~ 恋にもならない ~3










「小次郎。眠くなった?」
「・・・んー」

懐かしい時代のことにせよ、今の自分たちを取り巻く環境にせよ、共通の話題があるので話は尽きなかった。すっかり夜も更けて、気が付けば日向が岬の肩に凭れてうつらうつらしている。

「向こうの部屋で少し休むか。それとももう寝るか」
「やだよねえ。せっかく僕たちといるのに、一人であっちにいるの。小次郎は寂しがり屋だもの」

日向に尋ねたにも関わらず、岬が代わりに答える。だがそれで問題はないらしく、日向は目を閉じたままコクリと頷いた。

「日向は相変わらず酒が入ると寝るんだな」
「ふふ。可愛いでしょう?・・・年々、幼くなってきている気がするよ、小次郎」

いよいよ本格的に寝入ってしまいそうだ。岬は日向の頭を肩からずらし、腰かけている自分の腿へと乗せた。いわゆる膝まくらというヤツだ。
しばらくモゾモゾと動いていた日向だったが、丁度いい位置を見つけたらしく、ピタリと止まる。すぐに微かな寝息が聞こえてきた。

岬は日向の髪を撫でている。細くて白い指先が、まるで壊れ物を扱うかのようにそっと行き来していた。

「・・・随分と甘やかしているんだな」
「うん?小次郎のこと?・・・そんなことないと思うよ。普段甘やかされているのは、僕の方だよ」

言われてみれば、確かにそうなのかもしれなかった。日向を振り回す岬というのは容易に想像できるが、その逆は考えられない、という理由で。
ただ甘えるにしろ甘えられるにしろ、幼少時代の岬はそのどちらも十分に満たされる環境になかった筈だ。以前、岬自身がそんなことを言っていた。

だからなのだろうか。日向といる時の岬が、この上なく幸せそうに見えるのは。

「お前、この先どうするんだ。日向と・・・その」
「この先って・・・僕らの?気になる?」
「そりゃあ、気にはなるだろう」

どちらも大事な友人だ。二人の関係性がノーマルとは分類されないものだとしても、このまま上手くいけばいいと思う。

「僕はね。小次郎と家族になりたいんだ。本当の家族。二人で一つの家に住んで、一緒にご飯を食べて、一緒のベッドで眠る・・・そんなのだけでいいんだ。現役でいる間は難しいとしても、いつかはそうなりたい」
「家族・・・」
「昔ね、約束したんだ。小次郎にね。・・・高校を卒業してプロになったらプロポーズするよ、って。だから家族になって、って。でもそれは、僕の都合で未だに叶っていない訳だけど」

高校を卒業して以降、岬の身に何が起きたのかは俺でも知っている。
この男がこうしてプロのサッカー選手として、それもフランスの1部リーグでプレイする日がやってくるなど、一時は有り得ないと思われた。それほどの怪我を負ったのだ。

「選手生命は終わった」だの「彼を取るチームはもはや無いだろう」だの、あの頃の岬はメディアに好きなように叩かれた。それまでは岬のことを翼とのゴールデンコンビの片割れとして祭り上げていたくせに、手のひらを返したような扱いだった。

だがそれでも岬は腐ることなく、無責任に囃し立てられる声を無視して走り続けて、ここまで這いあがってきた。その歩みは今となっては奇跡に例えられることも多いが、裏にどれだけの努力があったのかと思うと、純粋に頭が下がる。

「でもね、小次郎は待っていると思うんだ。だから、そろそろ・・・ね。ただそれって、人生で一度きりのことでしょう?だから僕も、ちゃんと準備したいな・・・って思っているんだけど」
「・・・しっかり考えてるんだな」

そりゃあね、とアルコールに火照った頬を緩めた岬は随分と可愛らしかったが、同時にすこぶる男前でもあった。

「お前って、実は誰より中身が男らしいよな。俺、今うっかり惚れそうになったわ」
「えー。僕も若林くんは嫌いじゃないよ。惚れないけどさ」

白ワインを片手にけらけらと声を立てて笑う岬に、こいつも大人になったのだと感慨深くなる。
穏やかで落ち着いた雰囲気は昔から変わらないが、それでも子供の頃はどこか一歩引いて、人に譲るようなところがあった。一般人ならともかく、それはアスリートとしては致命的な弱点にもなり得るものであって、俺も密かに気にはしていたのだ。

それが今は自信をつけて、悠然と構えていられる男になっている。

(これも、日向が岬にもたらした影響なのかもしれないな      )

人は他者に愛されて、また他者を愛することで強くなる。
そんな当たり前で普遍的なことを体現しているのが、今のこいつらなのかもしれなかった。


「お前らを見ていると、決まった相手がいるのもいいと思うな」
「とてもいいものだと思うけど?いざそんな人が出来れば、君にも分かるよ。・・・でも、小次郎はあげないけどね」
「いや、俺は別に・・・」
「僕も売約済みだからね」
「・・・参ったな」

別に横恋慕したい訳じゃ無いが、日向と岬のどちらに対しても、近くにあろうと思えばその機会がないわけじゃなかった。ただ、そうしなかっただけで。
今頃になって、少し惜しかったかな・・・などと思っていることを覚ったとでもいうのだろうか。おそろしく勘がいい。

「君がこの先、誰を好きになっても応援するからさ。だから、小次郎と僕のことも見守っててね」
「・・・ちょっとの味見くらい」
「だーめ」

恥のかきついでだ、どうせなら・・と思って当たってみたが、見事に玉砕した。

「ああ、若林くんにこの先会えないとなったら、小次郎が悲しむな。この家にも遊びに来ちゃダメって僕が言ったら、きっと寂しそうな顔をして、それでも素直な子だから僕の言うことを聞いてくれるんだろうな。可哀想だなー。小次郎、若林くんのこと、好きなのになー。純粋に仲間としてだけど」

本人も十二分に自覚しているであろう綺麗な可愛らしい顔で、小首を傾げてわざとらしくそんな風に言われたなら誰が逆らえるだろう。
俺はあっけなく降参した。するしかなかった。日向にも岬にも会えなくなるのは哀し過ぎる。

「分かった。二度と言わない」と両手を上げたポーズで約束すれば、岬はにっこりと笑った。





「やっぱり日向は、お前に口では敵わないんだろ」

悔しまぎれに最後に足掻いてみた俺に、

「勝ち負けじゃないんだけどねえ・・・・。それが分からないようじゃ、若林くんにはまだ運命の相手はやって来ないのかもね」

と、岬は冷静に返した。膝に乗せた日向を愛し気に見つめながら。

(こいつに敵わないのは、俺も同じだな      )

自分のグラスを呷った後、酒くらいは今夜はとことん付き合って貰うぞとばかりに、俺は岬のグラスにもなみなみとワインを注いだ。







END

2016.12.11

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