釜石線 圧巻の陸中大橋
釜石線は東北本線花巻から山を越えて太平洋岸に出るいわゆる肋骨線でした。マイナーな路線でしたが 昭和40年に『なめくじ会』の「しゅうちゃん(S)」と「つーさん(T)」(そしてもう一人=1枚だけここで写真を使っています)の3人が訪れています。どの写真も素晴らしいし、しかもカチッと撮れた綺麗な写真ばかりです。私は残念ながら行かれませんでしたが、彼らは釜石線陸中大橋の大パノラマを中心に大変貴重な映像を記録しています。たぶん他では見ることの出来ない写真ばかりです。今回はそれらの記録を公開して往年を偲んでみたいと思います。 |
まずは線路図をご覧ください。ここは花巻側の上有住から下ってきた線路は陸中大橋駅に向かって |
仕業を終えてターンテーブルに乗るD50165。集煙装置が独特です。重油タンクをボイラ上に積んでいました。 釜石機関区(T) |
上の写真の後、165号機はターンテーブルから機関庫に入りました。となりの80号機がこれから出区します。 釜石機関区(T) |
鉄の町釜石らしい機関区です。庫から出て仕業に就くD5080です。今も後ろのターンテーブルは健在のようです。 釜石機関区(T)
D50牽引の下り貨物列車です。ここの機関車は釜石式とよばれた独特の集煙装置を付けていました。 陸中大橋~洞泉(T)
山の中腹を走る線路から真下に同じ釜石線の並行した線路が見下ろせます。洞泉から勾配を登って来た貨物列車が陸中大橋駅に侵入します。 |
オメガカーブを下って行った客車列車が 陸中大橋駅に到着します。大橋の駅と日鉄鉱業 |
鬼ヶ沢鉄橋のある山の中腹から200ミリの望遠で真下の陸中大橋の駅を撮っています。シーナリーセクションのような光景で家も駅舎も人間もまるで模型のようです。当時の駅舎が良く分かります。ホーム
や駅舎から出る人々、駅の周りの民家、日鉄鉱業のホッパーも模型ですね。 |
大橋は日鉄鉱業釜石鉱業所があり鉄鉱石採掘で栄えた町です。この頃はまだ活発に生産稼動していて貨物列車の入換も盛んに行われていました。 右側構内に2両のスイッチャーが反対に連結されています。 駅のシンボル |
大橋の駅からオメガカーブを抜けて再び鬼ヶ沢鉄橋に接近する線路を見上げると、 先ほど出発して花巻に向かう上り |
上有住からいくつかのトンネルを抜けると陸中大橋の山の中腹に出ます。下り貨物列車が下り勾配を絶気で下って来ました。ちょうど第2大橋 |
これは反対に花巻に向かう列車です。オメガカーブのトンネルを出て上有住に向かって急勾配を登る上り貨物です。ここは |
鬼ヶ沢鉄橋からさらに山を登ると、鉄橋を渡る線路が見下ろせます。上有住からD50 牽引の午後の数少ない貴重な客車列車が鬼ヶ沢トラス橋梁を渡って来ました。これだけ高い位置からの俯瞰写真は他ではほとんど見たことのない貴重なショットです。 (S) |
陽が落ちた夕刻、トンネルを出て上有住への勾配を登るD50牽引の上り普通列車です。 (S)
D50牽引の朝の釜石行普通列車がここで花巻行DCと交換します。列車はここから全長3キロの土倉トンネル |
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