近鉄・南海の名車を訪ねて
 

高校生だった私は関東の私鉄さえろくに撮っていなかったにもかかわらず、関西の私鉄、とりわけ近鉄のモ2200に異常な関心を示し、2扉であるうちにとにかく見てみたいという思いを捨てきれず、ついに高校1年のときに名古屋行きを決行したのです。
場所は雑誌を見てモ2200は近鉄名古屋線に行けば来るだろう、というようなきわめていい加減な計画で臨んだのでした。果たして予想は的中し、近鉄では豪華電車のビスタカーも見れたし、2扉の見事な2200も撮ることが出来、満足した冒険旅行となりました。
40年以上経った今見てもモ2200は決して輝きを失わず、かつての王者の貫禄を漂わせています。
また、メンバーだった「しゅうちゃん」は和歌山の橋本に実家があり、帰省した時に、ほとんど皆が撮れなかった南海の旧型特急まで撮っています。




■近鉄




名古屋線のラビットカーともいうべき1600形です。両開きドア4扉二つライトまで同じです。来るものはみんな撮りました。庄内川を渡ります。 伏屋


 
 
 
 
  

なんと昭和33年に製造された近代高性能車6541形です。両開きドア3扉通勤車。来る電車全てが新鮮に見えました。  伏屋
 
 
 

 

陽が回るころ特急ビスタカー6連がやって来ました。ダブルデッカーには感激でした。この車両は増備用の貫通式で伊勢特急だったはずです。
 
 
 
 
 
  

後ろの車両は非貫通の10100形ビスタカーでした。これは連接車で均整のとれた美しい編成でした。初代10000形には間に合いませんでした。
 
 
 

 
 

やっと本命が来ました。参宮急行電鉄の偉大なる遺産モ2200です。中間の2両はすでに3扉化されています。前パンで幌付き。さらに急行「名古屋」の看板。
 
 
 
 
 
 

これは名古屋線の前身伊勢電鉄の時代に生まれた荷物室付のモ6221形です。2扉ですがモ2200に比べると貫禄が違います。運転室ドアがありません。
 
 
 
 
以上は昭和38年に撮った名古屋線です
  

名古屋線の桑名付近を走る名阪特急のモ11400形の前2両にク11500形を2両増結した数少ない車両の貴重な写真です。これは連接車ではありません。
 
 
 
 
 
 

 

吉野鉄道で戦前に生まれた古典車両。複雑な経緯を経てク6500形で名古屋線を走りました。最後は改軌されて養老線に。近鉄は複雑すぎます。

 
 
 
 
 

2代目ビスタカーは依然健在で大阪・名古屋間を特急で使われていました。ただもう綺麗な編成ではなく、ダブルデッカー1両の5両編成でした。
(以上は桑名付近の撮影)
 
 
 
 
 
 
 

これは参宮急行モ2200に準じるモニ(デトニ)2300で、戦前は前方に2室のコンパートメント特別室と荷物室がありましたが戦後は改造されました。 

デトニの参考:参宮急行電気鉄道デ2200形電動制御車 (fc2.com)
 

 
 以上は昭和41年に撮った名古屋線です(上のデトニ2301だけ伊勢中川駅です)
 
 
 
 

 ■南海
 

しゅうちゃんが昭和38年に撮った橋本駅での南海電車です。

実際私は南海電車旧型車の解説は全く出来ません。「難解電車」と言われるくらい、それぞれの
形式の由来は複雑で、15m級から18m級に伸ばしたり、廃車から 部品取りして形式を変えたり
改造・復元も多く、正確に1両ごとに解説できる人は少ないと思います。従って、とりあえず車
体に書かれた形式に留め、今は廃車になった当時の600Vの古典的電車を想って御覧ください。




橋本駅を出発する1251形15m級の3両編成の上り特急です。まだ当時はこれが主流のようでした。高野線はこの当時は単線だったのでしょうか?





 

これまた素晴らしい電車が走っていました。下り1251形(恐らく戦後型)特急の出発です。15m級3両の特急など信じられません。
 
 
 
 
 
 

これはかなりくたびれた15m級1251形です。上と同じで下りの急行です。右側のホームは国鉄和歌山線です。
  
  
  
  
  

新鋭特急の上り「こうや号」です。この頃は600Vだったのに高性能だったのですね。
 
 
 
 
 
 
 


新鋭21000形4両編成のズームカーです。ヨタヨタの1251形が特急でこれが準急と言うのも不思議ですね。謎だらけの「難解」電車です。