Super-Takumar 1:1.4/50 の歩み概説

 

 

2019/8/6 改訂

 

まえがき

 

 「Super-Takumar 1:1.4/50」という機器名称の一眼レフ用標準レンズは、1962年から1971年までの足掛け10年間に渡って作られました。その間、外見から分別出来るものだけで「7期」もの変遷がありました。そのうち、「T期」から「W期」までのレンズ構成が「6群8枚 変形ダブル・ガウス型」であり、 続く「X期」から「Z期」までが「6群7枚 変形ダブル・ガウス型」でした。

 その他に、外部からは判別が難しいか不可能な内部の小変更を何度も受けています。それも合わせて分類するなら「12種類」に分けられるのです。

 このようにレンズ構成が全く異なっているものだけではなく、その鏡胴に大小の変更を何度も受けているのに同一の機器名称で製造・販売を続けていたという存在ですから、一概に「Super-Takumar 1:1.4/50」という名前で評価するのは間違いです。その変遷の存在と、それぞれの違いを知って使うことが求められるのです。

 

 なお、下に掲示した画像は、各期型の特徴を表示したものです。それぞれの画像を見るだけで「期型」の判別特定は出来るものとなっています。しかし、更に細分類している「A」とか「B」などは、この画像からは区別できません。鏡胴の分解または絞り環の操作が必要です。

 

 「T期」から「W期」までの「6群8枚 変形ダブル・ガウス型」は、4群目が3枚貼り合わせとなっています。それで8枚構成なのです。その4群目を2枚貼り合わせに変更して「6群7枚 変形ダブル・ガウス型」となった「X期型」以降ですが、その最後の「Z期型」は、それまでのものとはレンズ群の互換性がありません。鏡胴を「開放測光鏡胴」へと大きく変更しているので、それに合わせて作り替えているようです。この時のレンズ寸法は以後継承されて、Kマウント化後のトリウムレンズを使わなくなった「smc PENTAX M 1:1.4 50mm」まで採用されています。

 

T期型 A

 1962年に誕生した最初の「期型」がこれです。この年は「PENTAX SV」が登場した年で、交換レンズに「Super-Takumar」という名称が使われ始めた年でもあります。「6群8枚 変形ダブル・ガウス型」の前から4群目が3枚のレンズを貼り合せているという、他には例の無いレンズ構成でした。「8枚玉タクマー」の俗称はこのことによります。

 

T期型 B

 最初の変更を受けた「期型」です。その変更は「絞り環」の半段クリックのうち、「開放1.4」と「2」、「11」と「最少絞り16」の間の半段について、クリックを省略しました。この変更は以後の「期型」へと継続されます。

 

U期型

 「被写界深度指標環」にある「零指標」について、「T期型」が「赤線に赤丸」であったものを「赤菱形」 へと変更しています。

 「T期型」にはあった絞りリンク内三日月形カム板側面の、カム形状修正用と思われる打痕が無くなりました。

 

V期型 A

 「絞り環」の幅が1mm増え、「6.5mm」となりました。そのため「被写界深度指標環」の幅が1mm減り、そのことで 場所が窮屈になって赤外指標の赤文字「R」が省略されました。

 この期型からが1964年7月発売の「PENTAX SP」に「セット・レンズ」とされたのではないかと推定しています。

 

V期型 B

 ヘリコイド装置の「内筒」と「中筒」とを結合する順ネジ溝が、それまでの「12条」から「6条」へと半減しました。 ピッチは変わっていないので、ピント環の回転角は同じです。

 

W期型 A

 レンズシリアル番号の表記位置が、それまでの「Super-Takumar 1:1.4/50」の直前から直後に移り、その文字形状(フォント)が変更になりました。

 「絞り環」の裏側のクリック溝が環の幅全体になりました。前の「V期型」までは、幅の半分程度にだけクリック溝が入っていて、中央部に円周溝が入っていました。

 また、マウント台座の「絞り環」が被さる部分に細い浅い溝が円周状に入りました。これは「絞り環」の裏の造形が変わったことに対応する変更です。

 この変更が行われたのは1965年ではないかと推定しています。

 

