~ 溶けて消えて、このカラダごと。 ~ 39









掴んだ先の手は熱かった。だけど反町の身体は小さく震えていて、それが熱を持っているのでなければ、まるで寒くて凍える人のようだった。

「ごめん・・日向さん、手を離して」

反町の表情には、いつものような余裕は無い。呼吸を荒げて、苦しそうに顔を歪めている。

「日向さん、お願いだから     !」

俺だってもう体が言うことを聞かなくて、力なんかロクに入らない。だからその気さえあれば、この男には簡単に俺を振りほどける筈だった。
だけど反町は俺の手を払わない。どうしたらいいのか、きっとこの男にだって分かっていない。

「離してくれないと、俺、きっと日向さんに酷いことをする・・・!これじゃ、無理だよ・・・!我慢なんか、できる筈がないよ・・・っ!」

昔から知っている男だけれど、こんなにも何かに脅える姿を見たことがかつてあっただろうか。
それほどに恐ろしいことなのだろうか。この男にとって、俺が望まないことを強要するということは。

(俺だけ・・・おれだけ、なんだ       。こいつに、こんな顔をさせられるのは)

そう思うと、このαの男のことがどうしようもなく可愛くなった。愛おしかった。

「日向さん、お願いだから、手を」
「いい。反町・・・だいじょうぶ・・・・さっき、くすり・・・のんだから」
「そんな薬、ちっとも効いてないじゃないか!」

激昂して大声を出す反町の手を引いた。ベッドに肘をついて身を起こしただけの不自由な姿勢だったから、さほど強い力で引いた訳じゃ無い。それでも反町は俺の上に倒れこんできた。熱い身体だった。

「・・はっ、・・何、だよ・・!これ・・・っ、この、匂い・・っ」
「なあ・・・ちゃんと、効いてる、よな・・・?お前に、おれの・・・」
「いやだ・・・!」

反町は俺に覆い被さったまま、幾度もかぶりを振った。『嫌だ嫌だ』と繰り返す男の背中に、そっと手を回す。

「無理矢理、手に入れたい訳じゃ無い・・・!そんなの、俺が嫌なんだ・・・っ」

どうしよう。どうしたらいいんだろう。

ああ、この男を好きだな、可愛いな       そう思っていることを自覚したなら、もう駄目だった。ますます欲望に歯止めが効かない。今は口を開いても、意味を為す言葉になるか分からない。
俺のうえで小さく震え続ける男を柔らかく抱きしめて、その背中をゆっくりとさすった。途端に上がる声が艶めいていて、この男も俺が触れるとちゃんと感じるのだと知り、嬉しくなった。

そのまま撫で続けていると、反町の身体が更に熱を帯びてくる。呼吸も速くなって、俺の耳元にかかる吐息が湿っぽく熱くなる。
この男を欲しい、と思った。

「そりまち」
「・・・俺、日向さんの嫌がることなんて・・したく、ないよ・・っ」

荒い呼吸の合間に、途切れ途切れで訴える声が辛そうだった。
だけど浅ましい俺の身体は、そのしゃがれた声にすら反応する。腹の奥からどろりとした体液がまた溢れ出てくる。愛しいと思えば思うほど、下半身がだらしなく弛んでいく。

「だいじょうぶ。反町・・・大丈夫だから」
「・・・・大丈夫、なんかじゃないよ・・・」

とうとう反町の綺麗な瞳から、涙が一粒ぽろりと零れ落ちた。丸い雫が俺の頬を濡らして転がっていく。その水滴を指ですくい、そのまま口に含んでみると、しょっぱい筈の涙すらどこか甘かった。番が与えてくれる体液は、こんなものでも甘露になるのかと驚いた。

未だ震えながら俺にしがみついて、でもそれ以上に触れてこようとしない反町を、俺はかなう限りの力で抱きしめた。その頭を抱えて、髪に指を潜らせて、耳に口を寄せる。

どう伝えればいいのか分からなかった。だから俺はシンプルに、『好きだ』とだけ伝えた。

「・・・・・」

びくりと大きく身を振るわせた反町は、ゆっくりと首を上げた。呆けたような顔だった。目の前にいる俺を俺として認識していないような、そんな感じの顔。これもまた、俺には初めて見せる表情だった。

