「Super-Takumar 1:1.4/50」 (8枚玉タクマー) の収集品記録簿

 

その後の歴史なども若干……

 

 

2022/8/13 改訂

 

… まえがき …

 

 我が国一眼レフカメラ先駆者中の雄として知られる旭光学工業が製造販売した35mm判一眼レフカメラ用交換レンズのうち、「1:1.4」の絞り開放明るさと、公称50mmの焦点距離を有する高速標準レンズとして最初に登場したのが「Super-Takumar 1:1.4/50」です。それがいつから発売されたのかは些か謎があり、社勢の衰えた旭光学工業、後のPENTAXから変遷を経てカメラ製造部門を継承している「RICOH」によれば、TTL測光機能を旭光学工業が最初に搭載した「PETNAX SP」の発売時にそれの「セットレンズ」として誕生した、つまり1964年7月のことだとしているようなのですが、それだと採用している鏡胴意匠に矛盾が生じるのです。亭主は多くの実物の分解整備を通じて知り得たその鏡胴意匠及び構造の変遷時期に着目して、誕生時期は「1962年」であると強く確信しています。その根拠の子細については以下で述べて行くことにします。

 この「Super-Takumar 1:1.4/50」は発売当初、レンズ構成が変形ダブルガウス型「6群8枚構成」というもので、これはその後「6群7枚構成」に変更されて、その優れたレンズ構成は少しずつ手直しを受けつつもその後のMF時代を通じて生き抜き、次のAF時代にまで継続されました。

 ここで取り上げる「Super-Takumar 1:1.4/50」は、同じ一つの機器名称で「8枚玉」と「7枚玉」があり、それらを大きく分けて7つの「期型」、確認できている細分類を含めると12もの変異種が存在しているのです。これは1962年から1971年までの10年の間のことなのですから、驚くほかはありません。

 

 ところで、ダブルガウス型というのは、色消しレンズとして知られていたガウス型レンズ構成を絞りの前後に対称形に配置したもので、そのかたちが変形しているので変形ダブルガウス型と称するのです。

 ちなみに、絞りの前後にレンズ群を対称的に配置すると、ザイテル5収差のうちの像面湾曲や歪曲を補正するのに有効で、さらに、絞り開放明るさを得るための大口径化が容易ということから、ハイエンドの標準レンズに多用されました。旭光学工業としても1958年に「Takumar 1:1.8 f=55mm」と「Auto-Takumar 1:1.8 f=55mm」という変形ダブルガウス型5群6枚構成の一眼レフ用標準レンズを上梓しています。その当時の一般的なダブルガウス型は4群6枚構成でしたが、旭光学工業はその2群目の貼り合わせを剥がして凸メニスカスと凹メニスカスとに独立させて5群6枚とし、これは一眼レフ用として最初だと思われます。

 「Super-Takumar 1:1.4/50」が先行していた標準レンズ「Auto-Takumar 1:1.8/55」の5群6枚構成の後方に凸レンズを1枚追加したのは、大口径化によるザイテル5収差のうちのコマ収差の増加を押さえるためだったと考えられ、この手法は日本光学など他のメーカーにおいても採用されています。レンズ枚数を多くするとその表面の乱反射によりコントラストの低いものになりがちで、そのため昔は、ダブルガウス型はハイエンドの交換レンズには敬遠されていたのですが、レンズコーティングの技術が高まったためにその欠点が縮小されて、多枚数の利点を生かせるようになったのです。

 

 一世を風靡した距離計連動レンズ交換式カメラの雄である「ライカ」が世に広めた標準レンズの焦点距離定番の50mmを当初の一眼レフ用標準レンズに採用していなかった理由として、ミラーがあることにより必然的にバックフォーカスが長くなること以外に、そのファインダーの特性として明るいか、あるいは焦点距離が長い方がピント合わせに有利ということから55mmとしていたのを、より明るいレンズになったことでより浅くなる被写界深度を補うため、より焦点距離の短い50mmを採用したと旭光学工業は説明していました。しかし、バックフォーカスを少しでも稼ぐために後玉が鏡胴外部に飛び出しているので、着脱時には注意が必要とも述べています。

 ところで、6群で8枚構成というのは、上に掲げたレンズ構成図のように絞りの後ろの4群目が「凹・凸・メニスカス凹」の3枚のレンズを貼り合わせにしているからで、この3枚の貼り合わせというのは当時かなり珍しいものです。しかし、この機種の誕生時点で旭光学工業としては既に幾つかの3枚貼り合わせの機種を世に出していて、それがまったく新しい技術だったということではありません。

 なお、この貼り合わせにはバルサム松という植物性の樹脂が使われていると考えられます。これは後の時代に用いられるようになった化学性の接着剤より経年による問題が極めて少ないという結果となっています。亭主は夏の屋外にわざと長期間放置したものの場合以外に見たことがありません。

 

 この8枚構成の機種は製造販売数がその後の7枚構成のものより圧倒的に少ないため、また、後継の7枚構成のものには放射線を出 して崩壊する酸化トリウムを配合した光学ガラスが一部レンズ玉に使われているために経年劣化による酷い「黄変」の弊害があるのですが、それが無いという利点を良しとするためなどにより、今日では結構な人気になって中古市価が高騰して、新品で発売されていた当時の価格である21,000円を超えるものもあります。しかし、製造が少なかったといっても数万個程度は世に出ているはずですから、中古市場での出現率は左程少なくありません。

 亭主はまだあまり人気になっていない時期から来歴と構造に興味を持ち、収集とそれらの分解整備に勤しんで来たので、入手したほとんどの品がかなり安価であり、そのため「6群8枚構成」のものだけで60個を超える個体を入手出来ました。そこで、それらを自ら分解整備する中で得られた結果などに基づいて、発売開始から時代が進むにつれて少しずつ変更されて行った部分に注目して独自に「期型」 として分類し、その分類の根拠となる特徴を概説しながら、ここにそれぞれの固有な特徴を表す画像や情報を中心として全数を陳列することにしました。

 

… 前説 (8枚玉タクマーの構造等について) …

 

 この「Super-Takumar 1:1.4/50」が始まったときは、それまでの標準レンズ「Auto-Takumar 1:1.8/55」とは、鏡胴の意匠こそは概ね同じ雰囲気のものですが、その構造は大きく変更しています。そしてそれは、その後他の多くの機種にも用いられた画期的な構造です。

 まず小変更した意匠についてですが、「絞り環」について、それまでは刻みの細かいギヤ状のローレットだったものを、「ピント環」と同様な形状、つまり 平らな山とぎざぎざの谷のある間欠的な刻みのものへと変えています。

 次に構造の変更ですが、「鏡胴先端部(フィルター等取付部)」の取付方法をそれまでの標準レンズ「Auto-Takumar 1:1.8/55」が用いていた「ヘリコイド内筒」への直接捻じ込み方式から、3本の小ビスでの固定方法へと変えています。この変更は少し後に「Super-Takumar 1:1.8/55」 の方にも採用され、このことにより、フィルター等を外すときに共回りして緩んだり外れたりすることがなくなりました。ただし、最初に必ず「飾銘板」を外さないと鏡胴の分解に着手出来なくなりましたので、そのための手掛かりが無い「飾銘板」の着脱が素人整備にとってはちょっとしたハードルとなってしまいました。更に、「鏡胴先端部」の雌ネジ部分を変形させると、それに捻じ込まれている「飾銘板」が取り外せませんから、その先の分解作業そのものが不可能となってしまいます。この「鏡胴先端部」の変形は落下事故などで発生し易いので、結構頻発している感じです。

 「レンズ群」と「絞り装置」とを組み込んだ「内部鏡胴」を「ヘリコイド内筒」に取り付ける方法は、そのリムの部分を3本の小ビスの「鍋頭」で押え付ける方法へと変えています。このことにより、絞り開度の微調節は「内部鏡胴」を回して絞り羽根を動かし、最適開度位置の時に小ビスを捻じ込むことで容易に行えるようになりました。

 「ピント環」を「ヘリコイド中筒」に取り付ける方法は、それまでの小ビス3本による直接固定ではなく、ここも3本の小ビスの「鍋頭」で押え付ける方法へと変えています。このことにより、 ヘリコイド中筒を回して適正位置で締め付けることにより、無限遠の微調節が容易にかつ精密に行えるようになりました。

 最後に、「絞り環」の回転方向について、1961年に完全自動絞りが実現したときの機種では開放から「左」回転だったものを、「右」回転へと変更しています。これは 「マウント台座」内部の「自動絞りリンク」をすべて逆に配置し直すという大変更が必要で したが、この変更を行わなければならなかった理由は理解の外です。絞り開放は絶対に右側にすべき、という強固な哲学のようなものが当時の関係者にあったのだとしか考えられませんが……

 結局、これらの大改変により、鏡胴の分解組立整備が亭主のようなド素人でも極めて容易に行えるようになりました。唯一のハードルは「飾銘板」の取り外しですが、後年の機種と異なって、あまり固く締まっていないことがほとんどですから、工夫と根気で乗り越えられることでしょう。「飾銘板」に対する 安易な「カニ目」穴明けなどの短気は外道の技…

 

※外部鏡胴の分解画像

 上画像の下の段左から、「絞りリンク」を組み込んだ「マウント台座」、「ヘリコイド装置」、「被写界深度環 」、「絞り環」、上の段左から、「飾銘板」、「鏡胴先端部」、「ピント環」です。外には下記「内部鏡胴」と小ビスが12本、芋ビスが3本で組立完了です。上画像では「ヘリコイド装置」だけが後側が上を向き、他は前側が上を向いています。

 なお、この状態にしたら「マウント台座」と「ヘリコイド装置」以外の外装部品は総てぬるま湯中にての洗剤洗浄をお薦めします。歯ブラシを使って洗うと、黄ばんでいた表示文字も綺麗になり、ローレットの溝汚れも取れます。絶対に行うべし…

 参考までに、レンズシリアル番号からも分かるように、上下画像は「U期型 B」の分解状態です。

 

※内部鏡胴の分解画像

 上画像の右から、1〜3群目の「レンズホルダー」、「絞り装置」、4群目「レンズホルダー」、5〜6群目の「レンズホルダー」です。6群目レンズは「レンズホルダー」にカシメて取り付けてありますから外せません。他のレンズは「ソケット」か「切り欠きリングナット」で押さえていて、すべて外せます。上画像では1〜3群目の「レンズホルダー」だけが前側が上を向き、他は後側が上を向いています。

 なお、絞り装置側面にある工具保持のための切り欠きですが、この部分の仕上げに差異があります。上画像では着色アルマイト加工後に切削していますが、切削後に着色アルマイト加工を行っているものもあります。その違いを捉えて細分類も考えられますが、これまでの分解時に記録し漏れているので、全容は未確認です。再度分解し直 して検証すべきかという課題となっています。

※ 内部鏡胴の組立姿

 絞り装置から後方に突き出ている「絞り駆動連結ピン」の組付けは相当に脆弱な方法によっていますから、それが外れたり、曲がったりするとまず直せません。慎重な扱いが必要です。それから、「絞り装置」内部への注油は絶対に厳禁です。油分が入り込んでいるなどで洗浄が必要な場合は、乾燥後に「個体潤滑剤」を極少量用いるにとどめましょう。

 

 それでは分解整備について、その方法の概略と注意点について述べることにします。

 鏡胴の分解は、まず最初に「飾銘板」を左回しに外すことから始めます。しかし、「飾銘板」には回すための手掛かりがありませんから、表面の柔らかい、滑り抵抗の高いもので道具を作り、それを押し付けて回す以外に良い方法はありません。工夫の甲斐のある所です。亭主は佃煮の広口瓶の口部分に薄いゴム板を貼付け、その上に薄い粘着性の高い両面接着テープを貼っています。これが今のところ一番強力な最終兵器です。

 非常に多い事例として、落下などで「鏡胴先端部(フィルター等取付部)」を変形させることがあります。そうなっている場合は分解前に変形を修正する必要がありますが、これが非常に困難です。また、雌ネジ溝が少しでも変形していると「飾銘板」を外すことはまず不可能です。従って、「鏡胴先端部(フィルター等取付部)」に変形のある個体は、中古市場では無価値に近いと思った方が正解です。

 そのようなものの唯一の利用価値としては、他の健全な部品を可能な限り有効活用する道でしょう。歪みの部分を削り取るなどして何とか「飾銘板」が外せれば、部品取りが可能になります。このようにして得られた部品は、「期型」の異なる個体に組付けるのだけはしてはなりません。それは「合成品」と言うべきでしょう。

 

 二番目に外すのは「鏡胴先端部(フィルター等取付部)」です。これは3本の小ビスで「ヘリコイド内筒」先端に固定されています。

 なお、この時代の鏡胴に使われている「小ビス」などには精密マイナスドライバーを使います。まだプラスネジ(フィリップスネジ)は使われていませんでした。これが組立時には素人にとって難物と化します。ここで使うのは1.8mmの精密マイナスドライバーが適当でしょう。

 市中に出回る中古個体の中には、この「鏡胴先端部」の取付小ビスが緩んでいるものが結構沢山あります。また、過去に整備業者が整備したと思われる個体には 、この小ビスに緩み止めを塗布していることがあります。その場合、事前に無水エタノールを塗布して緩み止めを溶かしておく必要があります。