W期型 B

 ヘリコイド装置の二か所の「回転止め摺動板」のうちの片側に、デルリン樹脂 (あるいはジュラコン樹脂) が使われています。これは鏡胴にエンジニアリング・プラスチックを使用する嚆矢となりました。

 

W期型 C

 距離指標が「ピント環」に直接印字されているのではなく、一旦薄いアルミ板に印刷したものを「ピント環」に貼り付ける方法になりました。 この変更は以後の「期型」へと継続されます。

 

X期型

 レンズ構成について「6群7枚 変形ダブル・ガウス型」に変更しました。前から4群目を2枚のレンズの貼り合わせとしています。「7枚玉タクマー」の俗称はこのことによります。

 なお、このレンズ構成は後に競業他社が競って採用して「世界標準」となり、そのどれもがよく似ています。

 この時から放射線を出す「トリウム・ガラス」で作ったレンズを一部に用いています。そのため、今日では酷い「黄変」を示しています。「アトム・タクマー」の俗称はこのことによります。

 レンズ構成を全く違ったものに変更したことにより、実質焦点距離が少し長くなり、被写界深度や赤外指標位置が変更になっています。重量も僅かに少なくなりました。

 内部鏡胴の形状も、後部レンズ・ホルダー後端が変更されました。 この違いは分かり易い目印となります。

 「自動絞り・手動絞り切替レバー」の背面に「製品番号(プロダクツ・ナンバー)」の刻印が行われるようになりました。 なお、この期型の製品番号刻印は「37800」です。

 「絞り装置」と「絞りリンク」を結合する「絞り連結棒」が1mm長くなりました。このため無限遠時にはマウント台座と干渉するおそれが出てきたので、マウント台座の該当部分をくり抜いています。 「連結棒」自体も、その先端部を削って半月状にしています。

 

Y期型 A

 「絞り環」の各段ごとの回転角について、本来「1段分」であるはずの「開放1.4」と「2」の間隔を「半段分」にしたため、表記の場所が無くなって「2」の表記を「・」へと省略しています。

 それまでは「A」と「M」だった自動絞り・手動絞り切替指標の表記を「AUTO」と「MAN.」へと変更しています。

 「絞り環」の幅を更に1mm増やして「7.5mm」としています。このことで「被写界深度指標環」の幅がさらに狭くなり、指標表示が 一層せせこましくなっています。

 「絞り環」外径と「ピント環」外径を大きくしています。

 ヘリコイド装置を設計変更して全く新しいものにしています。「摺動板」を真鍮製に戻して、なおかつ数倍長いものに変更したことで内筒のガタが大幅に減少しています。その形状も、二か所の内の片側を幅の微調整が可能なものにしています。その設置位置としても、「X期型」までが「内筒」に取り付けた「摺動板」を外筒の「摺動溝」の中で動かしていたものを、この「Y期型」からは「外筒」に取り付けた「摺動板」を内筒の「摺動溝」の中で動かすように変更しています。

 レンズ群と絞り装置を組み込んだ「内部鏡胴」について、後部レンズ・ホルダー後端の形状を「X期型」とは僅かですが変えています。

 

Y期型 B

 内部鏡胴の1群目レンズを押さえるソケットの形状を、それまでは「飾銘板」にあったその内側の段付きリブ部分をソケット側に移して、その分だけソケットの断面形状を大きくかつ異形にして強度を高めています。それに伴って「飾銘板」の形状も簡素なものへと変更しています。 この変更は以後の「期型」へと継続されます。

 

Z期型

 これまでの鏡胴とはまったく変わり、新規開発された「開放測光鏡胴」に変更しています。

 レンズ・コーティングもそれまでの「単層」ではなく、旭光学工業が誇る「7層マルチ・コーティング」に変更しています。

 「開放測光」には必要であるため、前の型の「Y期型」が採用した「絞り環」の不等間隔クリックも廃止して、等間隔クリックに戻しています。

 絞り装置を単体ユニット化し、絞り羽根が「8枚」となりました。内部鏡胴方式は廃されました。

 この「期型」はレンズシリアル番号帯「4610***」、「4611***」、「4616***」そして「4617***」からしか発見されていません。

 この「期型」が出た時点では、開放測光のカメラ本体は存在していません。先行投資的に採用したのだと思われます。旭光学工業の最初の開放測光カメラは「PETNAX ES」ですが、それはAEカメラでした。そしてこの「Z期型」には、その「AEカメラ」でこそ有用である特別な仕組みをも既に設けています。まさに先行投資だったということです。