「・・・・ひゅうが、さん?」
「お前が、好きだ。・・・おれ・・・今更、かも・・・だけど・・っ」

振り絞るように告げる。だが反町には俺の言葉がまだ飲みこめないようだった。呆然として固まっている。

「・・・日向さん・・・どうして・・?」

信じられないのだろうか。
この男がこんな表情を見せているのも珍しい。一刻も早くこいつのことが欲しくて堪らないのに、反町の顔を見ていると俺は何処か可笑しくなってきた。
だって、『どうして』なんて聞かれても、理由なんかそれこそ今更だ。どこを好きだと列挙したって、そんなことに何の意味があるだろう。


だってお前は俺の番なのに。
俺はお前を選んだのに。
αのものになるなんて有りえないと思っていた俺が、お前のものになったのに。


それにそもそも、『伴侶として一緒に人生を歩んで欲しい』と言ってきたのは、お前の方じゃないか。今になって逃げようとしたって、許さない。大体、もう遅い。

「好き、だけじゃ・・・、だめなのか、よ・・・?」
「・・・日向さん、だけど」
「お前のことが、好き、なんだ・・・。だから、」

      もう泣くなよ。お前も、俺のものになれよ。

そう伝えたつもりだったけれど、実際に声になっていたのかどうか。もう諸々が限界だった。

首に抱き付いて噛みつくようにキスをすれば、それ以上に荒々しい強さで引きよせられ、口を吸われた。










「ン、ン、んあ・・ッ!あ・・ふ、ん、ふぁ・・」
「日向さん・・・舌、出して・・そう」
「ん、は・・っ」
「熱い、ね・・・日向さんの身体、蕩けて柔らかくなってる」

服はとうに反町に脱がされて何処かに転がっている。早く早くと、ベッドの上で反町に抱きついて素肌を重ねたら、熱い体温を直に感じて更に興奮した。他人の温かさも重みも、布一枚はさむことなく感じるのは初めてのことだったけれど、ちっとも怖くはなかった。嬉しいだけだった。甘い香りに包まれて、どこもかしこも反町に触れて貰って、幸福な気持ちになる。心が満たされる。
身体はまだ飢えていたけれど。

「・・アアッ!!」

反町の手が俺の下腹部に伸びた。中心で勃ち上がっているものを触られて、つま先まで走る強い快感に背が撓む。

「日向さん・・・ここ、すごい濡れてる。まだ触ってなかったのに・・・そんなに気持ちいいの?」
「んっ、あっ・・、きも、ちい、気持ちい・・っ」

反町の顔が下へと降りていく。乳首を唇で食まれて、舌でくすぐられる。舐められるのも吸われるのも初めてじゃない。だけど今までにないくらいに感じる。

「ン、ん、ぅあ、あっ、んッ」

俺も反町に触りたい。舐めたい。
力の入らない手で胸に伏せられた頭を掴む。引っ張って顔を上げさせると、反町が「どうしたの?」と笑ってキスをしてくれた。丹念に口の中をねぶられ、上あごの内側を擦られて、変な声が上がる。

「あ・・そりまち・・っ」
「トロンとしてる。かわいい。日向さん。・・・好きだよ」
「ん・・おれ、も・・ア、アア、や・・!まっ」

反町が身体をずらして、俺の腹や臍の周り    それからもっと下の方を唇で吸う。『やだ。待って』と口では止めていたけれど、俺には何が待ち受けているか分かっていたし、たぶん期待もしていた。その先を想像して先走る脳みそが、勝手に脚を開かせる。

「アアア      ッ!」

ペニスを口に含まれて、俺は仰け反った。気持ちよすぎて頭の中が真っ白になる。反町が舌を閃かせるたびに、思わず腰が揺れる。

「あ、あ、あっ、や、やだ」
「気持ちよくない?」
「それ、だってすぐ、すぐにイく、イく」

ずっと我慢していたのだ。口で銜えられたり吸われたりしたら、もたない。

「いいよ、イッて」
「あ、んんッ、やあ、や、・・イ、・・あああッ!」

喉の奥深くまで飲みこまれて、俺はあっけなくイッた。

「・・ふ、ぅ、・・ん」

一度出したくらいじゃ、溜まりに溜まったマグマのような欲望は、到底収まらない。それに俺の中には、まだ何も与えられていない。

(早く、      早く欲しい)

物欲しげな目をしていただろうか。
だけど反町の方に視線をやれば、こいつだって準備は出来ていた。









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