~ Wonderful World ~




日向さんの国というものがあればいい。

どこに行っても、どこを向こうとも、日向さんしかいない世界。
学校一つとっても、そこにいる生徒はみな日向さんだ。生徒だけではない。教師も全員が日向さんだ。
数学の教師は少しインテリ風の眼鏡をかけた、大人でクールな日向さん。体育の教師はジャージを着て熱血指導をするアツい日向さん。
校長だって日向さんだ。年齢を重ねて角の取れた、笑うと目尻に皺のできる可愛らしい日向さん。それから保健室には当然、フェロモンまき散らし系の色っぽい日向さんもいる。

生徒は全員サッカー部だ。みんながみんなフォワードをやりたがるから、毎日がポジション争いで大変だ。とはいえ実力は同じだから、結局は順番とかジャンケンで決める。たまに自分勝手な日向さんがいるのか、「次はお前、キーパーだろうが!俺がFWの番だろう!」などと怒鳴り声が聞こえてくるのもまた微笑ましい。

部活が終わったら終わったで、そんな揉め事があったことも忘れたかのように皆で仲良く寮に帰る。「腹が減ったー!」の大合唱も、聞いてるこっちは目を細めるだけだ。


寮の中にもやはり日向さんしかいない。食堂は元気よくご飯を頬張る日向さんでいっぱいだ。全員が真剣に食べているから、妙な熱量がある。
普段から日向さんは『食べるんじゃなくて、食べさせて貰っているんだ。命を貰っているんだから残さず食え』と言っている。そういう真摯な向き合い方が日向さんらしくて、すごくいい。

夕飯の後には風呂に行く。日向さん同士の中でも気の合うグループがあるのか、適当に分かれて時間をずらしているようだ。
ぞろぞろと連れ立って歩いていく日向さんたちは、この時間が一番リラックスしているように見える。今日あったこと、嬉しかったこと、楽しかったこと、頭にきたことなどを日向さん同士で報告しあっている。だけど基本的に他人の話は聞かない人たちなので、それぞれに言いたいことを話している感じだ。それでもストレスが解消できるのなら、それでいいんだろう。

風呂場の中を覗くと、湯船に沢山の日向さんが浸かっている。ちょこんと湯から頭から出ているのが可愛らしい。何となく温泉に使っている猿の群れを思いだす・・・こう言うと怒られるだろうか。


就寝時間まではそれぞれが思い思いに過ごす。
真面目に宿題をやる日向さんもいれば、マッサージをしあう日向さんたちもいるし、談話室で腕相撲をしているマッチョ系の日向さんもいる。どの日向さんも、何をするにしても真面目に取り組んでいるのが素晴らしい。

消灯時間を過ぎれば、どの部屋からもすぐに音がしなくなる。日向さんは異様に寝つきがいいのだ。試しに幾つかの部屋を覗いてみると、さっきベッドに入ったばかりなのに皆スヤスヤと眠っている。
お腹を出してる寝相の悪い日向さんもいれば、丸まってタオルケットの端を握る子供のような日向さんもいる。読みながらそのまま眠ってしまったのか、開いた雑誌に突っ伏して寝ている日向さんもいる。

全員に共通しているのは、明日への英気を養いつつ、それぞれが幸せな夢を見ていることだ。
何故なら、日向さんはそうでなくてはならないからだ。辛い夢など見てはいけないからだ。



    どうだろう。こんな日向さんだらけの世界があったら、それこそ夢の国と言えないだろうか。




*****




   なんてことを最近は妄想したりするんだが、どんなもんだろうな」
「キモっ!ほんっとキモ!ねえ、ちょっと大丈夫なの~?健ちゃん、だいぶイッちゃってるよ!?」

長年温めてきた夢の世界についてせっかく語ってやったというのに、その相手    反町から返ってきた第一声は、『キモ!』だった。若島津は鼻白む。

「残念だ。お前なら分かってくれると思ったんだけどな」
「いや、分かるよ!?日向さんの魅力や素敵さや素晴らしさは、これ以上ないってくらい分かってるよ!?だけどそんな有り得ない世界を妄想して、一人でニヤけてるお前がコワイの!かなり変態入ってるし!」
「変態でもいい。想像とはいえ日向さんしかいない世界に入り込めるのなら、これ以上の幸せがあるか」

