~ 溶けて消えてる場合じゃない! ~3
ケホ・・・と、日向さんは乾いた咳を何度かした。
「・・・お前、馬鹿じゃねーの・・・?少しは手加減しろよ・・」
「すみません。ごめんなさい。許してください」
掠れた声が色っぽくも痛々しい。
今日は何と責められても甘んじて受けよう。いくらだって謝るし、責任を取れと言われれば、取ろうじゃあないの。
いや、襲われたのは俺の方なんだけどさ。
昨夜突然に始まったセックスは、結局は俺が満足するまで続いて日向さんを貪り尽くすことになってしまった。日向さんは途中から逃げを打っていたし、泣きもしたし、最後には気も失ってしまったのだけれど。
でも、そうなってからも手放せなかった。それくらいに俺も夢中だった。
一応言い訳をするなら、日向さんのフェロモンが最中にもどんどん強く香るようになって、俺を誘っていたというのもある。多分、飲んでいた抑制剤が切れつつあったんだろうな。それに最初は固くなっていたこの人の身体も、徐々に俺に馴染んで柔らかくなって、すごく良かったから仕方が無い。本能に抗い難かったんだ。
だけど朝になってベッドから起き上がれなくなった日向さんを見て、心から反省したんだよね。久々に東邦に戻ってきたんだし、きっとボールを蹴りたかっただろうな・・・って。ごめんね。
・・ていうか、日向さん。αじゃなくなったからにはこの学校を出なくちゃいけないとか、あるんだろうか。
「Ωだって公表する必要もねえし、学業もサッカーも成績が下がらなきゃ、今まで通り特待生扱いでいいってよ」
「あ、そうなんだ。良かったぁ」
「αだろうがΩだろうが、俺以上に強い奴がいないんだから、当然だろ」
気になって聞いた見たところ、日向さんはあっさりと答えてくれた。こうなっても俺様なところが日向さんらしい。
いや、悩まなかった筈がないとは思うけどね。でも、たったの一週間でここまで割り切って学園に戻ってきたところが、この人の強靭さを物語っている。もし俺が同じ立場だったとしたら、多分こんなには落ち着いていないだろうし、今頃泣き喚いていたかもしれない。
だけどこの人は「嘆いて元に戻れるもんなら、幾らでも泣き喚いてやるけどな。無駄ならしねえよ」だなんて言うんだ。どんだけ前向きなんだよ、ホント。
まともに動けない日向さんの身体を綺麗にしてあげて、食堂から朝メシを取ってきて、俺は学校に行くまでの時間を日向さんの世話に費やした。とりあえず胃に食べ物を収めたからか、今は起きた時よりも日向さんも落ち着いたように見える。少し顔色も良くなった。
「・・で、あのー」
「何だよ」
「詳しい話は学校が終わってからでもいいんだけど、でもこれだけ教えて。昨日は結局、なんで俺たちがあーゆーことをすることになったんでしょうね?」
日向さんは休みとしても、俺は登校しなくちゃいけないから時間はない。だけどこれだけは聞いておきたかった。じゃないと、気になって授業なんか落ち着いて受けていられない。
「何でって、俺がお前を選んだからだろうが」
なのに日向さんは、『何言ってるんだ』って感じで俺をジロリと睨むだけ。そんな答えじゃ、分からないからね!
「Ωはα無しじゃやってけねえってのは、子供だって知ってる。・・・だけど俺だって、誰でもいいって訳にはいかねえしよ。だったら、自分で選んだ方が早いし確実じゃねえか。幸い、ここには目ぼしいαが大勢いるし」
幸いって・・・その考え方も言い方も、日向さんらしいけれど。
「でもさ、それが何で俺な訳?αっていうだけなら、他にもいるじゃん」
「そりゃあ、・・・」
続く言葉を待つけれど、日向さんの口からはなかなか出てこない。そしてみるみるうちにその顔が赤らんでいく。
あれ?何?もしかして、この反応って ?
