~ 祝!!全国高校サッカー選手権大会優勝
       東邦学園 主将 沢田タケシ   インタビュー  ~




    まずは選手権での優勝、おめでとう。

「ありがとうございます」

    主将として臨んだ大会だったけど、常勝東邦の闘い方ができた?

「そうですね。常勝とはいっても、去年の選手権はベスト8どまりだったんで。正直ホッとしていますけど・・・。どうだろう。今回の結果はまだちゃんと振り返れていないというか。
でも、夏以降、いい感じでチームを作ってこれたとは思いますね。」

    今大会の東邦は、余裕というか、風格めいたものが見えた。

「そうですか?いや、そんなこともないと思いますけど。1試合1試合、必死でしたから。本当に点が取れない試合もあったし」

    ストライカーの不在は多くのチームがもつ悩みなんだけど、東邦でもそう?

「うちは2年前までは絶対的なストライカーがいましたから、その頃には全く。その人にどういいパスを出すかが、とにかくその頃の自分の課題でしたね。
 まあ、多少ヘタなパスでも、通れば決めてくれる人ではありましたけど(笑)」

    確かに。絶対的エースだったね。

「本当に。ピッチの上に立っている時はもちろん、いない時でも精神的に支えというか。僕たちはその背中を追うだけで精一杯でしたね。」

    そのエースがいなくなって、闘い方は変わった?

「やっぱり穴は大きかったですよ。でも、中学の時にも同じような状況があったんですよね。僕個人は、小学校時代もそうだったし。学習してませんね(笑)
 チーム運営から試合運びから、何もかも変えざるを得ませんでした。日向さんがいた頃は、チームが一つにまとまるのに何の苦労もいらなかったんです。
 目標に向かって、自然と一つの流れができるんです。でも、いなくなってからはチームの雰囲気がそうじゃなくなった。」

    とうとう名前がでちゃった(笑)

「出しちゃいます。僕のサッカー人生は、あの方抜きでは語れないんで」

    新しい布陣のチーム運営は苦労した?

「それぞれが納得しないと、どの方向にも進めなくなったというか。推進力が無い訳だから。それで結果もついてこないし、ますます雰囲気が悪くなるという悪循環でしたね。一時期は。
 それで前主将の前野さんが、問題があればトコトン話し合う・・・っていう風にチームをもっていって。最初は何をするにも時間がかかりましたけど、段々といい結果を出せるようになりましたね」

    それでも去年の選手権はベスト8どまり。その後、沢田くんのチーム作りが始まった。夏のインターハイも制したね。

「前野さんが下地を作ってくれてたんで、ラクでしたよ。僕は。・・・目標は一つなんで、そこに向かって、とにかく自分がブレずにいようと。自分がブレなければ、多少の問題が起きても大丈夫だと思っていました。
 もともと東邦にはそれだけのポテンシャルはある訳だし」


    話を今大会に戻して。点が取れなかったってことだけど、東邦相手にはどのチームも引いて守るよね。要因はその辺り?

「そうですね。引いて守る相手を、どう崩す・・・っていうのは、今後も大きな課題ですね。なかなかスペースを作れなくて、苦労しましたね」

    スペースを作り出すためには、何が必要だった?

「個人的には、もっとDFをひきつけてからパスを送れれば良かったんですけど。あとは足を止めないで、常に動き続けることですよね。スタミナもまだまだ足りないと思いました。攻守の切り替えももっと早くする必要があるし」

    1年生のFW、葛西くんは大会当初から注目されていたけれど。連携も悪くなかった。

「悪くは無かったです。葛西も含めて、勘がいいのは何人かいるんですよ。たまにいいところに走りこんでくるのが。(笑)ただ決定力が不足しているので、決まらない。
 2~3人背負ってもゴールを決められるようじゃないと、東邦のストライカーとは言えないし、言わせたくないんです」

    それくらいでないと、彼が背負っていた看板は渡せない、と。

「当然です。田島さんもよくご存知でしょうけど、先輩方と比べると、まだまだレベルが低いと思います。もちろん、僕自身を含めて」

    その先輩たちも、今は海外、Jリーグ、大学サッカーとそれぞれの道を歩んでいる。沢田君はどうする?

「とりあえずJリーグで、いい結果を残していきたいです。それからオリンピックもあります。もちろん、代表を狙います。そしていずれは、海外のチームでプレーしたいと思います」

    最近は海外に行く選手が本当に多くなったよね。でも日向君でさえ、ユベントスではなかなか試合で使って貰えなくて、セリエCで甘んじている。君は今の彼をどう見ている?

