~ 百花王 その後 ~2






「日向さん。どうしたの?こんなところで一人で」
「ぅわあ・・っ!」

治まれ治まれ・・・・そう念じながら若島津のことを頭から振り払おうとした途端に、背後から声を掛けられた。
日向をこんな状態にした元凶の、若島津本人だった。

「・・な、なんだよ、お前っ!なんでこんなところにいるんだよ・・!」
「日向さんがこっちに歩いていくのが見えたからさ。どうしたのかな、って思って。      どうしたの?」

顔が赤いよ      若島津に指摘されて、日向はますます顔を赤らめる。

「な、なんでもねえよ!・・・ただ眠かったから、来ただけで・・っ!寝たら戻るから、お前は戻ってろよっ」

視線を合わせられず、そっぽを向いて早口で告げる。だが若島津は日向にそう言われても、戻ろうとするどころか隣に腰かけ、「やだよ。俺も眠いもん」とそのまま寝転がった。

「日向さん。こっち向いてよ」
「・・・・」
「日向さんってば」
「・・・やだ」
「何で?」
「何でも、だよっ!」

最後は自棄のように日向が吐き捨てると、若島津は日向の首の後ろで、ふ、と笑った。
その息遣いさえ感じるほどの近さに、日向の身体が跳ねる。

「お、まえっ!」
「隠さなくてもいいのに。男は隠されると暴きたくなるんだって、まだ学習しないの?日向さん」
「・・あっ!やめろ・・ッ」

熱の治まりきらない箇所をやんわりと掴まれ、日向は悲鳴に近い声を上げる。
だが若島津は押しのけようとしてくる日向の腕を抑え込み、上に乗り上げた。

「何を考えてたら、こうなっちゃったの?・・・ね、教えて、日向さん。誰のこと?俺のこと?」
「ば・・っ!お前、どけよッ!」

若島津はギリギリ日向の唇に触れるか触れないかくらいの距離に顔を近づけてくる。
こんなの、万が一誰かに見られたら      焦る日向をよそに「誰も来ないよ、こんなところ」と若島津は笑い、「ねえ、どうなの」と問い詰めてくる。

若島津の日向に対する態度としては強引で、答えるまでは解放して貰えそうになかった。仕方が無く日向は観念して、「・・・お前のことだよ」と認めた。

「他に誰がいるっていうんだよ。俺はお前以外、知らねえんだぞ」
「うん・・・。俺のこと考えてエッチな気分になっちゃったなんて、嬉しい。でもごめんね。今、ここじゃちょっとできないから・・・」
「別に、しようだなんて言ってねえだろッ!」
「今夜、やろう。・・・その時まで、我慢して?沢山気持ちよくしてあげるからね」
「・・・アッ・・!」

耳元で低い声で囁かれて、日向はあえかな声を漏らした。ピクリと揺れる身体を、若島津は大事そうに己の腕の中に抱え込む。

「俺に欲情してくれたなんて、本当に嬉しいんだよ?・・・好きです。大好き・・・日向さん」

(・・そんなの、言われなくたってもう分かってるっつーの・・・)

若島津から与えられる溢れんばかりの愛情に溺れそうだ。

どうしてそんなに好きでいてくれるのか、それはやっぱり分からない。だが『好きだ』と言われれば、どうしようもなく胸が甘く疼く。


日向は抱きしめられながら、熱い吐息を誤魔化すように若島津の首筋に顔を埋めた。












その夜、宣言どおりに若島津は日向を抱こうとした。いつものように、ゆっくりと慎重に、壊れ物を扱うかのように優しく日向の身体を蕩かせていく。

「・・わ、若島、津!あ、ああ・・ぅんっ!」
「うん?なに?」

受け入れるその場所を指でほぐされながら前を若島津の唇に食まれて、日向は背を撓めて喘いだ。浅い呼吸を繰り返し、はくはくと口を開く。

「イイ?これ、好き?」
「ちが・・!はな、離せ・・!」
「どうして?」
「やだ・・・いいから、離せよ・・!」

反応からして嫌がっている様子ではないのに、「離せ」と繰り返す。若島津は腑に落ちないながらも一旦身体を離した。
解放された日向はゆっくりと身を起こして、どうしたのかと膝をついて日向を見つめる若島津の前で身をかがめる。

