~ 君は光 ~3
日向が大地に告白されたのは、日向が28歳、大地が12歳の時だった。
『俺は恋愛対象として、日向さんのことが好き。だから日向さんも、これからは俺のことを単なる友達の弟じゃなくて、そういう対象として見てよ』 ようやく12歳になったばかりの子供が熱っぽい目をして、28歳のプロサッカー選手に告げた。
その日以来、日向にとって可愛らしいだけだった子供の大地は、どこにもいなくなった。
それでも日向は、それほど遠くない日に大地の気も変わるだろうと高を括っていた。少年時代の可愛らしい戯言として、いずれ二人で笑い合う日がやってくるのだろうと思っていた。
だが予想に反して、大地の日向に対する執着はますます強くなるばかりだった。今もこうして、自分よりも大きな体躯を組み強いて離そうとしないほどに。
「・・・大地ッ!」
大地の手が日向の下半身に伸びたところで、日向はその手を押しとどめた。首を降って、それ以上は許さないのだと知らしめる。
「・・・どうしても駄目?」
「駄目だ」
「俺が子供だから?」
「・・・・」
無言は日向の肯定だった。
「・・・分かった。でも、キスくらいはさせてよ」
だけど大人になったら、もう引かないんだからね。日向さんが困るから、今は我慢するだけなんだからね 大地はそう言って、日向の唇にキスをする。
キスも愛撫同様に拙いものではあったけれど、それでも唇をただ押しつけるのではなく、日向の歯列を割って舌を入れてこようとしていた。
日向はそれを受け入れた。受け入れるべきではないと分かっていても、16歳も年下の少年を相手に有り得ないと思っていても、日向自身も大地に触れていたかった。表には出すことは許されなくても、この子供に惹かれていることは、自分が一番よく知っていた。
「・・・日向さんの口の中、熱くて気持ちいい・・・。もっとキスしたい」
「・・・ン、ん・・・」
身体を触らせて貰えないのならとばかりに、大地は日向の咥内を丹念に探り、執拗に唇を奪った。
ようやく離れた時には、日向の息も上がって唇がてらてらと濡れて光っていた。その様を目にして、大地はごくりと喉を鳴らす。
「・・・日向さん。好き・・・好きなんだ。物心ついた頃にはもう、日向さんに夢中だったよ。俺の憧れは、いつだって日向さんだった。兄貴でもなくて、他の誰でもなくて」
「・・・・」
「お願い。俺が大人になるまで、待っててよ。俺のことを子供だと諦めないで。もう少しだから」
「・・・・」
応えが無いことは承知の上なのか、それ以上は要求することなく、大地は日向の裸の胸に頬を寄せた。
もう少し 日向は考える。
もう少しというのは、何年先のことを言っているのだろう。
大地は15歳だ。あと5年経っても、まだ二十歳。それに引き換え、その頃の自分は36歳だ。大地が25歳になったら41歳。大地が30歳なら46歳。その差は永遠に縮まることは無い。
「・・・日向さんがおじいちゃんになったら・・・なんて、さっきはあんなことを言ったけれどさ。ほんとは俺、しわくちゃの日向さんなんてまだ想像できないよ」
「・・・・・」
「だって今、こんなに綺麗なんだもん」
はにかんだように微笑む大地に、日向はツキリとした胸の痛みを覚える。
子供がどれだけ残酷で、容赦のない生き物であるか そのことを日向は知っていた筈なのに、すっかり忘れていた。それくらいに、この年頃の子供と交わることが無くなっていたのだ。
(忘れていればいい。5年経った頃、俺のことなんて忘れてくれていれば)
若く幼い大地の世界は、これからの数年で急速に拡がっていくだろう。大地自身も成長し、それに伴って考え方も変わっていく。また同時に、本人を取り巻く環境も目まぐるしく変化する筈だ。未来のスター選手を、世間が放っておくわけが無いのだから。
その結果、日向のことを大地が忘れるというなら、それでもいい そうあるべきだと、日向は思う。
(俺は 俺は、そんな関係じゃ無くても)
この先、大地がそういう意味では日向に興味を示さなくなったとしても、それでいい。
日向の望みは一人のフットボーラーとして、また先に生まれたものとして、この少年の行く末を見守っていくことだ。
それで十分だと思っている。可愛がってきた子供の力になれるのであれば、大人としてこれ以上の歓びはないだろう。
望まれる限りは、傍にいる。かつて自分が様々な大人たちに助けられてきたように、自分も必要とされたなら手を差し伸べようと思う。
いつか大地が大人になって何もかもを手に入れた時、たとえその隣にいるのが自分ではないとしても 。
日向は胸の上に載せられた大地の頭を、ギュ、と抱き締めた。
「日向さん・・・?どうしたの?痛いよ」
「うるせえ。ガキは早く寝ろ」
ひどい!乱暴!という大地の抗議の声を聴きながら、日向はその少年らしい丸くて小さな頭を、優しい手つきで撫で続けた。
END
2017.9.21
back top