篠ノ井線

スイッチバックの風景

篠ノ井線は稲荷山から冠着のトンネルまで桑ノ原、姨捨、羽尾の三つのスイッチバックが続きます。桑ノ原は古くからある信号場ですが羽尾は列車密度に対応するため最後に出来た信号場です。
わが「なめくじ会」の現役のメンバーである「しゅうちゃん」が、昭和40年と43年の2回にわたってそれらのスイッチバックをフィルムにとらえています。
姨捨は駅ですから降りることが出来ますが、桑ノ原と羽尾は歩いて行く以外に方法はありませんでした。
「しゅうちゃん」の足と汗と執念の映像を公開しましょう。
当時、姨捨の駅前に小さな旅館があり夜はそこに泊まりました。今でも蒸気機関車の咆哮が聞こえてきそうです。もう40年も昔のことです。

  


引き込み線に入る長野方面行(山下り)列車。          昭和40年 桑ノ原信号場
 
 
 

信号場を出発する松本方面行(山上り)重連貨物列車。         昭和40年 桑ノ原信号場
 
 
 

桑ノ原と姨捨の間に短いトンネルがありました。     昭和40年 桑ノ原〜姨捨
 
 
 

スイッチバック駅の姨捨。長野方面から懸命に貨物列車が登ってきます。        昭和43年 姨捨
 
 
 

バック運転で松本方面乗り場ホームがある引き込み線に入ります。        昭和43年 姨捨
 
 
 

姨捨のホーム引き込み線。左側は長野方面乗り場ホーム。右下の低い部分に本線があります。     昭和40年 姨捨
 
 
 

ホーム下の本線を松本方面行(山上り)重連貨物列車が登ってきます。       昭和43年 姨捨
 
 
 

行き止まりの引き込み線の先から千曲川と長野市が遠望できました。        昭和40年 姨捨
 
 
 

引き込み線に入る長野方面行(山下り)貨物列車         昭和43年 羽尾信号場
 
 
 

DCと交換のあと再び本線に入り山を下って行きます。       昭和43年 羽尾信号場
 
 
 

松本方面行(山上り)列車が退避線で長野行急行と交換します。急行はそのまま本線を通過します。  昭和43年 羽尾信号場
 
 
 

退避のあと列車はバック運転で本線をクロスして再び引き込み線に入ります。        昭和43年 羽尾信号場
 
 
 

松本方面行(山上り)重連貨物列車が引き込み線から轟然と出発していきます。      昭和43年 羽尾信号場
 
 
 

松本方面行(山上り)重連貨物列車が本線の急勾配を懸命に登ってきます。上の引き込み線との対比で
本線の急勾配がよく分かります。                             昭和43年 羽尾信号場

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                                  ■松本にて

松本電鉄のモハ10(改造車)と輸入機関車ED30のスナップ
 
 
 
 

大糸線のC56。独特の集煙装置でした。