「・・・日向、さんっ!」

慌てたのは若島津の方だった。

若島津の固く勃ち上がったものを、日向がそっと掴んでその唇に誘いこもうとしたのだ。

「ちょ、ちょっと待って・・・!」

咄嗟に日向の顔を抑えて、含まれずに済んだ。だがその前に柔らかく熱い舌が一瞬撫でていき、若島津はビクリと体を震わせた。

「な、何してるんです。あんたは・・!」
「お前だって、俺のしてるじゃねえか。俺がしたっておかしくねえだろう」
「いや、俺はあんたに気持ちよくなって欲しくて・・・」
「俺だって、お前のことを気持ちよくしてやりてえよ」
「いいんですよ、日向さんはそんなことしなくたって・・!」
「だから・・っ!何で、俺がしちゃいけないんだよ!」
「・・・日向さん」

思いもしなかったことを日向から訴えられ、若島津は目を瞠る。

「俺だって、お前に気持ちよくなって欲しいよ。・・・俺だけなんて、おかしいだろ。俺にだって、させればいいだろ」

日向らしく何の飾りもない、ストレートな言葉だった。真摯な瞳にのせて言い募ってくる。
こういう時、いつもなら誤魔化したり躱したりする若島津だったが、どうやら今夜はそれは許されないらしいと悟った。

「あのね、日向さん」
「お前だってココをこうされれば、気持ちいいんだろ。・・・俺だって、そんな風にしてやりたいじゃねえかよ」
「・・・日向さん」
「俺がそう思うのは、おかしいことなのか?お前だって、俺が感じたら嬉しいだろ?俺だって同じだって・・・何で分かんないんだよ」
「・・・・・・」

これは奉仕なんかじゃない。お前のことが好きだから、歓ぶ姿を見るのが嬉しいだけだ      それが自分の望みなのだと、そこまで日向に言わせてしまえば若島津には抗うのは難しかった。

だがどうしても躊躇してしまう。その理由は、日向に対して明かすものではないけれど      。


はあ、と肩を落としてため息をつく若島津に、「何だよ」と日向は唇を尖らせた。

「ちょっとした自己嫌悪です・・・。あんたのことを『もうあの人ではない』って、どの口が言ったのかと思うと、ちょっと情けなくなってね」
「?」

目の前の愛しい人は、かつて父と慕ったその人自身ではない。確かにそう思ってはいる。
今は『日向小次郎』が若島津の全てだった。

だが、たとえ最愛の人が望んだとしても、許容できないこともある。日向がさきほどしようとした行為も、その一つだった。

そんなことはしなくていい、とてもじゃないがさせられない      それは日向だからというよりは、やはり古の時代に見上げた大きな人の姿が重なるからか      。

「修業が足りないよなあ・・・」
「若島津?どうかしたか?・・そんなに嫌か。俺にされるのは」

胡坐をかいて項垂れる若島津を、日向が覗きこんでくる。
若島津はちらりと日向を見ると、困ったような顔で笑った。

「日向さんの気持ちは嬉しいけれど、俺にはね、ちょっとハードルが高くて・・・。心の準備が必要なんです。・・・・また今度でいいですか?ちょっと待って貰えると助かります」

日向はその返事を聞いて少し頬を膨らませたが、「日向さんがそう言ってくれて、本当に嬉しいんですよ」と若島津が囁けば、最終的には納得した。「じゃあ、また今度だぞ。絶対だぞ」と、よくよく考えれば妙な約束をして、ベッドに再度あおむけになる。


その日向の上に覆い被さり、若島津は「こうしているだけでも奇跡のようで、俺にとってはすごく幸せなことなんですけどね・・・」と呟く。

そして今度こそ日向が余計なことを考えられないようにと、その手を滑らかな肌に這わせ始めた。







END

2017.05.07

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