~ 恋にもならない ~
日が沈んで一層気温が下がったころ、呼び鈴が鳴った。待ち望んでいた人物がようやく到着したことを知らせている。
玄関へと急いでドアを開けたところ、途端に外の冷たい風が吹き込んだ。さっきまでは無かった雪がちらついていて、どうりで冷える筈だと納得した。
ドアの隙間からスっと滑らかな身のこなしで入りこんできた岬は、温かい家の空気にぶるっと身を震わせると「あー、やっぱりこっちは寒いね。パリも寒いけど」と笑った。
「久しぶり。よく来たな。疲れたか?」
「ううん。大丈夫。こちらこそお誘いありがと。・・・これ、若林くんにプレゼント。シャンパーニュね」
「お。サンキュー」
青いブルゾンの胸元から袋に入ったビンを取り出し、岬はそれを俺に押し付けるようにして渡した。
「とか言って、プレゼントは今度ちゃんとあげるよ。何が欲しいか考えておいて」
「うーん。車、かな」
「ふざけてないで」
髪や肩にかかった雪を払いながら、岬は俺より先に奥に入っていく。何度か来ている家だから、迷いは無かった。
「小次郎は?来てる?」
「来てるぞ。キッチンにいる」
俺がそう答えると岬は心持ち急いたようにキッチンへと向かった。日向は遠征先からここに来て、ディナーの用意をしてくれている。俺は「お前はいても邪魔だから」と追い出されたが、岬なら問題ないだろう。
案の定、すぐに向こうからは二人の楽しそうな声が聞えてきた。
俺はシャンパンを持ってリビングに移動し、ソファに腰かけてテレビをつけた。しばらくは二人に近づくのを遠慮してこの場に留まることにする。それくらいは気を利かせてやってもいいだろう。恋人同士の久しぶりの逢瀬なのだから。
とはいえ、今頃キッチンがどんな様子になっているのか興味が無い訳ではなかった。実際、今度は物音ひとつ聞こえてこなくなっているし。
岬と日向は恋愛関係にある。
そう知った時には、本当に驚いた。確かに昔から仲のよい二人ではあったが、それは俺があいつらと出会うよりも前からの付き合いだからであって、それ以上の意味があるとは思ってもみなかった。
だけど実際は違った訳だ。岬はまだ分からなくもない。だが日向が男相手にそんな関係になるとは、想像だにしなかった。人というのは分からないものだ。
もともと見たいテレビだった訳じゃ無い。待つことにも飽きてそろそろ呼びに行ってもいいかと考え始めた頃、ようやく日向と岬が料理を盛った皿を手にキッチンから出てきた。
「ごめんね、若林君。お待たせして」
「本当だ。今日の主役は俺だっていうのにな」
「・・・悪かったな」
わざと呆れたような声を出せば、岬はクスクスとおかしそうに笑い、日向は頬を朱く染めて目を逸らす。この反応の違いもなかなかに興味深い。
二人が付き合っているという事実は一応周りには秘密にしているようだったが、承知している人間も僅かながらにいた。俺もその一人だ。
そして岬も日向も、俺が二人の仲を知っていることと、それに対して何の偏見も持っていないということを正しく理解している。だからこうして三人で会うことも出来るのだろう。
(ただ 知ってしまうと、それらしく見えてくるから不思議だよなあ・・・)
こいつらが友人同士と思っていた時には気にも留めなかったようなことが、特別な関係にあると知ってからは自然と目につくようになった。
それは二人の間で交わされるちょっとした目配せや、絡み合う視線や、さり気なく触れ合う指先といった些細なものではあったけれど、そんな軽いコンタクトでも酷くセクシャルなものに見えてくるから妙なものだ。
たとえ本人たちにそんな気がなくても、そこに漂う甘い雰囲気は周りにも伝わるものなのだろう。
(今夜は当てられそうだな・・・)
特定の相手を作らない 決して作れない訳じゃ無く でいるために未だ独り身の俺は、密かに肩をすくめた。
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