 

 三番目に外すのは「レンズ群」を取り付けてある「レンズホルダー」と「絞り装置」からなる「内部鏡胴」です。これはその 外周のリブを3本の小ビスの「鍋頭」で「ヘリコイド内筒」先端に押え付けています。ヘリコイドを繰り出した状態で作業すると、分解も組立も小ビスの扱いが楽です。

 整備後の組立時には最少絞り開度を正確に設定しなくてはいけません。「絞り装置」が組み込まれている「内部鏡胴」は押え付けられているだけですから、小ビスで絞め付ける前にそれを回せば「絞りリンク」に篏合されている「絞り装置」後方に出ている「連結ピン」が動き、それによって「絞り羽根」が開閉しますから、最適開度の時に「内部鏡胴」を押え付けることで行えます。ここで使うのは1.8mmの精密マイナスドライバーが適当でしょう。

 なお、組立時に「内部鏡胴」を「ヘリコイド内筒」に挿入する時には、「絞り装置」の「連結ピン」が「絞りリンク」に篏合出来る位置で慎重に挿入しましょう。この時に無頓着に作業すると「連結ピン」を曲げたり折ったりする危険があります。

 「内部鏡胴」の分解は、レンズ群にカビなど明らかな汚れがある時以外は行わない方が良いでしょう。「絞り装置」の前後に「レンズホルダー」を右回しに捻じ込んである構造ですが、レンズ玉は「切り欠きリングナット」または「ソケット」でレンズホルダーの中に固定してあります。ただし、6群目はレンズホルダーにカシメてあるので外せません。

 なお、レンズ群内部のカビや汚れは構造上絞り羽根の前後の面にあることが多く、それらの場合だけなら、絞り装置前後のレンズホルダーを抜き取ることで掃除が可能になります。 わざわざレンズ玉自体を取り出す必要が無いのです。

 8枚玉の場合、6群目レンズの縁がレンズホルダーより外にはみ出しているので、当たったりしてそこが欠ける事故が起きやすくなっています。レンズ交換時には最短撮影距離に操出ておく 習慣を付けるとその事故は防げます。

 「絞り装置」内部に汚れがある場合は、そのままベンジンの中で振り洗いが適当です。知識が無い場合に羽根を分解すると組立が厄介です。構造を悉皆理解したい人以外は無駄な努力でしょう。洗浄後は羽根を開閉させながらドライヤーなどの冷風で乾燥します。

 「絞り装置」の整備後には絶対に給油をしてはいけません。ちなみに、絞り羽根に油が付いているのは、ほとんどの場合、無知な整備者によって給油されたことを意味しています。羽根に錆が生じているのは水没事故 か、著しい結露環境に置かれていた疑いがあります。

 

 四番目に外すのは「ピント環」です。これも3本の小ビスの「鍋頭」でヘリコイド中筒に押え付けています。この小ビスは非常に狭く奥まった場所にあるので、組立時に取り付けるのに苦労するはずです。故に、小ビスを精密マイナスドライバーに保持するための適切な保持具を工夫すると嘘のように楽になります。ここで使うのは1.8mmの精密マイナスドライバーが適当でしょう。

 ところで、この小ビスの「鍋頭」ですが、時代が下ると外径を若干大きくしています。亭主考案の「保持具」の内径にとって、大きくなった後期ものはより安定的に保持出来ます。亭主が使っている「保持具」は内径2.5mmの電気配線絶縁用熱収縮塩ビチューブです。それを2p程度に切って使うと絶妙です。

 組立時には「内部鏡胴」取付後の「無限遠」の正確な設定が必要です。それにはカメラ本体に取り付けて、ヘリコイド中筒を回してファインダー内の遠景にピントを合わせることで行うのが素人整備では手軽ですが、近年のAFカメラの素通し的かつ低倍率なファインダーで見てそれをするのは中々厄介です。亭主の推奨としては、高倍率な「スプリットイメージ」のファインダーである「PENTAX ME super」などに2倍の「マグニファイヤー」を併用するのが好適です。

 なお、好みにもよりますが、ヘリコイドを一番戻した時にきっちりと無限遠になるようにせずに、ごく微量のオーバーインフとなるようにすると、気温変化など気象状況等でのピント誤差を修正する余地が生まれます。その必要性は薄く、あくまで好みの問題ですが…

 ところで、「W期型 C」の場合は「距離目盛り」を「ピント環」に直接印字するのではなく、一旦アルミの薄帯板に印字したものを接着剤で貼り付けている構造です。この貼付けの接着剤が経年劣化により接着力を失って剥がれている事例が多くあります。今は何でもないものでも早晩剥がれて来ますから、整備分解時には貼り直す方が良いでしょう。このアルミ薄帯板の片端が剥がれると、ピント環を回すとガサガサと音を立てます。完全に剥がれている場合は回ってしまって正しい距離を示しません。貼り直しは容易なので、必ず行いましょう。 亭主は「セメダイン・スーパーX」を使っています。剥がして残っている接着剤滓を無水エタノールで除去してから貼り直します。

 

 五番目に外すのは「被写界深度環」です。これは円周側面の3本の芋ビスの先端錐部を「マウント台座」に喰い込ませることで固定しています。注意すべき点として、芋ビスのネジ穴部が後縁に近いので、組立時に強く捻じ込むと亀裂が入るおそれがあります。特に「V期型 A」以降はより後縁に近いので慎重に……ここで使うのは1.2mmの精密マイナスドライバーが適当でしょう。

 

 六番目に外すのは「絞り環」です。これは「マウント台座」の「絞りリンク」に結合する位置に挿入されているだけですが、零指標位置が指す部分の裏側にクリック用1mm径の金属球が入っていますから、その紛失に気を付けましょう。それは径1mmですから、市中での入手は比較的容易なのが救いです。

 クリック用金属球を飛ばさずに「絞り環」を外すコツですが、絞り羽根を開放位置にし、「1.4」の表記の上に左親指を添えて抜き取ることです。これなら金属球を飛ばさずに抜き取れる可能性が高まります。嵌める時も絞 り羽根を開放状態にしておいて同じ位置に「1.4」を持って来るとすんなりと収まります。

 

 七番目に外すのは「ヘリコイド装置」です。これは最も基本部品である「マウント台座」に3本の皿ビスで固定されています。 ピント環を回すとガタがある個体の場合は、これが緩んでいることがほとんどです。それとは反対に固く締まっている場合がありますから、皿ビスのマイナス溝を傷めないようにしましょう。ここに傷があるのは 安易な分解を受けた証拠です。ここで使うのは1.8mmの精密マイナスドライバーが適当でしょう。 しかし、固く締まっている場合は、取っ手の太いドライバーを用いるか、精密ドライバーの取っ手を太くする改造が望まれます。

 「ヘリコイド装置」の分解ですが、これは組立時の難度が極めて高いので、グリースの交換なら分解せずに洗浄と給脂を行う方が良いでしょう。分解する場合は、背面の2か所の「摺動回り止め」を外してからヘリコイドネジを回して、内筒、中筒、外筒に分離します。

 中筒と外筒とを結合する細密ピッチ(0.5mm)のヘリコイドネジ溝には粘度の極めて低いグリースか、少し粘度のあるギヤオイルぐらいが適当です。ここに通常のヘリコイドグリースを使うと、固くてピント環が回しにくくなります。

 内筒と中筒とを結合するピッチ14mmのネジ溝は12組または6組あります。この内のどれとどれとを組み合わせるのかと「摺動回り止め」との位置関係が極めて重要で、それを誤ると無限遠や最短撮影距離が出せなくなります。この組み合わせの正解を得るのが厄介なのです。

 なお、「摺動回り止め」を固定している小ビスの緩みもヘリコイドのガタの原因となります。この2本ずつの小ビスは、頭の形状が二種類ありますから、その使う位置に注意が必要です。

 

 八番目として「マウント台座」の分解ですが、これはまず必要がありません。逆に言うと、それが必要な個体は相当にポンコツです。単に埃や古い油で汚れている場合はベンジン槽中で振り洗いし、乾燥後、絞りリンク部の軸受部等可動部に上質な機械油を少量注入します。

 なお、よくある絞り羽根の動きが悪い故障は、この絞りリンク部の潤滑が不足していることがほとんどなので、これなら可動部への入念適量な注油によって治ります。次に多いのが鏡胴後端に突き出している「絞込ピン」の歪みでしょう。この障害は案外多いものです。当然「絞込ピン」の修正で治ります。

 

 話は少し脱線しますが、旭光学工業の一眼レフ用交換レンズの名称として、西欧諸国の例に倣って最初はカメラ本体名称と異なる「Takumar」を用いていて、その時代には「普通絞り」か「プリセット絞り」でした。これが「半自動絞り機構」を搭載したものからは「Auto-Takumar」を用いました。次にそれが「完全自動絞り機構」となってもそのまま「Auto-Takumar」は使い続けられましたが、それでは営業政策上不都合と判断したのか、途中で中身はまったく変えずに名称だけ「Super-Takumar」に変えています。亭主はその名称を使うことに決めた要因として、よりハイエンド標準レンズである「Super-Takumar 1:1.4/50 」の開発があったのではないかと推測しています。

 1962年シャッタータイマーの付いた「PENTAX SV」が発売され、そのセットレンズとして新規名称になったのは「Super-Takumar 1:1.8/55」ですが、その同時期に先行機種「PENTAX S3」のセットレンズの方はまったく同じ内容のもので名称だけが従前どおりの「Auto-Takumar 1:1.8/55」でした。このことから、新規開発のハイエンド標準レンズのためにこそ「Super-Takumar」という名称は考えだされたのではないかと推測しているのです。1962年に……
 

 

※ 参考資料

  アサヒカメラ1964年10月号ニューフェイス診断室  :文章、特に句読点の使い方が亭主の好みとは少し違いますが、原文のまま抜粋していますので、あしからず。

 SPに付いた新しい標準レンズはスーパー・タクマー50ミリF1.4で、6群8枚構成のたいへんこった変形ガウス型。画角は公称47度。焦点距離の実測値は50.2ミリで公称値に対して忠実である。明るさの実測値はF1.44で、問題はない。球面収差はレンズの周辺部で相当大きく補正過剰になっている。そのため開放ではハロがいくらか出るが、F2以下に絞れば画面中心部の鮮鋭度はぐっとよくなる。また同じ理由で、絞りによる焦点移動はほとんど認められなかった。

 放射、同心の両像面の交点は半画角14度のあたりで、かなり中心部に近く、その外方では両者が大きく離れているため、半画角20度以上では像はよくない。そのかわり画面中心から中心部にかけては非点隔差が非常に小さく、たいへんシャープである。つまりよいレンズだが、35ミリ判全画面をカバーするには包括力が不足といったところだ。

 わい曲は画面周辺でマイナス2.2%のタル型で、ふつうに許される限界値。また開口効率は画面対角線90%のところで31%、F1.4レンズとしてはまあまあといえよう。

 解像力は表のとおりで、収差曲線から予想されるように、画面の主要部分では高いが、周辺部では低い。実写の結果でもたいへんよい画質を示したが、周辺部近くでは不満足な描写を示した。

  スーパータクマー50ミリF1.4(1063326)の解像力

 Rrは画面の中心から放射方向に並んだ平行線について観測した解像力。

 RtはRrと垂直な方向、つまり同心円の方向に並んだ平行線について観測した解像力で、いずれも1ミリについての本数を示す。

絞りF1.4

(開放)

画面中心からの距離(ミリ)

平均

0

3.9

7.8

11.7

15.6

19.5

画面中心が最良となるようなピント面で

Rr

160

160

148

103

106

105

108

Rt

160

139

75

50

36

画面全体が平均的に最良となるようなピント面で

Rr

160

160

148

122

118

93

115

Rt

158

139

98

56

43

  開放の場合の「画面全体が平均的に最良となるようなピント面」は「画面中心が最良となるようなピント面」より0.03ミリだけレンズに近い位置にある。

絞りF5.6

画面中心からの距離(ミリ)

平均

0

3.9

7.8

11.7

15.6

19.5

画面中心が最良となるようなピント面で

Rr

224

207

144

87

84

155

112

Rt

202

139

67

31

21

画面全体が平均的に最良となるようなピント面で

Rr

140

173

200

196

184

128

154

Rt

170

198

160

60

25

  絞りF5.6の場合の「画面全体が平均的に最良となるようなピント面」は「画面中心が最良となるようなピント面」より0.08ミリだけレンズに近い位置にある。

 また絞りF5.6の場合の「画面中心が最良となるようなピント面」は開放の場合のそれと一致している。

 

… 前説 その二 Super-Takumar 1:1.4/50誕生時期の考証 …

 

 「Super-Takumar 1:1.4/50」がいつ誕生したのかという「謎」を解く鍵は、当時の資料が見出せていない以上、それに採用されている鏡胴意匠や構造などを他の機種やそれらに使われているレンズシリアル番号 とを比較することだ……と亭主は考えています。そこで真っ先に比較する対象となるのが、もう一つの標準レンズ、先輩でもある「Super-Takumar 1:1.8/55」です。