「逆に田島さんに聞きたいですけどね。僕よりよっぽど日向さんに会えているんだし。・・・日向さんの調子は上がってきているし、レッジアーナはセリエBに昇格できるところまできている。心配はしていないです。
 それに日向さんは、常に一人じゃないんですよ。必ず誰かしら、サポートする人間が周りにつくんです。」

    チームメイトが随分と面倒を見てくれているらしい。それにユベントスのフィジカルコーチも、彼に目をかけているようだし。

「そういう人なんです。周りが放っておかないというか、おけないというか。・・・日向さんの話になると長くなりますよ?」

    いいよ。適当に編集するから。

「田島さんも『日向番』になって長いですもんね(笑)」

    彼がまだ小学生の時から追いかけているからね。

「僕はあの人が小学5年、自分が小学3年のときからです。それからだから・・・9年?10年?それくらい。ず~っと見ていたんで、もう初恋みたいな感じです(笑)」

    その頃は2学年違うと大きいね。

「大きいですね。体格も随分と差がありましたからね。 本当に、日向さんから一から教わりました。サッカーのことは勿論・・・・なんて言うんだろう。生きること、とか。
 人生にちゃんと向き合うっていうこと。子供のときにそういう人に出会えたというのは、幸せでした」

    そして日向君は地元の中学ではなく、東邦に進学する。

「親に土下座して頼みましたよ(笑) 『いつか学費は返します。どうか東邦学園に行かせてください』って。小4の夏に。(笑)
 うち、普通のサラリーマン家庭なんで、親としてはきつかったかもしれませんね。でも、ちゃんと勉強して、一般入試で入りました」

    推薦で入ったんだと思ってた。

「まあ、色々と考えて。でも、東邦に入るまでの2年間は長かったですね。実家は近くではないけれど、ずっと日向さんのことは見ていましたから。
 苦しんだことも知っていたし、早く・・・支えられるようになりたかった。
 晴れて無事に合格して、入学式の後にクラブハウスに行って日向さんに会えた時には、泣きそうになりましたよ(笑)」

    初恋の人に再会できた(笑) 今は?

「遠距離恋愛の気分・・・って書いておいてください(笑)」


    じゃあ最後に。これからの目標は?

「まずは浦和でレギュラーを獲ること。スタメンで使って貰えるようになること。それとオリンピックですね。代表の選考はこれからですけど、必ず選ばれて、日向さんと同じピッチに立ちます」

    今日はどうもありがとう。

「こちらこそ、ありがとうございました。別な機会にまたゆっくりお話したいです」



                      (取材・文 田島正明)





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東邦学園高等部卒業を間近に控え、沢田タケシは隣接する敷地に建つ大学部にいた。

高等部のサッカー部を引退してからは、平日には大学のサッカー部で練習に混ぜて貰い、週末には春から所属するJ1チーム、浦和の練習に参加している。

「・・・あち」
大学のグラウンドは高等部のそれに比べて、かなり広い。軽く走るつもりが、結局本気になって、10キロ以上を走っていた。
汗が雫となって、こめかみから頬を流れ、顎をつたって滴り落ちる。
時間を掛けてクールダウンをし、水分補給をした後に、グラウンドを囲むフェンスの側にあるベンチに腰をかけた。

3月の空気はだいぶ春めいてきているものの、まだ風は冷たく乾燥している。
その冷たさが心地よく、タケシはタオルを首に巻いたまま、空を見上げた。

「あ~。。。・・・・したいなあ・・」

何とはなしに、呟きが漏れる。低い空にたなびく雲は、目に映るけれども決して手の届かないもの。たとえあの高さに到達したところで、この手に掴めるものではない。
ぼうっとそんなものを見ていると、不意に声を掛けられた。


「お。早いね。タケシ。」
「・・・反町さん」

フェンスの金網越しにタケシに話しかけたのは、東邦の大学部に進んだ反町一樹だった。
日向や若島津と同学年の彼は、いくつかJリーグのチームから誘いを受けたものの、結局はプロになることを一旦保留し、大学に進んだ。

        俺くらいは進学しないとさあ、大学サッカーがつまらないでしょ?それに、大学生も一度はやってみたいし。

・・・と、反町らしいことを言って、内部推薦で希望の学部に進み、宣言どおりに学生生活を楽しんでいる様子だ。

「クラブハウスの鍵、開いてた?」
「いえ、さっき借りにいきました」

既に大学2年生である反町は、サッカー部の中心選手で、次期部長となることも決まっていた。
同じく下から上がった島野がサブにつくことも決まっている。

タケシは、立ちあがって敬語を使っている自分に、一瞬、高等部のグラウンドに立っているかのような錯覚を覚えた。

     あの頃は。あの人がいた頃は・・・・。

太陽の照りつける暑い夏の日も、北風が冷たく頬をなぶる冬の日も、タケシやその他の1年生は、こうしてグラウンドに早く来て、ボールやカラーコーンを出しながら上級生が来るのを待っていた。
今のように反町が陽気に挨拶しながら入ってきて、読み終わった漫画雑誌を放り投げてくれた。
その反町に「あれ?島野まだ?」と言われた島野が、「さっきからここにいるだろー」と文句を言っていた。
若島津が不機嫌な顔をして入ってきた時には、下級生が凍りついた。
馬鹿なことを言う上級生もいたし、クラブハウスの中では大爆笑が起こることもあった。

