~ 君は光 ~





ドアを開けて訪問者を出迎えた日向は、『ああ、また大きくなったんだな』と思い、目を細めた。

前に別れた時からそれほど時間は経っていないと思っていたが、相手が成長著しい時期だからだろうか。随分と子供らしさも抜けて、大人っぽく変わったように見えた。

(いや、実際に変わっているんだよな・・・)

日向は自身が彼と同じ年齢だった頃のことを思い出す。日ごとに背丈が伸びているのが自分でも分かるほどで、すぐに服も靴も小さくなった。伸びていく骨の軋む音が聞えるようだった。それくらいに急激に身体が成長する時期だった。10代の半ばというのは。


そんなことを思いながら日向が目の前に立つ相手を眺めていると、その少年は笑って「どうしたの、日向さん。俺のこと、中に入れてくれないの?」と尋ねた。

「大地」
「会えて嬉しい。俺、この日をずっと楽しみにしてたんだよ。日向さん」

少年       大空大地は抱えていた荷物を下すと、日向に抱きついた。大きくなったとは言っても、15歳の大地の身長は、日向の顎の高さを少し超えたかといったところだ。それでも日向は、『やっぱり、だいぶ大きくなったんだな』と思った。
それはそうだ。日向にとって大地は、赤ん坊の頃から知っている少年だった。

「日向さん、これから暫くお世話になります。よろしくね」
「ああ。こっちこそ・・・留守にすることも多いだろうけれど、よろしくな」

大地は日向に押しつけていた身体を離し、にっこりと笑って日向を見上げる。
その笑顔は瓜二つと言っていいほどに、よく似ていた。実の兄に。


大空翼       日向が永遠のライバルとして追い続けている男であり、30歳を越えた今でも世界最高のサッカープレイヤーと称えられる男       の弟、大空大地が日向の家にやってきたのは、ユヴェントスの下部組織のセレクションを受けるためだった。







「お前ならどこのチームだって喜んで迎えてくれるだろう。なんでわざわざイタリアまで来たんだ」
「そんなの、日向さんがいるからに決まってるじゃないか」

荷物を片づけてリビングにやってきた大地に、日向は問い掛けた。

大地は大空家の両親の意向もあって、中学までは日本に留め置かれた。そして中学卒業を控えた今、これから所属するチームを決めるために、まずは兄を頼ってスペインに渡り、次に日向のところへやってきたのだ。

翼から連絡があったのは、つい1週間ほど前のことだった。「大地がユーヴェの入団テストを受けるんだって。その間、日向君のところに泊めてくれるかな」とのことだった。

「別にいいけどよ。俺もいない日あるぞ。一人で放っておいて平気か」
「大丈夫大丈夫。こっちに来た時だって、基本は一人でふらふらと出かけてるし。あいつ、何所に行っても生きていけるタイプだから」
「お前と同じだな」
「泊めてさえ貰えれば、何の世話をすることもないよ。ホテルを取ってもいいんだけど、大地は日向くんに懐いてるからね。会いたがってるんだよ。どうかよろしく頼むね」

翼とは長い付き合いだが、『どうかよろしく』などと声を掛けられたのは初めてだった。「お前でも、意外に兄貴らしい面があるんだな」と感心して言えば、「君が俺のことをどう思っているのか、今のでよく分かったよ」と苦笑された。

「まあでも実際、あいつにはあんまり兄貴らしいことをしてあげたことは無いね。・・・というより、一緒に暮らしたことが無かったから」
「16歳も年下なんだものな」

大地は翼がブラジルに渡ってから生まれた弟だ。翼から見ても自身よりも、自分の双子の息子たちの方に近い年齢だ。

「だから多少、どう扱っていいのかは分からないところもあるけどさ。あれはあれで、可愛いと思ってるんだよ。俺は」
「ああ。それに大地は昔から人懐っこくて、素直ないい子だしな」
「それは人を選んでいるのかもしれないけどねぇ」

とにかく、よろしく頼む          最後に再度そう告げて、翼は電話を切った。

それから1週間が経って、実際に大地が日向の家にやってきたのだった。




「ユーヴェも勿論いいチームだけどな。せっかく翼がいるんだから、素直にバルサにしておけばいいんじゃないのか。その方が親御さんも安心するだろう?」
「まあ、それはそうだろうけどね」

一部では大空翼を凌ぐ才能を持つとさえ囁かれる大地のことを、大空家の両親は        特に母親は、中学を終えるまではと手元から絶対に離そうとしなかった。『大地』という名前にも、『兄が大空を自由に飛び立っていく鳥ならば、弟は大地にしっかりと根ざす大樹であるように」との願いが込められているらしい。

(確かに、ガキの頃からどっしりと肝の据わった奴ではあったような気がするな・・・)

だが、あの大空翼の弟なのだ。大人しくいつまでも日本国内に収まっているような器じゃなかった。

「で、バルサの方はどうだったんだ」
「どうって?」

夕食の準備をしながらの会話だった。
ニョッキのソースを作るために、日向は大地にチーズをすりおろさせている。

「バルサでもテストを受けたんだろう?パスしたのか」

聞いておきながら、大地がパスしないなどとは日向も思っていない。だから何気なく聞いただけなのだが、その返事は「え?受けてないよ?」といった想定外のものだった。

「え?」
「だって俺、ユーヴェがいいんだもの。他のところに行きたい訳じゃ無い。バルサからも是非受けてみろ、って誘われてはいたけれど」
「・・・受けるチャンスがあるのに、受けなかったのか?」
「俺ならどこでも喜んで迎えてくれるって、日向さんも言ったじゃないか」

それなら、ユーヴェ一本でもいいでしょ?         事もなげに、大地はそう告げた。
日向は隣に立つ少年をまじまじと見降ろした。大地も『何がおかしいのか』といった目で見上げてくる。


結局のところ、この少年はどこまでも大空翼に似ている         日向は思った。神に愛された才能と、傲慢なまでの自負と、いつかは王者として君臨するだろう未来と。それらをほぼ手中に収めている少年は、見た目だけはまだ無邪気で可愛らしくもあるが、既に自分の道を見据えてブレない強さを持っている。

「俺、一日でも早くユーヴェのトップチームに上がりたいんだ。そのためにはユーヴェの下部組織に入るのが一番早い。だって急がないと、日向さんがいなくなっちゃう」
「・・・・・・」
「忘れちゃった?俺、子供の頃から言ってたでしょ?日向さんと同じチームでサッカーをするんだって。俺にとって大事なのは、お金じゃないし、名前でもないんだ。日向さんがいるかいないか・・・そこだけなんだ」

チーズの塊を片手に、大地はにっこりと笑う。


「好きだよ、日向さん。俺、絶対に最短でトップチームまで昇り詰めてみせるから。だから、それまでは引退しないでね」








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