青森〜千曳〜盛岡へ
  

東北本線・乙供から千曳そして野辺地の区間は千曳をはさんで双方に16パーミルの勾配がありました。この間は北側に複線の新線を建設中で、ヨンサントオ全線電化時に切り替わるまでこの単線の細い大動脈を全列車が走っていました。
優等列車をはじめ客車列車はハドソンに牽かれ、貨物はD51重連で勾配に挑みました。ポールが最後まで立たず、すっきりとした写真が撮れる最後の場所でした。
ここから青森までの間では私たちはほとんど写真を撮っていません。なにかのときにDD51牽引の「ゆうづる」を1回だけ撮ったくらいです。
青森は北海道に渡るときには必ず降り立つのでスナップ的に北の玄関口らしい写真を撮っています。キュウロクの航送車の入れ替えが絶えず行われていて活気のある構内でした。最後に盛岡駅の写真を貼ります。これも懐かしい。

昭和40年〜43年
 
 
  
 
 
青森駅桟橋です。着岸した青函連絡船からの航送車の入れ替えにはげむ9600です。この風景をみるといつも青森は北の玄関口だったのだと
懐かしく思い起こされます。 9600は確か昭和45年位まで使われていたと記憶しています。                      昭和40年 青森

 
 
 
 
 
 

 
  優等列車上り「第二十和田」をC61+C60の重連が牽引していました。スピードを保つためD51ではなくハドソン重連仕業でした。
 このあと優等列車は順次DD51の牽引に代わりました。                           撮影T氏   昭和38年 青森
                                                                         

 
 
 
 
 

 
青森機関区は青森駅からかなり歩いたところにありました。その割にはC61とD51がメインでした。       昭和40年 青森機関区
 
 
 
 
 
 


詰所の下にぞんざいに置かれていたマーク。下が凹んでいます。
 
 
 
 
 
 

 
青函連絡船4便の到着を待つ上り上野行寝台特急「はくつる」です。深夜のハイライトでした。上の写真のマークを付けています。     昭和40年 青森駅
 
 
 
 
 
 

 
この区間も新線建設だったのでポールも架線もありません。朝の通勤列車です。けっこう乗客はいたのですね。  浪打駅 昭和41年 
 
 
 
 
 
 

 
朝の8時過ぎでしたが、天候に恵まれず朝靄もかかっていて露出は開放に近いです。ここも新線に切り替わる野内付近です。  昭和42年
 
 
 
 
 
 

ついに雨が降ってきました。駅から遠くに行けないので、土砂降りの中を傘を差しながら待ち、直前で傘を放り投げる、いつもの雨中撮影方法の1枚。通過時にそれを見ていた機関士が笑っていました。                         野辺地〜千曳 昭和42年 


 
 
 
 


雨は小降りになりました。上り急行「第一十和田」が通常はC61なのに、今日はC60に牽かれて16パーミルを登ってきました。    昭和42年 野辺地〜千曳
 
 
 
 
 
 
 
 
千曳には2回ほど行ってますので、これは別の時です。木が伐採されていたので登ってみたものの、電柱が邪魔でいい写真にはなりませんでした。
                                                                 昭和43年 千曳駅の西方の山の上から
 
 
 
 
 
 
 
 
 臨時列車がC61に牽かれて千曳駅を通過していきました。いい場所に限って電柱がもろに邪魔しています。    昭和43年 千曳駅
 
 
 
 
 
 

 
千曳には昭和37年開業の南部縦貫鉄道が来ていました。最後まで残ったレールバスではなく、半ボギーのDCです。   昭和43年 千曳駅
 
 
 
 
 
 
 
 
これは雨にたたられた時の写真です。雨はまたまた強くなり、外には出られず、ホームで安直に撮った写真ですが、雨に濡れながらホーム
先端で撮っていたファンが一人いました。待ち時間は待合室で二人で雑談をして過ごしました。                昭和42年 千曳駅






 
 
もろに逆光ですが、早春の千曳です。左のちょっと高い土手は南部縦貫鉄道の線路です。少しの距離を並行して走っていました。   昭和43年 千曳駅東方
 
 
 
 
 
 

 
乙供方面に1kmくらい下っていくと、後補機付き貨物に2本出会いましたが、長すぎてどうやっても後部補機が入りません。やっと来たのが
重連列車でした。奥中山ではたぶん3重連になっていたんでしょうね。153号機は尻内のカマです。           昭和43年 乙供〜千曳







 
陽が陰ってしまいましたが、C60のトップナンバーが単機で懸命に普通列車を牽いて勾配を登ってきました。1号機は青森配属でした。  昭和43年 乙供〜千曳
 
 
 
 
 
 


これがいつの撮影か分かりません。42年は雨だったため43年に再度チャレンジしたわけですが、これは夏ですね。たぶんヨンサントオの直前の夏にもう一度
行っているのかもしれません。遠くが新線で、電化工事をしているようです。夏なのに16‰でもこれだけの煙を吐いたんですね。143レ。        乙供〜千曳 







 
上り重連貨物60レと下り普通列車129レの交換です。陽も傾いてきているので駅に戻りました。      昭和43年 千曳駅 
 
 
 
 
 
 

 

 
早朝の下り「ゆうづる」盛岡駅停車です。とにかく暗かったです。ヘッドマークだけでも撮れればとスローシャッターで切りました。  昭和43年

 
 
 
 
 

 
これはナメクジ会の「しゅうちゃん」の真夜中の執念です。夜中の3時です。他の仲間は待合室で熟睡。給水もあるので十分撮れたんですね。
ただ、前補機のDD51の切り離しがあるので、C61だけを撮る時間はそんなになかったかもしれません。              昭和40年 盛岡駅