 

予告編

「Super-Multi-Corted TAKUMAR 1:1.4/50」の変遷

 

 「Super-Takumar 1:1.4/50」の最終型である「Z期型」は「開放測光鏡胴」で「7層マルチレンズコーティング」というものでしたが、これは上記のように発見されるレンズシリアル帯総てが使われたとしても 、最大でも4000個の製造で終わり、それはそのままの中身で「Super-Multi-Corted TAKUMAR 1:1.4/50」という機器名称に変更されました。つまり、「飾銘板」の表示だけを変更することで次代機種が誕生したのです。これは「Auto-Takumar 1:1.8/55」が機器名称だけを「Super-Takumar 1:1.8/55」と変更した時と同じ手法です。

 このとき機器名称だけをこのように変更したのは、販売政策を考えた営業サイドからの要求によってだと推定できます。それくらい他に先駆けた「7層マルチレンズコーテイング」の性能が抜きんでいて、それを強調して販売したいという圧力が高くなったのでしょう。

 しかし、「開放測光鏡胴」であることは、まだそれのためのカメラ本体が存在していなかったことから、新機器名称に取り入れなかったのでしょう。ネジ・マウントにおける「開放測光」の仕組みについて、その時点ではあまり明らかにしたくなかったのかもしれません。

 「Super-Takumar 1:1.4/50」の最終型である「Z期型」が登場した時に、旭光学工業がそれをどのように広報したのか資料が見つからないので不明ですが、それのためのカメラ本体が存在していない以上、あまり詳しく説明しなかったのではないかと推定しています。

 そして、実際に「開放測光鏡胴」を手にしたユーザーや評論家は、マウント部に施された新規仕掛けを見てどのような思いを抱いたのか、それを想像するのも愉快なことです。

 「開放測光」はカメラ本体側で自動絞り交換レンズの絞り環が今どのようになっているのかという情報を受け取っていなくては成立しません。カメラ側では絞り開放時のレンズを通って来る光を測定して、撮影時における絞り の時に必要な光を計算して適正なシヤッター速度を決定する機能が「開放測光」なのですから…

 ところで、旭光学工業の考え出した開放測光の仕組みですが、ネジ・マウントである「Sマウント」なので交換レンズを取り付けた時の位置が不安定で、絞り環位置をいつも、どの交換レンズでも同じように伝達することは困難です。そこで、カメラ側の絞り環位置情報を受け取る部分を可動式にして、相対的に絞り環位置を正確に受け取る仕組みにしているのです。そのために、交換レンズマウント部に、可動するカメラ側の受取装置を適正位置へと動かすための「突起」を設けています。この「突起」の役割に関しては、まだカメラ本体が存在していない時点では、単に「はてな」的な存在だったのだろうと推定します。

 また、マウント面に設けられた「可動小ピン」は、もっと「はてな」的な存在だったことでしょう。これは「AEカメラ」に取り付けた時に、絞りが自動から手動に変えられないようにするための仕掛けですから、これの役割を「AEカメラ」無しに、予備知識無しに言い当てた人はほとんどいなかったのではないかと思います。

 

 「Super-Takumar 1:1.4/50」の最終型「Z期型」の内容そのままで始まった「Super-Multi-Corted TAKUMAR 1:1.4/50」ですが、「47*****」番台から始まったと思われるそのレンズシリアル番号が「5******」番台になる少し前に小変更を行っています。それの外部から見える部分としては、レンズ ・ホルダー後端の形状と、自慢の「7層マルチレンズコーテイング」で、これはその反射色の違いで分別が可能です。

 「Super-Multi-Corted TAKUMAR 1:1.4/50」が、少し後で旭光学工業初の「AEカメラ」である「PENTAX ES」のセット・レンズとして始まった傍流の「SMC TAKUMAR 1:1.4/50」にその座を奪われて消えて行くまでにどのような変更が加えられたのかは、資料の収集が不十分なために未解明です。これからの課題なので今はまだ「予告編」…

