~ 強面天使と悪魔な俺 ~エイプリルフール編



てくてくと日向小次郎は若島津家の敷地内を歩いていた。隣にある日向家が住んでいるアパートも若島津家の所有であるが、若島津の本家の敷地はそのアパートの棟が3つも4つも入りそうなくらいにダダっ広い。同様に家自体も広いのだが、小次郎がこれから訪ねようとしている先は母屋ではなく、健の部屋がある離れだった。

「ふふふっ」

小次郎はこれから健を相手に試してみる『あること』ことを思い、笑みを零す。
今は小学校も新学年が始まるまでの貴重な春休みだ。そして今日は4月1日だった。

小次郎は生まれて初めて、エイプリルフールの嘘というものをついてみようと目論んでいた。




そうだ。健を驚かせてみよう       そう小次郎が思いつくに至ったのは、幼い弟と妹が小次郎を騙そうとしてきたのがきっかけだ。
エイプリルフールというものを知ったばかりの直子は、勝にもそれを教えて二人で長兄を騙すことを計画した。年少の二人からすれば、こういったことを試すのは大きい方の兄に限る。小さい方の兄は幼いながらにリアリストであり、おそらく大した反応も得られないであろうことは二人にも想像がついた。

綿密な打ち合わせをした後、まずは勝が口火を切る。狭い家の中を、「にーちゃ!たいへん!にーちゃ!」と騒ぎながらトタトタと走って、長兄の前にやってきた。

「たいへんだよ!まさるね、転んでケガしちゃった!」

膝小僧を小さな手のひらで押さえながら、なぜか逆の足にびっこを引いている。下手な演技のうえに、その顔がいかにも『何かを企んでいます』というように悪戯っぽく笑んでいるのが、小次郎から見ても可笑しくて仕方が無い。本当に転んで痛いのなら勝などわんわん泣いて大騒ぎするのだから、小次郎にはすぐに「ああ、騙してるんだな」と分かるのに、頑張って痛いフリを続けているのが微笑ましかった。
見た目は強面でも中身は人一倍優しくて思いやりのある小次郎は、それなら・・・と幼い弟妹に付き合ってやることにした。

「大丈夫か、勝!? どうしよう、絆創膏貼ろうか、それとも病院に行こうか。ああどうしよう。母ちゃんもいないし、困ったなあ。兄ちゃん、心配だなあ。どうしたらいいかなあ」

わざとらしく驚いて心配する様子を装うと、途端に勝がはちきれんばかりの笑顔を見せる。
そうして「うっそでしたあ!」とさっそくネタばらしをして、小次郎に抱きついてくる。「なあんだ、兄ちゃん本当に心配して損したよ」と小次郎が軽くほっぺをつねってやると、勝は声を上げて笑った。

その次は直子だった。

「兄ちゃん、綿菓子あるんだよ。食べる?」

割り箸に手芸用の綿を巻いたものを、「どうぞ」といって差し出してくる。
素知らぬ顔でパクリと口にし、慌てた風に「うえー、ペペッ」と吐き出してみれば、直子も「やったあ、引っかかったー!」と大喜びだった。

どちらも可愛らしい、罪のない嘘だった。嘘をつかれた立場の小次郎を幸せな気分にしてくれる、いわゆる『ついてもいい嘘』だ。

「二人は騙すのが上手だなあ。兄ちゃんよりもよっぽど上手だ」と褒めると、直子も勝も嬉しそうに小次郎にじゃれついた。
そして「兄ちゃんもやってみたら?健兄ちゃんとかどうかな。普段、兄ちゃんは嘘をつかないから、ビックリするんじゃないかな」と直子が言った。

なるほど、と小次郎は思う。
こんな楽しくて可愛らしい嘘なら、健も喜ぶかもしれない。どんな嘘がいいのかな       小次郎は考え始めた。


それからようやく一つの嘘を思いついて、それを試してみるべく若島津の家を訪れた       それが今の状況だった。







離れに着いたはいいが、この時間は健は道場で稽古をしているため自室にはいない。それでも構うことなく小次郎は勝手に離れに上がり、健の部屋に入り込んだ。赤ん坊の頃から付き合いがある小次郎が自分の不在の間に部屋に入ったところで、健は何とも言わない。むしろ外でウロウロしている方が怒られることを小次郎は経験済だった。つい最近も健に注意されたばかりだ。

曰く「小次郎ちゃんが一人で外にいるなんて、危険だから止めて」とのことだった。

「そうだよね。俺、その辺歩いているだけで喧嘩を売られるもんね。ごめんね、健」と、他人に絡まれる度に助けてくれる幼馴染に頭の上がらない小次郎は、素直に言うことを聞く。
ただそう答えた時に、健が微妙な表情をしたことには小次郎は気が付かなかったけれど。










健の部屋で漫画を読んで過ごしているうちに、部屋の主が戻ってきた。

「小次郎ちゃん。来てたんだ」
「うん。健のこと、待ってた」

突然にやってきても嫌な顔一つせずに、それどころか嬉しそうに「なんだ。小次郎ちゃんが来ているなら、早く上がってくればよかったな」と言ってくれる健を、小次郎は笑顔で出迎えた。
健は着替えとシャワーは階下で済ませてきたらしく、身に着けているのは既に道着ではなくいつもの普段着だった。濡れた髪を無造作に後ろで結んでいて、ただそれだけなのに妙に似合っていて大人っぽく見える。小次郎は少しドキリとした。

「小次郎ちゃん?」
「あ。うん」

つい見惚れてしまっていた小次郎は、健に呼びかけられて、自分が何をしにここに来たのかを思いだした。
上手くいくか、いかないか。少し緊張する。
だけどすぐに嘘だとばれたとしても、健ならば「小次郎ちゃんは嘘が下手だな」と言って笑ってくれるだろう       そうも思った。


「あ、あのね・・・。健、俺ね。俺、健に言いたいことがあってきたんだ」
「へえ。何?」

小次郎は健の前で居住まいを正し、正座になった。
トクトクトク・・・初めてのことに心臓が速く鼓動を打ちはじめ、ワクワクする気持ちと緊張とがない交ぜになって顔に熱が昇る。僅かに赤みを帯びた頬に両手を当てて、小次郎は上目遣いで健を見上げた。

「あの、ね」
「うん?」

小次郎が言い淀むと、促すように優しい笑顔をくれる。小次郎の大好きな健の笑顔だ。綺麗で強くて優しい、自慢の幼馴染。

「あの、ね。俺ね、好きな人が出来たんだ。・・・好きな、女の子。健に一番に教えようと思って」










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