~ 溶けて消えて、このカラダごと。 ~ 41









目が覚めた時は、ベッドの上で反町に抱え込まれていた。精液やら唾液やらでグチャグチャだった身体は拭かれて、シーツも新しいものに替えられていた。部屋の空気も換気したようだった。

「・・・ん、・・起きた?おはよう。日向さん」
「・・・はよ」

ガラガラの声だった。そのことに気が付くと同時に、昨夜の嬌態を思い出す。途端に恥かしくなって、反町の腕の中から抜け出ようとした。

「・・・・イッ!」

だが腰が痛くて動きが止まる。腰の鈍痛と・・・昨夜、反町を受け入れ続けてきた場所の感覚が無かった。


「大丈夫?日向さん。・・・ごめんね。俺、昨日は夢中になっちゃって」
「・・・平気だ」

平気じゃないなんて言ったら、何をされるか分からない。病院に連れていかれるのも嫌だし、薬なんか持ってこられて、この男に塗られるというのも御免だ。だから『大丈夫』と答えた。

「起きられるんだったら、リビングに行こう。もし無理そうなら、こっちに朝食を運んであげる。どうする?」
「そっち・・・行く」

ゆっくりと身体を起こして、痛みや違和感を堪えながら、俺はリビングへと歩いていった。






テーブルに着こうとした俺の手を引いて、反町がソファへと移動する。

「メシ、食うんじゃないのか?」
「うん。そっちはもう用意してあるんだ。でもその前に・・・」

促されて、ソファに座る。反町も隣に座るのかと思いきや、俺の前に跪いた。それはいつぞやと同じ格好で        俺のことを好きだと言ってくれて、この先の人生を一緒に歩んで欲しいと、俺にそう告げてくれた日のことを彷彿とさせた。

「日向さん。ごめんね。指輪も花も無いんだけど。・・・でも、今言わなくちゃいけないと思うんだ」
「・・・反町」
「日向さん。あらためて     俺の伴侶になってください。俺に貴方の人生をちょうだい。その代わりに俺も貴方に全て・・・何でもあげる。俺の渡せるもの、ぜんぶ」

真剣な眼差しで見つめられて、胸がキュ、と引き絞られるように痛む。苦しくて切ない、それでいて甘い、とてつもなく甘い痛み。

「日向さん。俺の番として、傍にいて。どうか、俺と共に生きて」
「・・・・・ともに、生きる」

ともに生きる      その言葉を俺は繰り返した。


18歳で人生が暗転した時、俺はすべてを終わりにしてしまおうかとも思っていた。俺という存在そのものを消してしまおうかと。
それがいけないことだとか、誰かが悲しむかもしれないだとか、そんなことには思いが至らなかった。ただ辛くて、俺の人生はもう詰んでしまったのだから、これ以上生きていても無駄なのだからと、そんなことばかりを考えていた。無くなってしまいたいと、毎日毎日、頭がおかしくなりそうだった。

まさか、こんな日が来るとは思いもしなかった。いつか『共に生きよう』と言ってくれる誰かが現れるなど、どうしてあの頃の俺に想像できただろう。

「俺と一緒にいて。日向さん。・・・ずっとだよ?これから先、どちらかが死ぬその時まで」
「・・・・」

膝に置いた手に、温かいものがポトリと落ちた。泣いてる場合じゃないのに、哀しい訳じゃ無いのに、また涙が勝手に出てくる。

「・・・あの時と一緒だね。あの日も日向さん、泣いてた」
「・・・・おまえが・・っ、泣かせるんじゃねえか・・・っ」

俺が睨みつけてそう言うと、反町は「ごめんね」と笑った。

どうして今この時、反町がこんなことを言いだしたのか      俺には分かっている。俺と反町の関係の特殊性に、おそらくこの男は気が付いている。
だけどそのことを持ち出すのでなく、あの日と同じように俺に求愛している。俺の返事を待ってくれている。
それは、反町の優しさ故なんだと思う。

「俺と一緒にいて。ずっと。・・・愛してる、日向さん」
「・・・・」

俺は自分の膝にそっと置かれた反町の手を取った。俺とさほど変わらない大きさの、温かい手。男にしては綺麗な指をしていた。

「・・・お前には、もっと華奢で可愛らしいΩの子が似合うって・・・そう、思ってたんだ」
「そう?」
「今でも思ってる。・・・でも」
「でも?」

これから先は、もうそんな風に思ったりしない。
誰がどう見たってαの男でしかないのにとか、お前と変わらない大きさの手のΩなんて嫌だろうとか      そんな風に考えたりしない。これからは。