 

 2019/8/1に「4798***」番台の個体を入手して分解整備を行いました。同時に、既に何年も前に入手していた個体と「SMC TAKUMAR 1:1.4/50」とを分解整備ししてその内容を比較しました。その結果、内部の構造に変更は認められなかったものの、唯一レンズホルダー後端の形状が「4798***」番台の個体は「Super-Takumar 1:1.4/50」の最終型「Z期型」と同様であることが確認できました。つまり、開始時にはまったく同じ内容で名称だけを変更したのだという事が確認できました。

 なお、「7層マルチレンズコーティング」ですが、これは時代が移るに従って反射色が変化しています。それがコーテイング面の酸化などによる経年変化なのか、製造時に意図的に改変を加えられたのかは不明です。LEDライトの白色光によるレンズ群の先端面の反射色を比較すると、「紫がかった」から始まって、次に「明るい」、その次には「緑がかった青」へとわずかですが変遷しています。この辺は比較試料が少ないので何とも判断できません。

 

 「Super-Takumar 1:1.4/50」の最終型「Z期型」と同じ仕様で始まった「Super-Multi-Corted TAKUMAR 1:1.4/50」ですが、それが始まって程無く小変更を受けたのは何故なのか、という点を考察してみました。その小変更のうち、外見からすぐ分かる変更として、レンズホルダー後端の形状変更があります。

 「Super-Takumar 1:1.4/50」の最終型「Z期型」はその部分が単純な円錐台状です。それに対して小変更後は、円錐台の基部付近に0.5mmの深さで円周状に溝が掘られているのです。この溝を入れなければならなかった理由について考察してみましたが、詳細に比較観察すると、「Super-Takumar 1:1.4/50」の最終型「Z期型」は開放測光鏡胴になって、絞り環の位置情報をカメラ側に伝達するためのレバーがマウント後端に設けられました。このレバーはカメラ側の受信部を動かす仕組みですが、そのカメラ側の受信部とレンズホルダー後端基部が無限遠にした時に接触する虞が生じたのだと考えられます。

 まだ開放測光カメラが上梓される前の時期に、先行的に「Super-Takumar 1:1.4/50」の最終型「Z期型」は作られました。その時点では、その問題は顕在化していなかったのだと考えられます。名称だけを「Super-Multi-Corted TAKUMAR 1:1.4/50」に変更して製造販売は続いたのですが、その後、初めての開放測光カメラである「PENTAX ES」が登場すると、その問題が明らかになったのでしょう。それでこっそりと対策を施したという図式が見えてきます。

 最初は自動絞り連動押ピンを押すカメラ側の押板との接触を疑ったのですが、「Super-Takumar 1:1.4/50」の「Y期型」以前であっても類似な円錐台状であることから、そのためではないと考えられます。それより、新たに登場した開放測光カメラ側が原因であると考えるのが妥当だと推理しました。その仮説に基づいて「PENTAX ES」の作動状態を観察した結果の判断です。

 実際には、所有する開放測光カメラに所有する「Super-Takumar 1:1.4/50」の最終型「Z期型」を取り付けても接触は生じていません。これはあくまで可動する受信部の遊びから来る誤差の中で生じる虞 に配慮しての対策ということなのでしょう。それで0.5mm逃げを打ったということ…

 

大人の趣味講座:8枚玉タクマーの分解整備

 

 製造販売開始から半世紀以上経過している「8枚玉タクマー」ですから、その間ユーザーによってメーカーや業者へと整備に供されている個体もありますが、多くは時代遅れとなった機器として、未整備のまま仕舞い込まれていたものも多いのです。そのため、それが置かれていた環境によってはレンズ面などに黴が繁茂していたり、埃や手垢などの汚れがこびり付いて汚れているものがあります。また、内部には潤滑などための油脂類が施されているのですが、これが劣化したり失われたりしているものもあります。機械なのですから、正常に作動させるためには適切な潤滑は不可欠です。これらのためには分解整備が必要となりますが、今日、製造販売者である旭光学工業は既に無く、曲折を経てその事業を継承した「RICHO」は分解整備を引き受けませんから、今やユーザーが自らの責任で分解整備を実施しなければならないのです。