 「Super-Takumar 1:1.8/55」というのは1962年に「PENTAX SV」が誕生した時に、その「セットレンズ」として誕生しました。しかし、誕生と言っても、それまであった「Auto-Takumar 1:1.8/55」の名称だけを付け替えた存在です。中身は全く同じものでした。その「Auto-Takumar 1:1.8/55」というのは、最初に「完全自動絞り」となった機種で、「PENTAX S3」のセットレンズとして1961年に誕生していますが、これは絞り環の回転方向がなぜか左側が開放絞りでした。

 1962年から1963年にかけて、望遠や中望遠、広角など「全自動絞り」の機種が数多く誕生しています。これらの絞り環の回転方向はすべて 「Super-Takumar 1:1.4/50」と同じ右側が開放絞りで、機器名称は「Super-Takumar」です。このことからも「Super-Takumar 1:1.4/50」がその頃までに誕生していたと推定できるのです。亭主の推測としては、「Super-Takumar 1:1.8/55」というのは、機器名称としては先輩ではなく、同輩か、もしかすると後輩なのかもしれません。

 とにかく、「PENTAX SV」のセットレンズとなった「Super-Takumar 1:1.8/55」ですが、その時の鏡胴意匠と同じものを「Super-Takumar 1:1.4/50」の「T期型」は採用しています。そして「Super-Takumar 1:1.8/55」の方は、その後暫くして絞り環の回転方向を右側が開放絞りへと変更しています。つまり、他の「Super-Takumar」たちと同じ回転方向へと、絞りリンクの配置をそれまでとは全く逆に作り変えているのです。そしてその変更より前の時期に、「零指標」の形状も「赤丸に赤線」から「赤菱形」へと変更しているのです。この変更の時期は「PENTAX SP」の誕生の時期より前、恐らく1963年のことです。「Super-Takumar 1:1.4/50」の方も「T期型」の零指標は「赤丸に赤線」です。それが「U期型」では「赤菱形」に意匠変更されています。このことから「T期型」は、特に「T期型 A」は確実に1963年より前に誕生していたと推定できるのです。

 通説あるいは現ブランド所有者である「RICOH」の公式見解として流布されている「PENTAX SP」のセットレンズとして1964年に「Super-Takumar 1:1.4/50」は誕生したというのは、その誕生時に使われているレンズシリアル番号を同時期の他機種のそれと比べれば、とても考え難いことなのです。
 

 

… 本題 (8枚玉タクマー) …

 

 以下に、亭主が独断専横的に行っている「期型」の分類とその根拠などの概説、および収集品の画像展示を行います。分類にあたっては、実際に8枚玉タクマーの分解整備を 60個以上行う上での観察結果や、オークションほかネット上に溢れている画像の中で、違いを視認可能な1,100件以上を拠り所としています。

 なお、以下に展示する各個体の画像については、「期型」を判別することが可能なアングルを心掛けています。なので、このアングルの画像があれば、「期型」についての判別が可能です。さらに、各「期型」の中でも画像から判別できない内部的変異について、「A」「B」のように細分類しています。これの確認については鏡胴分解または実機の操作が必要です。

 

 レンズシリアル番号の出現状況の蓄積により色々な事実が少しずつ分かるようになってきました。亭主は「8枚玉タクマー」を以下のように四つの「期型」に分類していますが、これが正しいのか、心中いささか揺れ動いています。それは「T期型 B」や「U期型」よりも前に製造されている「V期型 A」の存在があるからです。このことが示すのは、「T期型 B」と「U期型」は「V期型 A」以降のものとは似ているものの用途の異なる別機種であり、その共通部分の多い二つの機種は同時に並行して製造されていたという強い疑いがあるからです。

 「T期型 A」が最も早くに製造されていたことは、使われているレンズシリアル番号から明白です。それの後継機種として小変更された「T期型 B」と「U期型」があり、「V期型 A」はそれとは別の機種として誕生していたという強い疑いです。このことから、連続する時系列的に分類するのが正しいのか、悩むところです。このことを踏まえて、今はとりあえず連続性と違いとに着目しての期型分類を続けて行くことにします。
 

 

<T期型 A>

 「Super-Takumar 1:1.4/50」の始祖であるこの型が外部から、すなわち画像からでも判別できる特徴としては、「被写界深度環」について赤外指標に「R」の赤文字があり、零指標が「赤丸に赤線」であることです。さらに「絞り環」の幅が「5.5mm」であり、そのすべての半段位置にクリックがあることです。「T期型 A」であるためには、これらをすべて満たすことが必要となります。しかし、全ての半段位置にクリックがあることについては、画像で判断できる場合は少なく、下画像のような場合に限られます。

 ところで、この機種に最初に使用された「レンズシリアル番号帯」は「765***」であると、亭主永年の発掘結果から確信しています。これより前のものは発見していません。

 なお、諸般の証拠から、亭主はこれが誕生したのは1962年つまり昭和37年であると確信しています。国内二番目で、旭光学工業として最初のTTL測光機「PENTAX SP」のセットレンズとされた1964年昭和39年7月を誕生の時とする説が流布されていますが、それより前の時期、1962年発売「PENTAX SV」の当初セットレンズである「Super-Takumar 1:1.8/55」の「T期型 A」と「T期型 B」にのみ用いられていた鏡胴意匠である零指標が「赤丸に赤線」を有する個体が数多く存在するので、そのことが亭主の主張する説の正しさを確信 させる根拠の一つです。

 

 オークションほかネット上に出現する画像などを含めて亭主の発掘した膨大な「レンズシリアル番号帯」の収集記録(1,100件以上)における出現傾向から推定すると、この「T期型 A」の製造数は最大で500個程度だと思います。そのうち製造の初期のものは旭光学工業が発売前の製品テストなどに使い、これから得られる画像評価のためにプロ写真家などに貸与したというように、会社が内部的に、あるいは非売品として使用した可能性が高く、それらは現存していないかもしれませんし、あったとしても、それらが中古市場に出て来る可能性は極く低いと考えられます。

 そもそも、この時期の製造個体は当時のカメラのセットレンズより上級の標準レンズとして「単体販売」されていたものだというのが亭主の推測です。製造数が少ないのは、セットレンズとしてすでに手元にあるものより半段程度明るいだけの標準レンズを、ステイタスのために別に購入するユーザーなどほとんどいなかったことが考えられます。当時の一般人の月収のほとんどを占める販売価格  (\21,000) ですから当然のことでしょう。そんな金があったら、望遠レンズとか広角レンズなど他の焦点距離の交換レンズなどを入手する方を選んだことでしょう。

 

765144

 2015年6月に入手したこれは、亭主が現在までにネット上等で確認できている最も古いレンズシリアル番号の個体です。「765000」から製造が開始されたと仮定すると、145番目に製造されたものということになりそうです。

 ちなみに、亭主が確認済みの中で二番目に古いものとしては、2015年1月に銀座の高名中古カメラ店に登場した「765165」で、それは黒の「PENTAX SV」に付いていました。

 「7650**」番台のものがこれまで発見されないのは、それら100個ほどが、上記したように販売対象としては市中に出ていないのかもしれません。あるいは「7651**」からしか作られなかったのかも…

 この期型には、上右画像から分かるように、絞り環の「1.4」と「2」の間の半段にクリックがあります。さらに「11」と「16」の間の半段にもあります。

 なお、現在発掘されるこの「T期型 A」や「T期型 B」および「U期型」の個体は、鏡胴や光学系の程度が良好なものが多いと感じています。特別な品としてユーザーに大切に扱われたことを示唆しています。極稀に、どうしたらそんなにみすぼらしくなるのかと思わせる個体も目にしますが、写真を写すための道具としか思わない無頓着な手によって相当に頻繁に使い込まれたのでしょう。それはそれで優秀な機械としての因果かも……

765184

 これは2022年3月に入手時の諸般の証拠から、大阪市中央区船場のササヤカメラ店が販売したと思われる個体です。同店のレンズクロス3枚が同梱されていましたから……

 カメラシリアル番号「1004367」のPENTAX SPに付いていましたので、同店でカメラ本体だけを取り寄せて、長期在庫品のこれを組み合わせて販売した可能性が大です。それにしても、製造開始から遅くとも185番目に製造したと考えられる個体ですから、それを旭光学工業から配分 出荷されたカメラ店は、その地域の有力店であることがうかがえます。

 なお、カメラ本体の製造は4,367番目と思われますから、やはりレンズ製造が185番目であるのとは整合性が無く、これらが同時期の製造であるはずがありません。この事からも、この「T期型 A」の製造が「PENTAX SP」製造開始の相当前に行われたことを示唆しています。

 専用円筒形黒色革ハードケース入りの旧型「Super-Takumar 1:3.5/28」や市販レンズメーカー「SUN」のプリセット絞り望遠ズームレンズ、何枚かの白黒用フィルター、ナショナルストロボその他諸 カメラシステムと一緒にこの個体などが入っていた大きな段ボール箱の姿から推察するに、1964年にこれを入手したときには、所有者はとても大切な愛玩品としていたのだと感じさせるものです。その茶色く変色劣化した段ボール箱の外側には、旭光学工業が当時用いていた「目玉マーク」や「PENTAX SP」のロゴがマジックで大きく稚拙に手書きされ、それとカメラ本体とこの個体のシリアル番号も書かれていて、それをおこなった人、恐らく故人、の心情が窺い知れるものです。オンアボキャベイロシャノウマカポタラマニハンドマジンバラハラバリタヤウン……

 この個体の画像はまだ未分解、未整備の状態のものです。ほとんど使われなかったように見えます。元々の所有者は、すぐに広角レンズや望遠ズームレンズの方に興味が移ったようです。

765481

 「T期型 A」の最終レンズシリアル番号帯は「7654**」だと推定しています。なので、これは「T期型 A」の終わりに近い個体です。

 

 

<T期型 B>

 この型が前型の「T期型 A」と外部から判別できる変異点は、絞り環の半段位置クリックについて、「1.4」と「2」及び「11」と「16」の間の半段にはクリックが省略されていることだけで、他は同じです。この違いは、通常画像からは判別困難で、実際に操作することで判別を確定するしかありません。

 この絞り環のクリック両端の半段位置省略は旭光学工業の製品哲学に基づいているのだろうと推測しています。「K-1」などに取り付けてシャッター速度の変化を見てみると、半段ごとの精度は高くないということが分かります。そしてこの省略は同社他機種についても行われており、その変更時期も1964年よりも確実に前の時点であり、この交換レンズの誕生が1964年ではなく1962年である説を補強するものです。

 この期型の始まったレンズシリアル番号帯は「7655**」であると推定しています。その製造販売数の推定としては、最初の「765***」が500個、次に大きく飛んで現れる「968***」が200個、「977***」が300個、「978***」が300個、その他が100個以下、合計で1,400個以下程度だったと推定しています。

 このことから、「被写界深度環」の零指標が「赤丸に赤線」であることが要件の「T期型」というは、最大でも2,000個以下であろうと推定しているのです。

 なお、「765***」帯の次にあらわれるのが「V期型 A」を製造開始した後の「968***」帯となり、その間の「8*****」番台がすっぽりと抜けています。それは他の機種に割り当てた番号帯ですが、それにしても開き過ぎな感じです。それはセットレンズとされていない時代で、単体での販売があまり進まなかったことを示唆するものでしょう。

 

 「T期型」であると分類する要素となっている「赤丸に赤線」の「被写界深度環」ですが、これはその部品について当初2,000個をあらかじめ製造したのではないかと推測しています。単体販売が進まないことで「Super-Takumar 1:1.4/50」の製造が滞っていたので、それを使い切る前に零指標は「赤菱形」へと全機種統一的に意匠変更が行われてしまい、その時にそちらを次の製造ロットとして部品製造したのでしょう。製造組立現場に「赤菱形」が納入されると、まだ「赤丸に赤線」は1,000個ほども残っているのに、同時期に製造を始めた「V期型 A」と同じ「赤菱形」の方を使い始めてしまったという姿が見えています。両型同じ製造組立現場なのでしょうから当然の反応です。しかし、「赤丸に赤線」がまだたくさん在庫しているのに気付いた者がいて、それを放置するわけにはいきませんから、順次混ぜて製造したという姿が、現在出現する中古個体「レンズシリアル番号」の不可解な出現傾向からは目に浮かびます。結構杜撰……でも極ありがち……

 このことから、亭主の気持ち的には、「765***」帯の1,000個だけが真の「T期型」としたいと思っています。他は「U期型」と同じもの……極めて独断私情的で、あくまで気持ち的にですが……

 

 これまでに蓄積されたレンズシリアル番号に基づく「V期型 A」の初期個体出現状況から見えてきたのが、「V期型 A」の製造開始時より「U期型」の製造の方が確実に遅く、「T期型 B」ですらも遅く製造されたものがあるという姿です。確実に「V期型 A」より早く製造されたと言えるのは、「T期型 A」及び「T期型 B」の中の「765***」台の、合わせて1,000個だけであるということです。この1,000個という数が1962年から1964年の足掛け3年の間に製造されたものと考えられます。そしてこれらの内のかなり多くの部分が全国のカメラ店において長期在庫となっていて、それらが「PENTAX SP」の発売時にセットレンズと同様に組み合わされて販売されたと考えられるのです。なお、この方法を旭光学工業が推奨または許容していたのかは不明ですが……