だって俺はお前の番なのだから。
お前の唯一になったのだから。
だから胸を張って生きなければいけない。でないと俺は、お前に真っ直ぐに向き合うことが出来なくなる。


反町の手を握ったまま、俺は口を開いた。鼻声でみっともなく一言、「一生、俺の傍にいろ」とだけ命じた。
それに対する反町の返事はやはり一言、「仰せのままに」だった。



幸せそうに微笑む番の男は、立ち上がると俺の隣に座って、肩を抱いて優しくキスをしてくれた。




















番を得たからといって、将来の不安が全く無くなったという訳じゃ無い。これからも課題や問題は山積していて、きっと悩むことも壁にぶつかることもあるだろう。

だけど何に立ち向かっていくにせよ、俺はもう一人じゃない。パートナーがいる。それは何よりも心強く、前へと進む勇気を俺に与えてくれる。そして俺も、反町の支えとなりたい。
それが本来の、『番になる』ということだろう。





大学3年に上がった俺たちは、相も変わらず部活と学業の両立に苦労しながらも、俺は俺で少しずつだけど部活以外の友人を作るようになり、反町は反町で将来のことを考えてか、イタリア語やらドイツ語やら、語学の勉強を始めた。「だって、日向さんがどのリーグのチームに入るか分からないでしょ」とのことだった。

本当は語学の勉強をしなくちゃいけないのは、俺自身なのに。どこまで俺のことを甘やかすんだよ      そんなことを思いながら、今は待ち合わせの場所で番の男を待っている。
今日は部活が無い日なので、講義を終えたら二人で買い物に出かけようと約束をしているのだ。


構内のカフェテリアで本を読みながら待っていると、オープンデッキを反町が歩いてくるのが見えた。可愛らしい、フワフワひらひらした感じの女の子を三人も引き連れている。相変わらずモテているようで、何よりだ。

奴は目敏く俺を見つけると、その子たちとそこで別れて、早足で近づいてくる。

「待った?」
「いや、別に」

本を閉じて立ち上がる。さっそく出かけようと反町を促して先にカフェを出ると、歩き始めてすぐに奴が俺の隣に並んだ。

「何?なんか機嫌悪い?」
「べつに」

俺にだってαもΩも関係なく、新しい友人が出来ている。こいつにだって俺の知らない付き合いがあるのは当然だし、人当たりのいい男が女の子に好かれるのも至って納得だ。

「ごめんね」
「何が」
「焼きもち妬かせて」

そう言うと、反町はふいに俺の右腕を引いた。ぐらりと揺れる身体に『何だよ』と睨みつけると、頬に”ちゅ”、と音を立ててキスをされた。

「・・てめ!外でこういうことするなって・・・!」
「だって日向さんが可愛すぎる」

俺が怒ると反町が笑って逃げる。傍から見れば俺たちは番なんかじゃなく、単なる仲のいい友人同士に過ぎないだろう。

だが今はそれでよかった。番になったばかりの頃、二人で将来のことを話し合った。俺たちの考えはほぼ同じで、俺がΩだということも、二人の関係性も、秘密のままとすることになった。俺の夢を叶えるためには、それしかないのだという結論だった。



だが俺はときたま考える。

いつか、プロのフットボーラーになるという夢を叶えることが出来たなら。

いつか、自分の仕事をやりきったと思えて、ピッチを去る日が来たのなら。


そうしたなら。出来ることなら、俺は      





「日向さん。難しい顔をしてどうしたの?」

ふわりと、近くでいい香りが立ち昇って我に返る。反町が微笑んで、俺の顔を覗きこんでいた。

「いや。何でもない」

番の香り。
Ωには他のΩの匂いも、αの匂いも分からない。だけど番の香りだけは分かる。反町から漂うのは、俺を安心させてくれる、甘くて優しい匂い。俺にだけ嗅ぎ取れる、うっとりするような極上の香り。



反町が手を繋ごうと、指先を絡めてきた。
街路樹の立ち並ぶ大きな通りを並んで歩く。もうすぐ目的のスポーツショップの入っているビルだ。人どおりも増えてきたけれど、俺は反町の好きなようにさせていた。


「日向さん」
「何だよ」
「大好きだよ。日向さんは?」
「・・・んなの、言わなくても分かんだろ」

甘い言葉を吐くのが好きな男に「好きじゃない野郎とこんな風に手を繋ぐかよ」と返すと、朗らかな明るい声で笑われる。逆に俺は聞き返した。

「なあ。反町」
「うん?」
「俺って、そんなにトロくて鈍くさいの?」

俺の言葉の意味が分からなかったのか、反町は一瞬、キョトンとした表情をした。
けれどすぐに合点がいったらしく、一層可笑しそうな顔をすると、俺の男は「意外とね」と答えた。







END

2018.09.30

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