~ Equestrian ~3





「・・んっ、あ・・あッ、ん・・ふっ」

夜の帳も降りた頃、寝室のベッドの上で日向は若島津に跨って腰を揺らしていた。

「日向さん・・・。前に比べたら、上になるの上手になったよね。やっぱり、馬のお蔭なのかな」
「な、に・・馬鹿なことっ、言ってんじゃ、ねえよ・・っ・・あんっ!」
「だって、前は恥かしがって嫌がってたくらいなのに」

昔は若島津が『お願い』しても、恥かしい、無理だ、嫌だと言って、なかなか聞いては貰えなかった。それがこのところ若島津が何を言わなくても、日向が自ら上に乗ってくることがある。勿論、若島津にとっては喜ばしい限りだ。見上げた先で欲望のままに身を躍らせる日向は、とても綺麗だった。

「ん・・・、すごく、イイよ。日向さん・・っ」
「あ、あ、・・・や、・・アアッ!」

若島津が日向のいいところに当たるように誘導すれば、日向はひときわ高く声を上げて背を仰け反らせた。

「あっ、奥、・・・もっと、奥の方、も・・・っ」
「日向さん、すごく素敵だ・・・。大好きだよ・・ッ」
「・・うん、俺、おれ、も・・・っ!・・あっ、気持ち、い・・っ」

今の歳になってから二人抱き合う行為は、若い頃に愛しさと勢いだけで突っ走っていたのとはまるで違う。
誰に遠慮することも罪悪感を感じることもなく、純粋に快楽に没頭し、楽しむことができる。それでいて温かく穏やかで、満たされる時間だった。

「ねえ日向さん。名前、呼んで・・・。俺の、名前」
「・・あ・・、け、ん?」
「うん。健、だよ。もっと・・・もっと呼んで」
「健・・け、ん・・・あ、もう、・・あ!あっ・・!」
「・・・日向さん・・・!俺の・・・ッ」

日向が若島津の手の中に欲望を解き放つのと同時に、若島津も日向の中に一層深く突き入り、そのまま背筋を震わせて達した。






「・・ふあぁぁ~~~・・・」
「なあに、その声」

仰向けにゴロリと寝ころんだ日向の滑らかな肌を慈しみながら、若島津はクスクスと笑った。

「満足したってこと」
「それは何より」

だが、満足したのは若島津の方こそだった。

いつ抱いても、日向の身体も反応も声も、若島津にとっては最高だった。単純に相性がいいのだと思う。
だがそれでも、一つだけ気になることが若島津にはあった。

若島津は横になったままで日向を引き寄せ、その腕の中に抱きこんだ。日向も大人しく若島津の胸に頭をもたせかけてくる。

「日向さん・・・。だいぶ、体重を落としたんだね」
「ん?・・・何だ。傍から見ても分かるくらいか?」
「そりゃあね。俺の場合は抱き心地でも分かるし。・・・でも、あまり無理して落とし過ぎないでね。あんたの健康が一番なんだから」
「そうは言っても、あんまり重くちゃ健も源三も可哀想だからな」

一応は頷きながらも、日向は自分のことよりも馬のことの方が気になるらしかった。若島津は小さくため息をつく。

「あんたは極端なとこがあるから、心配なんだよ。ガリガリとか止めてよね」
「分かってるよ。必要な筋肉は落とす訳にいかねえし・・・。少し絞ってるだけだよ」
「なら、いいけど・・・」
「これでも、ボディコントロールはマッツ仕込みなんだ。信用しろよ」

(全く信用ならないんだけど・・・)

若島津はそう思ったが、そのことはおくびにも出さずに「はいはい」と答えた。




やがて日向がウトウトし始め、若島津が見守る前で微かな寝息を立てるようになった。
若島津はその面に柔和な笑みを浮かべ、日向の寝顔を思う存分楽しむ。

全てが上々だった。日本に帰ってきて、本当に良かったと思う。

日向がこれほどまでに馬術にはまったのは想定外だったが、悪くはない。何よりも次の目標を見つけ、毎日を生き生きとして過ごしているのがいい。

さすがに日向といえども、サッカーを引退した後、暫くは気が抜けたようになっていた。次にやりたいことが見つかるまで、ゆっくりすればいい      若島津はそう思っていたが、それなりに心配もしていた。
それが突然に馬術を始めたかと思えば、ある日「やるなら、とことんやる!いつになるかは分かんねえけど、オリンピックを目指す!」と、ビッと人差し指を突きだして宣言したのだった。

若島津は思わず笑った。「ほんと、あんたが大好きだ」と抱きついて頬にキスをしたら、ドヤ顔で「惚れなおしただろう」と言われて、もっと声を上げて笑った。


幾つになっても、いや寧ろ年を取れば取るほど、日向はより魅力を増している。
男らしく格好良いところは以前から変わらないが、幼少時には許されなかった『甘える』という行為も徐々にできるようになり、可愛らしくもなった。もはや無敵な感さえある。
いずれにせよ、若島津の日向に対する愛情は深まっていくばかりだ。

(この人に飽きる日が来るとは、考えたことも無いけれど・・・ますます心配で離れられなくなるっていうのも、予想外だったよな・・)

日向には明かしていないが、引退してからの日向の去就は世間的に注目されていただけでなく、同世代の仲間内からも熱い視線が注がれていた。若林を始め、シュナイダーやピエール、三杉に火野・・・その他大勢。
もし自分と日向がヨーロッパと日本に別れていたなら、どんな男たちがどんな手を使って日向に近づいてきたか分かったものじゃない。そういった意味でも一緒に日本に帰ってきて、心底良かったと若島津は思う。

家族をダシにしてまんまと日向を呼び出し、しかも動物を使って日向の気を引こうとした若林には腹も立ったが、結果的には日向のためになったし、「源三」に対抗して「健」も送りこんだので差し当たりは問題ない。

(いずれは、この人は俺のものだってガツンと分からせてやる必要はあるけどな・・・!)

「・・・ぅぅ、ん」

つい力が入ってしまっていたらしく、腕の中の日向がむずかった。
若島津は慌てて腕の力を緩め、日向が寝やすいように体勢を変えた。

「・・ぅ、ん・・、けん・・・」

零された寝言は、馬の名前なのか、人生の半分以上を連れ添ってきた自分の名前なのか。

「まさかこれは、馬の方の健・・・ってことはないよね?日向さん」

まさかね・・・と苦笑する若島津に答える声は無い。

(今のウマ馬鹿な日向さんを見ていると、怪しい気もするけどね・・・)

馬じゃなくて、俺の夢を見てね・・・そう呟いて、若島津は日向の閉じられた瞼にそっと唇を落とした。







END

2017.04.20

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