 

765726

 この「期型」で「7655**」台の個体が見つかれば「T期型 B」の始まりが推定通りであると確定するのですが…

765957

 これはカメラシリアル番号「1000773」というごく初期の「PENTAX SP」に付いていました。ピント環等に少し手擦れがあります。

 なお、この個体のようにピント環などによくある手擦れですが、これが本当に手擦れであることは少なく、実際は、当時のカメラには必ずのように付けていた「速写ケース」の上蓋の開け閉めによる擦れです。そのため、特定の位置に擦れがより多くなっています。

 この「7659**」帯までの約1,000個が1964年までの足掛け3年間に製造された数だと推定しています。

766126

 このレンズシリアル番号帯「766***」という存在には大きな謎があります。「PENTAX SP」発売当初のカメラ雑誌などの広告の画像に使われているもの(766135 「T期型」)や、亭主の所有する(766156 「V期型 A」)、台湾からのe-BEYへの出品( 766141 「V期型」)もありますから、全国の主要カメラ店や海外の代理店などに販促見本として配ったなど、旭光学工業の内部的使用のための特別な取り置き番号帯であったと推定しています。従って、この番号帯の個体の製造時期はどれも同じではなく、それらの用途に充てるために必要となった都度、様々な時期および「期型」に対して随時組付けられたのだと推定しています。

 なお、亭主の研究における画像発掘では外に「766066」という「T期型 A」、そして 「766220」という「T期型 B」、「766229」という「V期型 A」の存在を確認しています。

968430

 このレンズシリアル番号帯は「U期型」や「V期型 A」の製造が始まっていた後の番号です。亭主が既発見したものでは「V期型 A」の「967646」が最初で「U期型」は「967647」が最初です。そして「T期型 B」は不思議なことにこの「968430」が最初になります。 あくまでも既発見のものの中ではですが…

 このあたりのレンズシリアル番号帯では結構多くの「T期型 B」が発見されていますから、なぜそんなことになっているのか「謎」となっています。亭主の推定では、この番号帯以降の「T期型」と次の「U期型」とは、PETNAX SPのセットレンズとは別の、単体販売専用のモデルだったというのが納得のできる答えの一つです。

 そして「T期型 B」と「U期型」とが混在する理由としては、上記したように「U期型」の製造が始まった後に「T期型 B」用の部品の在庫が見つかって、それを順次製造に使ったという姿です。

977920

 これはカメラシリアル番号「1002503」のPENTAX SPに付いていました。

 なお、これは上記したように「U期型」や「V期型 A」に見られるレンズシリアル番号帯の始まりより後の番号です。これに類した個体は結構数多く発掘していますから、それらは やはり在庫の旧部品を組付けて製造されたものとしか思えません。それは単に「被写界深度環」の意匠の小さな変更だけの違いですから、製造現場は、部品組付けにあたってその「違い」に頓着していなかったのかもしれません。 それが半世紀後の好事家を悩ませることになるなど想像もしなかったことでしょう。

 結局、「T期型 B」は今のところ「999518」までが散発的に発見されています。外に7桁のものとして「1063749」を見ましたが、これはさすがに後世に行われた「飾銘板」を入れ替えた「二個一」である可能性が高いと思います。そのあたりは「U期型」すらも発見されなくなっている番号帯ですから…

 

 さらに、現在まで「T期型」の中だけに確認している特徴で、鏡胴を分解しなければ分からないこととして、下画像のようにマウント台座内の「三日月形絞りカム」の側面開放位置に円い打痕があることです。これの役割はカム面の形状を変更するためだったと考えられます。潰して押し出すことで少しカム面を高く修正したのでしょう。「U期型」からは見られなくなるので、プレス金型形状を変更したのか、誤差の範囲と割り切ったのか、さて…

 この「マウント台座」内に組み込まれている「絞りリンク」は極めて簡潔かつ合理的で、しかも高機能かつ高性能なものです。この仕組みは「絞り環」の段ごとの等間隔な動きを「絞り羽根」の不等間隔の作動へと正確に変換するのみならず、「自動絞り」を実現し、なおかつ「手動絞り 」へと切り替える機能をも、この僅かな空間に内蔵しているのです。

 ところで、まえがきでも述べましたが、「絞り羽根」の動きが悪い個体はよく見受けられますが、それはこの「絞りリンク」内の潤滑不良であることがほとんどです。汚れている場合はベンジンで洗浄乾燥後、軸部や摺動部など適切な可動部分への良質な給油により完治することでしょう。その他として、マウント後部に突き出ている「連結押ピン」の歪みがあります。これも修正が可能なことがほとんどです。

 

 

<U期型>

 この型が前型の「T期型 B」と外部から、すなわち画像からでも判別出来る変異点は、被写界深度環について零指標が「赤菱形」であることです。この鏡胴意匠の変更は他の焦点距離の交換レンズの多くの機種においても一斉に行われたようです。この指標の役割は「絞り値」と「距離値」の前後両方を指し示すものですから、この「赤菱形」の方が合理的ではあります。なお、この他機種についての変更についても確実に1964年より前に行われたことですから、二つ前の期型「T期型 A」の誕生時期が1964年ではない事の傍証となります。

 

 次に言えることは、ヘリコイド装置の後方に2か所突き出ている突起(摺動板の動く部分・摺動溝)の背面が切削仕上げになっていることです。不思議なことに、次の期型の「V期型 A」からはほとんどが元の黒アルマイト仕上げに戻っています。恐らくダイキャスト型の作り直しを行なったのでしょう。

 なお、次の期型である「V期型 A」の中に一部この切削仕上げのものが存在します。さらに、前の期型である「T期型 B」の中にもこの切削仕上げの個体を一部発掘しています。このことから、ある時期の製造ロットのものにこの機械加工の追加を要する精度のものが生じていたという状況が思い浮かびます。この部分が規定より長いと、絞り値設定リンクと干渉して、それと結合している「絞り環」の動きを阻害することになります。

 これらのことから見えてくるのが「U期型」と「V期型 A」とは同時期に同じ製造組立現場で製造されていた姿で、なおかつ「T期型」用の「赤丸に赤線」の「被写界深度環」の在庫処理さえもその時期に随時行っているというものです。笑ってしまいますが、これが真相かも…

 

 ところで、この「U期型」以前の特徴である「絞り環」の幅狭な個体をセットレンズとして組み合わせた最初期型の「PENTAX SP」を中古市場で見ることがありますが、これは「単体販売用」としてカメラ店に出荷され、それが在庫となっていたものをカメラ本体と組み合わせて販売した事例もあったことが推定できます。

 

 この期型の始まりは、発掘された結果からすると「9676**」であると推定しています。既発見の「V期型 A」の始まり も「9676**」ですから、この「U期型」と「V期型 A」とは上記のように同時期に並行して製造されていたことが極めて濃厚です。このことは、くどいようですが、やはりそれぞれの用途が異なっていたという事でしか納得することが出来ません。そして、このことからこれを「U期型」としていますが、それが「V期型 A」より時期的に先行していたことを意味してはいないという事になります。それは単に先行する「T期型」の特徴をより多く受け継いでいる系統としての順番であると考えてください。結局「V期型 A」は別の系統の始まりと考える方が正しいのでしょう。

 使用されているレンズシリアル番号が「V期型 A」と著しく混在しているので、残念ながらその製造数を推定することが出来ません。でも、「T期型」より多いことは、画像などの出土頻度などからも確実です。

 

977483

977691

978127

998243

998393

 これは2022年7月の入手時には「飾銘板」の表記が所々薄れている見かけでした。文字の白入れ作業を覚悟しましたが、外して歯ブラシを用いた洗剤水洗により完全に甦りました。汚れていただけ……

 ヘリコイド装置背面の二個の突起後部は切削加工してあります。ネジ溝は12条……

998551

 このレンズシリアル番号辺りまでが前期型の「T期型 B」が混在して製造されていた時期だと思われます。

999276

 2022年7月に入手したこれはカメラシリアル番号「1005395」のPENTAX SPに付いていました。カメラ店の在庫を販売時に組み合わせた可能性が濃厚です。レンズシリアル番号「850002」の「Super-Takumar 1:3.5/135」も付いて来ましたから、番号からするとそれも同時期販売の可能性が大です。南関東出土…

 この個体、入手時にはヘリコイド(ピント環)から前がガタついていました。マウント台座にヘリコイド装置を固定している3本の皿ビスの緩みと「鑑定 」 して分解すると、他の場所の小ビスはすべて固く締まっていたのに、前記3本の皿ビスだけがすべて緩んでいました。さほど使い込まれた様子は見えないので、もしかすると製造時に仮締めだけしかしていなかったのかも……この皿ビスの緩んでいる個体は何度も見ているので、製造時の特定の作業員の資質に問題があったのかも……ヘリコイド装置後端の二か所の突起後面はこの製造時期お決まりの切削加工のもので、ヘリコイドネジは12条です。全ての証拠が揃った正真正銘の「U期型」……

 なお、絞り装置側面の切り欠きは切削後着色アルマイト加工しています。

 ところで、この個体に付いて来ることで入手したレンズシリアル番号「850002」の「Super-Takumar 1:3.5/135」ですが、これは1963年つまり「PENTAX SV」の時代に新発売されたとされています。このことから分かることが、「T期型 A」の「765144」は確実にこの「850002」の「Super-Takumar 1:3.5/135」より前に作られているということです。この「Super-Takumar 1:3.5/135」の作られ始めた時のレンズシリアル番号が分れば、「Super-Takumar 1:1.4/50」の起源も自ずと分かるという事です。そこで、ネットの画像を漁ると、「777007」という「Takumar 1:3.5/135」が見つかりました。これはプリセット絞りのものですから確実により古い機種です。それが「777007」なのですから、発見されている「T期型 A」の中で最も早い「765144」はそれより古い機種ということになります。つまり、8枚玉タクマーの登場が1964年という通説は誤りである可能性が高いということです。

 なお、「1:3.5/135」が完全自動化されたのは1963年の「Super-Takumar 1:3.5/135」からで、「Auto-Takumar 1:3.5/135」という名称の完全自動絞りのものは作られなかったようです。

999469

 6桁の「U期型」はこの「9994**」台が最終です。次に出現するのは「1031900」からです。その前の「10311**」から「10318**」までは「V期型 A」が使用しています。変ですよね……これは同時期並行製造以外にその答えは見出せません。

 なお、これより後の番号である「999518」という「T期型 B」の画像を2022/7に視認しています。また、それより大分以前、「1063749」という「T期型 B」を視認していて、それは流石に「二個一」だろうと判断していたのですが、どうも組み立てラインの部品箱の底に残っていた「T期型」の残部品を組付けたものがあったのではないかと疑い始めています。意匠が違う以外は全く同じものですから……

1032584

 上記したように8枚玉における7桁のレンズシリアル番号帯の最初の出現は「103****」で、その次が「106****」です。これらは「U期型」と「V期型 A」とで混在的に使われています。なので、レンズシリアル番号からだけでは「U期型」と「V期型 A」とを判別するのは困難です。

1032646

1032742

1032896

1062700

 「106****」帯は「10620**」から始まりますが、この辺は「V期型 A」とグチャグチャに入り乱れています。

1063053

1063376

 この「106****」帯というのが「U期型」の最終だと推定しています。それより後の番号もまれに発見されることがありますが、後世の整備者による「二個一」か、残部品の処理で製造したのか、真相は闇の中です。

 なお、アサヒカメラ1964年10月号ニューフェイス診断室で使われたのは「1063326」ですが、それの画像は無いので「期型」の特定は出来ないのですが、その番号の前後の出土例からすると「U期型」であることが濃厚です。 しかし、「V期型 A」との混在番号帯でもありますから、確定は出来ません。

 

 

<V期型 A>

 この型が「U期型」と外部から、すなわち画像からでも判別出来る変異点は、絞り環の幅が1mm広くなって「6.5mm」となり、それによって被写界深度環の幅が1mm狭くなったので表示の余地が無くなって、赤外指標の「R」の赤文字が省略されたことです。このように絞り環の幅を広くしたのは、「T期型」を提供したプロ写真家などから狭くて使い難いというような意見が出たためかもしれません。

 なお、このとき絞り環の幅を広くしたというのに、被写界深度環の取付位置決めのためのマウント台座の段付部は変更していないのでそれが役に立たなくなり、三か所の芋ビスでのみ位置決めと固定を行うようになったので、被写界深度環の芋ビス捻込み部に亀裂が入る事例が結構発生しています。故に、この芋ビスは整備時に強く締め過ぎないようにしなくてはいけません。

 

 亭主は、この「期型」からが1964年昭和39年7月に発売された最初のTTL測光機「PENTAX SP」のセットレンズとされた新規の型なのだと推定しています。そのため「U期型」以前のものは従前機種既存ユーザーに向けた「単体販売用」として製造されたのだと推定しているのです。そして、この二つの「期型」は同時に並行して製造されていた時期があったとも推定しています。その根拠としては、同じ「レンズシリアル番号帯」の中での両期型における使用の著しい混在があるからです。笑ってしまいますが、「T期型 B」すらも同時期に製造されています。

