~ I'm all yours ~




「小次郎がこの家を出ていくそうじゃないか」

箪笥の上に並んだ人形たちの中から、意地の悪い声が響く。わざわざそっちを振り向かなくても、誰がそんなことを口にしたのか僕には分かっていた。

白くてふわふわの毛をもつ、真っ赤な目をした小さなうさぎ。

草食動物のうさぎのくせして、百獣の王であるライオンの僕をちっとも怖がる様子のない、ふてぶてしくて図々しい奴だ。名前は「チェリー」という。

チェリーは直子のぬいぐるみだ。お父さんがまだ元気だった頃に、直子の誕生日プレゼントにと買ってきたのだ。白くて可愛らしい小さなうさぎのぬいぐるみを、直子はすごく喜んだ。お父さんもお母さんも他の子供たちもみんながにこにこと嬉しそうにしていたので、僕も新しい仲間が増えたことを喜んだ。
ただその時はまだ、チェリーがこんなに嫌な性格をしているとは知らなかったけれど。

「小次郎はスポーツでも勉強でも有名な学校に誘われて行くんだ。すごいことなんだ。僕はおめでとう、って思っているよ」
「そうかよ。でも、れお。お前はきっと置いていかれるんだよな。小次郎はもう小さな子供じゃないし、男だ。家を出て新しい学校に行くのに、お前を連れていったりはしないだろう。恥ずかしいもんな」
「・・・・」

僕は黙りこんだ。

そうだ。僕もここのところ、ずっとそのことを考えていたのだ。チェリーに言われなくたって考えていた。僕はどうすればいいんだろう、って。


小次郎はもうすぐこの家を出ていく。「とうほうがくえん」というところに進むのだと、嬉しそうに、でもちょっと寂しそうに僕に報告してくれた。
小次郎は普段から、どんなことでも僕に教えてくれる。たとえば友達と仲違いしてしまったとか、「わかしまづ」の家に遊びに行ったら大きな蜂に追いかけられたとか、テストで悪い点をとっちゃってお母さんに見せたくないとか。

僕は小次郎のぬいぐるみであると同時に、彼の友達であり、兄であり、相談相手であると思っている。

あの子が4歳の時から、僕は家族と同じくらい近くでずっと彼を見守ってきたのだ。







元々は僕を選んでくれたのはお父さんだった。僕が動物園の中のお店で売られていたところを、お父さんと小次郎が買ってくれたのだ。

季節は夏で、ものすごく暑い日だった。それでも動物園には沢山の親子連れが来ていた。売店の中も、人が多くて賑やかだった。

お店の中はクーラーが効いていて涼しくて、決して居心地が悪い訳じゃなかったけれど、僕は退屈していた。危険なこともないけれど、その代わりにワクワクするような特別なことも何にもない、棚の上で買われていくのを待つだけの毎日。退屈しない訳が無かった。
僕は早くお店を出ていきたかった。勿論、だれか優しい人に買ってもらって。
だって誰かが僕たちをお店から連れ出してくれなければ、僕らはそのうち狭い箱にギュウギュウに詰められて、暗くて恐ろしい場所に連れていかれるのだ。
その後にどんな目に合わされるのかは、実のところ僕はよく知らない。ただ売れ残ったぬいぐるみには辛くて苦しいことしか待っていないのだと、先にお店に陳列されたぬいぐるみから新参のぬいぐるみへと、申し送りのように伝わっていた。


だから僕は、僕を自分の家に連れて帰ってくれる、ヒーローみたいな子供が現れるのを待っていた。僕をこんなつまらない場所から連れ出して、胸が躍るような彼の、または彼女自身の冒険にお供させてくれるような子供を。
同じような顔をしたライオンたちに交じって、僕は大人しく棚の上でお座りしながら、そんな子供が迎えにきてくれるのを待っていたんだ。







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