~ Level3の関係性 ~




「よーし、休憩だ。15分後にミニゲーム始めるぞー!」

コーチの声に、明和FCの面々は額や頬を流れる汗を拭いながらグラウンドの端に一斉に移動した。「あちぃよぅ~」と暑さに疲れた声を出して、グラウンドと道路を隔てるフェンス際の木陰に涼を求めて座り込む。子供たちは皆、スポーツバッグからそれぞれの水筒を取り出し、水分補給を行った。
ゴールキーパーとして別メニューで練習をしていた若島津も、同じように仲間の集まるところへ行くと自分のバッグを開ける。

「・・・あれ?」

「どうした。若島津」

チームメイトの沢木が声をかけてくるのも無視したまま、若島津は「あれ。おっかしいなー」と言いながらスポーツバッグの中を漁る。

「どうかしたんですか?若島津さん」

何事かとタケシが寄ってくるのに、ようやく顔を上げて「水筒、家に忘れてきたみたいだ」と 答える。

季節は初夏。夏の盛りという訳ではないが、走り回った子供たちは全員が汗だくだ。ユニフォームも水分を吸って重くなっている。出した分の水分をこの休憩時間に補給しなければ、倒れてしまう可能性もあるし、最悪の場合は命の危険さえある。
若島津はバッグを逆さにして中身を全てぶちまけ、それでも水筒が無いことが分かると、ポンと膝を打って立ち上がった。

「しゃーない。水道の水を飲んでくるか」

グラウンドには水飲み場が設置してあり、誰でも自由に使用できる。だが少年たちは普段からイオン飲料や麦茶を入れた水筒を持参しており、それが空にならない限りは水道の水をそのまま飲んだりすることは無かった。若島津にしてもいつもは1.5リットルの水筒に、沢山の氷とスポーツドリンクを入れて持ってきている。火照った身体にキンキンに冷えたそれを流し込むのが気持ち良いのに・・・と思いながら、温い水道水の味を想像するとテンションも下がった。



「若島津ー」

若島津が水飲み場に向かおうと歩きかけると、沢木が自分の持っているペットボトルを振って呼び止める。

「俺のでよければ、これ飲むか?アクエリアスを凍らせてきたんだけ」
「いらない」

かぶせ気味に即答する若島津に、沢木がムっとしたように「まだ全部言ってねーよ。何だよ。親切で言ってやってんのに」と口を尖らせる。

「別にお前のだからって訳じゃない。俺、他人が口つけて飲んだものとか、飲めねーもん」
「え?何で?」
「何でって・・・。だって家族のでもイヤだろ? 誰かの飲みかけとかって」

何で、と聞かれた若島津の方が、逆に首を捻る。
『それが普通じゃないのか』 と不思議そうな顔をして周りを見渡すと、「そうか?俺は別に平気だけどなぁ」「俺も。ジュースとか普通に分けて貰うし」「いや、俺は分かるな。弟のとかはぜってー無理」とチームメイトは様々な反応を見せた。

「・・・お前ら、ヒトの口ん中にどんだけバイキンが入ってんだか、知ってんだろうな」
「いや、そりゃ聞いたことあるけどさあ」




「何の話だよ」

その時、若島津の背後から近づいてきた日向が声をかけた。濡れた髪をタオルでガシガシと拭いている。日向はよく「拭くより早い」と言って、水道の蛇口の下に頭を突っ込んで汗を水で流している。今もそうしてきたのだろう。
濡れてへばりつく前髪を乱暴にかき上げると、形のいい額があらわになり、くっきりとした眉と強い光を宿す瞳がより強調される。その時の仕草や表情が小学生にしては大人びて見えて、タケシら下級生たちが 『やっぱ日向さんってカッコイイよなあ・・・』 と憧れの眼差しを向けるのもいつものことなら、肝心の本人が何処吹く風なのもいつものことだった。