はあ・・、と熱っぽく吐息を漏らして遠くを眺める若島津に、反町は傍目にも分かるほどに引いていた。



ここは若島津と日向の部屋だ。
反町が日向に用事があってきたところ、日向は不在だった。だが同室の若島津はいた。それがベッドの上に寝ころんで、両手を胸の上に組んで恍惚の表情をしていたものだから、「珍しいねー、若島津。何でそんなに機嫌がいいんだよ」という話になったのだ。



それから冒頭の述懐へと繋がる。



「お前には分からんかな。この浪漫が」
「何が浪漫だよ・・・。俺も大概日向さん好きだけど、やっぱお前に比べたらマトモだわ」

あー、良かったあ~・・とわざとらしく胸に手を当てる反町に、若島津は冷たい視線を送る。

「別に俺だって日向さんでハーレムを作って酒池肉林とか考えている訳じゃ無い。どっちかというとジオラマを作る感覚だな」
「ジオラマ?」
「俯瞰的な感じでさ。この日向さんをここに配置して、こっちにはこんな日向さん、とかさ」
「・・・・・・」
「国語教師は、どんな日向さんがいいと思う」

突然に問われて、反町はついさっき『キモイ』と言ったことも忘れて慌てて考える。

「え・・?えっと・・・少し陰のある感じ?ちょっと痩せてて神経質そうで・・・繊細っつーの?現国教師のくせにコミュ症とか」
「理科の教師は」
「んー。常に白衣着てて欲しいよね。実験とか、生徒よりも喜々としてやってそう。時々くだらないダジャレを発して、生徒の日向さんたちが『はいはい』って流すのとか、どうだろう」
「ほらみろ。楽しいだろう」
「・・・ほんとだ」

反町は自分でも意外だったのか、目を丸くする。

「じゃあさ、じゃあさ。教育実習生なんかも日向さんな訳だよね。授業での説明がたどたどしくて、初々しい日向さんが来ちゃうんだよね」
「まあ受ける方も日向さんしかいないからな。それを可愛いと思うのはその場にはいないだろうけどな」
「うわあ・・・。じゃあ寮母とかもさ、エプロン姿の日向さんがいるわけえ!?ご飯、作ってくれちゃうの?」
「日向さんのメシ、結構うまいぞ」

もはや若島津の頭の中も妄想と現実が入り乱れているが、そんなことはお構いなしに二人は話を続ける。


そのすぐ傍で顔を引きつらせて聞き耳を立てている人間がいることなど、気付きもせずに    







*****




「大丈夫ですか?日向さん」
「・・・大丈夫じゃねえ」
「大変ですよね。日向さんみたいに偏愛的に好かれるっていうのも」
「島野・・・」

島野が見つけた時、日向は自分の部屋の扉の外    廊下の壁に手をついて、佇んでいた。
何事かと近寄る島野に、日向はシー、と唇に人差し指を当てる。それだけで何となく察した島野は、半開きになったドアの向こう側で盛り上がる声を聞いて、なるほど、これが部屋に入れない    入りたくない理由かと納得した。


ほんと、大変ですね・・・と小さな声で囁くと、『お前はまともだよな、お前は大丈夫だよな』といった風に縋るような目をして日向が振り向く。

    うわあ・・・)

そんな日向を前にして、島野は密かに感動していた。


島野正、16歳。東邦学園高等部1年、成績普通、サッカー部Bクラス、レギュラーにはほど遠し。


それが島野という男だった。
平凡で地味。目立たなくて縁の下の力持ち系。連れていても自慢にもならない男。だが無害     
島野は昔、3つ上の従姉からそう評されたことがある。「正はさあ、その平凡なところがいいのよ。癒しなのよ、あんたは。何かに突出しなくてもいいのよ。その代わり、深くなんなさいよ。何でも、誰でも、受け止められるくらいにさ」