 市中に分解整備を請け負う小規模な整備業者は存在しますが、中古市場から安価に入手したものを数十Kも費やして委託するのは、その品によほどの思い入れが無い限りはありえないことでしょう。ところが、ユーザーが自らそれを行うのならさほど経費はかかりません。よしんば失敗したとしても、自ら行ったことですから諦めもつきます。それに、その過程で分解整備についてのスキルも獲得できます。もっとも、このスキルの獲得が「レンズ沼」と称される深みに落ちる元凶なのですが、それもおとなの趣味としては上質なのでは…

 

 なお、今日「8枚玉タクマー」は製造期間が短かったためと、他に例の少ない「8枚玉」であること、「7枚玉タクマー」以降にはレンズ群の一部に放射線を出す酸化トリウムが配合されていることで生ずる「黄変」が無いことなど、それらの価値を良しとする仁によって人気になっています。そのため、販売時には「\21K」だったものが中古価格でそれを超える場合もあるという状況です。

 

 分解整備は徒手空拳では出来ません。そのためには道具が必要になります。それはレンズ整備という「趣味」のためには必要な投資なのです。

 

1 作業台

 裸の状態の8枚玉タクマーを分解整備するのは、レンズ玉を傷付けたりするリスクがあります。レンズ群後端がマウントから飛び出している構造なので、この部分を保護するための「作業台」が必要です。 それは純正のマウント・キャップでもよいのですが、長めの「接写リング」を用いるのが便利です。作業中に絞りのための「連結押しピン」を押したりするときにその便利さが分かります し、組立時に絞りの作動状態を確認するのも容易です。

 

2 飾銘板回し工具

 鏡胴先端にあるドーナツ状の「飾銘板」を左回しに外すのが鏡胴分解作業の最初ですが、その「飾銘板」には回すための手掛かりが設けてありません。これは素人がやたらに分解することを困難にしているメーカーの意思だと思います。しかし、何としても回して外さなくては先に進めません。

 手掛かりのない物をそのままで回すためには、柔らかくて滑りにくい何かを押し付けて回すのがリーズナブルです。そしてゴムがそれに適していることは容易に思い付けます。「飾銘板」表面と同じ端面形状のゴムを用いれば、回す道具としては理にかなっていることになります。

 市中にはそのための品も市販されていますが、機能の割に案外高価です。そこいらにある品で代用が可能なら、それを用いるのが素人整備の鉄則であり、要諦でもあります。そこで、幾つか方法があるのですが、それを例示して見ます。

 雲丹とか海苔の佃煮などの広口瓶の口が寸法的には「飾銘板」と近似なのです。これを利用すれば回し工具が自作出来そうです。

 広口瓶の縁にゴム系の接着剤を塗布し、そこに薄いゴム板を貼り付けるという方法もあります。「飾銘板」に押し付けて回すときにゴムが剥がれる方向に力が加わりますから、強力に取り付ける必要があります。瓶の口の内側にぐるっと薄ゴム板を貼り付け、それを外側に折り被せておいて、瓶の口の外側で針金とか結束コードとかで縛るという方法が強力な道具となります。ゴム板は幅広ゴム輪を切って使うという方法もあります。自転車の古タイヤチューブとか、何でも使えそうなものを探すというのも工具作りの愉しみです。

 なお、椅子の足ゴムの中には適当な寸法の物が存在しています。それだけでは強度が不足するので、これの穴の中に適当な充填物を入れれば良好な工具となります。亭主は充填物に使いかけのテープ ・ボビンを利用しています。

 「飾銘板」にはネジ溝に汚れなどが入り込んで回り難いものもあります。業者による整備を受けたものの中には、故意または過失により少量の緩み止め液がネジ溝に塗布されているものまで存在しています。これらの場合、事前にネジ溝に対して無水エタノールを注入して置くという前処理が必要となります。

 「飾銘板」のネジ溝は径49mm、ピッチ0.75mmです。

 なお、中古市場には、落としたりぶつけたりして「鏡胴先端部」が変形している個体がよく登場します。これはそのままでは「飾銘板」が外せませんから、分解整備が出来ません。どうしても「飾銘板」が回せる程度にまで変形を修正復旧しなければなりません。しかし、それをすると、ほとんどの場合「鏡胴先端部」表面に傷が残ります。その状態をどうするかというのも素人整備が工夫すべき課題となります。

