~ 俺のわんこ ~2
今夜は冷えるな・・・と思いながらベッドに入った。それでも少し経てば自分の体温で布団が温まってくる。そうなるとすぐに眠くなってしまうのがいつもの俺なのだが。
「・・・眠れないのか?」
隣のベッドに同じタイミングで潜り込んだ筈の若島津が、一向に眠る気配がない。さっきからモゾモゾと動いたり、身体の向きを変えたりしている。
別にベッドがギシギシいう訳でもないし放っておけばいいのだが、それでも他に音がなくて静かな分、その気配に意識がいってしまうのだ。
いや、いざとなれば俺はそんな気配だって無視して眠れる。どこにいてもすぐに眠ることができるスキルは、遠征が多い俺たちにとっては必須だ。俺にはどうやら元からその能力があるようで、これまで「枕が変わって眠れない」なんてことは無かった。
じゃあ、何がそんなに気になるのかというと・・・単に眠れないと明日の授業や練習にお互いに響くから、というだけだ。
「・・・すみません。うるさかったですか?」
きゅいーん、と鳴き声が聞こえてきそうな声だった。多分、耳もペタンと寝ているな・・・、しっぽもだらんと垂れさがってるな・・・なんて脳内で犬変換すると、余計に放っておけなくなった。
大方、身体が冷えすぎたのだろう。若島津は手足の先が冷えやすい。子供の時からそうだった。しかも一旦冷えると、なかなか温まりにくい。
「だから靴下を履けって言ってんのに。どうせ足が冷えすぎて眠れないんだろ?」
「風呂入った後は、部屋の中では裸足でいたいんですって。・・・大丈夫ですよ。ガキの頃から裸足で冷えるのは慣れてますもん。」
若島津はいつもの台詞を繰り返す。消灯したから部屋の中は暗闇で顔も見えないけれど、多分笑っている。こいつは俺が心配したり、気にかけたりする様子を見せると、いつもふんわりと笑うから、きっと今もそうなんだと思う。
確かに明和に居た頃は、真冬でも道場で裸足で稽古をしていたような奴だ。冷えるのにも慣れているのは本当だろう。だけど、だからといってそれが平気かといったらそうでもなさそうなのが残念なところだ。
「風呂にもう一回入れればいいのにな」
「いいですよ。できたとしても、面倒だし。・・・・ごめんね。もう少ししたら温まると思うから」
ゴソゴソと動いているのは、少しでも身体を動かした方が熱を生むからだろう。本当に頑固な奴だ。こうなると分かっていても、靴下ひとつ履くのを嫌がる。
ほんと、面倒なわんこだな。
俺の頼んだことは大抵のことなら聞いてくれる男だ。頼んでないことでも、それが俺のためになることならやっぱり大抵のことはしてくれる。
それで俺が喜んだり礼を言ったりするとこいつも嬉しいらしく、満面の笑みを見せる。
その様がいかにも俺を慕ってくるわんこのようで、そんな時は俺も若島津の髪をわしゃわしゃとしてやる。わしゃわしゃをこいつが喜んでいるかどうかは微妙なところだけど。
だけど俺は知っている。
こいつがそんな風に何かをしてくれるのは、俺に対してだけだ。知り合ってもう6,7年が経つが、今までのところは俺だけ。
だから俺が一言「俺の安眠妨害になるから靴下を履け」とでも言えば、そのとおりにするのかもしれない。
ただ大きな図体をして布団にくるまって微かに震えている若島津は、本物の犬のようで・・・・こう言っちゃなんだけど、可愛い。
俺は自分の家では犬を飼ったことが無くて、若島津の家で飼っている小太郎 元々は俺が拾ってきた犬だけど くらいしか知らない。でも、こんな夜の若島津はやっぱりわんこみたいだと思う。
俺だけのわんこ。
結局のところ、俺は靴下を履くことも、他の方法で暖をとることも、こいつに強要したりはしない。
そのうえ、こんもりとした布団が震えているのを見ると、しょうがねえなあ、わんこが困っていたら何とかしてやるのも飼い主の責任だよなあ・・・なんて庇護欲が顔を覗かせてくるのだから妙なものだ。
「・・・こっち、来るか。ヘンなことしねえなら、俺のベッドに来てもいいぞ」
「・・・いいの!?」
絆されて誘ってみると、若島津がガバっと布団を飛ばして跳ね起きた。