「うっせえな!お前がいい、って俺が言ってんだから、いいだろ!?嫌ならそう言えよ!俺は別に・・・」
「大好き!日向さんッ!」
「・・うわっ!ばかっ、どけって・・!」
制服も着込んだ後だっていうのに、堪らなくなって俺はベッドの上の日向さんに向かってダイブする。くぐもった苦しそうな声が日向さんの喉から聞えたけれど、まあ体格はαな人だからきっと大丈夫だろう。
「日向さん、好き!可愛い!すっごく好きです!なんか俺、分かっちゃった」
この1週間、何をしてても気分がモヤモヤとして晴れなかった理由。日向さんが不在だからつまらないとか、この人にますます先を行かれてしまうとか、そういったことじゃなかった。
俺は、この人が誰かのものになるのが嫌だったんだ。それがΩでもαでもβでも同じことだ。誰かがこの人の愛情も関心も独り占めするようになる・・・それが許せなかったんだ。
「俺、日向さんがαでもΩでも多分、関係ない。もしかしたら、日向さんがαのままでも抱けたかも・・・あ!引かないでよ!?」
αのままでも・・・のところで、抱きしめた日向さんの身体が強張るのが分かった。
中にはいるんだけどね。性愛の対象として、αにしか興味をもたないαとかも。ただこの人に俺がそうだと誤解されても困るから、慌てて「αが守備範囲、って訳じゃ無くて、日向さんだったらどっちでも好きだな、って話だよ」と付け足す。
それでも日向さんは俺に胡散臭そうな視線を寄越す。それはそうだよね。俺はこれまで恋愛もオープンにしてきたから、日向さんだって俺の好みのΩの子とか知っているし。しかもそれは日向さんとは真逆の、大人しくてトロそうで、いかにも手のかかりそうな子だったりして。
だけど、これまでの俺は自分のこともちゃんと分かってなかったんだな・・・ってことが、今のエロ可愛い日向さんを前にしたらよく分かる。
俺の好みはこっち!まさにド真ん中!
「日向さん。俺のことを選んでくれて嬉しいよ?」
その理由がたとえ、同じ寮にいて便利だというのが真相だとしても、全然構わない。ちょっとは哀しいかもしれないけれど。
でも他の誰かに持っていかれるくらいなら、逆にそんな理由でも俺を選んでくれてラッキー!と思うほどだ。
それに今は惚れられてなくても、これから俺にそうさせればいいんだから。俺様で自信家で強引で男前で、でも恥かしがり屋で可愛らしいところもあるΩの子に、いつか『お前を選んで良かった』って言って貰えるような男になるために、俺も精進しなくちゃいけないね。
「好き。大好き。愛してる。俺を沢山頼ってね。ヒートの時は勿論、そうじゃない時期でも、ちゃんとエッチしようね」
「・・・バカヤロ」
不思議なもので、こうなってしまうと憎まれ口をきいてそっぽを向く姿も、愛らしくて仕方が無い。
ツンと尖った唇も、熱に潤んだ瞳も、仄かに朱を刷いた頬も、これまで目にしたこともないくらいに幼くて、そのくせ色気があって・・・・特別な関係になったらこんな一面も見せてくれるのだと、感動すら覚える。
「これから、末永くよろしくお願いいします。・・・番として、仲良くやっていきましょう」
「・・・おう。よろしくな」
番認定、成立!
あくまでも個人間の、だけどさ。
日向さんをベッドにもう一度ちゃんと寝せて、布団も整えてあげる。相当に辛いらしく、日向さんは大人しくされるがままだ。
時計を見ながら、そろそろ寮をでなくちゃ遅刻するな・・・・なんて考える。いや、本来なら番のΩがヒートに入ったなら、αだって一緒に籠るものなんだけれど。ただ日向さんが番ということは、色々な面で普通や常識とは違ってくるんだろうな・・・というのは予想できた。今日だって俺が学校を休むことは許してくれないし。
「じゃあ、行ってくるね。お昼には様子見にくるからね」
「ああ、行ってこい。俺のことは気にしなくていいからな」
そんな素っ気ないことを言う唇に、ちゅ、とキスをすると日向さんがびっくりしたように目を瞬きさせた。
あれ?そういえば昨日はあんなに盛り上がったっていうのに、キスは数えるほどしかしなかったかも。
そんなところも反省点だ。
俺は改めてベッドに横たわる愛しい人にキスをした。舌でそっと唇をつつくと少し開いてくれたから、そのまま日向さんの中に侵入して熱い口腔をゆっくりとまさぐる。気持ちいいのか、日向さんが鼻にかかった甘ったるい声を出す。
俺が満足して離れた時には、日向さんはすっかり息が上がっていた。あー、可愛い・・・。
俺は最後に額に軽くキスを落として、「ちゃんと大人しくしててね」と言って部屋を出ようとした。だけど伝え忘れていたことが一つだけあるのを思いだして、開けかけた扉をまた閉めて、ベッドの脇に戻る。
「日向さん」
「どうした。忘れ物か?」
「そうそう、忘れ物。大事なこと。これだけはお願いしておかなくちゃ、って思って。だって日向さんにしかお願いできないことだからさ」
きょとん、とした表情になった男らしく精悍な顔つきの、可愛らしい番の子。俺だけの、番の子。
横になったままで俺を見上げるその子の耳に、そっと囁く。
「いずれは俺の子供を産んでちょうだいね。可愛い子を沢山ね。・・・じゃ、行ってきまあす」
途端に真っ赤になった日向さんの頬に素早くキスをして、逃げるように走って部屋を出た。
慌てて閉めた扉の向こう側で、枕か何かがぶつかる音がする。
寮の廊下を歩きながら、俺は自然に頬がにやけるのを抑えることが出来なかった。
END
2016.10.16
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