昭和30年代末期の小田急電鉄

なめくじ会のメンバーは小田急沿線に住んでいましたので、小田急電車は手軽な被写体としてみんな撮ってはいるのですが、なにせ中学生のころの写真ははっきり言ってヘタです。露出もいい加減、加えて現像も粗末なものがあります。それでもここではマシな写真を選びました。
もっといい場所があるのに一つ覚えでそこでしか撮らなかったり、電柱などジャマモノがあるのに平気で撮ったり、恥を覚悟でとりあえず記録としてアップすることにしました。う〜ん。実際にヘタでしたね。
「つーさん」「しゅうちゃん」そして管理人の写真をおり混ぜてアップいたします。撮影は昭和36年から40年までの4年間です。


 
 

デユニ1000形です。緑色の塗装でした。1300形に連結されています。      東生田
 
 
 


小田急の1100形式で唯一荷電に改造され生き残ったデニ1101です。      経堂車庫


 


デニ1101とデユニ1001との2連です。こんなすごい編成の電車が走っていたのですね。    千歳船橋〜祖師谷大蔵


 
 

デハ1200形です。オール2扉車両で見事にきまっていました。小田急のよき時代でした。     東北沢
 
 
 
 

 
 デハ1300形です。2扉に両開きドア。銀色に光るステンレスの雨樋。中途半端な車両でした。   世田谷代田〜下北沢
 
 
 
 

1400形の制御車です。1200形とは微妙に違います。これが江ノ島まで行っていたのですね。    
世田谷代田付近
 
 
 
 

これは電動車のデハ1401。車体下部が低くドアにステップがついています。     祖師谷大蔵
 
 
 
 
 
 制御車1650形です。正面雨樋がやや円曲していて特徴がありましたが面白味のない車両でした。   千歳船橋〜祖師谷大蔵
 
 
 
 
 
電動車デハ1600形です。上の写真のクハ1650形と前面の屋根布押さえと雨樋の形状が微妙に違います。
Hゴム化と2色塗装後も前パンタのデハ1600形の方が断然貫禄がありました。      世田谷代田付近
 
 
 


ロマンスカー格落ちの1700形です。貫禄と風格が感じられた大型車でした。ライトの覆いが特徴です。   経堂〜豪徳寺
 
 
 
 
 
これのロマンスカー時代はほとんど記憶にありません。ドア間の広い三つ窓が特徴でした。   世田谷代田〜下北沢
 
 
 


上の写真から数年後の同じ1704の姿です。Hゴム化され2色塗りとなっています。      渋沢

 
 
 
 

これは1700形2次形です。同じくロマンスカーの格落ち車です。張り上げ屋根と正面2枚窓が異色でした。  世田谷代田付近
 
 
 
 
 
 1次形と異なり前面貫通式でないため最後まで方向幕にならず行先看板をぶらさげていました。   世田谷代田〜下北沢

 
 
 


国鉄ロクサン改造の1800形です。茶色からツートンに変わっていますが好きになれない車両でした。  千歳船橋〜祖師谷大蔵
 
 
 


まだ新宿駅が地上の時代です。地下化工事たけなわでした。HE車と2両編成の1800形です。    南新宿
 
 
 


パンタの切れているお粗末な写真ですが1900形です。前パンでいかつい面構えでした。これはもと特急車です。   東北沢
 
 
 

 
Hゴム化更新後はだいぶ顔つきが変わり面白味のない車両となりました。  千歳船橋〜祖師谷大蔵
 
 
 

 
1900形のツートン塗り分け後の姿です。      東生田
 
 
 
 
 
海坊主のようだった茶色の時代の2100形です。ノーシルノーヘッダー張り上げの異色車でした。    東北沢
 
 
 

 
2色塗り分け後の2100形。厳密には小田原寄り制御車はクハ2150形になります。    世田谷代田付近
 
 
 

 
直角カルダン駆動で登場した画期的な2200形です。2枚窓も特徴でした。      経堂
 
 
 

 
まだ方向幕に改造前で行先板を下げています。小田急顔とはかけ離れたマスクは人気でした。   世田谷代田付近
 
 
 

 
準急マークと江ノ島行看板も懐かしい2200形。これは正面窓が黒Hゴムです。    千歳船橋〜祖師谷大蔵

 
 
 


 2217と2218の2両は2200形でありながらスタイル・仕様とも違っていました。むしろ2220形に酷似しています。   東北沢
 
 
 


 
 2220形です。平行カルダンになり貫通式の小田急顔で登場しました。    千歳船橋〜祖師谷大蔵
 
 
 

 
特急格落ちの正面2枚窓2扉セミクロスシートの2300形です。洗練された繊細なスタイルは憧れの的でした。
1編成しかなく、めぐり会うのは偶然を頼る以外にありませんでした。                   経堂車庫
    

 
 

 
準特急用として2扉セミクロスシートで登場した貫通形の2320形。基本は2200形2次車に準じていました。    経堂





この2320形に乗るために何本も電車を見送ってホームで待った記憶があります。     千歳船橋〜祖師谷大蔵
 
 
 

 
美しいマスクの2320形。大きな急行看板でした。    新宿
 
 
 

 
そして登場した通勤車の代表2400形。ハイエコノミカルカー(HE車)と呼ばれた画期的電車でした。   東生田
 
 
 
 
 
2400形は4両固定、先頭車は制御車で16m車という変わった編成でした。    経堂
 
 
 

 
2400形全盛時代。右側のツートンになった2100形が2400形快速準急を退避します。    東北沢
 
 
 

 
当時の日常的な小田急です。カメラを向けたのはやはり新鋭のHE車でした。    世田谷代田
 
 
 


そして2600形が登場しました。2400と比べると大型車であるのがよく分かります。    喜多見〜狛江
 
 
 
 
 
登場時は5両固定編成でした。通称NHE車。台車に比べて車体が極めて大きく見えます。     下北沢
 
 
 

 
ロマンスカー3000形SE車です。連接車で登場、昭和32年に狭軌最高速度をマークしました。   喜多見〜狛江
 
 
 

 
カラーンコローンという独特のオルゴールが懐かしい。私たちの中学校まで美しい音色が聞こえました。  世田谷代田
 
 
 

 
3000形 ロマンスカー「はこね」です。オレンジバーミリオンにシルバーグレーの塗装は以降の小田急カラー
となりました。この色に郷愁を覚えるファンもたくさんいるのではないでしょうか。   世田谷代田〜下北沢
 
 
 

 
もうひとつ小田急には御殿場線乗り入れの特急用DCがありました。いろいろな愛称の丸い美しいヘッドマークがよく
似合っていました。小田急色のツートンからクリームに赤の帯の塗装に変わっています。    世田谷代田〜下北沢
 
 
 

 
これは美しい景観の御殿場線を走る5100形です。D52の列車の合間に撮ったものです。  
   谷峨〜駿河小山
 
 
 

こんな感じで小田急の記録は終わっています。私たちはSE車以前のロマンスカーには間に合いませんでした。
そして黄色と青のツートンから現在のクリームに青帯の塗装となってからはなぜかパタッと撮るのをやめてしまいました。