0. プロローグ

昭和の偉大な文豪、井上靖の著書に自伝的な名著「あすなろ物語」があります。高校生の時に新潮文庫で読みました。「あすなろ」がどういうものかはあまりわからずに言葉としての印象が残っています。それからしばらくしてまんがの「あすなろ白書」がヒットして、テレビでドラマ化されました。主役の一人に、ちょっと有名になりはじめたsmapの木村拓哉がまざっていました。いつでも「あすなろ」は、自分の中で言葉が独り歩きしています。今回も開業を決意して計画を進めていくうちに、いつまでも仮称では現実味が乏しいという理由で、早い段階でクリニック名を決定しました。むしろ名前にひきずられて、計画が進行しているような感じです。

さて、開業にいたるまでの歴史というほどおおげさではない物語は、こういう小さな診療所でもあります。いろいろな意味で、忘れないうちに記憶に留めておくことは重要なので、ここに整理することにしました。その目的は、自分が懐かしく読み返すため、そして誰かが同じような志を持った時の参考になるため。

自分が開業を意識したのはいつでしょうか。父が自宅で内科の開業をしていたので、いつも開業医の生活を見ていた私は、高校生くらいまでは、なんとなく医者は嫌だなとか、開業はつまらないななどと思っていたかもしれません。しかし、いざ医者になってみると、最終的な自分の像は開業なのだろうと漠然と考え始めました。特に整形外科というジャンルは、ひとつひとつ違う骨折をひとつひとつ直していく仕事で、一度に一人の患者さんしか治せません。自分にとっては、「医学」というより「医術」という言葉の方がしっくりくるのです。

7年前に父が急逝しました。その時は、まだ手術をすることが楽しくて、開業を実際に考えることはできず、父の医院は廃業にしたのですが、逆に廃業にしたことで父に申し訳なく開業の時期を具体的に考え始めるきっかけになったと思います。そこに、ちょうど東海大学から女子医科大学の膠原病リウマチ痛風センターに教授が移られて、誘っていただいたのです。かねてから興味があったリウマチを勉強するいい機会だと思い、開業するにしても是非勉強しておこうと思ったのです。整形外科の患者さんの通院は、一般に他科に比べて長く、特にリウマチは原則として治癒はしませんから、長い付き合いになります。5年間で十分とは言えないにしても、一定の勉強はできたと考え、いよいよ行動を起こすことにしたのです。