~ 春来たりなば、君笑ふ ~2








「・・・あッ!ア、ア・・・やだ・・っ」
「や、じゃないでしょう?俺のことが欲しかったんでしょう?」

少し触れただけで、日向さんの身体は蕩けてしまった。よっぽど俺のことが欲しかったらしい。

「いつから?もしかして、みんなで飲んでいた時から?・・・やらしいね。日向さん」
「や、ちが・・・ちがう、・・ンンッ!ああ!」

日向さんのことを苛みながらも、俺もこの人が欲しくて仕方が無い。あまり焦らさずに、俺は日向さんの中に指を潜らせた。日向さんの中は熱くて柔らかかった。

「すご・・・。これ、この中に俺のを挿れたら、きっとすごく気持ちいいね。日向さんも、俺もね」
「あ・・あ・・、欲し、欲しい・・っ、はやくっ」
「あげるけど・・・もうちょっと、待って」

日向さんは大分前からナカだけで感じることが出来るようになっている。そうなってからはあまり我慢がきかなくなった。早く俺が欲しいのだと、半泣きになって強請る。

「ほんと・・・可愛い。誘うのも上手くなっちゃって」
「アアアッ・・!!」

一気に挿れると、日向さんの背が綺麗な弧を描いた。意外なほどに細い腰を掴んで、一旦日向さんの中を擦りながら抜き出すと、もう一度奥深くまで突き刺す。

「・・やああッ!!・・ン、んあっ、あ、ふぅんっ」

そのままリズミカルに日向さんのことを揺さぶり続けると、やがて日向さんから止めどなく嬌声が上がるようになる。俺を受け入れることに慣れた身体がどれほど深い快楽を得ているのか、その響きは赤裸々に教えてくれていた。

「あ、あ・・・き、もちい・・・っ」
「・・お、れも・・っ・・・日向さん、好き・・っ」
「わ、かしまづ」
「すき、すきです。ずっと俺と一緒に・・・」
「わ、か・・・」

日向さんと繋がった箇所から、強烈な快感が背筋を一気に駆け上がっていく。
身体が熱かった。四肢の先まで、沸騰した血が流れていくようだった。

だがそんな感覚に翻弄されながらも、俺はついさっき目にした日向さんの姿を頭から振り払うことが出来ないでいた。
酒の席で、どことなく憂えたような表情をしていた日向さんのことを。『きっと子沢山の家庭を築くね』とあいつらに言われて、少し寂しそうに笑っていた日向さんのことを。

「俺と、一緒に・・・日向、さん・・っ」
「あっ、んッ、んッ・・・・あ、ん」

ごめん。
そんな顏をさせても、それでも俺はあんたを手放せないんだよ。
      俺は心の中で赦しを請う。

「寂しい思いは・・・、させない、から・・」
「んあ・・っ、な、に・・なん・・?」

子供なんていなくても。
年をとって、このまま二人きりで終焉の日を迎えるとしても。
決して、寂しい思いだけはさせないと、誓うから。

「おれの、・・そばに・・っ」
「・・・若島津・・っ」

日向さんが俺の背を掻き抱いた。
俺は日向さんの身体の中を奥まで侵入し、更に最奥へと続く秘められた扉を叩く。何度も何度も。
そのたびに日向さんの身体が、まるで電流が走ったかのように大きく跳ねた。

日に焼けた肌に汗が光って、最愛の人はとても美しかった。


「愛してる、日向さん・・・」
「あっ、あっ、・・     け、ん・・っ!」


快楽によるものか、そうでないのか。
日向さんの眦から涙が一粒、綺麗な雫となって零れ落ちた。












「おまえ、俺が気にしてると思ってんじゃねえだろうな」

ベッドの上、俺の腕の中で日向さんは静かな声で尋ねた。酔っぱらってふんわりしていたのが可愛かったのに、セックスをしたことで却って頭がハッキリしたようだった。

「何を?」
「あいつらが言ったこと。・・・子供がどうのって話」
「・・・俺は気にしてないけど、あんたがどうなのかな・・とは思ってる」

こんなことを隠しても仕方がないので、俺は正直に答えた。
すると日向さんは不機嫌そうな顔になって「ばーか」と一言、俺を罵った。

「今更なんだよ。俺はンなの、お前とこうなった時にはもう覚悟してんだよ」
「・・・でも、子供はやっぱり好きでしょう?」

俺は小学生の時からの付き合いだから、この人がどんなに家族を大事にする人かを知っている。生来、どれだけ愛情深い人かということも。
こんな人が自分の家族を欲しがらない訳が無かった。

「何言ってんだよ。俺は子供がいる生活よりも、お前と一緒にいることを選んだんじゃねえか」
「そうだけど」
「お前と二人でも、俺は十分に幸せになれると思ってんだよ。お前は違うのか」