 「鏡胴先端部」は案外柔らかいので、形状の修正は可能な場合が多いものです。ほとんどの場合は内側に曲がっているので、これを外に戻すことになります。その際に、曲がった「鏡胴先端部」を掴んで引き戻すのですが、掴む工具の掴む部分が「鏡胴先端部」の丸みに近似であると傷を付けるリスクが軽減できます。プライヤーの先端にそのための治具を取り付けるなどの方法がありますが、それを自作すると「鏡胴先端部」が曲がった個体を次々と追い求めることになりそうです。癖になる…

 

3 マイナス精密ドライバーとピンセット

 8枚玉タクマーの鏡胴には、組立にあたって4種類3か所ずつ合計12本の小ビス(1.4mm径)と、外に3本の芋ビスが使われています。これら小ビス類の頭はマイナス溝なので、マイナス精密ドライバーのセットを用意する必要があります。

 「飾銘板」を外した「鏡胴先端部」の中を覗き込むと、3か所に2本ずつの小ビスが見えます。その2本ずつの内の右側が「鏡胴先端部」を「ヘリコイド内筒」に固定している3本の小 ビスです。これらを外すことで「鏡胴先端部」は外せます。

 

 次に、2本ずつの残りの3か所の小ビスはその頭で「内部鏡胴」を押さえています。これらを外すことで「内部鏡胴」を抜き取ることが出来ます。「内部鏡胴」には絞り装置を中心として前後に 「レンズ・ホルダー」を捻じ込んであります。

 

 その次に行う事ですが、「ピント環」は3本の小ビスの頭で「ヘリコイド中筒」に押さえてあるので、これらを外すことで「ピント環」は抜き取れます。厄介なことに 、この小ビスは奥まった狭い位置にあるため、組立時に取り付けに苦労する場所です。小ビスとマイナス精密ドライバーとを保持する適切な「治具」を用意しないと恐ろしく困難なことになります。やってみると分かりますが、本当にイライラしますよ…

 なお、この「治具」ですが、「配線用熱収縮絶縁チューブ」が手軽です。肉厚が薄い塩ビ製で、ビス頭の保持力も優れています。これを使えば小ビスの取り付けが楽しくなります。

 

 次に「被写界深度環」を外すのですが、これは周囲3か所の「芋ビス」で固定しています。それを緩めることで抜き取ることが出来ます。なお 、この「芋ビス」は緩めるだけで外さない方がいいと思います。その必要性は皆無ですし、紛失する原因になります。取付も結構面倒なものですから…

 一般的に、カメラ関係に「芋ビス」が使われている場合は多いものですが、ほとんどの場合、それを抜き取ることは止めましょう。そうしなくても 、少し緩めるだけで目的は達せられることがほとんどで、抜き取ると紛失のリスクがあることと、取付に神経を使います。

 

 その次に「絞り環」を前方に抜き取りますが、その際に、環の下にある「クリック用鋼球(1mm径)」を飛ばして紛失しないように注意が必要です。その位置は絞り開放にしたときに「1.4」の下になりますから、その位置に指を添えて慎重に抜き取ることが肝要です。

 なお、組立時に必要な事として、「絞り環」と「絞りリンク」とを結合することがありますが、その時にも絞り開放で行うと結合位置と「クリック用鋼球」の位置が分かり易いと思います。これも重要なスキルの一つです。

 

 さて、主要な鏡胴分解の最後として、「ヘリコイド外筒」から「マウント台座部」を外さねばなりません。これは周囲3か所に 「皿頭ビス」で固定してありますから、これを外すことで抜き取れます。なお、この「皿頭ビス 」は固く締め付けてあることがほとんどで、これが緩んでいるとピント環の操作時にガタを感じることになります。そこで、固く締め付けてあることで外すときに頭溝を傷付けるリスクが高くなります。ここを見ると、以前分解を受けているのかどうかを判別することが可能になります。業者の整備でも、ここを変形させている例をよく見ます。綺麗な仕事のためには良質なドライバーの用意が望ましいという事になります。一般的な精密ドライバーのセットでは力を入れ難いので、どうしても溝を変形させてしまいます。握りの太い、溝幅と長さに適合したドライバーを用意するのが望ましいと思います。

