャージのズボンに上はTシャツといった、すぐにでもランニングにでも行けそうな格好だった。

「弱点があったとして、他人には教えないだろ」
「まあ、それもそうか」

俺はTシャツ姿の日向を眺めて考えた。弱点。こいつの弱点。

・・・何も思いつかない。
家族のことは大事にしているのを知っているけれど、それはこいつの力にこそなれど、弱みではないだろう。
愛想の無い奴なのに、別にぼっちでもないし。それどころか、東邦の奴らには盲目的に好かれているし。沢田なんか『日向さん、日向さん』って、いつも追いかけ回しているし。若島津や反町だって、同い年なのにこいつに対して敬語だし。

(何だろうな~・・・。こいつ、弱いところも無いのか。完璧か。俺に対する態度以外は、完璧な男なのか・・・!)

じーっと日向を見つめていると、唐突に違和感を感じた。

「あれ?」
「・・・何だよ?」

あ、そうか。アレが違うんだ。

俺は足を投げ出して座っていたベッドから立ち上がり、日向の前へトテトテと歩いていった。
日向は俺のことを訝し気に見降ろしている。その身長差がちょっと悔しいが、まあそれは気にしても仕方のないことだった。

「・・・おい?」

何だよ、と視線で問いかけてくるのを目で制し、俺は日向の右肩へと手を伸ばす。
二の腕を隠している袖を掴んで、そのままクルリと捲り上げた。うん。やっぱ袖が下がっているとコイツらしくない。やっぱりココはちゃんと捲り上げて肩を出しておかないとな。

「こうしておくと、遠目でもお前だって一発で分かるんだよな。ほんと便利だよな」
「便利って・・・」

今度は左肩を捲ってやる。
どうしたって日向の二の腕に俺の手が触れることになる。日向はたまにピクリと身体を震わせたが、特に何も言わなかった。

なのに最後の一折りで偶然に俺の指が日向の脇の下を掠めてしまった。途端に日向がバッと俺の手を払って、激しい動きで体ごと腕を引く。

大げさ過ぎるリアクションにびっくりして、俺は日向の顔を見上げた。
さっきこの部屋に入ってきた時のように、俺たちの目がバチっと合う。

俺から大きく一歩分を離れた日向は、細かく身体を震わせて、腋の下を守るように両手を胸の前でギュっと強く交差させている。過剰な反応も意外だったけれど、それよりも俺の口をあんぐりと開けさせたのは      



徐々に赤みが増していく、動揺していることを隠しもできない日向の顔だった。








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