違わない。
違う筈がなかった。

俺は日向さんをギュっと抱き締める。
何度問われても、答えは同じだ。この人を誰にもやるつもりなんかない。俺の、俺だけの宝物だ。

「それに、お前。俺に寂しい思いはさせないって、さっき言ったもんな?信じていいんだよな?」

悪戯っ子のような目をして、日向さんが俺を見上げてくる。結局のところ、最後は必ずこの人が赦してくれる。
いつもそうだった。懐の深さで、俺が敵うことなど一度も無かった。

(どれだけ俺を夢中にさせれば気が済むんだろう。この人は)

俺は溢れる愛情のままに、日向さんの顔中にキスを落とした。

「ええ。寂しい思いはさせません。絶対に。俺は一緒に住むようになったら、あんたが逃げ出したくなるくらいに構い倒すつもりですからね」


日向さんは「それもヤダよなあ」と言って、やっぱり笑った。








「・・・若島津」
「ん?眠れないの?」

しばらく
会話を交わすこともなく俺の腕の中で大人しくしていた日向さんは、俺の名を呼んで顔を上げた。

「いや・・・。さっきの話だけどな」

どうやらさっきの話を蒸し返したいらしい。
一度終わった話を持ちだしてくるなんて日向さんらしくなく、俺は少し警戒した。

「お前はどう思うか分からねえけど・・・・。俺さ、自分の子供じゃなくて他所の子でも、いつか面倒を見てもいいかと思っているんだ」
「・・・え」

日向さんが唐突に語りだしたことの意味が分からず、目を丸くする。若干狼狽えつつも、とりあえず先を促した。

「いつか・・・俺か現役を引退して、家に居るようになったらさ。そうしたら子供を育てる環境を整えて、身寄りのない子を引き取ってもいいかと思ってる。養子にする、とかじゃなくて、一時的に面倒を見るのでもいいからさ」
「・・・家庭の無い子を、ってこと?」
「ああ。俺はガキの頃、沢山の人たちに助けて貰っただろ?だからさ、こうして大人になって、今度は俺に何が出来るんだろうって・・・ずっと考えてた。ただ男同士の家庭で、子供を預かれるのかは分からねえけど」
「里親としては、同性カップルでも認められるようになったけどね。養子は・・・でも俺たちが引退する頃には、また世の中も変わっているかもしれないしね」

正直驚いた。そんなことを考えているだなんて、思いもしなかった。
ただ日向さんにしても一人で決めるつもりは無かったのだろう。だから俺に打ち明けたのだと思う。

「いい考えだと思うよ。実際に預かるとなると、難しいことは沢山あると思うけど」
「・・・若島津?」
「あんたがあの頃に世話になった人たちに恩返しをしたいというなら、そういうのも確かに恩返しになるんだろうと思う」
「いいのか?」

俺がすぐに賛成するとは思っていなかったのか、日向さんが拍子抜けしたような、ぽかんとした表情を浮かべる。

「そりゃあ、あんたを独り占めできなくなるとか、二人っきりの生活じゃなくなるっていうのは少し残念な気もするけれど。でも、子供の頃のあんたの恩は、俺の恩でもあるんだよ。あんたを助けてくれる大人たちには、俺だって感謝していた。あの頃から」
「『あの頃』から?」
「うん。ガキの頃から」

俺がそう言うと、日向さんは俺の顔をじっと見つめた。それから突然に俺の胸に頭を擦り付けるようにして、懐に潜り込んでくる。お互いに裸だから素肌が触れ合い、その温かさにこれ以上ないくらいの幸福を感じた。

「若島津」
「うん?」
「俺、お前に会えて良かった。・・・子供の頃にお前に出会えてなかったら、俺の人生、全然違うものになってた」
「そうかな。日向さんは俺がいなかったとしても、頑張ってプロになって、やっぱり海外のメジャーどころに入ってたと思うけど」

日向さんはギュっときつく俺に抱きついてくる。見た目より柔らかな髪が首筋に触れて、少しくすぐったかった。

「・・・たとえそうだとしても、俺はお前に会えて、今すごく幸せなんだ」
「ありがと。俺も、あんたに会えて幸せだよ」
「・・・・・」
「まずは二人でしっかりと、家族としての土台を作ろう。それが出来たら、大きな家を建てようね。その子たちが大人になって出ていってからも、いつでも帰ってこれるような大きな家。みんなが自分の家族を作って、大勢で押しかけてこられるような家を」
「・・・うん」

日向さんは俺の胸に顔を押しあてたままで頷いた。返事の声はたぶん気のせいではなく、鼻声だった。


「愛してるよ。日向さん」

今日だけで何回告げたか分からない愛の言葉を、俺はまた繰り返した。
日向さんは小さな声で、『俺も』と言ってくれた。






END

2018.01.06

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