それでも、そんな時でも。
彼が扉を開けて入ってくると、ざわついている空気がスゥ・・・と落ち着いた。いつでも、心地よい緊張がその場に落ちた。
圧倒的な存在感に、畏怖の念を感じることすらあった。

「おす」という短い挨拶の声に、各々がめいっぱいに声を張り上げて挨拶を返す。
そうして彼は、何事もないかのようにさっさと着替えてグラウンドへ出ていくのだ。
憧憬と羨望の眼差しを一身に浴びて。
自身に妥協と甘えを一切許さない、凛とした背中を見せて         。








「読んだよ。田島さんのインタビュー。でも、ちょっと時期はずしてない?」

反町のその言葉に、タケシは今自分が立っている、大学のグラウンドの上に意識を一気に引き戻された。

「・・・あの直前まで田島さん、イタリアに行っていたんで。戻ってきたらインタビューを、って約束してたんですけど、行ったら行ったで帰って来なかったんですよ。ちっとも。」

理由は簡単だ。日向が所属するレッジアーナがリーグ終盤でいい試合を続けていて、日向自身も得点王を争えるところまで上がってきていたからだ。

「しかも最終節もちゃんと見に行くって言ってましたけど」

意識しなくても、自分の言葉の端々に羨ましさが滲み出ているのが分かる。

「ナルホド。・・・で、あれは日向さんにもやっぱり送られているんだろうなあ~。誰かさんの『初恋』の相手に」

悪戯っぽく含み笑いをする反町に、タケシの頬が赤く染まる。

「田島さん、あの辺のくだり、そのまま載せちゃうんですもん。僕もちょっと、ビックリしましたけれど。・・・まあ、でもいいです。ほんとにそう思っているんですから」

首の後ろを掻きながら照れ笑いをするタケシを、反町は微笑ましく見遣った。
馬鹿がつくくらい真っすぐな日向にも負けないくらい、真正直な少年だった。時には日向にさえ意見し、人から煙たがれるようなことも恐れずに口にした。それでも上の誰からも可愛がられ、下からは慕われた。
反町自身も、このクリっとした瞳をもつ素直な後輩を、実のところ気にいっている。

・・・お前は自分が思っているより、日向さんに近いところにいるよ    ・・・

そう、そのうちに教えてあげてもいいかと反町は思っている。



「ちーっす」

練習着に着替えたサッカー部の部員が、徐々にグラウンドへと集まってきた。そろそろ練習が始まる時間だ。

「あ、やべ。俺、教務課寄ってから来るから、島野にそう言っておいてくれない?」
「分かりました」

去りかけた反町が、思い出したように立ち止り、タケシに聞く。

「そういえばお前、さっき何て言ってた?」
「さっき?」
「~~したい・・って。独り言にしちゃ声がデカかったぜ」
「ああ。それ・・・」

口を開きかけてから、何故か目を泳がせるかのようにクルリと回す。

「イヤ、いいっす。何でもないっす」
「なんだよ。そんな隠されると、余計に気になんだろ」

タケシが言葉を濁すなど、珍しいことだった。
諦める気のない反町に、仕方がないように一息ついて、タケシは白状する。

「エッチ」
「・・・は?」
「エッチ、したいなあ・・・って」
「・・・誰が」
「僕が」
「誰と」
「だから・・・初恋の人と」

頭が真っ白になったように立ち尽くす反町は、滅多に見られる代物ではなかったが、その事に気がつきもせず、タケシは続ける。

「だって、僕だって普通に健康な男子ですもん。好きな人とSEXしたいと思ったって、おかしくないでしょ?」

前言撤回。

「反町さんたちは勝手に僕をアンパイ扱いしてるけど、チャンスがあれば僕は行きますから。その点、しっかりオトコですから」

オイ。今は昼日中で、ここはサッカー部のグラウンドだ。

『新人類』という言葉が聞かれなくなって久しいが、どの時代にも『新人類』は確かにいる。
反町は、大人しくはないけれど、奥手で真面目だとばかり思い込んでいた後輩が、得体の知れないものに変わった瞬間を見たような気がした。

だが、しかし。
よりによって。
      よりによってこの自分に。
      日向さんを6年間も側で見守ってきたこの俺に対して。
      よくも抜け抜けと・・・!

そう思うと、反町の脳髄に沸々と怒りが湧いてきて、純なヤツと可愛がっていた分、頂点に達するのも早かった。

「てっめー!!!お前なんか、日向さんの側に寄らせるかー!!」

持っていたスポーツバッグを投げ捨ててフェンスを乗り越えようとする反町と、それを見て驚いて逃げようとするタケシと、何事かと囃し始めるギャラリーと。
怒号と悲鳴と笑い声が混じり合い、若者の集う春のグラウンドは、一気に花が咲いたように賑やいだ      。



END

2012.03.28

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