 「マウント台座部」の内側には「絞りリンク」が組み込んでありますが、これを分解する必要性はまず無いでしょう。そのまま汚れを拭き取って、作動軸や摺動部分に良質な機械油などを少量注油すれば良いのです。なお、中古の個体によく見かける「絞り羽根」の作動不良は、この「絞りリンク」の作動不良が全部であると言えるほどです。もし汚れがひどい時には、「マウント台座部」全体をベンジンの中に漬けて振り洗いするのが良いでしょう。その後、要所に注油は必要です。

 なお、「内部鏡胴」に組み込んである絞り装置本体には絶対に注油してはいけません。そこへの注油は確実に作動不良の原因となります。

 「絞りリンク」の作動不良の中には、鏡胴後端に飛び出している「連結押ピン」の変形の場合が結構あります。これはスムーズに動くように変形を修正すれば治せます。

 

 鏡胴の要である「ヘリコイド装置」は外筒、中筒、内筒の三重構造です。それらの相互はネジ溝によって結合していて、そこにはグリースが施されています。そしてそのグリースの粘度によって作動抵抗が変わりますから、好みの粘度のものを選択するということになります。

 「ヘリコイド装置」の分解は、まず内筒後端に取り付けてある対抗する二組の「摺動板」を外すことで行います。これら「摺動板」はそれぞれ2本の小ビスで固定されていますが、その小ビスの頭形状は異なっていますから、どちらがどの形であったかを記録または記憶しておかねばなりません。この形の違いはそうするだけの理由がありますから、取り違えないようにしましょう。その理由さえ知れば間違えることはないのですが、業者が行ったと思われる整備においても、下の画像のようにこれを取り違えている例がよくありますから、世の中には無頓着に作業している業者もあるという事です。 信頼し過ぎてはいけません。

 ※これは小ビスを間違って組み立てられていた例です。

 

 内筒と中筒の結合ネジはピッチ14mmの「順ネジ」で、製造の時代により12条と6条のものが存在しています。この部分 にほどこすグリースは好みの固さの粘度のものを使いましょう。この選択も自前整備の醍醐味の一つでしょう。悩み苦しむべし…

 中筒と外筒の結合はピッチ0.5mmの1条の「逆ネジ」です。この部分に塗布するグリースは可能な限り粘度の低いものが向いています。粘り気のあるモーターオイルぐらいでもいいと思います。内筒と中筒の部分と同じグリースを用いると、固すぎて作動困難になります。

 「ヘリコイド装置」の組立は、この鏡胴分解整備の中で最もスキルを要求される部分です。内筒と中筒は12条ないし6条の順ネジ溝によって結合していますが、そのどのネジ溝と組み合わせても良いわけではありません。ネジ溝には適正な組み合わせ相手がありますから、これを正確に選ばねばなりません。整備業者の中には分解前にケガキ線を入れて、組み合わせのための目安としている例が多く見られます。しかし、外からは見えないところとは言っても、預かった客の品物に平気で傷を付けるという仕事の仕方は、けしからぬ行為ではないかと思います。

 そもそも鏡胴分解整備の基本として、ヘリコイド装置の作動の仕組みを理解しなくてはなりません。回転を前後運動に変換するのがヘリコイド装置なのですが、三重構造の相互の結合にネジ溝を用いていることから、「ピント環」を取り付けて回転させる「中筒」の動きを「内筒」の前後運動に変換する場合に、「中筒」が「外筒」の中を回転するときに、それとの結合のための「逆ネジ」により、微小ながら「中筒」は回転しながら前後するのです。つまり、それに取り付けている「ピント環」は回転により微小に前後するため、無限遠から最短撮影距離までの間に前後するということです。

 このことは内筒、中筒、外筒の組立時の位置関係が適正であることを要求するものになります。つまり、1条の逆ネジ溝で結合している「中筒」と「外筒」とは結合相手を選べませんが、複数の順ネジ溝で結合している「内筒」と「中筒」とは 、結合相手を選ぶことで適正な位置関係を作り出せることになります。

