~ 変化 ~3






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「島野!11番マーク!離されるな!」
「馬鹿野郎!ボールだけ追うなッ!目エ開けて相手を見てろッ、このボケッ!!」
「いい、そこから打たせろ!止める!」

冴え渡る秋晴れの空の下に、ゴールマウスを背にした守護神の声が響き渡る。

「いやあ、若島津サン、絶好調ですねえ。ねえ、日向さん?」
「・・・だな」

1年生だけで組んだチームでの、他校との練習試合だった。喜々として味方を鼓舞、または罵倒している若島津を、日向と反町はベンチで眺めている。反町は前半だけで交替させられ、日向に至ってはまだ出番も無い。日向を投入すると余りにも試合が一方的になり過ぎるからだ。公式戦にはチャンスの無いメンバーのための試合であることも分かっているから、日向も自分の出番はせいぜい最後の10分程度だろうと踏んでいる。

「どう思う?日向さん」
「何が」
「若島津の声ですよお」

声変わりが始まってから半年ほど経って、ようやく若島津の声は落ち着いた。割と高めだった子供の声音は、すっかり低くて重い、それでいてよく通る声になっていた。

「いいんじゃねえのか。遠くまで届くし、聞きやすい」
「あいつのファンの女の子たちにも、かなり評判いいらしいですよ。イケボになって、ますます格好良くなったって」
「ふうん」

日向は興味無さそうに頷くだけだが、反町が実際に知り合いの女の子から噂を聞いたところ、ファンの子たちの間では非常に盛り上がっているらしい。『ただでさえカッコイイ王子が、更に完璧な王子になった!』と。

「三杉ならともかく、若島津の場合は『王子』ってガラじゃないと思うんだけどなあ。どっちかっつーと、魔王・・・」
「あ?」
「いーえ、何でも」

反町は適当に誤魔化した。日向にはとてもじゃないが聞かせられない批評もある。
『エロイ声』『聞いているだけで妊娠しそう』『声だけで犯されてる感じ』      女の子というのは結構ムチャクチャ言うよな、聞いてるこっちが恥ずかしいよと、反町でさえ思う。
そんなコメントを世の中の女の子たちが若島津に対して寄せているなどと、女性に対して免疫の無い日向の耳に入れる気には、反町には到底なれなかった。

「まあ何にせよ、うちの守護神の調子がいいのはイイことだよね。もうすぐ選手権の予選だしね」
「ああ、そうだな」

既に東京都の1次予選は8月中旬から始まっている。東邦学園は1次予選免除校のため2次予選からの出場だが、それもすぐ近くに迫っているのだ。
1年生ながらレギュラーを張る日向、反町、若島津を揃えた東邦学園は優勝候補の筆頭に挙げられているが、そうはいっても油断はならない。全国大会ともなれば強豪チームが全力でぶつかってくる。

「日向、そろそろアップしておけ」
「はい!」

やっとピッチに入って走り回れる。『あいつはいいよな、出ずっぱりで』と日向は楽しそうにDFに指示を出しまくる若島津を一瞥した後、準備を始めた。












「日向さん。風呂に行こう?」
「・・・ぅわっ」

後ろから耳元で話しかけられて、日向は咄嗟に飛びすさった。

「な、なんだよっ、びっくりすんだろっ」
「え?そう?」

最近、若島津がこうしてふいに近づいて囁きかけてくることが多いように、日向は思う。いや、もしかしたら以前からこうだったのかもしれなかった。だが、そうだとしても昔は気にならなかった。たぶんそれは     

(やっぱ、この声のせいだよな・・・・)

反町に言われるまでもなく、若島津の今の声      声変わりした後の声が低くてイイ声になったというのは、日向にだって分かる。若島津のファンである女の子たちに評判がいいというのも納得だ。
何故なら、今の若島津の声は日向ですら感心してしまうくらいに、大人っぽくて落ち着いていて、甘くて      こう評するのが適しているのかは分からないが、色気のある声だと思うからだ。

「お前、近過ぎるんだよ。もう少し離れて喋ればいいだろ」
「あ、そっか。ごめん。ほら、声がろくに出なかった頃に、ずっと耳の近くで話していたから、その癖が抜けなくって。・・・こんな風に」
「・・・ッ!」

若島津が『こんな風に』と囁きながら、日向の後頭部を抱えて、その耳朶に口元を寄せる。日向の頬と耳に微かに生温い吐息が触れた。甘い声と、その感触とが相まって日向の身体を震わせる。若島津の声に感じてしまったことを知って、日向は頬に朱をのぼらせた。

若島津はそんな日向の様子に何も気付いていないように振る舞いながら、彼の逐一を観察していた。そうしておいて、これはなかなかにいい兆候だと思う。

ガラガラ声の時期が終わってまともに声を出せるようになった時、自分よりも驚いた表情を見せたのは日向だった。それくらいに、この新しい声は日向の好みにドンピシャだったらしい。
それを知った時、若島津は新しい武器を手に入れたような気がした。この声が日向の性的嗜好に合うものだというなら、使わない手は無い。

かくして若島津の『日向を手中に落とすための計画』に、具体的な策が1つ加わった。

「俺の声、近くで聞いたらうるさい?嫌?」
「・・・そんなことはねえけど」
「なら、小さい声で近くで話してもいい?まだちょっと無理をすると、喉が痛いんだ」
「じゃあ、しょうがねえだろ。好きにしろよ」

顔を赤らめながらもコクリと頷いて了承した日向に、若島津が実に嬉しそうな、艶やかな笑みを浮かべる。それは日向の近くに寄れる許しを得たというだけでなく、自分の思惑通りに事が運んでいるという歓びに他ならない。

いつかは日向の全部を手に入れる      そう思っていることをおくびにも出さず、若島津は日向を柔らかく、腕の中に包みこむように抱きしめる。
今はただの友人でもいい。ゆっくりでいいから、少しずつ進めていくのだ。怖がらせないように、大事にしながら、そっと。 何故なら若島津は、いずれ身体を繋げるならば自分が日向を受け入れるのではなく、日向に自分を受け入れて欲しいのだから。

「さあ、早く風呂に入りにいこう?日向さん」
「ああ。・・・そうだ、風呂に入った後でいいんだけど、数学で教えて欲しいところがあるんだよ。どう解いたらいいのか分からなくて。いいか?」
「喜んで」

全幅の信頼を寄せてくる親友であり、目下の想い人でもある日向に、優しく面倒見のいい友人の顔を見せて若島津はにっこりと笑いかけた。






END

2018.03.23

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