※R-18です。背後要注意!



 ~ 俺のわんこ ~バレンタイン編





そわそわ。ふらふら。うろうろ。ぐるぐる。

さっきから若島津が落ち着き無く狭い部屋の中をうろついている。思いっきり挙動不審だ。
だけど俺にはそうなっている原因が分かっているから、放っておく。

もうすぐ寮の消灯時間になる。
消灯時間を迎えたからといって、各々が自室で起きている分には何も言われないけれど、共用スペースはすべて消灯されて暖房も止められる。それまでそこかしこで賑やかにしゃべっていた奴らが次々と部屋に戻り、騒がしかったこの建物全体から潮が引くように音が消えていく。徐々に静寂が訪れて、そうなると今日という一日が終わるのだ。

若島津が先ほどから怪しい動きを見せているのも、そのせいだろう。ベッドに座ったり立ったり、時計を見たり、俺の方をチラチラと確認したりして。


正直、面白えなあ、と思う。

こいつの考えていることなんか、丸わかりだ。俺は自分が腰かけている椅子を少し引いて、机の引き出しを開けた。
そこにあるのはチョコレート。安い菓子の代名詞みたいなチロルチョコを幾つか無造作にビニール袋に詰めたものが、一袋だけ転がっている。

もうすぐ終わってしまうだろう今日の日付は2月14日。バレンタインデーなのだ。







バレンタインデーとは何か。

高校生にもなって今更それを説明しろ、という奴はいないだろう。外国ではまた違う風習があるらしいが、少なくとも今の日本では、女の子が好きな男に気持ちを伝えるためにチョコやら贈り物やらを渡す日だ。

俺だって小学生の時には女の子に手ずから贈られたことがある。家計が苦しくなってからは、お返しが大変だから受け取らないようにしたけれど、それでも何だかんだと毎年「お返しはいらないから受け取って」と言ってくれる女の子は必ずいた。
中学からは東邦だったから、ここは男子校だし、もう関係ねえな・・・と思っていたのだけれど、それは俺の見込み違いだった。
驚くことに、東邦には男しかいないにも関わらず、何故か俺はチョコを貰い続けた。野郎からなんかいらねえ、欲しくねえと言っても、「返されても困るから貰ってくれ」と押し付けられた。特に後輩からは数多く貰った。仕方が無いから受け取ったけど、男相手にはお返しも何も必要ないだろうからと、1か月後になっても放っておいた。それで何か言われることも特に無かったから、そういう点では男は楽でいい。

高等部に上がってからはインターハイや選手権で優勝して注目されるようになったからか、今度はファンだと名乗る見知らぬ女の子から寮にチョコが届くようになった。去年はダンボールに2箱分あったけれど、食べきれる筈もないのでどこかで役立てて欲しい、と松本さんに託した。

俺にとってのバレンタインデーは、そんなものだ。欲しいと強請った訳でもないチョコレートが贈られる日。だけどそれに関して思い悩むようなことも別に無いから、特段にどうということも無い一日。

      ああ、そういやコレがあったな)

俺は机の上にドーンと、存在感たっぷりに鎮座している箱を見た。

何故か毎年、三杉からもチョコレートが届いた。あいつの寄越すものは如何にも高級そうなチョコレートばかりで、凝ったデザインのパッケージも目を引いた。だけど店の名前も見ても、俺の知らないものだというばかりでなく、読めないものも多かった。

今年はなんだかいつもよりデカイ箱だな・・・と思ったら、パカっと上蓋を開けるようなのじゃなくて、引き出しがついている物入れのような形になっていた。その引き出しは2段あって、中の仕切りのそれぞれにカラフルに彩られたチョコが行儀よく納まっている。
何だよ、これ。こんな立派なケースに入れる必要あんのかよ、どうせ食べたら無くなるのに・・・なんて思ったことがあいつにバレたら、どんな顔をするだろうか。いや、俺らしいと言って笑うだけだろうな。

