~ 雪の日 ~






今日は東京でも4年ぶりの大雪が降っているのだという。テレビで首都圏の混乱ぶりを流していて、その様子を見ながら俺は自然と日向のことを思い出していた。

東邦学園は東京といいながらも山の近くにあるというから、結構な雪が積もるのじゃないだろうか。きっとあいつは『サッカーができない』とぶーぶー文句を垂れながらも、実は子供みたいに雪を見てはしゃいでいたりするんじゃないかな・・・・・そんなことを考えていた。


「光。お風呂、入っちゃいなさいな。お母さん、明日の朝は早く出なくちゃいけないのよ。だから早く入って」
「あ、うん。分かった・・・」

『分かった、すぐに入る』と答えようとした途端、リビングのテーブルに置いた俺のスマホが鳴った。誰からかと思って手に取ると、日向からの電話だった。

「・・・おう。どうした」
『今、大丈夫か』
「大丈夫」

俺はスマホを耳に当てたまま、リビングを出て階段を上る。後ろから母親が「光!お風呂は!?」と声をかけてくるのに「後で!」と返事をして、自室に入った。

『大丈夫じゃねえじゃん。いいよ、切ろうか?』
「いや、いい。風呂に入れってだけだから」

どうせ日向からの電話なんて、用件が終わればすぐに切られるのだ。それはもう、至極あっさりと、潔すぎるくらいに。
俺の方はもう少し長く話していたいのだけれど、こいつの場合は自分のスマホじゃなくて学園から支給されているものだから・・・という遠慮もあるらしい。アプリによる無料通話を利用するのだとしても。そういうところが、日向らしいと言えば日向らしかった。

「で、どうしたんだよ。そっち、今日は雪が降っているんだろう?」
『そうだよ。結構な雪だぞ。大雪警報が出てる』
「ニュースで見た。渋谷の駅とか、すげーことになってたな。なんだ、あの人間の数」
『東邦の周りは静かだけど・・・おかげで今日は部活も無くなったし、自宅組には帰宅命令が出たし、俺らもまっすぐ寮に戻ってからは外出禁止だし』

日向のその口ぶりに俺は笑った。サッカーが出来なくて不満に思っていることを隠しもしない口調だった。

「お前ら、そんなのちゃんと守ってんの?」
『寮の庭くらいなら出てる。さっきも雪合戦してきた。手が無茶苦茶冷たかった』
「雪合戦!?」

『雪合戦』という懐かしい響きに正直「高校生にもなって、マジかー」と思わないでも無かったが、大騒ぎしながら雪玉をぶつけ合う東邦の奴らを想像すると、それはそれで楽しそうな光景だった。

「で、どうした?何か用だったのか?」

俺は日向が電話をかけてきた目的を聞いた。何かの用事があって掛けてきたのだろうと思ったからだ。逆に言えば、用事が無くて日向が電話を掛けてきたことなどこれまで無かった。

なのに、日向の返事は俺の予想とは全くかけ離れたものだった。

『雪が積もると、外って明るいんだな』
「うん?・・・ああ、そうだな」
『夜なのに明るくて、雪が光って見えるんだ。次から次へと降ってくる雪が、ほんとに綺麗だなって思ってさ」
「うん」
『そういうの見てたら、お前のことを思い出した』
「・・・・」

それで電話したんだ、と日向が言う。

・・・うわあ。どうしよう     それが俺の、その時の気持ちだった。

だって、日向だ。普段素っ気なくて、俺がメールをしたってなかなか返事も寄越さないような日向が、遠く離れた東京の雪に俺を思い出したのだという。他の誰のことでもなく、俺のことを。

俺だって、ニュースを見て日向のことを思い浮かべた。降りしきる雪に佇む日向を想像して、夏のイメージが強い奴だけど、何にも染まっていない無垢な白もこの男にはよく似合うだろうとか、そんなことを考えていた。
いや本当のことを言えば、今日に限らず最近の俺は、日向のことばかりを考えている。

「・・・そんなら、もっと東京で雪が降ればいいのにな。お前が俺のことをしょっちゅう思い出すんだろうから」

何と言葉にすれば、今の俺の浮かれた気持ちを上手く隠しつつ、嬉しく感じていることだけを伝えられるのだろうか。
日向はと言えば、『馬鹿か。そんなことになったら、またサッカーが出来なくなるじゃねえか』などと真面目に受け答えをしてくる。そんなところも、今の俺にはただ愛おしかった。


「日向。お前に会いたいな」
『ああ、そうだな』

会いたい、楽しい、話せて嬉しい。そんな言葉なら幾らでも口に出せる。日向も同じ望みを返してくれる。

だけど、俺には言えない言葉もあった。まだ日向に告げることは許されない言葉。

(どうしたって、ぜんぶ俺が悪いのだけれど     。)


「・・・松山?」

急に黙り込んだ俺をどうかしたのかと思ったのだろう。日向が怪訝そうな声で俺の名を呼んだ。

「・・・ああ、ごめん。何でもない」


好きだといつか告げたならば。
そうしたなら日向は、そのとき俺から離れてしまうのだろうか。それとも俺の手を取ってくれるのだろうか。


「あのさ、日向。いつか・・・いや、次に会えたら    
『うん?』

答える声は柔らかかった。

だからだろうか。
何の根拠も無いけれど、その賭けは決して分の悪いものではないように俺には思えた。





END

2018.01.24

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