~ 王子様の誕生日 ~




シーズンを終えて日本に帰ってきて、いつものように三杉の住むマンションに転がりこんだ俺は、明和に帰ってこいだの静岡に来いだのの色んな奴の誘いを躱しつつ、あいつの帰りを待っていた。

だって今日は三杉の誕生日だ。さっき瑤子さんからも電話があった。「淳はまだ帰ってきてませんよ」と言うと、「分かってるからあの子じゃなくて、日向君に電話してるんじゃないの」と笑われた。

瑤子さんは幾つになっても若々しくて綺麗な女性だ。とてもあいつみたいな大きな息子がいるとは思えないほどに。裕福であるっていうのは、こういうことなんだな・・・って、うちの母ちゃんのことを思い出すといつも申し訳なくなる。今はだいぶ楽をさせてあげられているとは思うけれど。



「ただいま」
「おかえりー」

適当にテレビを眺めながら夕飯の準備を進めていると、三杉が帰ってきた。俺は料理の手を一旦とめて、出迎える。
普段、一人で暮らしているからだろうか。こんな些細なことが少しくすぐったい。

「悪かったね。せっかく来てくれているのに、一人にして」
「それほど長い時間じゃねえし。買い物行ってたから、退屈しなかったよ」

外から戻ってきた三杉は、必ずまっすぐ洗面所に向かって、手を洗う。それからうがい。子供の頃からの習慣なんだそうだ。こんなところも俺んちとは違っている。


「外に出て、囲まれたりしなかったかい?」

着替えを済ませて落ち着いてから、三杉は俺のいるキッチンにやってきた。

「んー?まあ、声は掛けられたけど。でも囲まれたりはしてねえよ」
「そう?良かった」

肉をハンマーでガンガンに叩いている俺の腰を、後ろから抱きしめてくる。危ねえっつーの。

「おい、三杉」
「ん・・・」
「・・ちょ、・・っと!」

腹に手を回されてうなじにキスをされて、悪戯だと分かっていても焦ってしまう。
昨日は久しぶりに会って、お互いにがっついてしまった。もっともっとと、俺もこいつも何度も欲しがって吐き出すものも無くなるまでやったから、今日はもう少し余裕をもてると思っていたのに。

「おい、いつまでもそんなことしてると、メシ食えねえぞ」
「それは困る。僕はお腹がすいているんだ」

メシ抜きだぞ、と脅すと大人しく俺の背中から離れた。腹が減っているのは本当だろう。急いで作ってやろうとキッチンの上部の棚を開けて、中から鉄製のプレートを取りだそうとする。熱して、そのままテーブルの上に出せるやつだ。
だが横着したからか、周りにしまってあった物も一緒に棚から落ちてきた。

「げ・・・うわ!」

慌ててそれらのものを受け止めようとしたせいで、肝心のプレートが手から滑り落ちた。いや、落ちるところだった。       後ろから手を伸ばした三杉が押さえてくれなければ。

「・・・さすがにこれが足の上に落ちて来たら、無事じゃすまないと思うよ?」
「・・・だよな。ワリィ」

はい、と俺にプレートを渡してくれた三杉が、小言をくれた。そのとおりではあったので、俺は素直に謝る。

だがその時、何か違和感を覚えた。それが何なのかはよく分からなかったけれど。

「日向、大丈夫かい?どこにも当たってはいないよね?」
「・・あ、ごめん。ぼうっとしてた」

三杉に顔をのぞきこまれ、その至近距離で目に入る綺麗な顔にドキリとする。
ガキの頃から知っていて、大人になってこうして寝るような関係になったとしても、こいつの顔を間近で見ると俺は今でもドキドキしたりする。
美人が三日で飽きるなんていうのは、絶対嘘に違いない。





サラダの盛り付けのためにオリーブの瓶を開けようとしたら、蓋が異様に固くて開かなかった。

「・・・んーっ!・・あ、あかねえ・・!」

何だよ、これ。何でこんなに固えんだよ・・・そうブツブツ文句を言いながら一人でしばらく格闘する。
男の俺に開けられないってよっぽどだろう。腹立ち紛れに「こんなの、若島津がいれば一発なんだよなー」と愚痴れば、横からヒョイと瓶を奪われた。

見れば三杉がガコっと音を立てて蓋を開けている。
なんでだよ。なんでそんなに簡単に開けてんだよ。

「ウソだろ・・・!だって、俺の方が力、あるよな!?」

手渡された瓶と蓋を両手にもって、それらと三杉の顔を見比べる。
その時、俺は三杉の様子がどこかおかしいことに気が付いた。何と言うか・・・無表情だ。目も据わっているような気がする。

「脚力は確かに君の方があるだろうけれど、それ以外は僕の方が強いと思うけれどね。握力も」

いつもみたいに揶揄う感じじゃなくて、真顔で決めつけるように言うからムッとした。

「そんなん、分かんねえだろ。腹筋だって、見た目俺の方が割れてるし」
「背筋は僕の方があるよね。肩幅だって僕の方が広い」
「いや、そんなことは・・・」

じゃあ比べてやろうと思って三杉に近づくと、俺はあることに気が付いた。

(あれ?)

気のせいかと、一瞬そう思おうとした。だけど、やっぱり流せなかった。

     もしかして、俺より三杉の方が、背が高い・・・!?)



「・・・あれ?え!?なんで!?」
「何が?」

こうして近づくと、少しだけど、ほんの少しではあるけれど、俺の方が三杉を見上げている。ということは、俺の目線が下にあるということだ。

「ええっ!?何でっ!?何でだよ!?」
「・・・日向?」

三杉は訳が分からないという顔をしているけれど、俺だって訳が分からない。

どうして?いつの間に!?マジで!?       そんな感じだ。

俺は戸惑っていた。そしてかなりのショックを受けていた。
だって、三杉がいつの間にか俺よりもデカくなっている!!
日本を出る前は、確かに俺の方が大きかったのに。そりゃあ、そこまで変わりはしなかったけれど、それでもほんのちょっとは俺の方が大きかった筈だ。

なのに。
いつの間にこいつは、こんなに身長が伸びやがったのか。


「・・・お前、今、背ェいくつ?」
「身長?・・・180かな。そうそう、大学入ってからも成長が止まらなかったからね。少しずつではあったけれど、伸びていたんだよ」
「ひゃく、はちじゅう・・・」

まじか。ちくしょう。
俺はイタリアに渡ってからゴッツァの美味いもんをたらふく食べていたってのに、何故か身長は早くに止まってしまっていた。
現在の俺の身長は177cmだ。それに対して、こいつが180超え。

(一体、どういうことだよ・・・!)

遺伝か。結局は遺伝なのか。

(たしかに三杉んとこは、おじさんも背が高いし、瑤子さんもスラリとしてるもんな・・・)

たまにしか会うことはないが、俺は三杉の両親にも面識がある。二人ともあの年代にしては大きい人たちだった。

「もしかして君は、気が付いてなかった?」
「気が付いてなかったよ・・・。何だよ、すげーショック」

俺が肩をガックリと落として呟けば、さっきは不機嫌そうな顔を見せていた三杉がにっこりと笑う。
何だよ。俺よりデカかったのが、そんなに嬉しいかよ。

(・・・まあ、でも)

悔しくはあるけれど、こいつの機嫌がよくなったのは嬉しい。何で不機嫌だったのか分からなかったし。そもそも今日はこいつのお祝いなんだし。

(だけど、さっきのは一体何だったんだろ・・・)

普段は気分を害したとしても、他人にそんなことを覚られるような奴ではない。
だから、その点がどうしても俺の中で引っかかっていた。







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