三杉にはすぐに電話した。忙しい男だと分かってはいるけれど、メールは打つのも文章考えるのも面倒だし、大抵は電話で済ませている。あいつも「出られない時には出ないだけだから、それでいいよ」と言ってくれているし。

「チョコ届いた。ありがとう。でも、毎年言っているけど別に俺に送ってくる必要ないからな」と言うと、「こちらも毎年言っているけれど、僕が贈りたいだけだから気にしないでくれ」と返ってきた。

「売り場に行くと、色々とあって目移りしてね。でも選ぶのは楽しいから。そのチョコは日本に上陸したばかりのショップのものだから、反町君も食べたことないと思うよ」
「反町に食べさせたいなら、あいつに送ってくりゃいいのに」
「君は鈍感にも見えるけれど、実は単に意地が悪いのかもね」

ふふ、と上品に笑いながらも結構な毒を吐かれ、電話は終わった。

(意地が悪い、か      。さすが、把握してんなあ)

小学校から高校まで所属したどのチームでも、年代別の代表チームでも、変わらずに司令塔であり続ける男は人の本質を見抜くのにも長けているのだろう。
あいつの言うとおり、俺は意地が悪い。俺のわんこがそわそわしているのを「面白えなあ」とのんびり眺めているくらいには。








「日向さんからのチョコが欲しい」

若島津にそう請われたのは、つい3日前のことだ。バレンタインデー3日前に『チョコレート』という単語が出てきても、それでも俺には何の話だか分からなかった。それくらいには、俺とあいつとの関係において、バレンタインのチョコなんてものは縁が無かった筈だ。
なのに、あいつはデカい図体をしているくせに可愛らしく小首を傾げて、「ダメ、かなあ・・・」などと上目づかいで俺を見てきたのだ。俺よりもずっと背が高いくせに!

そこでキュン、としてしまったのは不覚としか言いようがない。何でデカクてゴツくて逞しい男相手に、俺は可愛いなんて思ってしまうんだろう。不思議だ。不思議で仕方が無いけれど、「何で男の俺がお前にあげなくちゃいけないんだよ」と切って捨てられなかったのは事実だ。「買えたらな」なんて曖昧な返事で誤魔化してしまった。「でも買いに行く時間もねえからな」などと、了承も却下もしなかった。俺はほんとに狡い。

まあ、実際に買いに行く暇なんか無いのは本当だ。どうしても必要なものはネットで買うという手段もあるが、俺の場合は学校や部活に必要なものは支給されるし、自由になる金もそれほど無いから、滅多に自分で買い物なんかしない。私服だって先輩や反町から「買ったけれど気に入らなかったから」という理由でお下がりが回ってくるから、それで十分だった。

ということで、俺が手に入れる前提条件としては、学校の購買部で買えるもの、ということ。
その結果、引き出しの中にチロルチョコが入っている訳だ。購買の陳列棚の前で「こんなもんであいつは嬉しいのか」と思わなかった訳ではないが、他に手に入れようが無いんだから仕方が無い。そこは割り切って片手でザバっと取れる分だけのチロルチョコを持ってレジに向かった。まあ俺はウマイと思うし、種類も色々あって楽しいからいいんだけどな。
ただせめて袋くらいはもうちょっと・・・と思って、レジのおばちゃんに「なんか透明でキレイそうなのちょうだい」と言ったら、小さな花柄の袋をくれた。だからそれに入れて、セロハンテープで止めただけ。
金もかかっていない、手間もかかってない、しかも男の俺からという三重苦だ。自分で言うのもなんだが、三杉がくれたものと比べると、雲泥の差だ。いや、あいつも男ではあるけれども。


だがこんなものでも多分首を長くして待っているのであろう若島津は、随分と前から俺の動向を気にしている。それを分かっていて焦らしているのだから、自分でも性格が悪いと思う。

でも想像してみて欲しい。
餌を目の前にしながらも「待て」って飼い主に言われて、必死で耐えて待つんだけれど、体がプルプルと震えてきて「もう待ちきれないっ!」って感じになったワンコ・・・・。ものすごく可愛いだろう?今のあいつが、まさにそんな状態だ。

