~ 12才 ・ 寒椿の咲く頃 ~






日向小次郎はスーパーからの帰り道に通りかかった公園で、ブランコに座っている友人を見つけた。
普段公園で見掛けることの無いような友人だし、今は真冬で、こんな遊具の少ない小さな公園で遊んでいる子供は他にいない。要は彼      若島津健は一人だった。

「兄ちゃん?」
「ちょっと寄ってくぞ、尊」

一緒に連れていた弟の手を引き、小次郎は車両止めを通り抜けて公園に入る。まっすぐにブランコのある場所へと進み、声をかけた。

「若島津。こんなところで何をやってるんだ」
「・・・なんだ、日向か。尊も一緒なんだ」
「母ちゃんに買い物を頼まれたんだよ。醤油が切れてたから、二人で買ってきてくれって」
「ふうん・・・」

たいして興味もなさそうに若島津は相槌を打った。あれ、と小次郎は思う。
元々愛想がいい訳ではないが、いつもはここまで無気力な返事はしない。少なくとも小次郎に対しては。
こんな寒い日に外に一人でいるのもおかしい。何かがあったのかと小次郎は考えた。

「兄ちゃん。醤油・・・」
「あ・・・そっか。持って帰らなくちゃな」

尊が遠慮がちに声を掛ける。小次郎は自分たちが買い物から帰る途中だったことを思い出した。少しくらいなら立ち話も大丈夫だろうが、あまり油を売っている訳にもいかない。

「俺ら、帰らなくちゃいけないけど・・・。お前も、いつまでもこんなところにいないで家に帰れよ。それにお前、受験前に風邪をひく訳にはいかないだろ?」
「俺はもうちょっと・・・しばらく時間を潰したら帰る」
「・・・お前さあ、こういうのは時間が経てば経つほど、帰れなくなるんだぞ。早く謝っちまえよ」
「・・・俺が悪いんじゃない」
「なんだ、やっぱ喧嘩したんだ。親父さんとか」
「カマかけたのかよ!」

健が思わず声を大きくすると、「俺なんかにカマをかけられるお前の方が、おかしいんだろ」と小次郎はにべもなく返した。
確かにそうだった。普段であれば、こんなことに引っかかるような健では無かった。

「・・・・はあ」
「ため息なんかつくなよ・・・。そんなに深刻なのか?何なら、うちに来るか?」
「え。・・・いいのか」
「いいよ。たぶん、母ちゃんもいいって言うよ。なあ?尊」

兄に振られて、尊はコクンと頷いた。

「ここは寒いし、いつまでもいられねえだろ。俺んち来いよ。ついでにメシも食ってきゃいいじゃん。うち、今日は餃子なんだ」
「メシはどっちでもいいけど・・・。家に入れて貰えるのは助かる」

しっかり上着を着こんでネックウォーマーも被ってきたとはいえ、寒風吹きすさぶ中に座っていたのだ。体の芯まで冷え切っている。だが家に帰るつもりはなく、そろそろ移動してファーストフード店にでも行こうかと考えていたところだった。

健はブランコから立ち上がり、兄弟について公園を出る。
日向の家に向かいながら「餃子で醤油が無いのは、確かにキツイよな」「だよなー」と笑って会話を交わす兄とその友人を、尊は色素の薄い瞳で交互に見上げていた。
















日向家にお邪魔していることと、夕飯を一緒にと誘われていることを電話で母親に告げると、『迷惑を掛けないようにね』とは言われたが、『帰ってらっしゃい』とは言われなかった。そうであったから、健は小次郎に誘われるままに夕食をご馳走になった。小次郎の母も弟妹たちも歓迎してくれた。


「若島津。お前、先に風呂に入れよ。沸いたから」
「・・・俺が先でいいのか?」

夕飯を食べ終えた後、さてこれからどうしよう・・・と健が考えていた頃、小次郎が「お前、どうせなら泊まっていけば?外はもう暗いし寒いし、家に電話して、いいって言ってくれたらそうしろよ」と提案してくれた。それで再び家に連絡したところ、やはりこれに対しても母親は『帰ってきなさい』とは言わなかった。その結果、健は初めて小次郎の家に泊まることになったのだ。

「だってお前、客だろ」
「客ってよりは、居候だろ。・・・すみません」

後の言葉は、小次郎の母親に向けたものだった。

「いいのよ。ウチは若島津くんのおうちに比べたら騒がしいだろうけれど、ゆっくりしていってね。小次郎だってこの間、突然お邪魔させて貰ったんだしね」

日向の母親がにこやかに笑って言うのを、健は複雑な思いで受け止めた。横に並ぶ小次郎の方にさり気なく目をやると、この家の長男は何の感情をも見せない表情をしていた。

「健ちゃん。お風呂、行っちゃうの?また後で、絵本を読んでくれる?」
「ん・・・?うん、いいよ。また後でね」

小次郎に「風呂に先に行け」と声を掛けられたとき、健はちょうど直子に本を読んでやっている最中だった。「言っとくけど、直子の『絵本読んで攻撃』にはキリが無いからな」と小次郎から予め忠告されていが、まさにその状況に陥っていた。一冊を読み終えると直子がすかさず次の本を持って来て、健の膝に乗るのだ。
だが普段小さい子に絵本を読んであげる機会など全く無い健は、この状況をそれなりに楽しんでもいた。

「また後で読んであげるからね、直子ちゃん」
「うん!」








「お前、直子にはなんか口調が違うよな」
「え?そう?」

脱衣所に入って足拭きマットやらタオルやらを準備をする小次郎にそう言われたが、自分にそんな認識の無い健は首を傾げた。

「・・まあ、女の子だから・・・かな。直子ちゃん、可愛いし。日向に似てるけど、何故だかすごく可愛いし」
「俺に似てるから可愛いんだろ」
「ははっ」

渡されたバスタオルを受け取り、健は笑った。軽口を叩く小次郎に、どこか安心している自分がいることに気が付いていた。

「じゃあ、ごゆっくり」
「ありがとう」

小次郎が脱衣所から出て、扉を閉めていった。








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