 やがて単体販売用として「U期型」以前のものは作られなくなり、単体販売にも「V期型」以降のものとするようになったようです。

 この期型の製造は「9676**」帯から始まったと推定しています。それはまだ「T期型 B」が製造されていた時期で、くどいようですが、このことから上記のように「T期型」および「U期型」は従前機種既存ユーザー向けの単体販売用だったと強く推定するのです。

 なお、この期型の終わりは「1141***」であったことが有力です。次に現れるレンズシリアル番号帯が「1155***」ですから……

 

766156

 これが謎の「766***」です。これを販売したリサイクル業者からの聞き取りによれば、九州熊本の閉店したカメラ店からの出土品とのことです。このことにより、見本あるいは販促試供品として配布されていたことを想像させるのです。この「V期型 A」では外に「766141」と「766229」の画像を亭主はこの目で確認しています。

1063481

 「10641**」の次にあらわれるのが「10797**」です。その間の15,600個は他の機種に割り当てられているということ……

1079763

1079860

1115340

 「1081***」帯の次に現れるのがこの「1115***」帯です。

1115602

1118916

 

 

<V期型 B>

 この型は前型の「V期型 A」と外部からは変異点が判別できません。異なるのはヘリコイドの外筒と中筒とを結合するネジ溝の数が下画像のように12本から6本へと少なくされた点で、これは分解しないと確認出来ません。

 このヘリコイドのネジ溝の数を半減させた変更は同時期に他機種においても行われています。ネジピッチは同じなので、ピント環の無限遠から最短撮影距離までの回転角は同一で、操出量も同一です。

 なぜこのようにしたのかを念入りな観察に基づいて推察すると、山溝部の間に平面部を置くことで内筒と中筒とが安定して接触して、よりガタ が少なくなる効果が出たのではないかと思います。

 それから、上画像の左は「T期型 B」、「U期型」および「V期型 A」の一部に存在するもので、ヘリコイド装置の後方に2か所突き出ている突起(摺動板の動く部分・摺動溝)の背面が切削仕上げになっています。これは「T期型 A」には見られないことです。ここを削らなければならなかった理由を考察するのも愉しみの一つかも……そして、これが前記三つの「期型」 の特定のレンズシリアル番号帯に存在していることが、それらが同時期に同じ場所で組み立てられていたことを強く示唆するものです。

 

 この「V期型 B」の製造されていた時期に「U期型」以前のものは発見されていません。また、この期型の始まりは「1155***」であろうと推定しています。

 

1156101

1156333

1160696

1164921

1211958

1213637

1287968

 

 

<W期型 A>

 この期型が前型の「V期型 B」と外部から、すなわち画像からでも判別出来る変異点は、レンズシリアル番号の表記位置がそれまでの「Super-Takumar 1:1.4/50」の直前から直後へと移ったことと、それを始めとしてすべての部分の文字形状(フォント)が変更になったことです。それまでの「フツラ風フォント」から「ヘルペチカ風フォント」への変更でした。これは飾銘板や距離指標、絞り環などにある「4」とか「6」とかの文字形状がその違いの分かり易い部分で、これは判別の重要な着眼点です。この変更は欧文フォントの世界標準に準じようとするものでしょう。また、この変更は旭光学工業の全交換レンズ群について一斉に行われているようです。

 なお、「V期型」から「W期型」への切り替わりの時は、他の期型の切り替わりの時と異なって、レンズシリアル番号帯の混在使用はありません。きっちりと「1342***」帯で終わり、「1343***」帯から始まっています。これは並行しての製造が無かったことを示しているのでしょう。

 ちなみに、もう一つの標準レンズ「Super-Takumar 1:1.8/55」の方は、鏡胴構造や寸法を大幅に変更し、5群目にトリウムレンズを採用してまったくの別物となった「V期型 A」からこのフォント変更が行われています。その大幅かつ画期的な変更こそが、全機種に渡る新フォント採用の契機となったのかもしれません。そしてその一新された「Super-Takumar 1:1.8/55」は「PENTAX SP」のセットレンズの選択枝として追加されました。

 

1345302

 この個体は明らかにフィルターを常用しなかったことが分かります。レンズキャップ脱着による擦れが顕著ですから…

1349428

 これは2022年6月に入手しました。

1380603

1387790

 蓋擦れの状態からすると、これも保護フィルターを常用していなかったようです。

1390784

 

 

<W期型 B>

 この期型は前型の「W期型 A」と外部からは変異点が判別できません。異なるのは下左画像のようにヘリコイド装置の二か所の「内筒回転止め摺動板」のうちの片側、三日月形カム板軸受位置の反対側の方に白色のデルリン樹脂(あるいはジュラコン樹脂かも…)が使われていることです。これは分解しないと確認できません。なお、この変更が旭光学工業において構造用プラスチックを鏡胴構成部品に用いた最初の例だと思われます。

 それに関連していささか話がそれますが、この白色構造用プラスチックは当時新発売された「AUTO BELLOWS」の1本角レールを銜える3か所の摺動蟻溝部分に用いられているのです。潤滑油を必要としない摺動性能と耐摩耗性や締め付け固定のための可撓性などを利点として採用されたのだと推測しています。

 ここで頭の体操ですが、この機能的に高性能なプラスチックをなぜ二か所のうちの片側だけに使い、もう一方には使わなかったのかという問題です。ここにわざわざ二種類の素材を使い分ける必要性について考えると、夜も寝られない……嘘……

 

 この樹脂製の「内筒回転止め摺動板」を固定している2本の小ビスの下には真鍮製の独立した丸ワッシャーがそれぞれに使われていますが、これが2本が一体の眼鏡状ワッシャーを使用した個体も存在します。その点を捉えて 更に細分類することも可能ですが、事例が少なく、まだそれを採用していません。

 

 更に多少蛇足的かつトリビア的なことですが、8枚玉の全期型を通じたヘリコイド装置の「内筒回転止め摺動板」を取り付ける小ビスについて、二つあるそれに使われているそれぞれ2本の小ビスは頭の形状が異なっています。それは 「皿」頭と「鍋」頭との違いなのですが、明らかに分解整備を受けた証拠のある個体の中に、これについて下右画像のように誤った取り付け方がされているものが見受けられます。あえてここの小ビスの頭の形状を別にしているのには訳があるのですが、それを理解していない粗雑な分解整備者が起こしている無神経な間違いです。もしかすると、亭主のようなド素人整備者の無知ゆえの仕業かも……これにより、場合によっては支障が生じているものがあるかもしれません。

 老婆心ながら、その誤りの理由というのは、この位置に「鍋」頭の小ビスを使うと、それが絞りカムなどに干渉する可能性があることです。なので、ここには頭の出の低い「皿」頭の小ビスを使わねばならないのです。そこにあえて違うものを用いていることに思いを致し、悉皆観察すれば直ぐに分かること……これは上の「頭の体操」の答えでもあるらむ……良いものは率先して使いたい、でも、それが出来ないのだ……

 

 ヘリコイド装置を全部分解して清掃後に組み立てる場合、下画像のように内筒と外筒との後端面が少なくとも面一になる組み合わせで内筒と中筒のネジ溝を組み合わせなければいけません。ここまで戻らない組み合わせだと無限遠が来ませんし、余計に戻りすぎる組み合わせだと最短撮影距離まで繰り出せなくなります。12本または6本ある内の最適なネジ溝の組み合わせを選ぶことが極めて重要なのです。

 

 この期型が放射性同位元素トリウムを配合した光学ガラスを使用した「7枚玉」の機種が製造開始された後に製造されていたことは、「142****」という「7枚玉」が大量に( 約5,000個 )発見されることから確実です。

 しかし、その時期に、セットレンズについて「8枚玉」と「7枚玉」のいずれかを購入者が選択出来る体制で販売されていたことがあるのかは確認できていません。

 

1490767

1490899

1491463

1492786

1492810

 この個体もフィルターを常用しなかった感じ…

1492939

1493410

1493646

 「149****」帯は「1495***」で終わり、次は飛んで「1548***」から始まっています。あくまで現在発見済の証拠でのことですが…

1549482

 これもフィルターの常用をしていない…

1551139

1551646

1555789

 これは遊びで「被写界深度環」を磨き仕上げに改造し、微小打ち傷のあった「フィルター取付枠」の前端部を研削磨き加工しています。実は、程度の劣悪な鏡胴を利用した「二個一」ならぬ「三個一」というところです。しかし、あえて弁解するなら内部鏡胴と飾銘板は同一個体のものですし、構成部品は「期型」が全部揃っています。しかし、 この改造、鏡胴意匠としてはうるさい感じで、落ち着きが無い……

1573312

 これは次の「W期型 C」の始まりより後の番号ですが、在庫していた「W期型 B」のピント環を製造時に適当に組付けたのだと思います。このあたりは製造現場において違いを峻別していなかったのかもしれません。表面上の機能にまったく差がありませんから……

 

 

<W期型 C>

 この期型は前型の「W期型 B」と外部から判別出来る変異点は、距離指標がピント環に直接印字されているのではなく、一旦薄いアルミ薄板に印刷した帯をピント環に貼り付ける方法になったことです。その見分け方は、ヘリコイドを一杯に繰り出した状態で、零指標から右に約90度の位置に「アルミ薄板」の端接合部が見えるか、見えないかです。見えればそれは「W期型 C」です。

 この変更された製造方法は以後、後継の機種などにも採用されて行くのですが、もう一つの標準レンズ「Auto-Takumar 1:1.8/55」においては、「T期型 A」の誕生時期よりも前に既に採用されていた製造方式です。そのことから、この交換レンズ(8枚玉)が設計開始されていたのは相当に前の時期であったことがうかがえます。

 蛇足かつトリビア的なことですが、もう一つの標準レンズ「Super-Takumar 1:1.8/55」においてピント環に貼り付けるようになったのは鏡胴を大変更し、5群目にトリウムレンズを採用した「V期型」からです。この時に新たに「PENTAX SP」のセットレンズの選択肢とされました。なお、それ以前の距離指標の薄板帯貼付けは「Auto-Takumar 1:1.8/55」時代からで、それは幅広構造だったヘリコイド中筒周囲に貼り付けていました。

 なお、「7枚玉」の機種の方は当初から薄板帯貼付け方式ですから、この変更はその開発と期を一にし、並行して行われているのは確実です。

 ところで、この製造方法になってからは、この貼り付けた薄板が経年による接着剤の劣化によって剥がれるという故障が頻発しています。完全に剥がれた場合は表示される距離が出鱈目になりますし、片側の端だけが剥がれた場合はピント環を回すとガサガサと音が出ます。これを放置すると剥がれた端が捲れ上がって折損したりする恐れがありますから、必ず分解して貼り直すべきですし、亭主もこれを含めて多くの機種で実施しましたが、それはいとも容易なことです。

 この「W期型 C」は「1572***」から始まっていると推測していますが、それ以後も上記したように「W期型 B」が見つかっていますから、それは残部品の組付けが適当に行われた可能性が高いです。

 

1572773

1574705

1578689

1582898

1588918

 これが今のところ亭主の所有する「8枚玉タクマー」としての最も新しいレンズシリアル番号の個体です。「1584***」帯以降には「7枚玉」が数多く不規則に混在していて、単に番号からだけでは「期型」が判別できません。ゆえに、絶対に「8枚玉」と「7枚玉」は同じ場所で並行製造していたはずです。旭光学工業がその両方の機種をどのように使い分けていたのか、謎は残ります。「PENTAX SP」のセットレンズとして購入時に「8枚玉」と「7枚玉」とを選択できたのかどうか、その点については資料を見つけていません。

 なお、ネット上等での画像確認では、現在のところ大きく飛ぶ「1648604」が「W期型 C」 すなわち「8枚玉タクマー」の最終です。これは在庫していた仕掛品の底払い組立だったのか、後世の「二個一」か……

 

 以上、大きく分けてW期に渡る「8枚玉」の製造販売ですが、その総数がどれくらいだったのか、入手した実物のほかネット上の画像などで収集した事例から推定することはある程度可能になっているものの、何しろ、同じレンズシリアル番号帯の中に異なる「期型」の夥しい混合が見られるので、当然「期型」別の推測集計は道半ばですし、その合計も思うに任せぬ状態です。困ったことに「7枚玉」との境にも混合は多く、いずれもっと事例が集積されれば、おそらく精度もあがるかと……

 

 いささか蛇足的な話ですが、上掲画像の個体は押並べて表記文字の白色が黄ばむことなく鮮明です。これは入手時からそのようだったものは少なく、多くの個体は結構薄汚れた感じでしたが、分解時に外装部品について洗剤を溶いたぬるま湯中で歯ブラシを用いた洗浄を入念に行った結果です。それをすることで汚れや黄ばみは嘘のように取れました。何を置いても必ず行うべし……

 

