御殿場線・中央西線


手軽に行けた御殿場線には大型蒸機のD52が、
中央西線は遅くまでD51の活躍がみられました

 
 

                         ■御殿場線


D52牽引列車は昼間は客貨わずか数本しか見ることが出来ませんでした。そのうちの貴重な午前中の上り客車列車です。御殿場から沼津寄りに行けば煙の吐くシーンが撮れたのですが、この926レには朝一番に東京から行っても間に合いませんでした。従ってこの926レはいつも松田側で撮るハメになり勾配を下る絶気の姿しか撮れませんでした。                                          昭和41年 山北〜谷峨




 

朝、7時過ぎに松田に到着する上り924レ。このときはなんでこんな早朝に松田まで行けたのか記憶にありません。自宅から自転車で行ったときでしょうか。御殿場線は自転車で回ったこともあります。この101号機は小郡から転じたカマでシールドビームではなく通常のライトをつけています。        昭和41年 松田
 
 
 

 
これは下り927レです。昼間、御殿場に向かって登って行く唯一の下り列車でした。ただあまり煙を出していません。
ここの大築堤の光景も一変しています。                              昭和39年 東山北〜山北

 
 
 


926レが絶気で真夏の酒匂川を渡って行きます。               昭和39年 山北〜谷峨

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 これは一日一往復あった貨物列車です。山北に向かって下って行きます。     昭和38年 谷峨〜駿河小山

 
 
 


このD5262号機は早々と廃車になってしまいました。62号機の写真はこれだけです。よく見るとクルクルパーを
付けています。代わりに配属されたのが小郡の101号機でした。下り927レ。   昭和38年 
谷峨〜駿河小山
 
 
 

 
朝の山北行925レです。D52は単機で国府津に戻り、客車は夕方まで山北に留置されていました。    昭和41年 山北
 
 
 


朝の925レを牽引してきたD52335。側線でしばらく停車したあと国府津に戻ります。    昭和41年 山北

 
 
 

 
山北を出発し勾配にさしかかる沼津行927レ。D52と腕木信号機の組み合わせです。    昭和39年 山北
 
 

 
 山北で休む上り貨物。D52にとっては軽すぎる荷でした。        昭和41年 山北
 
 
 

 
貨物列車は長時間停車のあと国府津に向けて出発です。    昭和41年 山北
 
 
 

 
 力行で酒匂川の鉄橋を渡る927レ。     昭和41年 山北〜谷峨
 
 
 

 
926レが酒匂川を轟然と渡っていきます。山北から駿河小山の間はトンネルと鉄橋の連続でした。   昭和41年 山北〜谷峨

 
 
 

 
駿河小山に向かって勾配を登る927レです。  昭和41年 谷峨〜駿河小山
 
 
 

 
 そして有名な第3相沢川鉄橋です。絶好の撮影ポイントでした。沼津行927レ     昭和41年 谷峨〜駿河小山
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926レが谷峨に向かって下り勾配を絶気で静かに下って行きました。    昭和41年 谷峨〜駿河小山
 
 
 

 
D52列車の合間の貴重な小田急乗り入れDCです。 昭和41年 谷峨〜駿河小山
 
 
 


 夜の沼津で発車を待つD52。いい雰囲気でした。     昭和41年
 沼津
 
 
 

 
国府津の庫で休む巨人機。   昭和41年 国府津機関区
 
 
 


暮れなずむ国府津駅に到着した山北からの客車列車928レ。    昭和41年 国府津

 
 
 

 
国府津には2両のC12がいて松田に顔を出していました。これはなぜか浜川崎にいたC11170です。    昭和41年 松田
 
 
 

 
夕方沼津に向けて出発を待つ下り貨物列車。構内にはポールが立ち始めています。   昭和40年 松田
 
 

                         ■中央西線


 
落合川を出発して木曽川を渡る下り貨物列車。ここは複線化が早く、下り線は新しい鉄橋となっていました。手前
に見える線路が上り線の旧線路です。坂下に向かってすぐトンネルに入ります。         昭和46年 落合川

 
 
 


坂下側のトンネルの上から落合川駅方面を望んだもの。定番ポイントでした。     昭和46年 落合川

 
 
 
 

落合川で小休止のあと発車する上り貨物列車。スリーセブンの777号機です。    昭和46年 落合川

 
 
 

 
落合川〜中津川はまだ単線で、小さな山越えがあるためこの間は上下列車にD51が専用補機で使用されていました。
落合川からも中津川に向かって上り勾配となるので列車は豪快に出発して行きました。         昭和45年 落合川

 
 
 


中津川に向かって勾配を下る「快速木曽路」     昭和45年 落合川〜中津川

 
 
 

 
いかにも木曽路らしい景観を走る下り貨物列車。     昭和46年 坂下〜田立

 
 
 

 
電化工事が進む木曽福島で出発を待つ下りD51重連の貨物列車。蒸気機関車の終焉でした。   昭和47年 木曽福島