その当時、そう言われた少年・島野正は『なるほど』と思ったものだ。

何故なら何かに突出するということは、なろうと思ってなれるものではない。何よりも才能が必要だろう。

だが、『深くなる』というのは、自分の努力次第で何とかなるんじゃないか    島野は子供ながらにそう考えた。
自分のこころの内を見つめ、大事な誰かのためにいつでもその一部を差し出す用意をしておく。それくらいなら、極々平凡な自分にも出来るんじゃないかと。

なにしろ初等部の中学年の頃には、既に自分が平凡であることを自覚していたくらいだ。だから身内からそうと言われたくらいでショックでも何でもなく、寧ろ以降は従姉のアドバイスを胸に生きてきた。

その結果、自分はどこまで出来ているのか。
何でも誰でも受け止められるくらいの度量はついているのか    それは島野には全くもって自信がない。
だがこの学園にきて一風変わった友人らに揉まれてきた分、忍耐強くもなったし、ちょっとやそっとでは動じなくなったような気がしているのも確かだ。

大きなプラスも無いかわりに、大きなマイナスも無い。島野は、それが自身の資質でもあると同時に、精神の在り方でもあると思っている。またそうであろうと心掛けてもきた。
できるだけフラットであろうと決めているのだ。いつか、自分のそういう面が誰かに必要とされるかもしれないのだからと。

   姉ちゃんの言ってたことは、間違ってなかったんだな)

少なくとも今、日向が自分に救いを求めてきている。「お前だけは、お前だけはおかしい奴じゃないよな」といった目で、じっと見つめてくる。島野には、日向の『そうじゃなきゃ許さないぞ・・・!』という心の声が聞こえるような気がした。

(この信頼・・・!これを得るために、これまでの俺があったんじゃないか     !)

島野は一人胸を熱くし、日向の視線をガッチリと受け止めて大きく頷いた。

「日向さん、とりあえず俺の部屋にいきましょう。反町が帰ってくるまで。ね?反町が帰ってきたら、この部屋での不毛な話も終わっているってことですよ。だから、そうしましょう」
「あ、ああ・・・。そうだな。そうさせてくれ」
「実家から送られてきたお菓子もあるんです。一緒に食べてのんびりしましょう」

島野のいる部屋は反町の部屋でもある。反町が帰ってきた時に入れ替わりに戻れば、日向は二人が揃っているところに出くわさずに済む筈だった。

そう提案すると、日向は目に見えて表情を柔らげた。

(・・・日向さんの周りには、あの二人だけじゃなくて他にも濃い奴が大勢いるもんなあ・・・)

それはフランスから帰国してきたフィールドのアーティストだったり、日向の実家にまで押しかけたことのある貴公子だったり、遥か遠くの国からちょくちょくと連絡を寄越してくるSGGKとかだったり。

実のところ島野はたまにだが、本当にたまにだが、自分みたいな普通の平均値な人間の方が、日向には息抜きになっていいんじゃないか     なんて思うこともあるのだ。
『さすがにそれは、自惚れ過ぎだよなあ』と、すぐに打ち消してしまうのだけれど。



何はともあれ、今日の島野はホクホクとして日向を自室に連れ帰ることができるのだった。ならば善は急げではないか。

恭しく日向の手を引いて自分の部屋に向かうと、日向に「そういえば島野。お前は妙に機嫌いいな。何かいいことあったのか?」と、なんとも的外れなことを質問された。その天然さすらも『かわいいなあ・・』なんて思えるようになったことに自分の成長を認識して、島野はちょっとだけ自信をもつ。

「これはつまりアレですよ。棚からぼた餅、果報は寝て待て、凡夫盛んにして祟りなし、ですよ」

島野が平凡平凡と周りから評される顔にとびきりのスマイルを乗せて答えると、日向はきょとんとし、「ぼん・・何だって?」と聞き返した。





END

2017.07.01

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若島津に語らせましたが、まるっきり私の妄想です。私の。
推し一点集中主義の方なら共感して頂けるかもしれません。CP推しの方は、そのCPばかりの世界を想像して頂ければ。

前半がとってもとっても、書いてて楽しかったです。(^^)