「今日ーの、よるっ!今日ーの、よるっ!」
「もう俺は何も聞かないからな、反町」



~ 何でもあげるよ ~




「おお!日向さんが・・・!」
「ちょっと成長した・・・・!」
「とはいえ、そーゆーのは反応しちゃった時点でダメなんですよお。日向さんってば」


俺が上機嫌で鼻歌まじりで食堂に入っていけば、いつものように「反町、何が今日の夜なんだ?」とは返してくれない日向さん。
そうかー。もうさすがに分かってくれてるんだ。そうだよね。俺と日向さんの付き合いももう4年目だもんね!
今日、7月26日という日が俺、反町一樹くんのめでたい誕生日だということ、分かってくれているんだよね!!愛を感じるよ、日向さん!


それに比べて、コイツらは・・・ほんっと使えねえ奴らだな。
「何も聞かない」と言いながらも律儀に突っ込んでくれる優しい日向さんに対して、余計な茶々を入れてくるのは例のごとく島野と小池。それに今回は松木まで参戦してきた。
しかも小池がさり気なく片手で日向さんの手を取りつつ、空いている方の手を腰に回して「日向さん、そういう時はね。さりげなく反町から視線を逸らして、そっと背中を向ければいいんですよ。・・・・ね、こんな風に」などとレクチャーしてやがる。やっぱりコイツはムッツリなんだな、うん。

いやいやいや。でもこんなことでケチをつけられている場合じゃないんですよ。だって誕生日だよ!? 俺の記念すべき、16歳の誕生日なんだよ!? 一生に一度きりしかやってこない日なんだよ!?

その一生に一度の日に、なんで可愛い女の子に祝って貰う訳でもなく野郎ばかりのこの寮にいるのかというと・・・・もうそれはしょうがない。この学園が男子校なのがまず一つめの理由。それから、もうすぐインターハイが始まるというのが二つめの理由。

三杉氏不在の中、都大会を危な気なく勝ち上がってきた俺たち東邦学園高等部サッカー部は、もうすぐ開幕するインターハイに東京代表として出場する。この春に高等部に上がった俺たちにとっては、初めてのインハイだ。テンションも上がる。しかもなんと、俺はレギュラーに選出されているんだ。
正直、今年の夏はまだ駄目だろうと思っていた。だって中等部以上に、東邦学園高等部のサッカー部は層が厚くて競争も熾烈だ。日向さんや若島津ならともかく、実力ではまだまだ追い付かない俺が選ばれるなんて思っていなかった。

だけど中等部の秋から高等部の練習に参加するようになって、日向さんが言うには俺の伸び率はかなりいいらしい。それが評価されたんだろうって。
中には納得していない2年や3年生もいたけれど・・・でも監督が選んでくれたのだから、俺は堂々とユニフォームを受け取った。ただスタメンではないので、実際に試合に出れるかどうかは分からない。でも、それでもいい。チャンスがあるのと無いのとじゃ、大違いだ。
ちなみに日向さんは当然スタメンだ。だって都大会でも最多得点を叩きだしたからね。ほんと、この人はスゲエなあ・・・・。


「・・・・で、何で”夜”なんだ」
「ん?・・ふふー。それはね。まだひ・み・つ!」

日向さん、可愛い。
『聞かないからな』とか言ってても、夜に何があるのか気になってるんだね。

「今日の夜、楽しみにしててね」

俺は小池の手を叩き落として日向さんを取り戻し、にっこりと微笑みかける。一番楽しみにしているのは、どう考えても俺なんだけどね!












「じゃじゃーん!!!」
「おおー!!」

一日の長くて過酷な部活動を終えて、寮に戻り夕食を摂る。今はその後の、寮生がそれぞれにまったりと過ごしている休息の時間だ。
この建物は学年ごとにフロアを分けているから、この談話室には基本的に一年生しかいない。寮の中でまで上級生に気を使って生活することのないよう、最低限の配慮がされているって訳だ。

その皆がリラックスしている部屋の中に、俺は自分で効果音をつけて、これ見よがしに入っていった。両手に大きなホールケーキを載せて。

「うお!反町、何それ!」
「食うの!?食っていいの!?」

食うためじゃなきゃ、何のためだっつーの。
俺はあちこちから伸びてくる手を避けつつ、サッカー部のメンバーが陣取っているテーブルのど真ん中にそれを置いた。日向さんも興味深々といった感じで、特大サイズのケーキを見ている。
俺はジャージのポケットに突っ込んでいたプラスチック製のフォークを取り出すと、周りに配った。