 更なる蛇足話ですが、現在市中に残されている個体のうち、上掲の幾つかの画像でも見られるように「鏡胴先端部(フィルター取付枠)」の前縁と段付き部に擦れがあるものが目につきます。これらはフィルターを装着せずに、被せ式だった「レンズキャップ」の付け外しが頻繁に行われていたことが推定できます。スカイライトやUVなどのフィルターを保護用として常用していた個体にはその擦れがほとんどありません。

 

 

… 付録 その一 …

 

 ●7枚玉・アトムタクマーについて

 

 1965年以降、「Super-Takumar 1:1.4/50」という機器名称のままで6群7枚構成、すなわち「7枚玉タクマー」として作り続けられましたが、これらは公称は同じでも実質焦点距離が少し長くなっています。このことは、得られる両者の画像を見比べれば画角が少し狭くなっていることで確認できます。判別の着眼点である「赤外指標」の位置が外側に移っていることもこの影響でしょう。

 また、「7枚玉」には必ず経年による酷い「黄変」があるという厄介な問題を抱えていて、これの生じる原因は、上記「まえがき」で述べたようにレンズ群の中に放射性同位元素の酸化トリウムを配合してあるレンズ素材を用いているものがあるため、 それが放射線を出して崩壊しているせいなのですが、この配合のお陰で、7枚玉でも8枚玉と同等か、あるいはより優れた光学性能とすることが出来たのです。そのため、当時のほとんどの交換レンズ製造会社において、光学ガラスメーカーである潟Iハラの製造したこの優れた性能のレンズ素材を採用した上級機種が存在します。 日本光学は自社で光学ガラスを製造していたので導入しなかったようですが…

 そもそもレンズ用ガラスに酸化トリウムを混ぜたのは光の分散を少なくする効果があるからです。凸レンズに使えば、それの光の分散を少なく出来ることで、分散を収束する効果のある凹レンズを少なく出来る可能性が出てきます。そのことを利用し て工夫した結果が「6群7枚構成」なのです。でも、そのような効果のある物質は外にもあり、それらの中でより高性能なものを見出す努力が続けられたことで、性能を損なうことなく黄変させるなどする有害な放射線を出さない素材を見つけ出せたのです。

 そして、この6群7枚構成の変形ダブルガウス型というレンズ構成は、内外のカメラおよびレンズ 製造各社において上級高速標準レンズ設計の手本となり、その後に各社の上梓したレンズ群の形状はどれも極めて類似したものとなりました。これはそれくらい優秀なレンズ設計だったという証左です。

 なお、旭光学工業が酸化トリウム配合の光学ガラスを使用していたのは、Kマウント化された「SMC PENTAX 1:1.4/50」の中頃までのことです。従って、Sマウント時代の「SMC TAKUMAR 1:1.4/50」 が終了するまではすべてが「アトムタクマー」だと言えます。ただし、もう一つの標準レンズ「SMC TAKUMAR 1:1.8/55」の方は、その終わり近くでトリウムレンズの使用を止めています。製造販売数が多いこちらの方を先行的に新たなレンズ素材へと置き換えたのでしょう。

 ところで、これの弊害である「黄変」は紫外線に長時間暴露させるだけで著しく軽減出来るという魔訶不思議な現象があります。しかし、微量の放射線を出し続けているという事に関しては止むを得ないことです。なお、この紫外線被爆の方法として太陽光によることも可能ですが、その場合、必ず黄変レンズ玉を鏡胴から取り出してそれだけに 対して行わねばなりません。組み立てたままで行うと、日光の熱により貼り合せ玉がほぼ確実にバルサム切れするでしよう。

 この利用を止めた後に使わなかった残材については、放射能の影響を避けるため、厚いコンクリート槽による厳重な封印を継続しているとPENTAXは公告していました。 このことを行っていると公表していないカメラレンズ製造会社も数社あるのですが、それは残材をどうしたのでしょうかね…黙って捨てたのかな……

 

 亭主の発掘結果からすると「7枚玉」はレンズシリアル番号が「141****」帯の後半以降から製造が始まったようですが、最初のグループとしてまとまって出現するのは「1420***」から1424***」までの5,000個の中からです。次に現れるのは大分飛んで 「1584***」からで、それまでの間は「8枚玉」にしか使われていません。しかし、そのあたり以降のレンズシリアル番号帯は「8枚玉」と「7枚玉」が入り混じっていて、まさにグチャグチャな状態です。いったい当時の製造現場は何を考えていたのか……

 発掘事例からすれば「8枚玉」と「7枚玉」とは並行して製造していた時期が相当にあるのですが、それぞれの用途が謎です。「PENTAX SP」のセットレンズとしてユーザーが選択出来る形態で販売されていたのかどうか、それが知りたいものです。

 

1422356

 これは「7枚玉アトムタクマー」の中では最も古い製造グループなので、その分、経年による「黄変」も著しいものがあります。黄変というより 濃厚な琥珀色というところ……

 

 「7枚玉」は製品番号が「自動手動切り替えレバー」背面に刻まれるようになったこの「X期型」から始まって、それまでの鏡胴構造、特にヘリコイド装置を大きく変えた「Y期型 A」 と「Y期型 B」、そして開放測光鏡胴、ユニット化された8枚絞り羽根および多層レンズコーティングの「Z期型」へと続き、次に内容はまったくそのままで機種名のみを変更して「Super-Multi-Corted TAKUMAR 1:1.4/50」へと継続されることになります。この機種名称変更は、流石に営業政策上の要求の高まりによって行われたのではないかと推察します。その先例として、1962年に「Auot-Takumar 1:1.8/55」が「Super-Takumar 1:1.8/55」に変更したときも、両者の中身はまったく同じでしたから……

 最も製造数が多いと推定される「Y期型」ですが、これの外見上及び機構上の最大の特徴は、絞り環の「1.4」と「2」との間の移動角が半段分にされたことで、つまり、1段ごとの移動角が等間隔ではなくされたことです。絞り環の1段ごとは等間隔 の移動角であることが既に世界的常識となっていた時代でしたから、この変更は奇異な印象を受けます。

 しかし、次の「開放測光鏡胴」のためには等間隔移動角は必要なことですから、当然戻されています。

 ところで、開放測光鏡胴の「Z期型」となった時の鏡胴変更はとても大きく、それまでレンズ群は内部鏡胴にすべて取り付けていたのですが、この期型からは、4群目貼合せ玉はヘリコイド装置内筒内に直接取り付けています。このことでレンズ群に対する整備性が低下しました。 この4群目の固定リングは狭く奥まった位置なので通常のカニ目回し工具では回せません。

 また、レンズ玉形状も「Y期型」以前と「Z期型」とでは互換性がありません。

 上記したように「7枚玉」になってからも光学系は少しずつ更新され続けていて、それにつれて実質焦点距離も少しずつ伸びています。それを悉皆収集して画角の違いを検証するのも一興かと……

 なお、「ピント環」と「絞り環」の形状を大幅に変更して誕生した「SMC TAKUMAR 1:1.4/50」は「Super-Multi-Corted TAKUMAR 1:1.4/50」の後継機種ではなく、自動露出機「PENTAX ES」のセットレンズ用として、つまり派生機種として誕生したのであって、その後、自動露出ではない開放測光機「PENTAX SPF」のセットレンズとなったときに本流を乗っ取ったという次第です。結果的に後継状態となったのは事実ですが…

 ネジマウントである「Sマウント」はカメラ本体に交換レンズを装着した時に正確な位置決めが困難で、交換レンズ側とカメラ本体側との連絡が正確に行われねばならない「開放測光」にとって不都合な点でした。それを解決するために工夫されたのが「7枚玉」である「Z期型」から始まった「開放測光鏡胴」です。

 開放測光のためにはレンズ側の絞り環操作位置をカメラ側が知る必要があります。それを伝達するレバー(下画像マウントネジ内の細長い四角)が鏡胴のマウント部に新設されています。さらに、ネジマウントの欠点である固定位置の不正確さをカバーするための仕組みとして、カメラ側にはレンズ側から絞り環位置を受け取る装置がありますが、それ自体の台座を可動式にして、レンズマウント部に設けた突起(下画像マウントネジ内の四角)によってそれが必要となる位置へと動かされるようにしたのです。そのことで正確な絞り位置が伝達されるということです。

 なお、開放測光の場合、絞りは自動絞りであることが必要です。それが手動絞りになっていると、絞り込んでいる状態を開放だとカメラが判断して露出を決定してしまい、露出不足の写真となってしまいます。それを避けるために、開放測光カメラに取り付けた時には、誤って自動絞りから手動絞りへとは変更できないようにする仕組みが組み込まれています。この仕組みは、絞込測光のカメラに取り付けた時には働かない仕組みにしています。阿呆なユーザーにやさしい企業風土……

 これらの巧妙な仕組みのすべてがレンズマウントの内側に組み込まれていたのですが、その設計思想は次の「Kマウント」にも受け継がれて、そのために鏡胴内部と外気との接触が最低限に保たれたのです。このことで、後に防塵・防滴性の高さを標榜したMF高級機「PENTAX LX」を生かすことが可能となったと思いますし、鏡胴内が黴たり、汚れたりすることを大幅に防げたのです。

 

 開放測光鏡胴の「Super-Takumar 1:1.4/50」の「Z期型」が発売された時にはまだ開放測光のカメラ本体は発売されておらず、先行投資的に発売されました。そのため、実際に開放測光カメラが出来ると「不具合」が見つかりました。それは機器名称が「Super-Multi-Corted TAKUMAR 1:1.4/50」となって間もなくの時期です。その不具合というのは内部鏡胴後端、後に飛び出しているレンズホルダー後端部です。この周囲がカメラ側の絞り環位置を受け取る部分と接触する場合があったのです。その不具合に気付いて、下画像左のようにレンズホルダー後端周囲にわずかに段を付けて接触しないように変更しています。

 この変更前の開放測光鏡胴レンズを開放測光カメラで使った場合、無限遠付近で絞り環を操作すると、レンズホルダー後端周囲に引っ掻き傷が付 くことがあります。そのような個体の画像を見たことで「段」を付けるようになった理由が解ったのです。

 

 

 ●Kマウント化以降について

 時は移り、この「7枚玉」の「SMC TAKUMAR 1:1.4/50」は1975年に装着位置の正確なバヨネットのKマウント化がされて「SMC PENTAX 1:1.4/50」へと改装され、次にまもなく小型化及び表示法の変更を受けて1977年「smc PENTAX-M 1:1.4 50mm」となり、さらに光学系を大きく手直ししてなおかつプログラムオートなどの自動露出に対応した、MF時代最後の「smc PENTAX-A 1:1.4 50mm」へと継承は続きます。

 ところで、Kマウント化後のレンズシリアル番号は新たに附番方法を変更しています。一連だった「TAKUMAR」からの連続ではありません。一旦リセットしたということです。

 なお、レンズブランド名称も伝統の「TAKUMAR」からカメラ本体ブランド名称と同じ「PENTAX」へと変更していますが、これは当時流行していた「コーポレーテット・アイデンテテイ」なるアメリカ生まれのくだらない風潮に毒されたことによるものと、亭主の顰蹙頻り……

 しかし、Kマウント化後に「TAKUMAR」というブランド名が完全に廃止されたわけではなく、台湾工場で製造していた機種にはつけられたものがあったようです。この詳細は不明…

 

SMC PENTAX 1:1.4/50

 これの注目点は大文字体の「SMC」です。後継機種としてMシリーズが作られたので、これの小文字体は作られていません。 レンズホルダー形状は少し違いますが、レンズ群はSマウントの「SMC TAKUMAR 1:1.4/50」と同一です。

 Kマウント化当初の多くの交換レンズ鏡胴はフィルターサイズが52mmです。それがベースサイズでした。

 なお、「6群7枚構成」にトリウム入りレンズが廃止されたのはこの「SMC PENTAX 1:1.4/50」の途中からで、亭主の「1007218」はしっかり「黄変」しているトリウム入りです。「10*****」帯の終盤時期で廃止というのが亭主の推定です。

 この時代からレンズ玉の貼付けにキヤノンの子会社などが販売した化学性の接着剤をカメラ及びレンズ製造各社が用いるようになり、これが経年劣化によって「バルサム切れ」と俗称する状態になる個体が激増します。それまで植物性のバルサム松の樹脂を使っていた時代にはほとんど生じていない現象です。この残念な症状は それが置かれていた状況で発症するようで、温度差が一番の敵と亭主は考えています。貼り合せるレンズ玉はそれぞれ配合物質の違いから温度変化による膨張率が異なりますし、接着剤のそれも異なります。化学性接着剤の硬化後の強度が高いのがあだになっているのでしょう。柔軟性が不足するので接合面にストレスとなるのです。

 ところで、この「バルサム切れ」は修理が不能だと言われていた時代がありました。でも、亭主は化学性接着剤による貼り合わせでも安全に剥がせる方法を2011年6月1日に発見しました。それにより修理が可能な障害となったのです。

 この鏡胴には大径の絞り羽根が使われていますが、その自動絞り作動時の大きな慣性ショックを緩和するためのバネ仕掛けが絞りリンクの中に設けてあります。それが次の「Mシリーズ」では鏡胴の小型のためにスペースが不足して、代わりに大径の鉄リングの重さと作動抵抗によって緩衝を得ています。そのため、振るとカシャカシャと音がするのです。これ、故障にあらず…

