~ 日向兄弟 <勝編> ~
「ええ~っ!!母ちゃん、来れないの!?」
「そうなんだよ・・・。ごめんね、勝。仕事、替わって貰える筈だった人が、都合が悪くなっちゃってねえ・・・」
ショック!
母ちゃんはまだ『ゴメンゴメン』って謝っているけれど、俺としては『そんなあ~』って感じ。
いいよ。
別に、来なくていいよ。親なんかいたって、恥ずかしいだけだよ・・・って、強がりでも、母ちゃんに言えればいいのに・・・・言えなかった。
だってそんなの、親が来てくれるって分かっているから、言える言葉だろ?
本当に誰にも来て貰えないなら、そんなこと言えないよ・・・。
母ちゃんが食器を洗いながら、『本当にゴメン。許して~』って俺に謝る。洗剤を流す水音にかき消されそうなくらい小さな声で、俺は『いいよ。・・・分かったよ』って答えた。
今度、父の日が近い6月の最初の土曜日に、うちの小学校では「土曜参観」っていう授業参観がある。
いつもの普通の授業参観だと、どうしても見に来るのは母親ばかりになるけれど、この日は土曜日の授業参観だから、結構父親も見に来るんだ。
ウチは父ちゃんが、俺が小さい時に死んでしまっていないから、去年、俺が一年生だった時には母ちゃんが来てくれた。
だから、2年生になった今度の土曜参観も、そのつもりでいたんだ。
それなのに、母ちゃんは今年は来れないって言う。
土曜参観に誰も見に来ないなんて、クラスで他にいるのかな・・・・。
次の日、1年の時に同じクラスだった翔ちゃんと学校からの帰り道で会ったから聞いてみた。翔ちゃんの名前は、『翔天』って書いて、しょうま。
クラスメイトは結構、男も女も変わった名前の子が多くて、俺の「まさる」ってどうなの?
なんて思ったりする。
「へえ。勝のとこもそうなの? ラッキーじゃん。土曜参観、俺んちも来ないよ。母ちゃんも父ちゃんも」
「え?そうなの?」
俺は逆にビックリして聞き返した。
こんな近くに、同じように誰も来ない友達がいたっていうことと、
翔ちゃんが 『ラッキーじゃん』 って言ったことに。
「だって、まだ母ちゃん病院だもん。妹が生まれたばっかりだから」
「あ。・・・そっか」
翔ちゃんの家には、つい最近赤ちゃんが生まれたのだ。『念願の女の子』だったらしくて、おばさんがすごく喜んでいるって翔ちゃんから聞いていた。
「父ちゃんもまだアメリカだし」
翔ちゃんの母ちゃんも、俺の母ちゃんと同じように働いている。今は赤ちゃん生んだばかりでお休みしているけれど、『銀行員』なんだって。どこの銀行だか知らないけれど、電車に乗って結構遠くまで行っているらしい。
父ちゃんはアメリカにリュウガク中。こっちも何やってんのか知らないけど、まだしばらく帰ってこれないらしい。
「そっかー。翔ちゃん家も、誰も来ないんだ・・・」
「気楽でいいよなっ!」
体操着の入った袋を高く放り投げてはキャッチしている翔ちゃんは、親が来ないなんてこと、何とも思ってなさそうだった。それどころか、本当に『ラッキー』って思っているみたいだった。
そんなものなのかもしれない。ウザイ親なんか来なくていいや・・って思うのが普通なのかもしれない。
俺が、甘えたがりなだけなのかな・・・。
だけど、いざその日になったら、やっぱり寂しくなるんじゃない?翔ちゃん・・・って聞こうとして止めた。
子供っぽい奴って思われるんじゃないかって、恥ずかしかったから。
でもさ、本当のことを言うとさ。
後ろを振り返っても、見てくれる人が来ていないのって・・・やっぱり寂しいと思うんだよ。俺。
大人が沢山並んでいて、それだけならいいよ。
だけどさ。それだけじゃ済まなくて。
絶対、クラスのみんなが後ろを振り返って、『○○のお母さんだ』とか『××のお父さんだ』とか、騒ぎ始めるから。そういうのを聞いているのが、多分嫌だろうな・・・って思う。
「あー。でも、もしかしたらばあちゃんかじいちゃんが来るかもしんない。誰もいないんじゃ可哀相だからとかって言って、母ちゃんが頼んでたし」
翔ちゃんは、いかにも『今まで忘れていたこと』を思い出したように、俺を振り返った。
翔ちゃんの家には、おじいちゃんおばあちゃんもいる。なぜか玄関が二つ並んでいる、大きな家に一緒に住んでいる。ポストもちゃんと二つある。
「ほんっと、余計だよなー。じいちゃんばあちゃんが来たら、俺、よっぽど恥ずかしいよ」
翔ちゃんは心底嫌そうに顔をしかめて、それから笑った。
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