北の大地に蘇ったC62

昭和63年4月25日、奇跡の復活を遂げたC623は15年ぶりに小樽・倶知安間を走りました。それはまさしくC62の音であり、煙であり、蒸気でした。手宮の鉄道記念館で眠っていた3号機が動態復元されたのは時代を背景としたさまざまな事象と紆余曲折があったのですが、幸いにも多くの関係者の並々ならぬ努力によって復活を果たすことが出来たのでした。
私は当時札幌在住で、この一連の復活の過程を逐次見てきました。廃車となった3号機に再び生命を与えた壮大なドラマはここでは到底書き尽くすことは出来ません。
後志の山々に轟くC62の凄まじい力行音は今でも私の耳にこびりついて離れません。ここでは動態復元された3号機を私が記録した当時の写真で偲んでみたいと思います。

注:この復活の過程は'88年に発刊の鉄道ジャーナル別冊「驀進!C62二セコ」の「炎の男たちの詩−C623をよみがえらせた人々の物語」にドキュメントとして詳しく書かれていますので是非ご覧ください。



 


昭和61年10月3日、鉄道記念館から旧手宮線を使って移送され 古巣の小樽築港機関区に戻ったC62 3。
再び乗ることはないと思われていた転車台に乗り関係者に見守られながら3号機は29番扇形庫に入った。
晴れ渡った秋の日差しが3号機を歓迎しているようだった。                    小樽築港機関区
 
 
 
 
 


そしてさまざまな難関をくぐりぬけたC623は昭和63年3月3日、苗穂工場で見事に生ま
れ変わった美しい姿を披露した。関係者によるテープカットが行われた晴れの出場式。
 
 
 
 
 


火が入れられて数回構内走行したあと3号機はしばらく苗穂工場でそのピカピカの巨体を休めていた。
 
 
 
 
 


そして63年4月、本線の試運転。試運転初日、臨回客9162レで小樽から倶知安まで実際に牽引する客車5両を
連結して走ったC623。豪快なブラスト音を轟かせて「かつて走った峠路」を再び力走した。       然別〜銀山
 
 
 
 
 


試運転列車の倶知安折り返しの9163レ。小沢から稲穂トンネルに向けて連続20パーミルに挑むC62。
まだバックのニセコ連峰には残雪が。ここから見るC62の力闘する光景は雄大だった。  小沢〜銀山

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まだ春の訪れには遠い北国の4月。紛れもないC62のブラスト。感動の再来だった。    小沢〜倶知安
 
 
 
 
 


倶知安でしばし休息したあと14時10分、再び小樽に向かって倶知安を発車する下り9163レ。   倶知安〜小沢
 
 
 
 
 


C62はスピードが速いので煙は天に舞い上がることはなく渦のように後方の客車を包み込んだ。   然別〜銀山
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下り列車も凄まじい力闘を展開する。小沢から稲穂峠に挑む9163レ。大地を揺らして通過して行った。
 
 
 
 
 


倶知安には転車台がまだ生きていた。C62はきわめて慎重にゆっくりと転車台に載った。
 
 
 
 
 


下り列車は塩谷を出ると最後の勾配に挑む。ここも凄いスピードで通過していったのを覚えている。   塩谷〜小樽
 
 
 
 
 


倶知安峠にも春の日差しが。この地点はいつも完全燃焼のせいか余り煙を出さなかった。   小沢〜倶知安
 
 
 
 
 


1990年、運転区間がニセコまで延伸された。そのため比羅夫に向かう下り列車をこの角度で俯瞰撮影する
ことが出来た。勾配は12パーミルにもかかわらずC62は怒涛の煙を吐いてきた。      ニセコ〜比羅夫
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基本的運転日は土休日だったので天候の悪い日も撮りに出かけた。まだ冷え込む早春、小雨ふる中を
吐き出す蒸気が車体を覆い隠しながら列車は突進してきた。                  然別〜銀山
 
 
 
 
 


早春の風の強いときは、地に這うような煙を周囲の灌木に浴びせかけるようにしてやってきた。とにかくC62はその
ときごとの表情があった。空を覆う凄まじい竜巻のような煙を舞い上げていたときもあった。       然別〜銀山
 
 
 
 
 


下り列車の小沢出発。谷底の駅小沢はここから再び稲穂峠に向かい長い上り勾配が続く。     小沢
 
 
 
 
 


有名なお立ち台金五郎山の中腹から。塩谷に向かって勾配を登る列車を狙う絶好のポイントだった。   蘭島〜塩谷
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202キロ地点を行く上り列車。ここは7キロに及ぶ20パーミルの上り勾配の連続である。    小沢〜倶知安
 
 
 
 
 


夏の午後、C62は小雨降る峠路を勢い良く登って来た。雨のときは空転を起こすこともしばしばだった。  小沢〜銀山
 
 
 
 
 


小沢を出発して築堤を登る下り列車。線路に並行する道路から少し入ると小さな池があった。   小沢〜銀山
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列車に乗ったことも何回かあった。3両目のカフェカーの窓から撮った一枚。C62の激しい息遣いが聞こえた。
 
 
 
 
 


外装は全くの旧型客車だが、中はレトロ調のカフェカー。実に良く出来た車両だった。
 
 
 
 
 


この日は豪快な煙を天に舞い上げながら上り列車が加速して行った。   小沢付近
 
 
 
 
 


夏の倶知安峠。手前の木が伸びていて非常に撮りづらくなっていた。    小沢〜倶知安
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真夏の緑一色のなか、蘭島から忍路隧道に向かって力行する下り列車。    蘭島〜塩谷
 
 
 
 
 


真っ暗で光がなかったため、 クルマのライトを機関車に当てて撮ったが
光が一部しか当たらずこんな写真にしかならなかった。  苗穂機関区
 
 
 
 
 


蘭島は札幌に近い海水浴場で下り列車が通るころには帰る海水浴客が多かった。まだ有人駅だった。  蘭島
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然別を過ぎると線路はしばらく余市川に沿って走る。ここはまだ勾配も緩いので列車は勢い良く走り抜ける。
 
 
 
 
 


とにかく上り急勾配にもかかわらずC62はすごいスピードで登ってくる。吐き出す煙が太い恐竜のように
後方に流れていく。あのボイラーからよくこれだけの煙が続けて出るものだと驚く。     然別〜銀山
 
 
 
 
 
 

深い山間を縫うようにC62は勾配を登ってきた。今でも忘れられない爽やかな早春の一コマ。    然別〜銀山
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こうしてC623は走り抜けていきました。これらの写真は私にとって忘れられないものばかりです。
ほんのいっとき訪れた3号機の春でした。そして1995年11月のラストランを最後にC623は再び深い眠りについたのです。