 

smc PENTAX-M 1:1.4 50mm

 ベースのフィルターサイズを「TAKUMAR」時代と同じ49mmに縮小した「Mシリーズ」の誕生のときに「smc」が小文字体になりましたが、それまでの大文字体の機種で、以後も継続して存在したものはすべて同じように小文字体へと表記を変更しています。焦点距離の表記法も「/50」から「50mm」のように、この時に変えています。

 ところで、この「Mシリーズ」は特に「バルサム切れ」が多発しています。鏡胴体積がより小さく、温度変化の影響をより多く受けるのだと考えられます。その他に、この時代にマイカーが急速に普及しましたが、その後席後ろの棚にカメラが置かれたことが多かったのかも……リヤガラスから太陽光に曝されて、速写ケースの中が50℃近くなっても不思議ではない……

 なお、同時代の普及版標準レンズ「smc PENTAX 1:1.7 50mm」は貼り合わせ面が平面に近いためか、比較的「バルサム切れ」が少ないと感じています。貼合せ面の曲率が大きい方が素材による膨張率の違いの影響が大きいと考えられます。事実、この「smc PENTAX 1:1.4 50mm」は貼合せ面の周辺部により酷い症状が出ているのを見ます。

 

smc PENTAX-A 1:1.4 50mm

 この鏡胴の意匠は「飾銘板」が「フィルター取付枠」の内側ではなく、「ピント環」前部に移されました。分解は、その移された飾銘板部を左回しに外すことから始めます。その後ピント環のゴム帯輪を 前方に抜き取れば次の分解へと進めますよ…飾銘板をピント環先端部に移したことで、フィルターサイズを無理なく49mmにすることが出来ました。

 老婆心から言っておきますが、このAシリーズの鏡胴に使われているゴム帯輪は、それより前の時代のものより破断が起き易くなっています。扱いには細心の注意が必要です。

 

 この「Aシリーズ」から採用されたマウントは「Kマウント」を発展させた「KAマウント」で、 カメラのマウント面に6箇所の電気接点が設けられましたが、それの内の5箇所は鏡胴内で記憶素子などには繋がっておらず、単にマウント面でカメラ側の電気回路の断接スイッチの役割をしていただけです。そのスイッチの働きとしては、最少絞り値とそれから開放絞り値が何段目にあるのかを伝達することです。なぜこの情報をカメラ本体が必要なのかと言うと、すべての交換レンズ機種において同じストローク長である「絞込レバー」をどの くらい動かせば適正露出になるのかを知るためです。これはシャッター速度優先オートやプログラムオートには必要なことでした。

 それで、唯一鏡胴内へと電線で繋がっていたのは「絞り環」が「A」位置にあることを伝達するスイッチへの配線だけです。その点が、さらに電気接点を1個増やし、一部を鏡胴内のROMと繋がるようにしたAF時代の交換レンズのマウントとは異なっていたことです。

 それからいささか蛇足的なことですが、AF時代の「KAF」マウント以降のものはMFの「KAマウント」カメラで使える「下位互換」がはかられていましたが、この規格特許は公開されなかったため、社外品レンズメーカー製のものの中にはそれが無いものもあります。大手としてはシグマがそれで、その姿勢は結構冷徹……

 さらに、プログラムオートやシャッター速度優先オートの実現のためにはカメラ側からの絞り開度の正確な操作が必要ですが、それを実現できる 「絞りリンク」に変更しているのも大きな点です。思うに、この会社の可能な限り下位互換を保ちつつ新規の機能を盛り込むその工夫はたいしたものです。

 開放絞りが「1.4」で最少絞りは「22」であるこの機種のための電気接点の配置、つまり「ピンアサイン」としては上から1番が「絶縁」で、2番、4番、5番、6番が「導通」です。3番だけは「A」位置の状態をレンズ側から伝達するためのもので、上下可動式ボール接点となっています。これらの「ピンアサイン」の解明についても、最初に「Aシリーズ」交換レンズを入手した当時結構嵌って、中古で入手した幾種類もの交換レンズを比較するなど頭を捻りました。懐かしい……

 また、この「Aシリーズ」の時代になると鏡胴に構造用プラスチックを多用するようになります。他には、上記したように「絞り環」に「A」位置を設けたのが特徴的ですが、これはカメラ側から絞りを操作するためには「絞り環」が最少絞り値になっている必要があり、それを忘れて使う「阿保な」ユーザーが出ないようにするためと、カメラ側電気回路を自動露出モードへと切り替えるための機構なのです。これを大きなコストをかけてわざわさ設けなくても、カメラの電気回路にスイッチを設けるなど他の方法もありそうですが、ひとえに「阿保な」ユーザーのためにこれを行ったということでしょう。「絞り環」部を分解して見 れば、そのための手間がとても大きいことが分かります。

 

 

… 付録 その二 …

 

 標準レンズとしての世界標準ともなった優秀な「6群7枚構成」の変形ダブルガウス型レンズ構成は、MF標準レンズの最高峰にして驥尾を飾る「smc PENTAX-A 1:1.2 50mm」をも生み出しました。

 なお、「smc PENTAX-A 1:1.2 50mm」は、それの前に「smc PENTAX 1:1.2 50mm」から「SMC PENTAX 1:1.2/50」までへと遡ることが出来ます。

 

smc PENTAX-A 1:1.2 50mm

 これがAF化の進む中、MFである「Aシリーズ」交換レンズとして最後まで残った存在となりました。このレンズ構成がその後AF化されなかったのは、絞り開放時の極めて薄い被写界深度故だったのではないかと推察……

 これの電気接点の配置としては、開放絞りが「1.2」で最少絞りは「22」ですから、1番、2番、4番、5番、6番がすべて「導通」です。3番だけは「A」位置の状態をレンズ側から伝達しています。

 ところで、これについては3番以外はすべて「導通」ですからマウント面にそのための接点を設ける必要がないはずですが、この個体はその内の2か所、1番と5番に穴を開けて、そこにわざわざ「導通」のための金属を詰め込んでいるのです。そこで、このことが意味するのは何であるのかという推理の余地が生じます。

 亭主の導き出した答えというのが、このKAマウント金具は複数の機種の交換レンズが共通で使うのだということです。そのため、「絶縁」が必要なものに合わせて金具に穴開けをしてその穴に絶縁材を埋め込み、それが不要な機種に使う時は金属で埋めるという使い方です。この高価な「smc PENTAX-A 1:1.2 50mm」の製造数は相当に少なかったことが推定できますから、より多く製造する機種の方に合わせるというのが合理的だったのでしょう。なお、 結局この「smc PENTAX-A 1:1.2 50mm」が「Aシリーズ」の最後の交換レンズとなっていましたから、最晩期の製造の個体は3番以外の穴が開いていないものも存在するのかもしれません。

 ちなみに、1番と5番が「絶縁」で他が「導通」なのは開放絞りが「2」で最少絞りは「22」の交換レンズ用です。「Aシリーズ」では28mm、35mm、50mmがありましたが、 多くがそれぞれの焦点距離のハイエンド機種です。でも機種数は多い……

 それから、1番が「絶縁」で他が「導通」なのは「1:1.4 50mm」がそれで、当初は同じものを用いて必要な充填加工をしていましたが、流石に製造数の多いそれは、後に専用の金具を製造していました。

 さらに、5番が「絶縁」で他が「導通」なのは「1:1.7 50mm」がそれで、これも当初は同じものを用いて必要な充填加工をし、後には専用の金具を製造しています。

 なお、専用の金具を造り分けするようになったのは、工作機械の進歩でそれが容易に行えるようになったからかもしれません。

 

smc PENTAX 1:1.2 50mm 

 小文字体の「smc」です。他機種のような小型である「Mシリーズ」は作られていません。鏡胴をこれ以上小さく出来ないことと、フラグシップとして残ったという事でしょう。 これにも「ロックピン受け穴」が「馬蹄形」の前期型とそれが「楕円形」の後期型が存在します。そしてその後期型にはゴールドメッキ仕様の「PENTAX LX」のセットレンズとして派手なゴールドメッキ、トカゲ革巻きピント環仕様のいかにも成金然としたものが存在しています。

 

SMC PENTAX 1:1.2/50

 大文字体の「SMC」です。始祖であるこれはレンズシリアル番号帯「120****」からはじまりましたが、すぐに「14*****」になりました。

 この鏡胴は同時代の「SMC PENTAX 1:1.4/50」とは分解方法が異なっていて、まず先に「飾銘板」を外そうなどとしては絶対に駄目です。それが少しだけ回る個体があるかもしれませんが、「飾銘板」に外道の策であるカニ目穴開けなどしてそのまま無理に回そうなど考えると、確実に「鏡胴前端部」を破壊することになります。正しくは……各自「頭」を「捻って」観察し、奮励研究されたし……ゆめ「尻」からなどにはあらざるなり……

 

 以上に関連した事として、Sマウントである「Takumar」時代に「1:1.2」の絞り開放標準レンズが実現しなかったのは、Sマウントの口径の小ささがそれの実現を困難にしていたからだと思います。その時代に「1:1.2」を実現して、カメラ製造販売数社にOEM提供していたレンズ製造会社もありますが、それはプラクチカマウントの自動絞り機構が接触するおそれのある部分を避けるため、巨大化した後玉の一部を切り欠くというトリッキーな方法で実現しています。しかも、それの公称焦点距離は「55mm」でした。

 畢竟、口径を大きくしたKマウント化によって、ようやくまともな「1:1.2/50」を実現出来たということでしょう。 しかし、フィルターサイズ52mmのこのレンズ、大きさの割にえらくずっしり……

 

 ※Kマウントのトリビア

 Kマウントは順次機能を付加して「KA」、「KAF」、「KAF2」というように発展して行きましたが、元の素の「K」マウントにおいても二種類あるのです。その違いは上記したように「ロックピン受け」の穴の形状です。

 当初は、それがマウント外側に開いた「馬蹄形」でしたが、それが閉じている「楕円形」へと変更したのです。このことにより、マウント部分から水分や埃が鏡胴内に侵入する経路を大幅に少なくできました。この変更は時期的に「防塵・防滴性」を強調したMF時代の 最終高級機「PENTAX LX」の誕生を契機としたものでしょう。ちなみに上画像「SMC PENTAX 1:1.2/50」は「馬蹄形」です。

 Kマウントというのは規格を公開していたため、それを採用していたカメラ会社やレンズ製造会社が複数存在しましたが、この「ロックピン受け穴」の変更を取り入れていない会社も存在します。この変更のときはKマウントを変更したことを公告しなかったのかもしれません。そうする必要を感じなかった他社は、その違いの本質に無頓着だったのかも…

 なお、それが苦手だったPENTAXのために高倍率ズームレンズをOEM製造していた「TAMRON」においても、その納入した製品について馬蹄形に開いたものを 墨守しています。このことは、当時のPENTAXの外注担当者がそのことに気付いていなかったのか、両社とも当時はその違いの意味を知らなかったのか、立場の強いTAMRONが頑なだったのか、その高倍率AFズームレンズの時代には「防塵・防滴」のAFカメラが作られていなかったからか、さて、どれでしょう……亭主の勘では2番……

 「Kマウント」の規格を公開したPENTAXは、Aシリーズ用の「KAマウント」以降については規格特許を公開しませんでした。そのため、レンズ製造会社の中には「下位互換」を取らないところもあります。でも、「TAMRON」はOEM製造会社ですから、しっかりと正規の「下位互換」を行っています。

 この場合、「下位互換」とは、前の時代の規格のKAマウントカメラでも同じようにその機能を使えるという意味です。KAマウントとKAFマウントではピンアサインが異なっていますから、KAFマウント交換レンズに「下位互換」の機能を持たせないと、KAカメラは正常な動作をしません。

 

… あとがき …

 

 「8枚玉タクマー」と俗称される6群8枚構成の「Super-Takumar 1:1.4/50」ですが、その製造時期は最大でも足掛け 4年だと考えられます。それが通説の如く1年と言うのは、新規レンズ製造企画の実態からするとあまりに非常識……

 しかし、その短期間に、上記のように細分類も含めて8つもの変異機種を確認できるという存在で、当時の旭光学工業がその製品の改良にあたっては猛烈に走りながら精進していた証でもあります。また、この走りながら黙って変更を加えるという企業風土から来る現象は他の交換レンズ機種やカメラ本体においてもよく見られるもので、同じ製品名称だからと言ってすべて同じとは限らないという状態を生じさせています。これは現在製造者が引き受けない旧製品を整備修理する上でなかなか悩ましい点でもあります。それは部品の互換性が損なわれ、故障箇所の補修部品の入手がより困難になるからです。

 この補修部品入手難による弊害と考えられる事象として、「期型」の異なる部品を組付けている「合成品」が中古市場に出て来ることです。「二個一」と称される部品取り修繕は、亭主が試みたように、最低限「期型」を揃えて行うべきです。これは言うは易しですが……

 

