~ blessings おまけな話  ~ 2



「じゃあな」

明和の駅に着いて、家路を辿る。お互いの家への道が分かれるところで、黙って並んで歩いていた日向が若島津を振り向いて言った。
このまま西へ向かえば日向の家があり、北へ向かって丘を登っていけば若島津の家だった。

「じゃあな、じゃないよ。家まで送っていくよ」
「馬鹿、女じゃねぇんだ。お前に送って貰うなんて気持ち悪い」
「いいから、送っていくよ。あんた、病み上がりだろ。・・・それに、おばさんたちに挨拶していってもいいしさ」

なおも『いいからお前も早く家に帰れ』という日向の腕を掴み、半ば強引に引きずるようにして若島津は日向家を目指して歩き始める。

「うちのかあちゃん、今日仕事だもんよ。・・・尊たちしかいねぇよ」
「いいよ。尊も直子ちゃんも久しぶりだし」
「・・・・強引な奴」

日向は呆れたようにため息をついて、若島津の好きにさせることにした。どのみち若島津が一旦言い出したら、実は日向以上に我の強い彼が退く訳がないことを日向も知っている。

日向は、自分の手を引いて、冷たい風を切るようにして歩いて行く友人の顔を盗み見た。子供の時から見知ってはいるが、こうして改めて見ても整った顔だな、と日向も思う。東邦学園は男子校だが、サッカー部の練習を見学に来る近隣の女子学生たちが、若島津が側に来ると一斉に色めき立つのを知っている。
同年代では№1のゴールキーパーで、空手の才能もあって、勉強もできて、大抵のことをソツなくこなす若島津は、日向から見ればおよそ欠いているものが無かった。


       俺の、ゴールキーパー。

ふいにそんな言葉が頭に浮かんで、日向は驚いた。今まで、家族以外の誰のことも『俺の』なんて所有格をつけて呼んだことは無い。


       俺のゴールキーパー。

もう一度繰り返してみると、その言葉はストン、と自分の中に落ちてきた。

本当は違う。若島津は東邦のゴールキーパーで、別に自分の、という訳じゃない。チームが異なれば、当然、そのチームのゴールを守るだけだ。そんなことは分かっている。

だけれど      

「なに?・・・顔がニヤついてるよ。どうしたの?」
「何でもねえよっ!」

掴まれた腕の痛みは、どこか少しくすぐったくて、日向は振り払う気にはならなかった       








日向家に着いたところで、若島津は玄関まで行かずに日向と別れることにした。

「尊たちに会っていかないのか?」
「東邦に帰る前に一度お邪魔するよ。そん時でいいや」

日向が一旦顔を見せれば、尊に直子、勝はきっと大騒ぎだろう。日向家の弟妹たちは、若島津から見ても度が過ぎているんじゃないかと思えるほどのブラコン揃いだ。 敢えてこの日に邪魔をすることも無かった。

じゃあね、よいお年を・・・と残して若島津が去りかけた時に、「若島津」と日向が呼びとめた。

「何?」
「お前、誕生日プレゼント。何が欲しいか言ってけよな。・・・そりゃ、高いものはあげられないけど」
「え?なんかくれんの?」

若島津はしばらく考えて、「でも、欲しいもの別に無いんだよな~」と答えた。正直、欲しいものと言えば新しいスパイクやグローブなど、値がそれなりに張るものばかりだ。

「カードとかいいかな。記念になるし」
「カードォ!?」

自分から言い出したものの、思わぬものを要求されて、日向が「ゲー」と顔をしかめる。

「何、その顔。・・・いいね、カード。毎年それでいい。日向さんがどんなメッセージくれるか楽しみだし。 カード、ください。高くなければ何でもいいんでしょ?」
「・・・まあ、そりゃ、そうだけどよ・・・。本当にそんなのでいいのかよ」
「俺は嬉しいよ。何だったら、俺も毎年あんたの誕生日にカードあげようか?」

バースデーカードは適当に思いついたものだったが、我ながらいい考えだと若島津は思った。これなら日向に金銭的な負担をかけることもないし、何しろ日向直筆のメッセージカードなど、そうそう誰でも貰えるものでもないだろう。

「でも、どんなこと書けばいいんだよ」
「いや、それを俺に聞かれても・・・。」

困る。
だけど、日向らしいと言えばらしい言い様に若島津はクスリと笑った。

「日向さん。昨日俺に言ってくれたこと、もしかして覚えてない?」
「何が?」
「昨日、誕生日おめでとうって言ってくれて。その後にあんたがくれた言葉。覚えてない?」
「・・・」

日向には全く覚えがなかった。熱に浮かされて、何か妙なことを口走ったのだろうか。

「俺が生まれてきた日だから嬉しい・・・って、あんた言ったんだよ。」
「・・・・」
「俺のこと、一番の親友だって。俺以上に気の合う奴はいないし、ずっと一緒にサッカーしていきたいから側にいてくれって。この先も俺にあんたのゴールを守って欲しい、って」
「・・・そっか」

若島津にそう言われて、日向は少しドキリとした。ついさっき頭の中に浮かんできた言葉があったから、そんなこと言ったのか、俺・・・と、すんなりと納得する。
だが、やがて若島津がまじまじと自分を凝視していることに気がついた。

「否定、しないの?朝みたいに『嘘つくんじゃねえ』とかって」
「何で?俺がそう言ってたんだろ?」
「・・・・」

なおも自分を凝視する若島津と視線を合わせること十数秒。ようやく日向は若島津にはめられたことに気がついた。みるみる内に日向の顔に朱が刷かれていく。

「お前・・・っ!」
「あははっ。ひゅうが、さん。俺、カードもいらない、今ので十分・・・っ」
「この、嘘つき野郎ッ!もう、お前の言うことなんか、金輪際信じるかっ!!」

腹を抱えて笑いだした若島津に、日向の怒号がかぶさる。

表の喧騒に気がついた尊と直子、勝が家の中から飛び出してきて、日向家の前の一角は、収集がつかないほどの賑やかさとなった。
若島津は笑いすぎて涙のにじんだ眦を拭いて、日向は頬を赤らめて親友に殴りかかり、弟妹たちは兄の帰省を喜びながらも兄がなぜ怒っているのか不思議そうに。



誕生日から遅れること一日。
若島津健は、また一つ胸の奥に大事な宝物をしまい込んで、その贈り物をくれた優しい人が飛び掛ってくるのを避けながら、晴れやかな笑い声を上げた     





END

2013.1.16

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