 「外筒」と「内筒」とは対向する二組の「摺動板・摺動溝」で結合されているため、「内筒」は「外筒」の中で前後することしか出来ません。それに対して「中筒」は「外筒」の中で回転出来て、前後微動もします。「中筒」の回転によってその中の「内筒」を前後に動かすというのがピント合わせの仕組みです。

 「ピント環」は無限遠から最短撮影距離までの間しか回転出来ない構造になっています。その範囲の中で適正な動きを「中筒」に対して行わなければならないので、「ピント環」を取り付ける「中筒」のヘリコイド装置の中における相対位置というのは極めて重要ということになります。これが適正でないと無限遠が出せなかったり、あるいは最短撮影距離が出せない、場合によっては「内筒」が外れてしまうということになります。

 正しい組立の内筒、中筒、外筒及び摺動板・摺動溝の位置関係は、上の画像のようにしなければなりません。

 

 ところで、小ビスを取り扱う時に必要となるのがピンセットです。他にも色々な状況で使いますから、良質なピンセット、先端部が斜めに折れた形の、尖った先端の喰い合わせが正確なものが必要です。 安物は避けましょう。

 

4  カニ目回し工具

 レンズホルダーの中にレンズ玉を固定しているのは「ソケット」と「切り欠きリング」です。そのうち「切り欠きリング」を回すために必要になるのが俗称「カニ目回し工具」です。これは対向する位置に切り欠きのあるリングの切り欠き部にあてがって回す道具です。

 「カニ目回し工具」には幾つか形式があります。コンパス状のものと鳥居状のものがよく使われている型ですが、それぞれ利点と欠点があります。綺麗で楽な作業のためには両方入手するというのが正解かもしれません。

 鳥居型は比較的素早く必要な幅に調整が可能です。しかし、リングの切り欠きにあてる部分、これを「ビット」と言いますが、これの選択の自由度が少ないという問題があります。構造上、狭く奥まった位置にあるリングを回すという状況では無力です。

 コンパス型は、両足の側面に直角にビットを取り付ける形式と、足の延長上にビットを設ける形式とがあります。前者はビットの選択範囲が広く、適切なビットを用意することで狭く奥まったリングでも回すことが可能になります。 太い釘などを加工して利用するなど、ビットの自作工夫の余地も大きいと思います。しかし、コンパス状であることから、回せるリングの径には鳥居型より制限があります。

 後者については、リングの径が大きくなるとビットが大きく傾いてしまうので、使える場所が限られます。構造上、回すときに開いた足が捻じれるので、小さなカニ目ボルトを回すなどの限定的な道具でしょう。 しかし、捻じれを防止する方策を施せば、かなり大きなリングも回せるように出来ます。

 

5 パイプ・プライヤー

 レンズ・ホルダーにレンズ玉を固定する方法として「ソケット」を使う部分も多いものです。これには切り欠きなどが付いていない場合がほとんどで、周囲を掴んで回すという方法が一般的です。円いものを掴んで回すためには「パイプ・プライヤー」が適しているのですが、傷を付けずに回すという要求に沿ったものを選ぶ必要があります。

 挟む口の部分に湾曲した形状のプラスチックが取り付けてある製品が存在しますので、これを2丁入手すると色々な作業が楽になります。これを使う場合でも、ソケットとパイプ・プライヤーの口との間にゴム薄板を挟むなどの配慮は、綺麗な仕事のためには必要なことです。

 なお、「内部鏡胴」の分解作業において特に注意が必要なのは、絞り装置を作動させるための「絞りリンク」との「連結棒」を折ってしまわないことです。固く締まったレンズ ・ホルダーを外そうとして、力を込めた手が滑って折ってしまうことは少なくありません。折れたらこれを直すことはまず不可能ですから、くれぐれも慎重に…

 

 道具としては以上のものでほとんど事足りますが、他にも清掃のための道具や材料とか、注油のための道具、組立時の材料など、入手すべきもの、あると便利なものは色々とあります。これらを揃えて行くことが「交換レンズの分解整備」という大人の趣味を享受することに繋がります。各々励むべし…