釜石線 陸中大橋


太平洋に向かう肋骨線、絶景の陸中大橋
 
 

釜石線は東北本線花巻から山を越えて太平洋岸に出るいわゆる肋骨線でした。マイナーな路線でしたが 昭和40年に『なめくじ会』の「しゅうちゃん(S)」と「つーさん(T)」(そしてもう一人=1枚だけここで写真を使っています)の3人が訪れています。どの写真も素晴らしいし、しかもカチッとした綺麗な写真ばかりです。私は残念ながら行かれませんでしたが、彼らは釜石線陸中大橋の大パノラマを中心に大変貴重な映像を記録しています。たぶん他では見ることの出来ない写真ばかりです。今回はそれらの記録を公開して往年を偲んでみたいと思います。
あの当時、よくこんなローカル線に蒸気機関車(一日数本)を追いかけて行ったものです。
もう55年以上も遠い昔のことです。

  
 
 
 
 
まずは線路図をご覧ください。ここは花巻側の上有住から下ってきた線路は陸中大橋駅に向かって
オメガのカーブを描いたトンネルに入ります。従ってこの駅の南側は、高低差こそあれ、一部を平行
して走ることになります。これは次駅、洞泉との高低差が激しく、迂回せざるを得なかったからです。
 
 
 

                               ■釜石線・陸中大橋


 
 
上有住からいくつかのトンネルを抜けると陸中大橋の山の中腹に出ます。下り貨物列車が下り勾配を絶気で下って来ました。ちょうど第2大橋
トンネルの上になります。
これから列車はオメガカーブのトンネルを抜けて陸中大橋駅に滑り込みます。 D51の貨物でした。         (S)

 
 
 
 
 
 

 
これは反対に花巻に向かう列車です。オメガカーブのトンネルを出て上有住に向かって急勾配を登る上り貨物です。
保線員用の橋からなので助士が身を乗り出して安全を確認しています。右下が陸中大橋駅です。   鬼ヶ沢鉄橋(S)

 
 
 
 
 
 

 
山の中腹を走る線路から真下に同じ釜石線の並行した線路が見下ろせます。洞泉から勾配を登って来た貨物列車が陸中大橋駅に侵入します。
わずかの距離で60mほどの高低差がつきます。オメガカーブを使って、迂回・緩和せざるを得なかった理由が分かります。     鬼ヶ沢鉄から(S)

 
 
 
 
 
 

鬼ヶ沢鉄橋からさらに山を登ると、鉄橋を渡る線路が見下ろせます。上有住からD50 牽引の午後の数少ない貴重な客車列車が鬼ヶ沢トラス橋梁を渡って来ました。これだけ高い位置からの俯瞰写真は他ではほとんど見たことのない貴重なショットです。 (S)
 
 
 
 
 
 
 
 
オメガカーブを下って行った客車列車が 陸中大橋駅に到着します。大橋の駅と日鉄鉱業
釜石鉱業所の採掘場の一部が見える大俯瞰写真です。左側に並んだ家屋は鉱業所社宅です。ここで列車は上り貨物列車と交換します。 これも往時の鉱業所華やかなりし頃を偲ばせる貴重な写真です。ここは大橋という町ではなく、正式には甲子町といいます。  (S)
 
 
 
 
 
 

 
上の写真の場所から、陸中大橋駅を出発して洞泉に向かう同じ客車列車を撮ったものです。 (S)
 
 
 
 
 
 

 
夕刻近くにオメガカーブトンネルを出て上有住への勾配を登るD50牽引の上り普通列車です。(S)
 
 
 
 
 
 
 

 
大橋は日鉄鉱業釜石鉱業所があり鉄鉱石採掘で栄えた町です。この頃はまだ活発に生産稼動していて貨物列車
の入換も盛んに行われていました。 右側構内に2両のスイッチャーが後どうしで連結されています。 駅のシンボル
的存在だったホッパーの建物が異様ですが、今もコンクリの骨組だけが残されているようです。   陸中大橋駅(T)

 
 
 
 
 
 

 
大橋の駅からオメガカーブを抜けて再び鬼ヶ沢鉄橋に接近する線路を見上げると、 先ほど出発して花巻に向かう上り
貨物列車が山を登って行きます。下から見上げるとこんな感じで撮ることが出来ました。      陸中大橋駅から (S)

 
 
 
 
 
 

 
ここは洞泉方面です。D50牽引の下り貨物列車です。ここの機関車は釜石式とよばれた独特の集煙装置を付けていました。  陸中大橋〜洞泉(T)
 
 
 
 
 
 

 
D50牽引の朝の釜石行普通列車がここで花巻行DCと交換します。列車はここから全長3キロの土倉トンネル
に入ります。上有住と陸中大橋間7.6キロは釜石線最大の難所でした。   今では信じられない上有住駅(T)

 
 
 
 
 

 
鬼ヶ沢鉄橋のある山の中腹から200ミリの望遠で真下の陸中大橋の駅を撮っています。シーナリーセクションのような光景で家も駅舎も人間もまるで模型のようです。当時の駅舎が良く分かります。ホーム や駅舎から出る人々、駅の周りの民家、日鉄鉱業のホッパーも模型ですね。
                                                                   これはもう一人のSA氏の撮影
です





   ■釜石線・釜石機関区

 

 
仕業を終えてターンテーブルに乗るD50165。集煙装置が独特です。重油タンクをボイラ上に積んでいました。  釜石機関区(T)
 
 
 
 
 
 

 
上の写真のあと165号機はターンテーブルから機関庫に入りました。隣の80号機がこれから出区します。     釜石機関区(T)
 
 
 
 
 


 
鉄の町釜石らしい機関区です。庫から出て仕業に就くD5080です。今も後ろのターンテーブルは健在のようです。    釜石機関区(T)
 
 
 
 

という感じで釜石線の記録は終わっています。わずか数本しか走らない蒸気機関車を追いかけてあの当時よくこんなローカル線に行ったものです。「なめくじ会」のメンバーの執念を感じます。どれも今や貴重な記録となりました。