「ほらほら、今日は反町一樹さんのお誕生日ですよう。みんなでケーキを食べよう!」

テンションの上がった男たちの歓声が上がる。別にみんな、それほど甘いもの好きって訳じゃ無いんだろうけれど、要は遊びが足りないってことなんだよな。こんなちょっとしたサプライズで喜んでくれる。

「どうしたんだよ。これ」
「注文したに決まってんじゃん。配達できるか聞いたらOKだって言うからさ。昼間のうちに届けて貰って、食堂の冷蔵庫に入れておいて貰ったんだよねー」

寮監にもちゃんと話は通したし、食堂のおばちゃんたちの了解も取った。ただし、「ろうそくの使用は厳禁」との条件付だったけど。

東邦学園は山の上にある訳だけど、ここに至る坂の下は住宅街になっていて、その一角にこの間新しいパティスリーが出来た。
割と評判で、口コミで人気が出てきているって同クラの加藤の彼女情報があったから、注文してみたんだ。とか言って、実はその彼女の親戚の店だったっていうオチだけど。
でもだからこそ、ちょっとした無理も聞いて貰えた訳で、加藤とその子にも感謝。

お店で取り扱っている中では一番大きなサイズのホールのショートケーキは、苺だけでなくメロンや桃、葡萄などフルーツが盛りだくさんで、金箔まで散らしてあって豪華だ。白くてふんわりの生クリームは甘すぎず上品な味だって、加藤も言っていた。マジ美味そう。
そして欠かせないのが「HAPPY BIRTHDAY 一樹くん」と書かれたチョコのプレート。ろうそくが駄目なら、これくらいは無いとね。やっぱりバースデーケーキって感じがしないもんね。

俺はビニール袋を開けてフォークを取り出し、当然の権利として最初にケーキをすくい取った。それをそのまま、大きく開けた自分の口に・・・・ではなく、日向さんの顔の前に持っていく。

「・・・は?」
「食べて。日向さん」

意外そうな顔をする日向さんに、俺は「ほら、食べちゃって」と更にフォークを近づける。「俺の誕生日、お祝いしてくれるでしょ?」って言えば、それには素直にこくりと頷いてくれた。

周りの奴らの顔が、『そういうことか』というような、納得したものに変わっていく。

そりゃそうだ。何で俺がお前らを喜ばせるために自腹切らなきゃいけないんだ。俺がわざわざケーキなんて頼んだのは、こんな機会でもなければ、衆人環視の中で日向さんに「あーん」が出来ないからじゃないか!たとえ「あーん」できたとしたって、食べて貰えないかもしれないからじゃないか!だからこそ、この滅多にないチャンスを最大限に生かそうとしているんだろう!

島野や小池が白い目で眺めてくるけれど、俺はそれを余裕の笑みで跳ね返す。ふふん。これがあるからこそ俺は、今朝のお前らからの外道な仕打ちだって、菩薩のような広い心で華麗にスルーできたのだ。誕生日とケーキという免罪符さえあれば、きっと堂々と日向さんとイチャイチャできる筈・・・と思っていたからな!

「ね、日向さん。お祝いのケーキだから。食べて?」

語尾にハートマークをつけて甘えたようにお願いすると、日向さんは少し考えるような顔をした。
別にこれを食べたからって見返りを要求する訳じゃ無いし、単に手ずから食べさせたいだけだから、そんなに悩まなくたって・・・って思うんだけど。あれ、おかしいな。日向さん、ケーキとか結構好きな筈なんだけどなー。首を傾げていると、目の前の美人さんは俺の手からケーキをフォークごと取り上げた。