「いやね、日向さん。若島津が水筒を忘れてきたんだって」
「え。そうなのか?」

沢木の言葉に日向は確認するように若島津の方を向く。若島津は日向に向かって頷いた。

「多分、玄関に置いてきたんだよな。せっかく氷を沢山入れておいたのに」
「ふーん。・・・まあ、でも水分はちゃんと取っておけよ。誰かに分けて貰ったのか。麦茶でよければ、俺の飲むか?」
「・・・」

日向がバッグから水筒を取り出して、若島津に差し出す。黒いカバーに覆われた、直飲みタイプの水筒だった。
若島津は条件反射のように手を伸ばしたが、それは途中で躊躇するかのように止まってしまう。

「どうした?いらないのか?」
「あー。日向さん、ダメダメ。こいつ、他人が飲んだもの、飲めないんだって。バイキンが気になるんだってさー」
「え。お前が?・・・マジで?」

よほど意外に思ったのか、日向が若島津の顔をまじまじと見つめてくる。若島津はその視線の強さにバツの悪さを感じたが、生理的に無理なものは無理なのだと半分開き直って、黙って頷いた。

「そっか・・・。じゃあ、仕方がないよな」

日向自身は兄弟が多いこともあって、そんなことは今まで気にしたことも無かった。外で喉が渇けば、一本のペットボトルを買って兄弟で分けるような生活をしているのだ。お互いに回し飲みが嫌だなどと言ったら、何倍もお金を使うことになる。
けれど、こういったことが理屈ではないのも日向は分かっている。嫌なものはイヤ、なのだ。
他に水分を摂取する方法がないのなら、日向も「我侭言わずに飲め」と言うが、すぐそこには蛇口があり、捻ればいくらでも水が出るのだ。何も我慢してまで他人から飲み物を分けてもらう必要はない。

よってわざわざ友人に無理強いすることでもないと、日向は差し出していた水筒を引っ込めた。

「若島津って、何があったって生きていけそうな感じなのにな。意外と繊細だったんだなあ~」
「人は見かけに寄らないって。ねえ、日向さん」

普段は態度でも体格でも上から目線で威圧してくる若島津に対して、思わぬ弱点を見つけたとばかりにチームメイトたちは囃し立てる。
それに対して若島津は珍しく何も言い返さない。ただ眉間に皺を寄せて、小難しそうな顔をするだけだ。日向はそんないつもと違う友人の様子には気がつかず、「人それぞれだろ。飲まなきゃ死ぬってなったら飲むんだろうし、いいから放っといてやれよ」とだけ言って、自分の水筒を開けて口をつけた。日向に釘を刺された形になった周りのメンバーも、その話は切り上げて他の話題に興じ始める。

そんな日向やメンバーの様子を黙って見ていた若島津は、やがてポツリと呟いた。

「・・・日向のそういうとこ。やっぱイイよな」
「あん?」

小さな声での独り言ではあったが、その中に敏感に自分の名前を聞き取って、日向は若島津の方を振り返る。「今、何か言ったか」と言葉にして問うと、若島津はニコっと笑って「何でもない」と返した。

「なら、いいけど。・・・何だよ。急にニタニタ笑い出して、ヘンなヤツだな」

日向が水筒の蓋を閉めて、バッグに戻そうとすると、「日向。やっぱ俺、そのお茶飲みたい。お前の水筒、貸して」と若島津が手を伸ばす。

「水筒?これ? ・・・別に俺はいいけど。だけどお前、人のはダメなんじゃねえの?」
「それがいいんだよ。いいから貸せってば」

日向の手から水筒をひったくるように奪うと、すぐに蓋を開けて直飲みする。日向があっけに取られたような表情で見つめ、周りの少年たちが何が起きたのかと興味津々の表情で見守る中、若島津はゴクゴクと喉を鳴らして、日向の飲みかけの麦茶をその身の内に流し込んだ          








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