~ 王子様の誕生日 ~2








夕食を食べ終わって食器を片づけてから、ソファに移動してワインを飲む。
俺も三杉もアルコールはそれほど量を欲しい方ではないので、ゆったりとしゃべりながら少しずつ楽しむのが好きだ。
それに今日は三杉の誕生日だからと、俺は用意していたプレゼントを手渡した。

何を贈ればいいのか毎年悩んでしまうから、素直にリクエストのあったものにした。
アウロラ社の万年筆。トリノ創業のブランドで俺もその存在は知っていたけれど、イタリアで最初に万年筆を作った会社だったなんてことは、三杉から教わるまで知らなかった。

「この軸のデザインの美しさと言ったら・・・!艶めいていて色気があるよね。自己主張は強いけれど、決して下品じゃない。トリムの模様も独特でいいし。・・・ペン先の固さも僕の好みだよ。ありがとう、日向」
「そ、そうか」

正直俺にはよく分からなかったけれど、三杉が喜んでくれて良かった。
確かに、太陽の光をいっぱいに浴びたイタリアの海を思わせる鮮やかで美しい青は、三杉によく似合っている。大事そうに手にとってくれるから、俺も嬉しかった。いつもはそんなに飲まない筈の酒も進む。



少し酔っぱらってきた俺は、先に風呂を使わせて貰った。
さっぱりして上がると、三杉がソファに座って俺からのプレゼントを肴に一人でまだワインを飲んでいた。そんなに嬉しいものなんだろうか。

「嬉しいよ?嬉しいに決まっているじゃないか」
「・・・俺があげたから?」

そう聞くと三杉はふふ、と笑い、ソファの隣に座った俺にもたれかかってくる。好きなようにさせていたら、顔の向きをグイと変えられてキスをされた。

「そうだよ。君がくれたから・・・。君はお金を稼ぐということがどういうことか、小学生の頃から知っている。その君が、こんなに高価なものを僕に贈ってくれたんだ。そりゃあ君の今の収入からすれば、高い買い物じゃないかもしれないけれど」
「・・・・・」
「それに、君が自分でこの一本を選んでくれたんだ。僕のために。嬉しくない訳がないだろう?」

ああ、そうだ。こいつは、こういう奴だ       素直にそう思った。

知り合った頃、俺たち一家がどんな家に住んでいて、どんな暮らしをしていたのか、この男は知っている。楽じゃないどころか、いつだって家計はギリギリで苦しかった。だから俺も自分に出来ることなら何でもした。バイトと家の手伝いで時間はいつも足りなくて、遊ぶ暇があるならサッカーをするか、寝ていたかった。
そんな生活だったから、子供の頃に流行ったテレビや歌なんか、俺は全く知らない。

その俺がこうして大人になって、自分で稼いだ金で誰かに贈り物をすることができている。
それはものすごく幸せなことだし、恵まれていることだと思う。俺が頑張ったことで、誰かを喜ばせることができているのだから。

三杉が言っているのは、そういうことだった。
こいつはプレゼントを貰ったことだけを『嬉しい』と言っているんじゃない。

貧しいということは、辛くて惨めだ。誰が何と言おうと、決して美しく振り返るようなものじゃないと俺は知っている。
貧しくなければ、母ちゃんだって倒れるまで働いたりはしなかった。

俺がそこから抜け出したこと。
周りに支えながらも、何とかここまで進んできたこと。
そういうことを、こいつは喜んでくれている。

俺のこれまでやってきたこと、選び取ってきたことを全て肯定してくれて、それを良かったと喜んでくれているんだ。

(ああ、俺。こいつのこと       )

「・・・ほんと、好きだな」

気が付いたら口に出していた。目の前の三杉が驚いたような顔をしている。唐突だっただろうか。
だけど、本当なんだからしょうがない。

「俺、お前が好きだ。お前に会えて良かった。お前にいっぱい助けられてきた」

ありがとうな     そう言うと、三杉が見惚れるほどに綺麗な笑顔を浮かべて、俺に抱きついてきた。
それから俺の頬や髪を撫でて、キスをくれる。こいつとのキスはすごく気持ちがいい。ひんやりとした唇が段々と熱を帯びて、柔らかな舌が俺の中に潜り込んでくる。俺からも舌を絡めて、追いかけた。

あ、しまった・・・と思った時には遅かった。これは完璧にベッドルームに直行のパターンだ。すぐに風呂に入らないと、お湯が冷めちまうってのに。

(・・・もう、しょーがねーか)

物腰の優雅さと品の良さ、それと整い過ぎるほどに整ったその容貌のおかげで『貴公子』だなんて騒がれているけれど、結構こいつは欲望に忠実だし、セックスも上手い。
どうせチームの練習の後にシャワーを浴びてきただろうと、俺は自分を納得させることにした。


俺自身もまだ、昨日のだけじゃ満足していなかった       っていうことだ。










「・・・ふ、ぁ、ん、んッ!」
「ひゅう、が・・・」
「あ・・・!ま、まだ、・・あ!」

『まだ準備できてない』って言いたかったけれど、声にならなかったのか気が付いて貰えなかった。
続いて止める間もなく、ズ、っと三杉が俺の中に入ってくる。受け入れた部分がこの男でいっぱいになる。

「ン       ・・!あっ、あっ、ヤ!」

準備はちゃんとできていたみたいだ。ローションを使った三杉は、すんなりと俺の身体の中に自分を全部おさめた。

「大丈夫?痛くはない?」
「・・・だい、じょうぶ」

そう答えれば、三杉がゆっくりと律動を開始する。

「・・・ん。んぅ、・・は、ああ・・ン」

気持ちいい。中を擦られて、前立腺を突かれて、キスをして、口の中もいじられて、すごく気持ちがいい。どこを触られても、多分今の俺なら快感として受け止めることができる。今だって気を付けていないと、甲高い声が時折漏れてしまうほどだ。