 なお、1962年の製造開始から1964年7月の「PENTAX SP」発売までの足掛け3年の間に製造されたのはレンズシリアル番号「765***」帯の約1,000個のみであったと推定しています。それ以上製造が進まなかったのは、単体販売が進まなかったためでしょう。その約1,000個のうち、全国の各カメラ販売店ではかなりな数が長期在庫となっていたと推定しています。その在庫の品は1964年7月以降、新発売となって爆発的な人気となったカメラ本体とカメラ店において組み合わせて販売されたという図式が見えています。その根拠は、両者のシリアル番号的にそうとしか考えられない組み合わせの事例を多く見るからです。この方法を旭光学工業が許容または推奨していたのかは不明……

 

 「8枚玉タクマー」はSマウント、つまりM42P=1ネジマウントの近似規格でフランジバックが45.5mmですから、プラクチカマウントなどとの互換使用が可能です。そのためもあって、世界中に夥しい種類のマウントアダプターが存在していて、現在主流のデジタル一眼カメラの多くに取り付けて使用することが可能です。PENTAXからも「マウントアダプターK」というKマウント用のものが販売されていますから、現役のデジタル一眼レフである「PENTAX K-1」などに取り付けて使えます。なお、この「マウントアダプターK」は驚くほど長い間「1,000円」という低価格で販売されていました。この板バネでのロック機能付きのアダプターは 、カメラから取り外すのに特別な工具を必要とせず、親指と人差指との爪先で簡単にロックの解除が可能です。

 

 この「8枚玉タクマー」に限らず、MFレンズを「PENTAX K-1」に取り付け、カメラのフォーカスエイドを利用してピント合わせを行う場合に、無限遠側からピント環を回して行う方が正確なピントが得られます。最短距離側からだと、精密なピントが来る前に合焦表示が出る傾向があります。

 なお、この「8枚玉タクマー」の顕著な光学性能として、絞り開放で使った場合に、近接から接写において黒の文字などが紫色 または緑色になります。これは「軸上色収差」なので数段絞り込めば解消します。故に、絞り開放での使用は、円い点光源などボケの効果を得る作画時のためとする以外には多用しない方がいいかもしれません。今日デジタル一眼カメラでの使用が当然のことなので、シャッター速度を稼ぐためなら感度を数段分上げれば済むことですから……

 しかし、数段以上絞り込んだ状態での描画力は秀逸だと感じています。半世紀以上前に製造されたものということが誇らしい……

 

 たびたびの余談ですが、この交換レンズのために別売で専用円筒形本革ハードケースが販売されていて、最初は 「400円」という価格でした。蓋の上面に「TAKUMAR 1.4/50」と型押しされています。これが今日では希少な存在となっていますから、程度良好な品の所有者は、ミンク油等の良質な保革油による手入れを怠ってはなりません。特に蝶番部とホック部は亀裂が入らないように柔軟に保ちましょう。

 なお、これについても製造時期によって何種類かの変異種が存在しています。型押し表記の形式違いからすると、途中で下請製造業者が変更になったようですが、吊り金具の形状の違いが両者にまたがっているのが謎です。

 さらに、内装の上下に入っているクッションですが、後年の人造革仕様のものに必ず見られるところのボロボロになる劣化は見られないようです。バルサム切れ問題もそうですが、昔の方がなんぼか良かった……

 上画像についてですが、内装が緑のものが古く、赤は後の時代のもので、7枚玉になってからだと推定しています。同じ緑色内装でも、蓋の内側部分の素材と吊環の形状の違いに注目してください。

 寸法的に、これに鏡胴逆付け状態で内蔵出来るレンズフードは、「Takumar 1:1.8 55mm」と表記のある外側が塗装仕上げの品だけです。それもまた程度良好な品は希少な存在です。

 なお、同表示でも黒アルマイト仕上げのものは内径が僅かに小さくて、逆付け時にピント環と当たってしまいます。そちらは本当に「Super-Takumar 1:1.8/55」だけにしか逆付け出来ません。

 しかし、後の時代に出た兼用のものは外径が大き過ぎて内蔵は不可能です。

 

 「V期型」から「W期型」への切り替わりの理由となったフォントの変更ですが、「レンズキャップ」の表記においても下画像のように変更が行われました。しかし、これについては、レンズ鏡胴とは同時に行われなかった可能性が濃厚です。つまり、「W期型」の時代においても旧フォントである「フツラ風フォント」を使い続けていたのだと思われます。

 この被せ式レンズキャップは内周部に貼られたフェルト生地の弾力で保持する仕組みですが、これの経年劣化で保持力が低下しているものが多くあります。その保持力の復活方法ですが、入手が困難な新たな薄いフェルト生地を貼り直す以外では、既存のフェルト生地を丁寧に剥がし、薄い両面接着テープを下駄として貼る方法があります。

 上画像下段右の「レンズマウントキャップ」は開放測光鏡胴になってからの「新型」です。左の「旧型」と比べれば分かるように、それのマウント面に新設された「阿呆対策」ピンをよけるための形状となりました。そのため、この「レンズマウントキャップ」を開放測光鏡胴に取り付けていると「AUTO」から「MAN.」に切り替えが出来ません。そのことで故障と間違えられた話を聞いたことがあります。「切替レバー」を無理やり動かそうとして部品を折ってしまった話もあります。これはまさに「阿呆」に付ける薬は無いという話…かえって旧型ならそんな事にはならなかったのに……

 しかし、なぜ開放測光レンズのためにわざわざレンズマウントキャップを変更したのかという点について考えてみると、交換レンズをカメラから外している状態でも不用意に手動絞りにならないようにという配慮だったと考えられます。従前のレンズマウントキャップを取り付けると、自覚せずとも手動絞りに切り替わってしまうことがありますから、そんな「阿呆」にも配慮したのだと思います。

 

 

 8枚玉として誕生した「Super-Takumar 1:1.4/50」ですが、その誕生時期や数々の変更の歴史を辿る上で重要なのが旭光学工業が製造販売した他の交換レンズ機種、特に、同時期に存在した先輩の標準レンズである「Auto-Takumar 1:1.8/55」及び「Super-Takumar 1:1.8/55」の変遷の歴史です。その両者を比較することで正しい歴史を掘り起こすことが可能となると、逆に言えば、それ無しには何も分からないと、亭主は強く思っています。

 俗称「半自動絞り」というのが1958年に旭光学工業が採用した自動で絞り込む機構の先駆け的存在で、これはシャッターボタンを押すと絞り開放状態から絞り環設定状態へと瞬時に移行し、その後シ ャッターが作動するという仕組みです。レンズを絞り開放状態にするためにはシャッターを切る前に毎回鏡胴のレバーを操作してセットする必要がありました。つまり、プリセット絞りの撮影時の絞り込みを自動で行うというようなものでした。そしてこの仕組みを搭載した機種に対して「Auto-Takumar」という名称を与えたのです。

 その後、1961年に「完全自動絞り」が開発されましたが、その機器名称は「Auto-Takumar」のままでした。しかし、翌1962年になって、「PENTAX SV」の発売を契機として、そのセットレンズに「Super-Takumar」という機器名称を与えたのです。この時のセットレンズは「Super-Takumar 1:1.8/55」ですが、これは内容的にそれまでの「Auto-Takumar 1:1.8/55」とまったく同じものでした。

 内容が同じものなのに「Super-Takumar」という機器名称を与えたのは、その時にフラグシップとして「Super-Takuamr 1:1.4/50」が誕生していたからではないかというのが亭主の推測です。つまり、「Super-Takumar」という新たな機種名を創造する契機となったのは「Super-Takuamr 1:1.4/50」の方であって、これなら内容的にも本当に「Super」なのですから、その名に違わぬと言えるでしょう。

 

 二十年近くに渡ってこつこつと収集してそれを自ら分解整備し、その驚くべき頻繁な変遷の有り様を研究した「8枚玉タクマー」の個々の姿を画像に収める作業ですが、その撮影のために改めて埃を払うと、ほとんどの個体の程度が良好なことに気付きました。これぞ豊饒なる実り…これからも希少かつ掘り出し物だけを目当てに、気長にぼちぼちと励むべし…

 目指せ、Century……

 しかし、亭主が本稿により「8枚玉タクマー」における数多の変遷を詳らかにしたことで、その市価の高騰、さらにそれにつけ込んだ転売者の跳梁を誘っているのではないかという危惧に襲われてもいます。知らぬが仏、これ蓋し名言……

 

… 日々の雑感 …

 

2022/8/13

 前にも見た品ですが、ネットオークションに業者出品で「V期型」の鏡胴なのに飾銘板が「W期型 C」の「8枚玉タクマー」が即落付きで出ています。「1590843」というのは最晩期の「W期型 C」の使っているレンズシリアル番号ですから、これは明らかに「合成品」です。前に出ていた時には素人出品だったと思いますので、今度のは転売屋であることが濃厚です。鏡胴先端部に歪みのある「合成品」の価値としては不当に高過ぎる値付け……

 

2022/7/26

 昨日ネットオークションに登場した「V期型」の「8枚玉タクマー」ですが、以前にも登場していたもので、これがえらく腐食した鏡胴のシロモノです。光学系の状態はどのようなのかは分かりませんが、とにかく鏡胴の外観はボロボロです。「飾銘板」などの各白色表記は見事に黄変していて、どのような環境に置かれているとそのようになるのかと、逆の興味を湧かせるものです。絞り環など黒色アルマイトの鏡胴部品が著しく腐食していることから、酸性か強アルカリ性の液体の付いたままの手で無頓着に操作していたことが疑われます。以前、他機種でこのような状態のものを入手したことがあるので、そのような環境で使われることもあるのだと推定する次第……

 なお、7/20に話題にした「合成品」の「8枚玉タクマー」ですが、誰も手出ししなくて終わり、再度登場しています。こんどは即落無しで1円から……

 

2022/7/20

 今朝のネットオークションにまた「合成品」の「8枚玉タクマー」が出ていますが、即落¥3K近くです。鏡胴は「W期型」ですが、飾銘板は「2302422」と7枚玉である「X期型」の晩期です。こんな「合成品」をセミプロらしい者が出すのはいささか悪質……

 

2022/7/7

 カメラシリアル番号「1020621」の「PENTAX SP」に付いている「8枚玉タクマー」のレンズシリアル番号が「1155959」なのですが、この番号は「V期型 B」製造開始後1,000個以内の番号だと推定しています。このことから推定できることとして、「V期型 A」の製造数は20,000個近くだったということです。各「期型」の製造数推定は中々進んでいないのですが、「V期型 A」が約20,000個以下だということが推定できることは大きな収穫です。ちなみに、「T期型 A」は約500個で、最も希少です。

 

2022/7/3

 昨日手元に来た「U期型」の「8枚玉タクマー」ですが、鏡胴の全体はほとんど良好で光学系もクリアなのに、下画像のように肝心の「飾銘板」の表記が一部かすれているように見える状態でした。そこで、その「飾銘板」を外して歯ブラシを用いた洗剤水洗を行ったところ、完全に甦りました。単に汚れていただけだったのです。もし色落ちなら白入れ加工を試みるつもりでしたが、杞憂に終わりました。 洗浄後の姿は上記「本題」に掲載……

 そもそも亭主の価値基準として、中古レンズは新品販売時の3/4が上限としていますが、8枚玉タクマーの場合、最も希少な「T期型」は満額の15K台、それに次ぐ「U期型」は12K台、以下「V期型」は9K台、そして「W期型」は7K台というのが目安です。その基準に照らして今般入手した「U期型」は5K台でしたから、随分と儲けもの……

 

2022/6/14

 亭主が見張っているネットオークションにおかしな「8枚玉タクマー」が出品されています。鏡胴は明らかに「V期型」なのに飾銘板のレンズシリアル番号はフォント違いの「W期型 C」の最晩期のものです。画像ではフィルター取付枠に歪み傷があるので、いずれにしても手出し無用の、浪花由来のばったもん…

 ところで、この鏡胴より飾銘板が後の時期のものというのはよく出品されます。これは事象的には飾銘板に傷を付けたのを取り繕った結果としか考えられませんが、それより、過去の整備業者が複数の個体を同時に分解整備していて取り違えて組み立てた結果ということが考えられます。期型が異なるものがあるという知識が無く、その違いについて 無頓着という半端で杜撰な業者なら起こしても不思議ではない…被写界深度環だけが期型が違う個体などはその疑いが濃厚……

 更に、飾銘板は「T期型 B」の最初期なのに、鏡胴は草臥れた「W期型」と思しきSPの「1000709」が付いたシロモノも登場しています。これは明らかに「二個一」なので、安易には手出し無用……

 

2022/6/6

 8枚玉タクマーの収集のために日々ネットオークションを監視しているのですが、この頃は転売の品がよく登場します。何故転売だと分かるのかと言えば、亭主は登場したものについて期型の判別可能なレンズシリアル番号を可能な限り記録しているからで、既に登場した番号が出て来るので転売と判断できるのです。そして、それらはほとんどの場合、高額な即落価格を付けています。

 8枚玉タクマーは\21Kで販売されていましたから、中古価格としては、高くても3/4以下であることが望ましいと亭主は思っています。それなのに\3K以上の即落価格を付けるなんて、あまりに強欲……

 

亭主:雌山

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