~ Level5の関係性 ~
「・・・も、やだ・・って!」
「や?何が?」
「何って・・・ソレ、もう止めろってば・・んッ!」
日向をベッドの上にうつ伏せに抑えつけて、先ほどから若島津はその背中を蹂躙している。熱くて柔らかな舌で日向の綺麗についた筋肉をなぞり、たまに甘噛みしてはその感触を楽しんでいる。日向はただシーツを掴んで耐えて、もう嫌だ、止めてくれと懇願するばかりだった。
「・・・あ!ま、待てって・・!・・いやだッ」
若島津の舌が背中からうなじへと移り、髪の生え際を辿って耳の裏へと上がっていくと、途端に日向が首を振って逃れようとする。いつもと同じ反応に若島津は内心でため息をついた。何度この行為を繰り返しても、これより先に進もうとすると日向が怯え始める。だが怖がらせるのは本意じゃない。若島津は日向の身体の上から降りた。
一方、日向は解放されても動けなかった。今のうちに逃げ出さないと・・・と思うのに、身体の奥に生まれた僅かな熱がそれを阻む。
こんなのはおかしいと思う。前は若島津に触られても、舐めまわされてもこんな風になることは無かった。ぞくぞくとして、身体が細かく震えて止まらない。気持ちがいいのだと自覚するよりも先に強制的に教え込まれた快楽は、見た目よりも実年齢よりもよほど幼い日向を怖がらせるだけだった。
「日向さん、落ち着いた?このまま寝る?一緒に寝ていい?」
日向の横に寝転ぶ若島津に、背中から抱き込まれる。狭いベッドだというのに、こうして抱きしめたままで眠ろうとするのも、以前には無かったことだ。
元々は、他人に触るのも触られるのも苦手な若島津がせめて日常生活で苦労することのないように、まずは日向に触ることで他人に慣れよう・・・と始めた行為だった。
『日向さんだけ。日向さんだけ触っても平気で、他の奴じゃ駄目なんだ。どうしてか分からないけど、あんただけ特別なんだ 。』
若島津が縋るような目をしてそう言うから、練習台として触られることを日向は了承した。それがこうして続いている。
だけど1年以上が経った今でも、日向以外の人間が近寄ると若島津は嫌そうな顔をし、相手によっては実際に気分が悪くなることもあるようだ。
日向は大きく息を吐いた。
「・・・なあ。俺、時々思うんだけど・・・。これって、ほんとに効果あんのか?」
「んー。あるんじゃないかなあ」
成果のほどを疑う日向に対して、若島津は随分と悠長なことを口にする。かなりな負担を強いてくるくせに暢気なことをほざく男に、日向は思わずムっとした。大して深く考えもせず、腹立ちに任せて言葉を投げつける。
「お前、俺以外で大丈夫そうな奴いないのかよ。こんな風に触っても平気な奴。一人くらいいるだろ、探せば。反町とかどうなんだよ」
「は?・・・止めてよ、気色悪い。そんな奴がいるなら、日向さんにこんなことお願いしない・・・・って、そんな奴がいればいいと思ってんの?」
「おう。だってそうしたら、そいつと俺で分担できるだろ。そしたらきっと、お前が慣れるのも早いだろ」
「・・・本気で言ってる?俺が、そいつにこんな風に触っていいって?」
「それが出来るようになるための練習台なんだろ?俺は」
「・・・・分かった」
日向のベッドから降りて自分のベッドに戻る若島津は「もう寝るよ。おやすみ」とだけ告げた。
自分が何かしら若島津の気分を害したらしい、ということは日向にも分かったけれど、間違ったことを言った覚えはなかった。だって確かに、自分は若島津が他の誰かに触れるようになるための練習台の筈なのだから。
それに自分だって若島津の態度にムカついた。だから何がいけなかったのかなんて聞いてやらない。
日向も「おやすみ」と言って灯りを消して、ベッドに潜り込んだ。
****
日向が午前中の授業の合間にある中休みを終えて教室に入ろうとしたところ、廊下の少し離れたところに若島津がいるのが目に入った。
若島津と話している相手は日向に背を向けているので顔は見えない。だが後ろ姿であっても、その背格好からここ最近よく見るようになった人物だとすぐに気が付く。
若島津の肩くらいまでしかない背に、華奢で細い身体。亜麻色の髪が天然なのか、軽くウェーブしていて柔らかそうに見えた。
「日向さん?どしたの?そんなとこで。教室入らないの?」
同じクラスの反町が、教室の窓から廊下側に顔を出して日向に呼びかける。あらぬ方向を見てぼうっと立ったままの日向を怪訝に思ったらしい。
「何見てるのさ。・・・あれ、若島津じゃん。それに雨宮も」
若島津と話している小柄な生徒は、雨宮といった。美術部の一年生だ。クラスは日向や反町とも、また若島津とも違う。
雨宮は数少ない高等部からの外部入学者だった。中高一貫教育を売りにしている東邦学園では、高等部からの新入生は帰国子女やよほど編入試験の点数が高かった者などに絞り、それほど人数は取らない。だから外部入学者というだけで目立ったし、同じ学年の生徒ならまずその存在を知らない者はいなかった。
日向自身も雨宮のことは、こうして若島津と一緒にいるのを見かけるようになる前から知っていた。それはとある理由で紹介されたからでもあったけれど。だが実のところはそれより以前から、名前までは知らなくてもその姿は目にしていたのだ。
「日向さん、雨宮のこと気になるの?」
「べつに」
窓から上半身を乗り出してニヤニヤと日向の顔を覗き込んでくる反町から顔を逸らし、日向はもう一度廊下で話し込む二人に視線を移した。
雨宮はいかにも運動や日焼けとは縁が無いというような白い肌をしていた。細い首に小さな頭が男子高校生というよりは、中学生か、または女の子のようだ。顔立ちも可愛らしく、日向からしても目を惹くのは間違いなかった。
若島津も十分に目立つ男だ。それぞれに単体でいても視線を集めるのだから、二人で並べばそれは日向じゃなくとも目に留まる。それに今は若島津が雨宮の前で機嫌の良さそうな笑顔を見せていて、たまに笑い声さえ聞こえてくるのだ。普段は仏頂面をしていることの方が多い若島津だから、ことさら奇異に映った。廊下を通り過ぎていく生徒たちも、皆がチラチラと二人の方を盗み見るようにして行く。
(・・・こんなところで悪目立ちしやがって)
日向は知らず悪態をついた。そしてそのことに気が付いて、更に気分がささくれ立つ。
若島津が学校でどうしていようと、誰といて何をしてようと、別に日向には関係のないことの筈だ。それがサッカー部や、寮の同室者としての自分に迷惑がかかるものでなければ。
チャイムが鳴って授業の始まりの時間を告げる。雨宮が慌てたように自分のクラスの方を振り返り、まだ教師が来ていないと知ると安心したように微笑んだ。
その拍子に日向と目が合う。
雨宮は日向が自分を見ていたことに少し驚いたような顔をしたが、すぐにまた笑顔になって小さく手を振ってきた。人懐こい小型犬のような奴だと思う。
それから雨宮はもう一度若島津の方を向いて、やはり小さく手を振った。若島津も軽く片手を上げて応える。
日向はそこまで見ると、フイとそれらを視界から外し、教室へと入った。
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