「いいも何も、そのままじゃ眠れないんだろ。俺は体温高い方だし、仕様がないから温めてやるよ。あ、布団はこっちに持って来いよ」
「日向さん・・・」
ベッドは男二人が並んで寝るには狭いけれど、落ちなけりゃ大丈夫だろう。ただ布団ははみ出したら風邪をひくから、それは持参させる。
「・・・お邪魔します」
「おう。早いところ温まって寝ろ」
若島津が枕と布団を抱えて俺のベッドにやってきたから、奥につめて場所を空けてやる。途端に外気が入ってきて冷える。それから同じくらいにひんやりとした若島津の足が触れる。
「・・・つめて」
「あ、ごめん!ごめんね!」
「いいから、もっとこっちに寄れって。落ちるだろ」
思わず「冷たい」と漏らせば、慌てて離れようとする身体を引き留めて、もっと近くにと寄せる。だって温めるのが目的なんだから冷たくたって仕方が無い。こんなに冷えやがって と文句を言いながらも、俺は足先を温めてやるように自分の足に触れさせる。
「言っとくけど、本当にヘンなことはするなよ。俺はもう眠いんだからな」
「分かってる。・・・ありがとね、日向さん。俺、嬉しい」
へにゃりと若島津が笑う。あ、今きっと尻尾をふってるな・・・なんて思ったらつい俺も嬉しくなる。
若島津の身体を引っ張ったままの体勢でいたから、自然とこいつを抱き込むような感じで寝ていた。それもまた大きな犬を抱っこしているみたいな感覚で良かったのだけど、それは若島津の望みとは少し違ったらしい。
「あの・・。あの、ね。日向さん。・・・ヘンなことしないから、俺が日向さんを抱きしめて寝てもいいかな。ヘンなところ触ったりしないから。お願い、日向さんをギュってしたい」
「・・・・」
普段、俺のことばっかり考えているような奴の『お願い』には俺だって弱い。無言で身体の位置を変えて、若島津の腕の中に入るように動く。
「ありがと、日向さん。嬉しい。・・・ああ、日向さんってほんと温かいね」
約束どおり妙な手つきをすることもなく、ただ柔らかく抱きしめてくる若島津は、足先こそまだ冷えているけれど俺にとってもやっぱり温かい。
それに聞こえてくるこいつの声が、低いけれど甘くていい声で・・・何だか俺も気持ちが良くて眠くなってくる。元来、俺は人が驚くほどに寝つきがいいのだ。
少しウトウトしてきた。
だからか、つい考えていることが漏れていたらしい。
「・・・なんでかなあ・・・。おまえ、こんなに・・っぽがフサフサで・・・・・・毛むくじゃら・・なの・・に」
「え?何がふさふさ?毛むくじゃら?それって、どういう・・・日向さん?」
若島津が何か聞いているような気がしたけれど、その声すらも微かな振動となって気持ちがいい。温かいし、若島津の匂いがしてなんだか安心する。
俺はそのまま若島津に何を答えることもなく、眠りに落ちていった。「えー、寝ちゃったの・・?」という呟きを耳にしながら。
おやすみ。俺のわんこ。
翌朝、ベッドが狭いなりにも何とか眠れて、スッキリと気持ちよく目を覚ました俺に向かって若島津は言った。
「あの、日向さん。・・・俺、髪の毛切った方がいい、かな?一緒に寝ててチクチクした?・・・それとも、足の毛のことかな。そんなに濃い方じゃないと思ってたけど、剃った方がいいってことかな?ごめんね、気持ち悪かった?」
真面目な顔をして心配そうに尋ねてくるが、当然のごとく俺には何のことだか分からない。首を傾げるだけだった。
でも「すぐに剃るから!だからもう一緒に寝ないとか、そんなことは言わないで!」と必死に言い募る様子が可愛い。図体がデカくても可愛いものは可愛いのだ。
無意識に犬変換した若島津はやっぱり耳が垂れて尻尾も垂れていたから、俺は頭を撫でてやった。
「俺はアフガンハウンドみたいな長い毛のでっかい犬が好きなんだ。切ったり剃ったりする必要はねえよ」
若島津がきょとん、としていたのは言うまでもない。
END
2016.01.03
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