俺が椅子の背もたれに体重をかけてギシっと鳴らすと、びくん!と反応して、また俺が元の体勢に戻ると息を大きく吐く。そんなに気になるなら、聞いてくりゃいいのによ。

だけどそろそろ終わらせないと、それこそ今日という日が終わっちまうからな。俺は椅子ごと若島津の方を振り向いて呼びかけた。

「若島津」
「な、なにっ!?日向さんっ」

文字通りベッドから飛び上がった若島津は、期待に目がキラキラしている。尻尾もぶんぶん振ってハアハア言ってる。畜生、頭をグリグリしたくなるな。

「これ。お前食べるか」

俺は三杉に貰ったチョコを一粒ケースから取り出し、右手の指でつまんで若島津に掲げて見せた。途端にあいつの顔がシュン、と曇る。
・・・やべえ。全力でガッカリしているのがすげえ可愛い。尻尾も耳もダランとしてて、これはこれで何とも言えない。

「それとも、こっちがいいか」

俺は引き出しにしまってあったチロルチョコ詰め合わせの袋を左手に持って振って見せた。どっちがいいかなんて、普通なら聞くまでも無いんだけど。多分、このチロルチョコ全部合わせたって、三杉のくれたヤツの一粒より安いんじゃないか?

「・・・日向さんっ!!」

俺のわんこはやっぱり鼻が利くんだ。何も言ってないのに、こっちは俺が用意したものだってちゃんと分かったらしい。興奮のあまり跳びかかってきたあいつを受け止めて、俺の椅子は「コレ、壊れるんじゃね?」というくらいの音を立てて軋んで、危うくひっくり返るところだった。










それからどうなっているかというと、俺は今現在、こいつのベッドで組み敷かれている。そんなつもりは無かったのだけど、跳びかかってきたわんこは俺の顔中にキスしてきて、余裕も無さげに「すきすきすきすき」と繰り返すものだから、俺も何となくその気になってしまった。

それに躊躇いなくコイツがチロルチョコを選んだ時に、あの話を思いだしたんだ。こういう童話だか昔話、あったよなあ・・・って。
泉の中から神様が現れて「お前の落とした斧は金の斧か、銀の斧か」って聞くやつ。なんて題名だったか忘れたけれど、昔勝に読んであげた絵本の中にあった。

あの話の中で、「自分の斧はそれじゃない」って答えた正直者は、神様からご褒美を貰えたんだ。
だったら、わんこだってちゃんとご褒美は貰わなくちゃだもんな。


「・・・ふ、ぅんっ、あ・・!」

ねっとりと舌に絡みつかれて、歯列をなぞられて、食べるように味わうようにキスをされて俺の息が上がる。あまり声を出す訳にはいかないから、ほどほどにして欲しいんだけれど、それとは裏腹にもっともっと、と煽ってくる自分がいる。

「日向さん。好き。好き。大好き」
「・・・はあ・・っ、ん、ん、・・・ああッ」

既に俺の中に侵入を果たしていたコイツは、しばらく大人しくして馴染ませていたかと思うと、始めはゆっくりと、そのうちリズムよく動き始める。浅く出入りする度に感じるところを擦っていくから堪らない。すごく気持ちイイ。

「あ!・・・・ンン、ンー!」

ピンポイントでそこを狙われると、もうどうしようも無くなる。声を出したい。でもできない。傍にあったタオルを掴んで噛む。

「日向さん。ごめんね。俺もほんとは声、聞きたい。日向さんのエロい声、それだけで俺、イキそうになる」

・・・だから、何でそんな恥ずかしいことを言うんだよ!この馬鹿!!