「日向、ひゅう、が・・・!」
        ああッ」

ギリギリまで俺の中から引き出したものを、今度は一気に奥まで入れられる。あまりの衝撃に意識が飛びそうになる。

気持ちがいい。
目がチカチカする。
呼吸が段々と早くなる。

「は・・っ、ああっ!」

裸になって俺の上に覆い被さる三杉は、普段の取り澄ました顔なんかじゃなくて、熱にうかされたような、苦しいような、そんな表情をしていた。

こんな顔をこいつにさせられるのは、たぶん俺だけなんだよな       そう思ったら、すごくこの男のことが愛おしくなった。








「あ。そういえば瑤子さんから電話があった」

抱き合った後で身体を綺麗にし、二人でベッドに寝転がる。このまま寝てもいいな・・と思った時、昼間に瑤子さんから電話があったことを思いだした。

「君に?何だって?」
「俺が日本にいる間に、遊びに来いって。淳にも言っておいて、ってさ」
「じゃあ君を連れていかないと、僕が叱られるんだね」

俺の隣に横たわった三杉が、ふふ、と笑う。

「それと、誕生日おめでとうって。これも伝えておいてって」
「それはメールが届いていたから、返事をしておいたよ。大丈夫」

息子とはいえ、既に独り立ちしている立派な大人だ。誕生日だからってメールを送ってくるのも、またウチとは違う。三杉は一人っ子だから、瑤子さんとしても幾つになっても可愛くて仕方がないんだろうなあ・・・なんて思う。

俺のことをゆったりと抱きしめてくる三杉のことを、横になったまま見上げた。身長に関しては俺よりも高いとさっき分かったが、こうしていると胸の厚みなんかも以前より増したような気がする。
三杉の背中や割れた腹なんかをペタペタ触っていると、そういえばこいつのさっきの不機嫌は何だったんだろうなと思い出した。

「そういや三杉。お前さあ・・・」
「うん?何?」
「何で夕飯前、機嫌が悪かったんだよ」

こういう時、俺は回りくどいのは苦手なので直球でいく。その方が早いし。
問われた三杉がどう答えるだろうと見ていたら、この男は若干目を細めて、「・・・君って、本当に鈍感でデリカシーが無いんだよね」とものすごく失礼なことを言ってきやがった。

「はあ!?何だよ、それ。俺が悪いのかよ」
「君が悪いだろう。どう考えても」
「どこがだよ。言ってみろよ」
「だから、言わなくちゃ分からないところが鈍感だって言うんだよ」

俺は自分が鈍感だっていうのは別に否定しない。自分でもその自覚はある。
だけど、今日は三杉に対して何をした覚えも無かった。

「・・・その様子だと、本当に気がついてないんだよね。君は」

はあ、とわざとらしくため息をつく三杉は、体勢を変えてうつ伏せになり、頬杖をついた。
苦々し気な表情でチラリと視線を寄越されて、そこまで大層なことをしでかしただろうかと一瞬心配になる。

「・・・瓶」
「は?」

びん?

「瓶を開けられなかった時、若島津だったら       みたいなことを言ったじゃないか。君は」
「・・・う、ん?・・え?」

何のことだ?

「こんな日に、他の男の名前を出されて、しかもその男を頼りにされるとか・・・それは不機嫌にもなるじゃないか。意地でも開けてやる、ってなるよ」
「・・・・・」

思いもしなかったような返事だったから、咄嗟に反応も出来ずに、まじまじと三杉のことを見返した。

「・・・だから、聞いて欲しくなかったんだよ」

頬杖をついたままでそっぽを向く三杉の目元が、ほんのりと朱くなっている。
これって、まさか。

        もしかして、照れている!?この男が!?)

何でもそつなくこなし、いつ何時でも、誰に対してでも、自信たっぷりに振る舞う王子サマ      それが俺にとっての三杉淳だ。
まさかこんな風に恥じらっているところを目にする日が来るだなんて、想像だにしなかった。

「・・・お前でも、そんな顏することあるんだな」
「僕も、これでも人の子なんでね」

言葉こそ可愛くないが、手のひらで口元を隠したままで拗ねたような口調で返してくるのは、どことなく可愛らしい。
俺は可笑しくなってきて、つい「ふふ・・っ、は、ははっ!」と笑った。

三杉は俺が笑うのを見て、ますますふて腐れたような顔をする。それが『貴公子』には全く似合わなくて、俺は腹を抱えてゲラゲラと笑う。

「・・・日向」

あ、やべ。
笑い転げていたら、すっかり目の据わった三杉が俺に覆い被さって、上から見降ろしていた。

俺は笑い過ぎで滲んだ涙を拭きながら、三杉の首に手を回す。
そのままグイと引き寄せて、その唇にちゅ、と軽くキスをした。

「ごめん。悪かったよ。・・・だけど、こんな可愛いお前を見られるなら、たまには焼きもち妬かせるのもいいかもな」
「・・・僕を可愛いだなんて言うのは、君だけだよ」

少し機嫌も直ったらしい。雰囲気の和らいだ男の耳元に、そっと俺は囁いた。

「誕生日おめでとう、淳。お前が生まれてきてくれて、良かった。愛してるよ」


そう告げれば途端に貴公子らしからぬ熱のこもった視線と、深くて濃厚なキスを与えられる。


男の甘い唇と舌に翻弄されながらも、長引きそうな夜の気配にどこか期待をして。
背中に回した手に、ぎゅっと力を込めた。







END

2017.06.25

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