「あれ?」
「あれ、じゃねえよ。俺が最初に食べるのはおかしいだろ。誕生日なのはお前だろ。・・・・ほら、食え」

そう言って、さっきまで自分に向いていたフォークの先をこっちに向けてくる。俺の口を目掛けて、あーんってしてくれる。

「え、え、えぇ・・!食べさせてくれるの!?日向さんが!?・・うっそ!」
「?・・・だから、こうしてるだろ。ほら、食え。美味そうだぞ」

日向さんに食べさせてあげることは考えていたけれど、逆のパターンは考えてなかった。うわ、どーしよ・・・。すごく嬉しい。

「い、ただきまぁす・・・」

ぱかっと口を開ければ、すかさず突っ込まれるフォークとケーキ。
途端に優しい甘さがほろほろと舌の上で広がっていく。うん、確かに美味しいな。加藤の言ったとおりだ。上品でしつこくない甘さ。しかもそれを日向さんが食べさせてくれたのだから、美味しさも5割り増しだ。

「どうだ?」
「スポンジはしっとりだし、クリームはふわふわ。後味もいいし、美味しいよ」
「そうか、良かったな。ほら、もう一口」

今度は苺を食べさせてくれた。ちょっと気恥ずかしいけれど、やっぱり嬉しい。日向さんはといえば、こちらも意外に楽しそうに笑っていた。周りは・・・いや、外野は気にするまい。

それにしても、こうして近くで見ても日向さんって本当に綺麗な人だなあ・・・。スッと通った鼻梁に、ほのかに朱の色をのせた柔らかそうな唇。意思の強さを感じさせる大きな瞳は、眦が少しだけ上がって猫の目のようでエキゾチック。プロポーションも最高で、頭がちっちゃくて首が長いから、等身がもう異邦人とか宇宙人。少なくとも一般的な日本の男子高校生じゃないね。
この学校にしたって、ちょっとくらい見た目のいい奴ならごまんといるし、俺自身だってまあまあイケてる方だとは思うけど。
だけど日向さんは、もうそんなレベルの容姿じゃない。ちょっと整っているから生きていく上で得だとか、モテてラッキーとか、そんな程度の美人さんじゃない。この人の場合はもはや武器にもなるだろう。

通りすがりに日向さんを目にしようものなら、きっと振り返らずにはいられない。ふいに視線なんか合ってしまえば、それだけで胸が高鳴りそう。二度と会うことのない人だと分かっていても、夢に見るに違いないよ。

男相手に何で・・・って思うことが無い訳じゃないけれど、これくらい綺麗な造作をしていると性別も関係ないような気がする。本当に美しい人っていうのは、それも超えて他人を惹きつけ、従わせる強さがあると思うんだ。

そういえば以前に、松本さんが密かに日向さんをモデルとしても売り出そうとしている、って噂を耳にしたことがあったけれど、あれの真相はどうだったのかな。
ガセであったかもしれないけれど、本当であってもたぶん誰も驚かない。実際にそうなってしまったら・・・それはそれで、日向さんが遠い存在になってしまいそうで、ちょっと複雑な気もするけれど。

俺が至近距離で見惚れていると、日向さんは3口目を差し出してきた。片方の腕でテーブルに頬杖をついて、もう片方の手でフォークを持ちつつ、俺に「ん?」って感じで首を傾けて笑いかける。
いや、なんか色気も垂れ流してますけど! 高等部に上がってから、たまに妙なフェロモンを撒き散らしてるように思いますけど!

だけど自覚はないんだろうなあ・・・・。日向さんだもんな。


「俺、もういいからさ。日向さんも食べて」
「ん?・・・ああ、いただきます」

三口めを飲みこんでから、俺は今度は日向さんに水を向ける。
やっぱりケーキ好きだよね。お行儀よく胸の前で両手を合わせてからフォークを突き刺そうとする日向さんは、ちょっとワクワクしているみたい。
だけど俺はそんな日向さんの手からフォークを取り上げた。「今度は俺が食べさせてあげる番だよね。・・・・はい、あーん」と一口分を切り取って唇の前に差し出すと、意外にも日向さんは特に何の疑問も抱かないようで、すんなりと口に入れてくれた。

もぐもぐと咀嚼する日向さんは、その味に満足そうだ。更に一口すすめると頷いたから、俺はすかさず運んであげた。なんだか雛にエサをあげる親鳥の気分。
ああ、もう・・!この人、すげえ可愛い・・・!

ケーキは自腹だとしても、最高の誕生日だよなあ、なんて自己満足に浸りながら、俺は日向さんとの平和で幸せなひと時を存分に噛みしめていた。









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