「日向さん、可愛い。目が潤んで・・・もっと気持ちよくなって。・・・ね、日向さんの中、すごく熱くてトロトロだね。体温が高いから、この中も熱いんだね」
「ンンッ!ン!ン!・・・は、ふぁっ!」

浅いところで抽送を繰り返していたコイツは、急に奥まで入ってきた。圧迫感がものすごい。それから快感も。過ぎた快楽は俺には急では辛くて、首を振って逃げようとすると若島津は嬉しそうに笑う。それからまた張り切って俺を揺さぶる。

よくよく考えてみると、滑稽な恰好だよな、って思う。一所懸命に腰ふってさ。それが本能だから仕方ないんだけど、客観的になれば妙におかしいし、だけど可愛いよなって思っちまう。俺も男なんだけど、男って馬鹿だよなあって。結局奉仕するようにできてんじゃねえの、って。

そんな風に思ったら、俺もこいつを可愛がってやりたくなってきた。で、深く考えもせずに口にしたんだ。

「なあ・・・、たまには・・んッ、逆になって、みるか・・・っ?」
「え・・・?」

俺としてはそれほどおかしな提案では無かったつもりだけど、若島津にしてみれば考えたことも無かったのか、一切の動きが止まってしまった。驚いたような顔をして俺を見降ろしている。うん、その表情はなかなか可愛い。思いつきで言ってみただけだけど、なんだかイケる気がする。俺、こいつなら多分大丈夫。きっと抱ける!

「・・・ぎゃ、ぎゃく?」
「たまには俺が突っ込む方。それでもいいだろ?」
「い、いや。それはちょっと・・・」
「だいじょーぶだって。慣れたらちゃんと気持ちいいし。俺、そんなヘタじゃないと思うから」
「いや、そういう問題じゃなくって・・・」
「じゃあ何の問題だよ・・あ!・・やっ!」

油断してた。突然若島津が動きを再開するから、声を抑えることが出来なかった。もう俺に四の五の言わせたくないのか、このまま最後まで突っ走ろうというのか、動きがますます激しくなる。
ガツガツと奥に当たってくるモノが、俺の上で息を荒げる男が、苦しそうに眉根を寄せる顔が、丸ごと愛おしい。衝撃と快感とで目が眩みそうな中、俺は奴の首に腕を回してキスを強請った。このまま追い上げられたら訳が分からなくなる。どれだけ声を出してしまうかも分からない。その前に全部呑みこんで欲しかった。お前の吐き出すものは全部俺が引き受けるから。その代わりに俺の声を、何を口走るか分からない恥知らずな俺を、お前が抱えて塞いで、全部呑みこんで。

イク瞬間、俺は口を塞がれながらも若島津の名前を呼んでいた。





自分につけていたゴムと俺が吐き出したものを片づけると、若島津はベッドの上に横になっていた俺の隣に寝そべった。時計を見ると、もう日付けを越えていた。ヤッている最中にバレンタインデーは終わったようだ。そういや、結局昨日のうちにチョコを喰わせてやることは出来なかったんだな、と気が付く。そのことを謝ると「日向さんを食べたからいい」と照れたように笑う。

そんな風に言われて俺も気恥ずかしくはあるけれど、まあエッチをした後の回答としては合格だろう。よく出来ました、という意味で俺は若島津の頭を撫でてやった。大きな身体をしてふさふさの毛をもつ俺のわんこは、とっても嬉しそうに鼻をすり寄せてくる。「日向さん、すごく良かったよ。熱くて柔らかくて、蕩けてて。またしようね」と言って。

だから俺は頷いた。

「俺もすごく良かった。頭ん中、真っ白になって、どこもかしこも気持ちよくなって・・・。どれだけスゴイか、お前にも教えてやりたいよ。いつ、逆も試してみる?」

笑いかければ、若島津の顔がピクリと引き攣るのが見てとれた。


やっぱり俺は三杉の言う通り、意地が悪いんだ。何が何でも若島津に突っ込みたい訳じゃないけど、こんな風な反応を見せられると楽しくて仕方が無い。


しばらくは二人でこのやり取りを繰り返すんだろうな・・・と思って、俺はニンマリと笑った。








END

2016.02.14





まさかのリバ!?

いえいえ。本人ばかりが「俺、リバいける!」と意気込んでいて、周りは「何言ってるのかなー」くらいな完全受体質な日向さんが好きなのです。

わんこ島津は青くなっているけど。(きっとこの後、反町あたりに相談したに違いない・・・)



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